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第44話 「大爆発」


「これ、スッゴイね。まったく足音が出ないや。これもエメロンのオリジナル?」


「うん。でも、あんまり大きな音は消せないから気を付けて」


 砦内の通路を歩くアレクが感心していたのは、潜入前にエメロンから渡された魔法陣の紙の事だ。

 2枚1組のそれを両足の靴底へと貼りつけると、不思議な事に足音が掻き消されてしまった。


「ボク、魔力制御はまったくしてないんだけど『戦闘魔法』じゃないの?」


「これにはそんなに魔力は必要ないからね。『一般魔法』だよ」


 アレクはその名称から『一般魔法』は日常生活に役立つ魔法であり、それ以外には役に立たないものだと思い込んでいた。

 だがどうだ。エメロンは『一般魔法』であっても潜入に役立てている。その事に感心すると共に、頼りになる親友を誇らしくも思うのだった。


「で、リゼット。カリーチェとヴィーノはドコ?」


「ヴィーノは知らないけど、カリーチェはこっちよっ」


「2人とも、足音しか消せないから静かにね」


「わかってるってっ」


 エメロンは、2人のやり取りに呆れながらも緊張感を保つように(いまし)める。

 幸いにも砦の入り口に鍵は付けられていなかった。長年放置され、風雨のせいで壊れていたからだろう。

 そして見張りがいなかったのも僥倖(ぎょうこう)だった。どうやら誘拐犯は数人のようだし、見張りを立てる余裕がないのか、それとも必要ないと考えているのか……。


「ここよっ」


「アレク、分かるかい?」


「ちょっとまって……。息づかいは1人だよっ」


 リゼットの案内でカリーチェが囚われている部屋へと到着する。

 事前に話し合っていた通り、エメロンの指示でアレクは素早く聴力を強化して室内の人数を調べた。


 中には1人……。たぶんカリーチェだと思うが確証はない。もし誘拐犯だったとしたら面倒になる。

 巨大な南京錠のついた扉を見てそんな事を考えていたアレクを余所(よそ)に、エメロンは小声で「カリーチェじゃなかったら素早くここを離れよう」と言って、扉をノックした。


「だれっ⁉」


 ノックに反応した声はカリーチェだった。

 その事実にアレクはもちろん、エメロンも安堵する。


 もし部屋にいるのがカリーチェではなかった場合、救出の難易度は一気に跳ね上がってしまっていただろう。それだけでなく危険もあったはずだ。

 それでも、この状況で絶対的な安全策などなかった。多少のリスクは受け入れる必要があったのだ。


「カリーチェ、僕だ。エメロンだ。アレクとリゼットもいる」


「カリーチェっ、無事っ⁉」


「アレクくんっ⁉ リゼットが連れて来てくれたのねっ!」


 扉越しに声を上げる2人にエメロンは、手振りで注意を促す。

 カリーチェの無事が嬉しいのは分かるが、今は騒ぎは控えるべきだ。ヴィーノの行方もまだ分からないのだから。


 そう考えていたのだが……。


「ふんっ‼」


“ベキィッ‼”


 どうやって静かにカリーチェを部屋から出し、ヴィーノの救出に向かうかを考えていたエメロンの耳に、アレクの掛け声と破壊音が飛び込む。

 アレクが身体強化で南京錠を引き千切ったのだ。


「…………」


 しかし、やってしまった事は仕方ない。

 それに他の方策は思いつかなかったし、あったとしても考えつくまでに時間がかかったかも知れない。一刻を争うこの時に関しては、躊躇(ちゅうちょ)せずに行動したアレクの方が正解だったかも知れないのだ。

