第45話 「アレクVSクロウ」
「やっべ、やりすぎちまったか?」
瓦礫の山と化した周囲を見渡して、クロウはそんな言葉を零した。
やり過ぎなどというものではない。
クロウの使った≪雑音を破壊する光≫は、前面広範囲を無差別に攻撃する魔法だ。
その威力は砦は半壊させ、原型を留めている部分は1/3もないほどだ。
砦の大半は吹き飛び、屋根も壁もない。空を見上げれば、満天の星空と大きな月が見えるだけだ。
周囲に動くものは何もない。
「いけねっ! 千絵っ‼」
ここにきて、ようやくカリーチェの存在を思い出して慌てるクロウ。
侵入者相手にムキになって、つい広範囲魔法を使ってしまった。魔法の射線には入っていなかったが、瓦礫に巻き込まれた可能性もある。
カリーチェ……千絵は、クロウ……いや、禄朗にとって大事な女の子だ。怪我をさせるなど本意ではない。
だが、それは侵入者が悪いのだ。
いきなり攻撃してきて、こちらの反撃は小細工で躱す。ならば小細工ができない攻撃をするしかないではないか。
そんな自己弁護をしながらカリーチェの姿を探すクロウの耳に、呑気な《《男》》の声が聞こえた。
「ふぅ~~、あっぶなかったぁ~っ。カリーチェ、ダイジョーブ?」
「う、うん。アレクくんが庇ってくれたから……」
もう1人の侵入者だ。
まだ声変わりもしていないアレクと呼ばれた少年が千絵と一緒にいた。2人とも、目立った怪我はないように見える。
「アイツ、メチャクチャするわねっ! エメロンはっ⁉」
「爆発の直前に壁の陰に隠れるのは見えたけど……」
妖精も現れて甲高い叫び声を上げた。こちらも無事のようだ。エメロンというのは最初の男の名前か?
それにしても、たとえ余波でもあんな小さな生き物が無事で済むとは思えないのだが……。
そんな事を考えながら、クロウは無造作に3人に近寄っていく。
目的はもちろん、千絵の確保の為だ。
「よぉ、テメェ。今なら見逃してやっから、千絵ちゃん置いてさっさと帰りな」
「オマエみたいな悪いヤツ、見逃せるワケないだろっ! ……チエちゃん?」
「あ……あたしの事。あいつ、知り合いなの……」
反発するアレクが千絵の名前に首を傾げ、本人が説明する。
これで納得して、帰ってくれれば手間が省ける。最初の男はたぶん死んだだろうが、いきなり斬り付けてきたのだから自業自得だ。
ただ、聞き流せない事を言われた。これだけは訂正させなければならない。
「誰が『悪いヤツ』だって?」
「オマエに決まってるだろっ! ヴィーノとカリーチェを攫って、エメロンに攻撃したじゃないかっ!」
「千絵ちゃんは知り合いっつってんだろーがっ! それに先に手を出してきたのは、そのエメロンってヤツの方だっ!」
納得がいかない。
離れ離れになった幼馴染を保護したら誘拐犯のように言われ、いきなり攻撃されたから反撃したら、それも咎められる。
どう考えても「悪い」のはお前らの方ではないか。
「リゼットっ、カリーチェっ! エメロンを探してっ! ボクは、コイツをやっつけるっ!!」
「死んでも知らねーぞっ! クソガキィっ!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アレクは右拳に魔力を集中させ、クロウに突撃する。
クロウも、同じく左拳に魔力を集めて迎え撃った。
強化された両者の拳が、激突する――。
「……っ‼」「くっ……」
まるで鐘を鳴らしたような鈍い音が響くが、両者のパワーは互角だ。
一瞬、動きが止まった隙を突いて、アレクはクロウの隙だらけの顔面目掛けて左拳を放った。
「だりゃあっ‼」
寸分の狙い違わず、アレクの攻撃は命中する。
アレクの目から見てもクロウは素人だ。
力が互角でも技の方に分があると、そう考えたのだが……。
「いっ痛~~っ」
クロウの顔面は鋼鉄のように固かった。
攻撃を受ける一瞬で、クロウは顔に身体強化を施したのだ。対してアレクは左拳にほとんど魔力を集める事ができていなかった。
技はアレクの方が勝っているのは間違いないが、魔力操作の方はクロウの方が上だったのだ。
