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第48話 「戦略的撤退」


 アレクと共にクロウという男と戦っていたユーキだったが、お互い決定打はなく、ユーキは次第に()れてきていた。


 だがそれはクロウも同じだった。

 ユーキに攻撃を当てられないクロウは、広範囲攻撃の魔法を放つべく両腕を胸の前で交差させる。そして……。


「≪雑音を破壊する光ラウド・デストラクション≫っっ‼」


 魔法名と共に両腕を広げたクロウから、強烈な閃光が(はし)る。

 対処の遅れたユーキに、これを躱す術はなかった。


「ぐっおっおおぉおぉぉぉーーっ⁉」


 凄まじいエネルギーの奔流(ほんりゅう)がユーキの身体を吹き飛ばす。

 高く、遠く――。魔法の威力が拡散し、弱まる頃にはアレクたちの姿を確認できないほど遠くの空に飛ばされてしまった。


「……やっべ……ぇなっ」


 少しして、ようやく魔法の影響はなくなったが、ユーキの身体は上空だ。今度は自由落下が始まる。


「どうするどうする⁉ 落ち着け落ち着いて考えろ……」


 ユーキには、1人で空を飛ぶ魔法はない。エメロンとの『浮遊魔法』はあくまで2人共同で行う魔法だ。しかもユーキの役割は補助でしかない。

 そもそも今は、自分の身体を宙に浮かせるような魔法陣は持っていない。


(なら魔法以外で……。地面に着いた瞬間に受け身でなんとか……するしかねぇのか……?)


 流石のユーキも、こんな速度と高度で落ちた事などない。が、恐らく無傷で着地するのは不可能だ。

 骨の2、3本で済めば良い方……悪くすれば、死ぬ事さえあり得る。

 落下地点に岩などの硬い物がない事を、出来れば柔らかい物がクッションになっている事を期待しながら、ユーキはただ落ちる事しかできなかった。


 だがその時、ユーキと地面の間に割り込む何者かが現れた。


「うをわああぁぁぁっっ⁉」

「っぐううぅぅぅっっ‼」


 不意に現れた《《それ》》にぶつかり、ユーキは困惑と驚きの悲鳴を上げる。

 だが激しい衝撃の後、ゆっくりと減速してユーキの身体は空中で静止した。


「間に合って良かったよ」


「エメロンっ! 助かっ……」


 ユーキにぶつかったのはエメロンだった。

 『浮遊魔法』を1人で使用して、落下するユーキをキャッチしたのだ。


 なぜエメロンがいるのかという疑問を後回しに感謝を述べようとしたユーキだったが、その顔を見て絶句した。

 エメロンの左眼には石が突き刺さっていたのだから。


「どっ、どうしたんだその目はっ⁉」


「ヘマしちゃってね」


「ヘマって……。目ぇ、見えて……ねぇよな……?」


 昨晩の出来事でエメロンの右眼には包帯が巻かれている。今、左眼を負傷したのだから何も見えないはずだ。

 ユーキにはエメロンへの心配と同時に、どうやって自分を受け止める事ができたのかという疑問が渦巻く。

 だが、その答えは簡単だった。


「案外、上手くいくモンねー」


「リゼットに目の代わりをしてもらったんだ。本当、上手くいって良かったよ」


「ユーキ、アタシにも感謝しなさいよっ」


「あ、あぁ……」


 答えを得たユーキは気のない返事を返す。

 僅かにだが、「実は見えているのではないか」などという淡い期待を抱いていたのだ。だがそれは、呆気なく否定されてしまった。


「それよりユーキは怪我はない?」


「俺なんかよりエメロンの方が……」


「大丈夫なら、アレクを助けに行こう」


 エメロンの言葉に、ユーキはまたしても言葉を失う。

 左眼に刺さった石の傷は深い。恐らく元の視力には戻らないだろう。それだけの傷を受けても、それでも(なお)エメロンはアレクを優先しようというのだ。


 エメロンの事を心から尊敬する。

 もし自分がエメロンだったら、危機に陥っているのがフランだったら同じようにできるだろうか?

 自信はない。ないが、できればそう在りたいと思う。


 だからユーキは、尊敬する親友に対して力強く返事をした。


「おうっ! アレク1人じゃ、心配だしな」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エメロンと共に元の場所に戻ったユーキの目に映ったのは、正に絶体絶命の光景だった。