 とはいえ、一言くらい欲しかったとは思うが。


「カリーチェっ、身体は何ともないっ⁉」


「へ、平気よっ。リゼット、事情を話してなかったの?」


 しきりに身体の無事を確認するアレクに、カリーチェは少し戸惑う。

 誘拐犯であるクロウがカリーチェの幼馴染であり、目的が「連れ戻す事」だという事を考えれば、危害を加えられる事はないと予想はつきそうなものだ。


「こっちだって色々あったのよっ。約束通り、ちゃんとアレクを連れてきたんだからいいじゃないっ」


「それより、ヴィーノの場所は分かるかい?」


 どうでもよい話を切り上げて、エメロンは聞くべき質問を投げる。だがカリーチェは、気まずげに首を振るだけだった。

 ならば一刻も早くこの場を去り、ヴィーノの居場所を突き止める必要がある。


「みんな、すぐに……」

「オマエら、誰よ?」


 急いで移動をしよう。そう声を掛けようとした時、背後からエメロンの声に被せるように男の声が響いた。

 金髪黒眼の男は、怪訝(けげん)な表情でエメロンとアレクを見る。


「コイツよっ! コイツが2人を誘拐した犯人よっ‼」


「あぁ……? 妖精? こんなのがいるなんて聞いてねーぞ?」


 声を上げたリゼットに気付いた男は、更に大きく顔を(しか)めた。


 リゼットの話では、この男は『根源魔法』の使い手だ。

 アレクは『根源魔法』の身体強化で馬より速く駆け、素手で岩をも砕く力を発揮する。この男も同じであれば、戦うには危険な相手だ。


 だがエメロンは一目見て、この男が「戦いの素人」だという事を見抜いた。

 男から見て不審者である自分たちが目の前にいるというのに、構えはおろか緊張感の欠片もない。立ち姿も重心が崩れている。何より、間合いと腕の位置が適当すぎる。

 一言(ひとこと)で言うなら無防備だ。


「ってか、誰が誘拐犯よ? テメー、勝手なコト言ってんじゃねーぞ?」


「アンタに決まってんでしょっ‼ カリーチェとヴィーノを気絶させて(さら)ったじゃないっ‼」


 少し気の抜ける言い合いをリゼットとしている男だが、仲間たちを誘拐した敵である事に疑いはない。そして敵ならば、油断している今は攻撃する好機だ。

 身体強化をされてしまえば、正面からの攻撃はほぼ通用しないと考えるべきだ。


 そう考えたエメロンは、先ほどから練っていた魔力を杖に送り込むと同時にアレクに目配せをする。

 目の合ったアレクが頷くのと同じくして、杖の先端から水で形成された刃が形を現し、エメロンは迷いなく杖を振り抜いた。


「あのなぁ、オレはよぉ……あづっ⁉」


 リゼットと言い合いをしていた男は膝を水の刃で斬りつけられ、(うめ)き声と同時に傷口を押さえる。

 攻撃が通用しなかった場合は、マリアにも使用した≪水の檻≫にも使えると考えて水の魔法を使用したのだが、その必要はなかった。

 男は見た目の通り、本当に無防備に立っていただけだったのだ。


 少しだけ拍子抜けしつつも、エメロンは3人に指示を飛ばす。


「3人ともっ! 行くよっ!」


「えっ? ぁ……。ろく……」

「何してんのさっ! カリーチェ、行こうっ!」


 見つかった以上、手早くヴィーノを見つけて脱出しなくてはいけない。時間を掛ければかけるほど、それは難しくなる。

 不覚にも誘拐犯に見つかってしまったエメロンたちに、他に手はなかった。

 だが……。


 部屋を出る直前に、先頭を行くエメロンの眼前を閃光が(はし)る。

 光はエメロンの鼻先を通過して、壁に丸い穴を残した。


「クソがっ……。テメェ、やるだけやって逃げられると思うなよ……っ!」


 振り返ると、男は膝を片手で押さえたまま、もう片方の手をエメロンに突き出す仕草をしていた。

 そして、その形相は怒りの色に染まっている。


 今の閃光には見覚えがある。いや、よく知っている。アレクの≪消滅の極光(バニッシュゲイザー)≫だ。

 自身の魔力を光線にして撃ち出す『根源魔法』だ。


 そして脚を斬り付けてからまだ数秒。

 男はそれだけの時間で魔法を放ったことになる。魔力の制御はアレクより上だ。


「よくも不意打ちなんてキタねぇマネをしてくれやがったなぁ? テメェは、このクロウ様が直々にブっ殺してやるっ‼」


 クロウと名乗った男は膝から手を放し、怒声と共にエメロンを(にら)む。


「みんなっ! 僕から離れろっ‼」


 明らかに標的は自分だ。

 そう直感したエメロンは叫んでアレクたちから距離を取った。


「逃がさねーっつってんだろォっ‼」


 その動きを見たクロウは、エメロンを追うように床を蹴った。


 両断までするつもりはなかったが、立ち上がるのが困難なほどには傷つけたつもりだった。だがその様子からは、脚の傷の影響は見られない。


「ヒキョーモンは、トマトみてーに潰れてあの世で後悔しなっ‼」


 口上と共に、エメロンの顔面目掛けて(こぶし)を振り下ろす。

 『身体強化』を施したアレクなら岩でも簡単に砕く事ができる。クロウの言葉も、脅しなどではなく本当に潰すつもりなのだろう。