「あっぶねー。オマエ、もしかして身体強化が使えんの?」
「だったらなんだよ?」
「いや? ただ、それなら本気を出しても構わねーよなっ‼」
そう言って、クロウが再び突進してくる。
先ほどと同じ、愚直な突進だ。だが、速度が違う。迎え撃つ事はできない。魔力を溜める時間がない。
「ぅわっ⁉」
アレクには回避を選択する事しかできなかった。
だがそこに、急停止したクロウが手を伸ばす。アレクはその手を掴んで、互いの手を組んでの押し合いになった。
「く、ぬぬぬぬ……っ」
「ホレホレ、どーしたよっ? もっと力を込めねーと押し負けちまうぞっ?」
先ほどは「力は互角」だと考えていたがとんでもない。クロウはまだ本気ではなかったのだ。
今は、力の差は歴然だ。
決して魔力の量が足りないわけではない。更に魔力を込める事は不可能ではない。
だが今以上に魔力を込めれば、間違いなく身体が保たない。今の強化が、安全に肉弾戦で使用できる限界なのだ。
「どーやらそれが目一杯みてーだな。しょせん、魔力チートにゃ敵わねーんだよっ」
よく分からない言葉と共に、クロウが突然腕を引いてアレクを宙へと振り上げる。
そしてそのままの勢いで半円を描いて地面へと叩きつけた。
「わっ⁉ ……がふっ」
咄嗟に身体強化で全身を守ったが、無傷とはいかなかった。
外傷は防いだが、衝撃がアレクの脳を揺らし、肺の空気を絞り出す。
「テメェの事を棚に上げて、人の事を悪モン呼ばわりすっから、そーなんだよっ!」
一瞬、無防備となってしまったが追撃はこない。ただアレクを見下ろして勝ち誇っているだけだ。
(今、攻撃されたらヤバかったな。なんで追撃してこなかったんだろ?)
一方でアレクのダメージは軽い。こんな事を考える余裕すらあった。
しかしどうしたものか……。
ダメージはなくても、身体強化の扱いは相手の方が1枚も2枚も上だ。いくら隙が多いとはいえ、真正面からのぶつかり合いでは勝機は薄い。
(よぉし……。だったらっ)
作戦を決めたアレクは寝ころんだまま小石を無造作に鷲掴み、クロウの顔面向けて放り投げた。
「これに懲りたら……うわっ⁉」
油断していたクロウの顔面に礫が襲い掛かり、続けてアレクは立ち上がりざまに側頭部目掛けて蹴りを放った。
「がっ⁉ ……くっ」
蹴りも命中したが……手応えが悪い。この堅い感触は身体強化をされたに違いない。
呻き声を上げたものの、ダメージはないだろう。
「う~ん、やっぱ防御されちゃうかぁ」
「てめっ、クソガキがっ」
予想はしていたが、全くのノーダメージに少しだけ落胆する。
だが、それならそれで構わない。元々やる事に変わりはないのだから。
「でも、これならどうだっ! だっ! だだだぁぁっ‼」
アレクの作戦、それは単に息もつかせない連続攻撃をする事だった。
本来ならパワーとスピードに勝る相手に真正面からぶつかるのは愚策だ。だが、アレクは「ぶつかり合い」ではなく、一方的な攻撃を浴びせる事を選んだ。
本来なら不可能な愚行にも思える行動だが……。
「お、おいっ! まっ、少し待てっ‼」
「待つもんかっ!」
しかしクロウはアレクの猛撃に防戦一方だった。このような結果になったのは戦闘経験の差という以外にない。
アレクは師匠の元で、ユーキやエメロンと共に何年も修行をした。魔物や盗賊との戦闘経験もある。
対してクロウにはまともな戦闘経験は1度もなかった。今までにしてきたのは戦いとは呼べない蹂躙だけだ。
アレクの拳は最初のぶつかり合いよりずっと軽い。だがフェイントを織り交ぜた攻撃にクロウは対応できず、受け損ないが出てくる。
「がっ、ぐっ……。ぐぅぅっ!」
堪らずクロウは後ずさり、亀のように丸まってしまった。
チャンスだ。
そう考えたアレクは渾身の魔力を右手に込めて突進した。
「これでっ、決まりだあぁぁっ‼」
今できる、最大の攻撃だ。直撃すれば大岩だって砕く事ができる。こんな力で剣を振れば、刀身の方が保たないくらいだ。
それほどの力を込めての攻撃だ。アレクは勝利を確信していた。
だが……。
「……え?」
