第47話 「致命の一撃」
「く……っ! この、ちょこまかしやがってっ‼」
「お前がすっとろいんだよっ!」
激昂したクロウではあったが、ユーキの動きには全くついていけなかった。
身体強化されたクロウの動きは決して遅くない。むしろ常人を遥かに上回る速度で動いている。
だが、その動き自体は素人そのものだった。
そしてクロウの相手はユーキ1人だけではない。
「だりゃあぁぁっ‼」
ユーキの攻撃の合間にアレクが突撃する。
クロウにとってはユーキのナイフも、アレクの攻撃も、身体強化さえすればほとんどノーダメージだ。
しかし、もし強化が間に合わなければ致命的なダメージを負ってしまう。
その事実がクロウの神経を消耗させた。
「ぐっ! いい加減に諦めやがれっ! 何度やっても無駄なんだよ!」
「それはこっちのセリフだよ! そっちこそ、早く降参した方がいいんじゃない?」
焦りを見せ始めるクロウに対して、アレクは強気だ。
これまでの攻防を鑑みればその気持ちも分からなくはない。1対1でもクロウに捕まる事はそうそうないし、万が一捕まってもユーキがフォローしてくれる。
もはや負ける事などあり得ないと、そう考えていた。
だが、アレクの判断は早計というものだ。
「降参した方がいいのは……テメェらの方だっ!」
そう言ってクロウは両腕を胸の前で交差させる。
アレクはすぐさま危険を察知したが、初見のユーキはクロウの動きを訝し気に眺めるだけだ。
「ユーキっ! 隠れてっ‼」
「遅ぇっ! ≪雑音を破壊する光≫っっ‼」
アレクの叫びの直後にクロウは両腕を広げ、広範囲へ光が拡散した。
目も眩む光の中、アレクは自身を守る為に全身を強化する。だが、ユーキは身体強化が使えない。
数瞬の後、光が収まりユーキを探す。だがすぐ横にいたはずの姿はない。
「ユー……ぐげっ⁉」
「はっはーーっ! 今度こそ捕まえたぜっ‼」
消えたユーキを探すアレクに、クロウの喉輪が極まる。そのまま片腕で身体ごと持ち上げられ、首が締まる。
「ユー……キ……」
「アイツならどっかに吹っ飛んだんじゃねーか? それともバラバラになってっかもなァっ?」
「ぐぎ……」
勝ち誇るクロウを否定したいが、喉を掴まれて上手く喋れない。
身体強化のおかげで喉が潰れたりすることはないが、手足などを強化しようとすると喉の防御が解けてしまう。
「お友達の心配をしてる場合かよっ!」
「ぉぐっ!」
喉を掴む左腕とは逆の、右腕の拳打がアレクの腹を襲う。
大した強化をされているわけではないが、アレクの防御も最小限だ。ダメージは無にはできない。
全身強化を使えば完全に防御もできるが、そうしないのは反撃の為だ。
アレクは喉の強化を維持したままクロウを蹴ろうとした、が……。
「なんだそりゃ? それで攻撃してるつもりかよ? 攻撃ってのは、こうやるんだよっ!」
「がっ、ぎ……」
蹴りは当たるものの、ダメージはない。身体強化をしていない上に宙吊りにされたアレクの蹴りなどは、強化されたクロウにとっては蚊ほどの脅威でもなかった。
「ほらほらっ、いつまで耐えられっかなっ!」
クロウの拳打が何度もアレクを襲う。クロウの言葉通り、アレクにはただ耐える事しかできなかった。
アレクはそれでも反撃を諦めずに全身強化をせずに耐えるが、それは悪手だった。少しずつだが確実に、積み重なるダメージがアレクを蝕む。
「どうしたっ、もう終わり……ぅぷっ⁉」
無抵抗になりつつあったアレクを嘲ていたクロウの顔面に突然、水の球が直撃した。ただの水だ。ダメージはない。
しかしクロウの気を引き、アレクへの攻撃を止めるのには十分であった。
頭を濡らしたクロウは「また邪魔者か?」と、怒りを顕わにしながら水球の出所を探す。
だが水球を撃った人物を見つけ、その怒りは霧散した。
「千絵ちゃん……?」
