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第46話 「初恋は実らない」


 なぜアレクがこんな場所にいるのか? 先ほどの爆発はアレクの仕業なのか? 争っている男は何者なのか?

 ユーキは聞きたい事が山ほどあった。だが……。


「ユーキっ、助かったよっ! アイツは……」


「聞きてぇのは山々だけど、話は後だ。アイツは敵、でいいんだな?」


 敵を目の前に悠長にお喋りなどしていられない。

 ユーキは手短に必要な事だけを聞き、アレクも短く頷くことで答えた。


「なら速攻でブっちめて、話はそれからだっ!」


 それだけを確認したユーキの動きは速かった。

 すぐさま飛び出し、ナイフを抜いてクロウへと斬りかかる。


「あっ! ユーキ、アイツは……」


「やれるモンなら、やってみろやぁっ‼」


 アレクが何かを告げようとしたが、ユーキは止まらない。クロウが迎え撃つ体制を見せているが、関係なく突っ込む。


「シッ!」


 ()く息と共にナイフを振り抜く……直前でユーキは腕を止めた。

 そしてクロウの出足を引っかけ、地面へ転ばす。


「は? ……ぅげっ⁉」


 クロウは来るはずのナイフが来ない事に戸惑い、見事に転んだ。

 全くユーキの動きに対応できていない。


 ユーキは、クロウが『根源魔法』の使い手である事を見抜いていた。

 先ほど、アレクが羽交い絞めにあっていた時に≪針を飛ばす魔法≫でクロウを攻撃したが、針は刺さらず(はじ)かれてしまった。

 身体強化でもしていなければあり得ない。

 それに身体強化を使えるアレクを拘束するなど、それこそ同じ身体強化でもしなければ不可能だ。


 相手が身体強化を使える場合、正面から攻撃してもダメージを与える事は難しい。

 だが強化をしても、バランスを崩してやれば転ばす事くらいは可能だ。


「テメ……ぁがっ⁉」


 仰向けに倒れたままのクロウが悪態を()こうとするが、ユーキはそれすら許さない。

 すぐさま、転んだクロウの脚にナイフを突きたてた。


 強化された身体を傷つけるのは難しい。

 だがそれなら、強化されていない場所を攻撃すれば良いのだ。


 『根源魔法』は『象形魔法』と同じく魔力の集中が必要だ。それには多少の時間がかかるし、転ばされた直後に行うのは困難だろう。

 その事をユーキは知っていた。


「ん……? 防がれちまったか」


 だがナイフはクロウの肉体の深くまでは刺さらなかった。ズボンと、左膝の表面を少し傷つけただけだ。ギリギリで身体強化が間に合ったという事だ。


 しかし当てが外れたはずのユーキは落胆する事もなく、続けてナイフに魔力を送る。

 それと同時にナイフに刻まれた魔法陣が淡い光りを放ち、刀身が振動を始めた。


“ガギギギギギ……ッ”


 まるで鉄の塊に押し当てた様な(にぶ)い音が響く。


「テメェっ、いつまでも調子に乗ってんじゃねぇぞっ‼」

「おっとっ」


 だがクロウには振動によるダメージは見られず、乱暴にユーキを振り払う。

 それを避けたユーキは数歩、距離を取った。


「ユーキ、アイツは『根源魔法』を使うから気をつけてっ」


「みてぇだな。んで、魔力制御はアレクより上か。メンドクセェ相手だな」


 ユーキは、切っ先の欠けたナイフを見ながら呟いた。

 流石にアレクの身体で試した事などなかったが、ナイフの方が欠けてしまうほど防御力が高いのは少しだけ想定外だ。ひょっとして帝国の人形兵器より硬いのではないだろうか?


 余裕を見せているようにも見えるユーキだが、その内心には余裕などない。

 状況は不明瞭だし、メルクリオの安否も心配だ。さっさとこの男を倒してしまいたいが、堅固な身体強化がそれを阻む。何より、別行動のフランが心配だ。


「テメェら……。引き千切ってやるっ‼」


「ユーキっ、来るよっ‼」


「ああっ! とっ捕まんなよ、アレクっ!」


 自身の焦りを抑え込み、ユーキはアレクと共にクロウを迎え撃つのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その少し前――。