 アレクは喉をクロウに掴まれ、宙吊りにされている。そしてその前には力なく立ち(すく)むカリーチェの姿があった。


「エメロンっ、1人でも大丈夫だなっ? リゼット、エメロンを頼むっ!」


 それだけを叫んでユーキはエメロンと繋いだ手を放し、3人の元へと急降下した。

 今のエメロンなら、ユーキの補助がなくても『浮遊魔法』を使う事ができる。リゼットに目の代わりをしてもらえば、落ちてしまう事もないだろう。


 クロウはこちらに気付いていない。今なら奇襲できる。

 しかし身体強化をしているかは判断できない。もし強化していた場合、生半可な攻撃は通用しない。

 もし大したダメージを与えられずにアレクたちを攻撃されたら……。


 強化されたクロウの身体は≪振動ナイフ≫ですら傷一つつける事ができなかった。

 だからユーキは≪炎の剣≫を使う事を決め、腰の長剣を抜き放った。


 魔力を剣に流し、3つの魔法陣が光りを放つ。

 クロウは未だに気付いていないし、ユーキはそこへ向けて落下するだけだ。

 問題は、クロウの防御力を上回る事ができるかだが……。


 心配は杞憂(きゆう)だった。

 ≪炎の剣≫は、アレクを掴んでいたクロウの左腕を難なく切断した。そして、宙吊りになっていたアレクは着地と共にしゃがみ込んで()き込む。


「ゴホッ、ゴホッ……」


「アレク、平気か?」


 声をかけるが、心配はなさそうだ。

 少し苦しげではあるが、笑みを浮かべて親指を立てている。


 だが心配の種が尽きたというわけではない。


「な……っ⁉ あ、あぁあぁああぁぁっっ⁉ おっ、オレの……っ⁉」


 クロウの叫び声が間近で響く。

 片腕を落とされたのだから無理はない。


「おォゥれのォォォッッ‼ ゥうでがあァァァッッ‼」


 クロウは膝をついて、地に落ちて火を噴いている自分の左腕を見つめながら泣き叫んだ。

 痛みのせいか、動揺のためか、その目からは滝のような涙が溢れている。

 だがユーキには、同情の気持ちは湧かなかった。


 ここまでの道中でエメロンとリゼットから軽く事情の説明は受けた。

 ヴィーノとカリーチェを誘拐して、エメロンの左眼を奪った男にどうして同情できようか。しかもアレクにも攻撃をして、自分だってエメロンの助けがなければ死んでいたかも知れないのだ。