「あ、アレクくんから、手を放しなさい。禄朗……っ」
杖を自分に向けて突き出す幼馴染の姿に、クロウは困惑の表情を浮かべたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「千絵ちゃん、どういうつもりだよ?」
「どういうつもりもないわよっ! 早く、その手を降ろしなさい!」
杖を持つカリーチェの手は震えていた。
エメロンから託されたこの杖は4つの魔法陣を内蔵した立派な武器だ。その気になれば、対象を炎の中に包む事もできる。
そんな物を幼馴染に向けて……いや、人に向けていること自体を恐れていたのだ。
だが、そうしなければクロウは止められない。このままではアレクが殺されてしまう。そんな事は絶対にさせてはならない。
そう決意して杖を手にしたのだが……。
「なんで千絵ちゃんがコイツを庇うんだよ?」
クロウにはその決意は伝わっていない。
アレクを解放する様子もなく、カリーチェの行動を訝しむだけだ。
「アレクくんは……っ。そうっ、友達なのよっ!」
「友達? コイツが? いきなり襲いかかってくるよーなヤツだぜ?」
「それはあんたが……。そんなことより早く降ろしなさいっ」
必死にアレクの解放を要求するカリーチェだが、クロウは一向に動く気配を見せない。
徐々に苛立ちを募らせるカリーチェだったが、それはクロウも同様だった。
アレクと呼ばれたこの少年は、いきなりクロウに襲いかかってきたのだ。さっきのユーキとかいう男も、エメロンという男も同じだ。
それが自分の幼馴染の友達だと聞けばどう思うだろう? しかもその幼馴染は、自分より友達の方を優先するかのような振る舞いだ。
クロウの怒りは、少しずつカリーチェの方にも向き始めた。
「なんでオレに命令してるワケ? ってか千絵ちゃん、どっちの味方よ?」
「少なくともっ、今のあんたの味方はできないでしょ!」
「はぁ? それより、『《《それ》》』なに? いつまでオレに向けてんの?」
クロウには、カリーチェの気持ちは通じない。
子供の頃は可愛がってやってたのに、高校生なってからは文句ばかり言ってきて、大学に入ってからは無視するようになっていた。
それでもこんな場所に来てしまって、心細いだろうと気にかけてやっているというのに、また高校の時のように反発してくる。
それどころか、杖を突き出して脅すような有様だ。
「さっきの水鉄砲、その杖からだしたの? 別に怒ってないけどさ。とりあえず、それを降ろせよ」
「あ、あんたこそ、先にアレクくんをおろしなさいよ!」
カリーチェには、クロウの気持ちは分からない。
小学生の頃は頼りになるお兄ちゃんだった。自分が中学生になる頃には、クロウは高校でイジメられていたらしく、登校拒否になっていた。
高校生になる頃、何とか卒業したクロウは大学に行き、今度は悪い友人たちとつるむようになってしまった。この頃には、かける言葉が見つからなかった。
そして今、クロウはアレクを傷つけている。
この世界に来てから使えるようになった魔法で、ハルトムートという男に命令された時のように人を……アレクを殺そうとしているのだ。
そんな事は、それだけは許されない。
「さっさと降ろせっつってんだろ‼」
「あんたが先って言ってるでしょ‼」
互いに一歩も譲らないが、それは膠着を意味しない。
クロウにとってカリーチェの杖は脅威ではない。たかが水をかけられる程度、少し鬱陶しいだけで何の痛痒にも感じない。
だから堪え性のないクロウは、カリーチェに向けて歩き始めた。
左腕でアレクを吊り上げたまま、ゆっくりと歩を進める。
「と、止まりなさいよっ!」
「止まらねーと撃つぞ、ってか? やってみろよ。ただの水くらい、何でもねーよ」
クロウは水しか出せないと思っているようだが、カリーチェがその気になれば殺傷力の高い魔法も放つ事ができる。