「く……。何が、起こったのだ……?」


 突然、我が身を襲った衝撃にメルクリオは困惑していた。

 いや、衝撃が襲ったのはメルクリオだけではない。部屋全体が……砦全体が衝撃に震えたのだ。


「ヴィーノ君、無事かっ⁉」


 自身の身の無事を確認した後、メルクリオは同じく捕らわれているヴィーノに声をかけた。

 先ほどの衝撃でテーブルやイスも倒れ、壁も崩れている。そして……。


「ヴィー……っ!」


 崩れた壁が視界に映った時、同時にヴィーノの姿も見えた。

 だが、その姿にメルクリオは言葉を失う。


「だい……じょうぶっスか……?」


 ヴィーノの質問はメルクリオに向けられたものではない。その声は、崩れた壁を支えて四つん這いになるヴィーノの下に向けて放たれたのだった。

 ヴィーノに押し倒されるような格好でそこにいたのは、マリアだった。


「どういう……つもりかしらぁ?」


「……ぶ、無事そうで、何よりっス」


 質問に質問で返すマリアだったが、ヴィーノは疑問には答えずに微笑むだけだ。


「ヴィーノ君っ、待っていろ! すぐに瓦礫をどかすっ!」


 ヴィーノの行動に疑問を抱いていたのはメルクリオも同じだったが、今はそのような事に気を取られている場合ではない。

 笑ってはいたが、どう見てもやせ我慢だ。声が震えていて力を感じない。


 一刻も早く、ヴィーノを救出する必要を感じたが……。


「く……っ、この……」


 ヴィーノが背に乗っていたのは、瓦礫と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。人の2人くらい隠れる事ができそうなほどの壁が、ヴィーノの身体で支えられていたのだ。