アレクの右拳は、クロウの両手で受け止められていた。
「来るのが分かってりゃあ、オレの方が力は上なんだよっ‼」
「えっ、ぅわっ⁉」
掴まれた右手を引かれ、バランスを崩される。予想していなかったアレクは抜け出す事はできなかった。
そしてクロウは左腕をアレクの首に回して拘束する。
「捕まえちまえばこっちのモンだっ! このまま締め落してやんぜっ!」
「ぐ……ぎぎぎ……」
右手は掴まれたままだ。左手はクロウの身体に届かない。そして言う通り、力はクロウの方が上だ。
脱出しようと藻掻くが、ビクともしない。このままでは本当に締め落されてしまう。
そう思った瞬間、何かが空を切る音が耳に飛び込んだ。
「ぁがっ⁉」
そしてクロウの悲鳴が聞こえ、力が緩んだ。
アレクは右腕を伸ばし、背後のクロウ目掛けて肘を叩き込む。
「っだあぁっ‼」
「ぉぐっ⁉」
腹を打たれたクロウはアレクの拘束を手放して蹲った。
アレクはクロウから距離を取り、ピンチを救ってくれた人物を探す。
そこにいたのは……。
「やっぱアレクだったかっ! 何してんだよっ、こんな所でっ⁉」
「ユーキっ!」
そこにいたのはアレクの親友にして『インヴォーカーズ』の仲間、そして『英雄』のユーキだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「この辺りのはずよっ!」
「この辺りって……。エメロンくんはどこよっ⁉」
アレクの指示で、エメロンを探す為に少し離れたカリーチェとリゼットだったが……エメロンがいたはずの場所には誰もいない。
その現実がカリーチェの不安を掻き立てる。
自分はアレクが守ってくれたから無傷だったが、石造りの砦が吹き飛ぶほどの威力だったのだ。それを受けたエメロンが無事でいる保障などない。
どこかに吹き飛ばされたか、瓦礫に埋まっているかも知れない。もしかしたらすでに……。
信じたくない。考えたくない。自分の幼馴染が、エメロンを手に掛けたなど……。
カリーチェは現実を否定したい一心で、無造作に瓦礫を掻き分け始めた。
「エメロンくんっ‼ 聞こえてたら返事してっ‼」
その叫びは心からの願いだ。
エメロンの優しさは知っている。いつも気に掛けてくれたし、仕事でも、ユーキたちにだって、いつだってさりげなくフォローしてくれた。
そんなエメロンが死んでしまうなんて嫌だ。それをしたのが禄朗だなんて嫌だ。
そんなカリーチェの願いが届いたのか、それとも単に声が聞こえただけか、カリーチェのすぐ横で瓦礫が動いたのが見えた。
そこには僅かに足が見える。
「エメロンくんっ⁉ 待っててっ、すぐに瓦礫をどけるからっ!」
「……っ、大、丈夫。少し、気を失ってたみたいだ」
瓦礫に埋まって身動きができないのかと思ったが、エメロンはふらつきながらも自力で立つ。どうやら本当に気を失っていただけのようだ。
その事実にカリーチェはもちろん、リゼットも安堵を示す。
「アンタ、ホンット心配させないでよねっ。それにしても、よく無事だったわね?」
「咄嗟に壁の陰に隠れたのが良かったんだと思う。それよりアレクは? 今、どういう状況だい?」
エメロンの質問に、カリーチェとリゼットは顔を見合わせる。
どういうも何も見た通りだ。砦は吹き飛び、少し離れた場所でアレクとクロウが戦っている。時折、アレクの叫び声も聞こえてくる。
「アンタ寝ぼけてんの? アレクの声が聞こえるでしょ?」
「さっきので少し耳をやられたみたいだ。遠くの音が聞こえづらいな」
普通に会話をしていたので気付かなかったが、耳にダメージを負ったらしい。しかし、そのくらいならしばらくすれば元に戻るだろう。
「あっちよ、あっち」
「……どっちだい?」
リゼットが呆れ気味にアレクの方へと指を指すが、エメロンは気付いていない。
いや……。
「エ……エメロン、くん……」
「リゼット、どこにいるんだ? 早くアレクの加勢に行かないと」
暗くてよく見えなかったが、月明りが照らしたエメロンの顔には……左眼には……。大きな石片が突き刺さっていた……。