しかしそんなものをクロウに……幼馴染の禄朗に向けて撃つ事などできない。
それに生半可な攻撃など、『根源魔法』で強化されたクロウには効きはしない。
カリーチェ自身は『根源魔法』を使えないが、その威力は目の当たりにしている。例え本気で、それこそ殺すつもりで魔法を撃ったとしても通用するかなど分からないのだ。
迫るクロウに対して為す術なく、後退りするしかなかったカリーチェの耳にアレクの呟きが聞こえた。
「カリー……チェ……。逃げ、るんだ……」
「テメェは、黙ってろっ!」
その言葉を聞いたクロウはアレクを黙らせようと、再び腹を殴った。
「やめてっ‼」
カリーチェは叫びと共に、反射的に杖へと魔力を送り込んだ。
杖の先端から眩い光が放たれ、魔法陣が光る。そして足元から大量の小石が、クロウへと向けて撃ち出される。
無意識に送ってしまった魔力に手加減はない。カリーチェの、エメロンにも匹敵する潤沢な魔力を受けて、100を超える数の小石が全てクロウの身体に命中する。1つ1つが石壁を貫通するほどの威力で、だ。
「あ……。ろく……」
カリーチェは、自身の行為に震えた。
これでは普通の人間なら粉微塵だ。原形なくバラバラになってしまうだろう。それを、カリーチェは幼馴染に向けて撃ってしまったのだ。
これでは、いかに身体強化していようとも……。
震えながら、そんな事を考えている内に砂煙が晴れた。
「……やってくれんじゃねーか。えぇっ、千絵ちゃんよぉっ⁉」
クロウは無事だった。衣服こそボロボロになったが、大きな負傷は見当たらない。そして、左腕は相変わらずアレクを掴んだままだ。
カリーチェは、安堵と恐怖で動けなくなってしまった。
クロウが無事だったのは喜ばしい。いくら道を外れたとしても大事な幼馴染なのだ。それに、人殺しになんてなりたくない。
しかし同時に恐ろしい。
まるで機関銃のような攻撃を受けてもビクともしないのだ。とても同じ人間とは思えない。
そんな人外の力を持つクロウが、怒りの形相で自分を睨みつけているのだ。
「あ……ぃ……」
「優しくしてりゃ、つけあがってよぉ‼ 覚悟ぁ、できてんだろーなぁっ⁉」
混乱のあまり、言葉も出てこない。クロウが近寄っても、足が竦んで動かない。
アレクが必死にクロウを止めようとしているが……。
「やめっ、ろ……っ!」
「あぁっ⁉ そんなに死にたきゃ、テメェから先に殺ってやるよぉっ‼」
先ほどまでの嬲るような攻撃ではない。
例え身体強化で防御していようとも、関係なくバラバラに打ち砕くほどの魔力を右腕に込め始めた。
クロウは今、苛立ちと怒りの全てをアレクに叩き込もうとしていた。
「死んで後悔し……な……。……あれ?」
全てを打ち砕く渾身の一撃は、空を切った。命中する直前でアレクが消えたのだ。
そんな馬鹿な事があるはずがない。確かに左腕で喉を掴み、宙吊りにしていたはずなのに。
クロウは目の前で起きた出来事が信じられずにアレクの姿を探す。そして同時に、自分の足元が灯りで照らされている事に気付いた。
それに妙に暑い。いや、熱い。まるですぐ近くに焚き火でもあるような……。
「ゴホッ、ゴホッ……」
「アレク、平気か?」
混乱するクロウのすぐ背後から、話し声が聞こえた。
振り向くとそこには膝をついて咽ているアレクと、さっき≪雑音を破壊する光≫で死んだはずのユーキがいる。
ユーキの手には炎を噴き出す剣が握られていて……そして、その足元に落ちている《《それ》》を見て、クロウは驚愕に震えた。
「な……っ⁉ あ、あぁあぁああぁぁっっ⁉ おっ、オレの……っ⁉」
《《それ》》を見たクロウは自身の左腕を確認する。だがそこには、肘の先からは何もない。
クロウは、火を噴いて炭化していく己の左腕を見て絶叫した――。