 これでも決して、やり過ぎという事はない。


「まだやるってんなら、今度は腕じゃなくて首を落とす事になるぜ?」


 ユーキのセリフに対するクロウの反応は、(にぶ)かった。

 涙の流れる虚ろな目を、ゆっくりとユーキに向ける。その目はユーキを見ているのか、それとも≪炎の剣≫を見ているのかも不明だ。

 表情からは生気が抜け、もはや戦うどころか叫び声を上げる様子もない。完全に戦意を喪失している。


「あ~……。コイツ、どうする?」


 クロウの予想外の反応に、反撃にも対応できるように身構えていたユーキはバツが悪くなり、仲間たちへと意見を求めた。

 これにいち早く反応したのはカリーチェだ。


「お、お願いっ! 殺さないでっ!」


「いや、別に大人しくしてくれりゃ殺すつもりは……」


「ほ、ほんと……?」


 ユーキは敵だからといって、無抵抗の人間まで殺すつもりはない。というか、殺すつもりなら下手な脅しなどかけずに無言で首を()ねている。


 と、少しだけ心外に思うと共に、カリーチェの必死な態度に疑念が湧く。

 それはカリーチェとクロウの関係を知らないユーキには当然の疑念だった。


 だが答えを知る間もなく、その場に新たな声が響いた。


「それは困りますな。いっそ殺して下さった方が、こちらとしては助かるのですが」


「てっ、てめぇ、いつの間にっ⁉」


「ユーキ様、まだまだ修行が足りませんな。精っ進っ不足っ!」


 声の主はレオナルドだった。

 まったく気配を感じさせずに、気が付けばユーキの間合いに入り込んでいた。

 そして構えを取る間も与えられず、レオナルドの回し蹴りがユーキの脇腹に命中する。


「げはっ⁉」


「ふむ……動きがあまりよろしくありませんな。察するに、その大っ仰っな剣のせいですかな?」


 直撃を受けたユーキは、たたらを踏みながら後退する。


 レオナルドの指摘は(まと)を射ていた。

 ユーキの≪炎の剣≫は、使用の際に3つの魔法陣を同時起動する必要がある。1つでも目まぐるしく動く近接戦闘の最中に使える者は多くない。

 自身のリソースの多くを割く必要があるために、≪炎の剣≫の使用中は素早い動きができないという欠点があった。


「さてクロウ様、立てますかな? ここは一時撤っ退っと参りましょう」


「お、おれの……うで……」


「待てっ! 逃げるのか⁉ ……て、あれ? レオナルド?」


「これはアレク様、奇っ妙っな場所で会いますな。ご挨拶もできずに心苦しいのですが、申し上げた通りでございます」


 互いの目的や立場を知らないまま奇妙な再会を果たした2人は、場に似つかわしくない呑気なやり取りを始める。

 だがレオナルドの方は、長々と話し込むつもりはないようだ。


「クロウ様。お立ちになられないのであれば、私がその首を()ねる事になりますぞ?」


 レオナルドの言葉に、その場の全員が目を丸くする。それはクロウも例外ではなかった。

 仲間だと思っていたレオナルドから「首を()ねる」などと言われたのだから当然だ。


「生け捕りなどにされれば今後の活っ動っに支障が出ますからな。クロウ様はお心が弱くあられますしな」


 そう言ってレオナルドは腰から剣を抜く。これまでの間に予備の剣を調達したのだろう。


 そしてクロウを殺す事も辞さないという理由も理解できた。レオナルドは、クロウの口から自分たちの情報が洩れる事を恐れたのだ。

 クロウもそれを理解して、慌てて腰を持ち上げた。


「ふむ、素直で何よりですな。では、我々はお(いとま)させて頂きます」


「待てっ! 王子様とヴィーノはどこだっ!」


「殿下とお友達でしたら、あちらの方でございます。(なか)ば手違いのようなものでしたし、お返しいたしますよ」


 ユーキの言葉に、レオナルドは頓着もなさげにすんなりと答える。

 これだけの事をしでかしておきながら手違いなどと、その言葉には(はらわた)が煮えくり返る思いだ。


「返したからって、ハイそうですかって逃がすと思ってんのか?」


「困りましたな。見逃がさないと仰るなら抵っ抗っせざるを得ませんが……」


 そう言いながら、レオナルドは剣をヒュンヒュンとその場で振り回す。

 独特の臨戦態勢に、ユーキは逡巡(しゅんじゅん)した。


 レオナルドの、まるで分身したかのような戦法の秘密は解けていない。

 それに自分も消耗しているし、アレクもダメージを負っている。戦闘に不慣れなカリーチェのいる場で戦うのも危険だ。

 だが、ここでみすみす危険人物たちを逃がすのも得策とはいえない。


 なかなか答えの出せないユーキの代わりに答えを出したのは、空から下りてきたエメロンだった。


「ユーキ、この場は見逃そう。これ以上は僕たちも危険だ」


 そうだ、エメロンも今は両目が使えない。リゼットが誘導できるとはいっても、戦闘など不可能だ。

 空を飛べるエメロンなら空中に避難はできるが、飛び道具を持っていないとも限らない。ユーキの≪針を飛ばす魔法≫のように。


「……わかった。王子様とヴィーノの事、嘘じゃねぇだろうな?」


「偉っ大っなるブライア神に誓いましても」


 レオナルドの言葉に、ユーキは眉間にシワを寄せる。

 悪人の放つ神への誓いにどれほどの説得力があるのか? そんなことを思いながらも、ユーキはそれを信じるしかなかった。


「ちっ、行けよ」


「英っ断っですな。もし戦いになっていたら、この場の何名かは確っ実っに死んでいた事でしょうからな」


 言われるまでもない。だからこその苦渋の決断だったのだ。


 レオナルドは移動するべく、ユーキたちに背を向ける。

 後ろを向いてはいるが、攻撃を仕掛けようという気は起きない。その立ち姿からは背面からでも隙が見えない。


 逆に隙だらけのクロウは、ここまでの時間で落ち着きを取り戻したのか、表情に生気を……いや、怒気を見せていた。


「テメェは、いつか必ずオレの手でブっ殺してやる!」


 溢れんばかりの怒りから出た言葉は、復讐の宣言だった。

 それだけを言ったクロウも、レオナルドに続いて背を向ける。こちらは斬りかかれば無条件で命中するだろう。

 身体強化で防御されれば、マトモに攻撃が通用するかは分からないが。


 ユーキは(腕の傷が悪化して、野垂れ死んでくれねぇかなぁ……)などと考えるが期待薄だ。

 ≪炎の剣≫で焼き切れたからか、切断された左腕からは出血もしていない。レオナルドも一緒だし、野垂れ死にという事にはならないだろう。


 ユーキも、カリーチェも、複雑な想いを抱きながら離れて行く2人を見送る。

 2人の敵が夜闇に消えるのを確認した頃、リゼットがエメロンの服から飛び出して()れたように言った。


「いつまでボーっと見てんのよ?」


「そうだねっ。ボクたち、ヴィーノを助けにきたんだし」


 確かにその通りだ。レオナルドとクロウの事は気になるが、今はヴィーノとメルクリオが優先だ。

 ユーキにとってはヴィーノの事は想定外だったが、レオナルドの言葉を信じて2人の無事を祈ろう。


 ……そして、レオナルドの指した方に向かったユーキたちが目にしたのは、フランとベル、そして満身創痍のメルクリオと……意識なく、身動き一つしないヴィーノの姿だった――。


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