 非力なメルクリオの力だけでは、これをどかす事などできない。


 だがこの場には他に誰もいない。

 ヴィーノはもちろん、マリアも抜け出せないのか倒れたままだ。


「マリアさん、何とか……抜けられねっスか……?」


「もう一度聞くけど、どういうつもりかしら?」


 ヴィーノの質問を無視して、マリアは同じ事を再度問う。

 その様子を見たヴィーノは少し困ったような顔をして、そして笑った。


「どういうも何も……マリアさんは命の恩人っスから」


「私が暗殺者だって、さっき聞いたでしょう?」


「関係ねっス。それに……」


 本当はヴィーノに明確な理由などなかった。ただ振動が起きたと思ったら、目の前のマリアに向けて壁が崩れるのが目に映った。そして気が付いたら庇っていた。

 ただ、それだけだった。


 しかし、例え考える時間があったとしても変わらないだろう。

 マリアが暗殺者だろうとテロリストだろうと、命の恩人である事には変わりない。おまけにマリアは女性だ。ヴィーノにだって、少しくらいの漢気はある。

 それに……。


「それに?」


「オイラ、マリアさんに惚れちまったっスからね。惚れた弱みってヤツっス」


 すぐ(かたわ)らで行われた、突然の告白にメルクリオは瓦礫をどかす手を止めてしまった。

 角度的にヴィーノの表情は見えないが、その声は先ほどまでの震えたものとは違い、確かな力を感じる。


 マリアからの返事はない。ヴィーノもそれ以上の言葉を発しない。

 メルクリオは音を出す事さえも(はばか)られて、ただ2人の動きを待つだけとなっていた。


 だが、そんな沈黙を破ったのは新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)だった。


「おぉや? 様子を見に来てみれば……。何とも珍っ妙っな構図ですな?」


 それは奇妙な語り口の男だった。礼服を(まと)ってはいるがあちこち裂けてボロボロだ。

 そしてその顔には、見覚えがあった。


「君は確か……元近衛騎士のレオナルド、だったな。今はボーグナイン伯爵令嬢の護衛をしているはずだったが……」


「これはメルクリオ殿下。私などの事を覚えておいでとは、光っ栄っですな」


 元近衛となればメルクリオの目に留まる事もある。そして彼とは昨晩のパーティーでも顔を合わせたばかりだ。

 会話こそした事はなかったが、メルクリオがレオナルドの顔を覚えているのは当然であった。


 しかし元近衛がこんな場所に突然現れるのは違和感がある。

 普通に考えるなら、行方不明の王子の救出に来たようにも思えるが……。


「私の救出に来た……ようには見えないな。彼女の仲間か?」


「非っ常っに残念ながら、そういう事ですな」


 あまり当たっては欲しくなかった推測を、レオナルドはあっさりと肯定する。

 もしレオナルドが王子救出の為に来たのであれば、動けないマリアを拘束してヴィーノと共に脱出もできたのだが……。


 そんなメルクリオの浅はかな希望を余所(よそ)に、レオナルドはマリアへと向き直った。


「さて、私はこれ以上巻き込まれない内に脱っ出っしようと思いますが、貴女(あなた)はどうされます?」


「やぁっぱり、これはクロウの仕業なのね。『神輪(しんりん)』は?」


「残念ながら埋もれてしまいましたな。今すぐに回収するのは難しいかと……」


 メルクリオとヴィーノの2人を、まるで無視するかのように会話をする2人。

 だがそれに割って入る事はしなかった。この会話から、少しでも情報が得られるかもしれなかったからだ。


「どうするつもり? 放っておくわけにはいかないでしょう?」


「後日に回っ収っさせましょう。教団員は私だけではありませんので。それより、そろそろ私は参りますが?」


「そうねぇ……。こんな事になったなら、残っても仕方ないわねぇ」


 聞き耳を立てるメルクリオだったが、大した情報は手に入らない。

 分かったのは、恐らく砦を破壊したのがクロウという男だという事と、『神輪(しんりん)』・「教団員」という言葉くらいだった。


「左脚は……《《捨てる》》しかないわねぇ」


 そう言ったマリアが溜息を()き、どこからか“カチリ”と音がする。

 そして身体を(よじ)りながらヴィーノの下から()い出て立ち上がったマリアの左脚は、どこにもなかった。


「マ、マリア……さん……?」


「あぁ……私、義足なの。ホラ、右脚も」


 そう言って右脚だけで立つマリアがスカートをたくし上げると、そこから覗く右脚は(にぶ)い鉛色を放っていた。


 想像だにしていなかった光景に、ヴィーノはもちろんメルクリオも言葉を失う。

 両足を失っていたなど思いもよらなかった。マリアの振る舞いに不自然さなど無かったし、メルクリオは彼女がフランと互角に戦った事も知っているのだ。


「さて、御2人はどうしましょう? 必要であれば私が運びますが?」


「……置いて行きましょう。王子様を取り返そうと、また同じ事になったら面倒だわ」


「ふむ、確かに……。しかし、それでは貴女(あなた)がお叱りを受けるのでは?」


「クロウが悪いのよ。私は知らないわ」


 そう言ってマリアは何かを呟き始めた。それと同時に部屋の気温が下がり、マリアの足元に氷の道が出来始める。これは昨晩も目にした『精霊魔法』だ。

 このまま外へと向かうつもりに違いない。


「マリアさん……」


「ヴィーノ君、それじゃあね。貴方は嫌いじゃないけど、好みじゃないの」


 ヴィーノが立ち去ろうとするマリアへと声をかけるが、その返事は()()ないものだった。

 ヴィーノにはマリアを止める(すべ)はない。その身体は未だに瓦礫の下だ。


「まっ、待てっ! ヴィーノ君を助けてくれっ!」


 非力な自分を情けないと思いつつも、メルクリオには懇願(こんがん)する事しか出来なかった。

 だがマリアは見向きもせず、レオナルドは……。


「残っ念っですな、我々も急ぎますゆえ。それにしても誘拐犯に懇願(こんがん)とは……。王族としての誇りは無いのでしょうかな?」


「…………」


 レオナルドの諌言(かんげん)に言い返す事もできずに沈黙する。

 王族の誇りなど、自分が「役立たず」だと感じた瞬間から持ったことなどなかった。そんな、ありもしないものなどより人の命の方が重要だ。


 だから……メルクリオには、この期に及んでも他に手はなかった。


「頼む……」


「幻滅ねぇ、王子様。無力を嘆くだけの男に、女の心は動かせないわ」


 レオナルドはともかく、マリアならもしかしたら……などと考えていた。マリアは思ったより穏和で理知的で、しかもヴィーノの知り合いなのだから。

 しかしそんな淡い期待も(はかな)く打ち砕かれる。


「さ、参りましょう。クロウ様も回っ収っしませんとな」


「アレを迎えに行くの? 捨てて行ってもいいんじゃない?」


「そうしたいのは山々ですが……万一、生きたまま捕えられれば面倒になりますからな」


「私は片足だし、そっちは任せるわぁ」


 すでに2人の意識はメルクリオを向いていない。

 そして振り返る事もせずに出ていく2人を、メルクリオは未練がましく見送ることしかできなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その少し後――。


「殿下っ! ご無事でっ⁉」


 ベルの『精霊魔法』による導きでメルクリオの元へ辿(たど)り着いたフランが目にしたのは、大きな瓦礫の下敷きになった青年と、項垂(うなだ)れたメルクリオの姿だった……。


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