 命中すればエメロンの頭部は弾け飛ぶに違いない。


 だがそれは、当たればの話だ。


「ぶっ……」


 エメロンは杖を突き出し、その先端をクロウの顔面に押し当てた。

 そのせいで腕を伸ばし切っても(こぶし)は届かず空を切る。


「っ、クッソがあぁぁっ‼」


 だがクロウにダメージはない。

 杖を強引に払いのけ、脚に力を入れて踏みしめる。

 同じ手は2度と喰らわない。喰らったとしても正面から打ち砕く。その意思を込めるように強く、強く、両脚に、全身に魔力を込めて突進する。


「っ⁉」


 だが今度は、クロウの目の前に火が吹きつけられた。エメロンの『象形魔法』だ。

 ダメージなど受けるはずのない小さな火だが、クロウの視界は火に埋め尽くされてしまった。そして気が付けばエメロンの姿はなく、目の前には壁が迫っていた。


 勢いを殺しきれなかったクロウは激突し、轟音と共に壁が崩れた。


「何してるんだっ! 早くヴィーノを探しに行くんだっ‼」


 ただ様子を見ているだけだったアレクに向けて、エメロンが叫ぶ。

 それを聞いたアレクは、ハッと我に返った。


 一体自分は何を呆けて見ていたのか、と。

 エメロンの言う通り、目的を達成するのならヴィーノを探しに行くのが先決だ。だが、エメロンをこの場に置いて行くのか?


 確かにエメロンは強い。そして相対するクロウはアレクから見ても隙だらけだ。

 だが『根源魔法』の威力と、エメロンに向ける殺意は本物だ。それにエメロンは片目が使えない状態なのだ。


 指示通りにヴィーノを探しに行くべきか、残ってエメロンと共に戦うべきか、アレクは迷う。

 だが、いつまでも迷っている時間は与えてはもらえない。


「ちょこまかと……っ、ヒキョーな手ぇばっか使いやがって……っ」


 ガラガラと音を立てて、瓦礫を払いながらクロウが立ち上がった。

 予想していたが、精神的にはともかく肉体的なダメージはゼロだ。


 だが血管が切れそうなほどの怒りを見せた後、クロウは不敵に笑った。


「だけどなぁ、コレを躱せるモンなら躱してみやがれっ!」


 胸の前で両手を交差させ、力を溜めるような仕草を見せるクロウ。

 それを見たエメロンは、クロウの行おうとしている攻撃を予測した。


「アレクっ! 逃げ――」

「逃がすかよっ‼ ≪雑音を破壊する光ラウド・デストラクション≫っっ‼」


 交差した両手を天に向けるように広げる。

 それと同時にクロウの全身から光が放たれ、エメロンたちの視界は白く染まった――。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「クソっ、変質者のクセに足が速ぇなっ!」


「ユーキ、へんしつしゃはカンケーないとおもうの~っ」


「そんな事を言っている場合じゃありませんっ。黙って走りなさいっ!」


 逃げるレオナルドを追う3人だったが、一向にその差は縮まらない。

 このままでは砦の中に逃げ込まれ、仲間を呼ばれてしまう。何とかして砦にたどり着くまでに追いつかなければと、そう考えていた時だった。


 砦の中から一筋の閃光が伸びた。

 それを見た3人は元より、レオナルドすらもが一瞬足を止める。


「何ですっ⁉」


「あ……あれは、アレクの≪消滅の極光(バニッシュゲイザー)≫っ⁉」


 謎の光にフランは戸惑うが、ユーキとベルは光の正体を知っている。本当は別人の魔法なのだが、2人はそれには気付かない。


 なぜアレクが……? いくら考えても答えは出ない。

 しかし、そのような事を考えている時ではなかった。


「2人とも~っ、へんしつしゃがにげちゃうの~っ!」


「っ、やべぇっ! 考えるのは後だっ!」


 余計な事を考えている間にレオナルドは動き出し、更に距離を開けられてしまった。このままでは砦に着くまでに取り押さえる事は無理だ。


 しかし、それでも追うしかない。

 そう割り切り全力で足を動かすが、やはり差が縮まる事はない。そして予想の通り、レオナルドが砦の中に入って行くのが見えた……その時だった。


「ちっ、このまま突入するしか……何だっ⁉」


 大轟音と共に、砦が弾け飛んだ。

 四方八方に飛散する瓦礫が、数十m離れたユーキたちにも襲い掛かる。


「ななっ⁉ なんだぁっ⁉」


 突然の異変に困惑しながらも、飛礫(ひれき)に身構えるユーキたち。

 あんな岩の塊が直撃したら無傷では済まない。万が一、頭に直撃でもすれば死にかねない。

 ユーキは一瞬取り乱しながらも、すぐに平静に戻って危なげなく飛礫(ひれき)を躱した。


「フランっ! ベルっ! 大丈夫かっ⁉」


「なんこか石がぶつかったの~っ」


「……っ。私も、大丈夫ですっ」


 飛礫(ひれき)が止んで、2人の安否確認をするユーキ。

 ベルは「ぶつかった」と言っているが大丈夫そうだ。やはりリゼットと同じく怪我をする事はないらしい。

 フランも「大丈夫」だと言っているが……。


「脚をケガしてんじゃねぇかっ!」


「この程度……っ、平気ですっ」


 運悪く、飛礫(ひれき)の1つが装甲のない部分に直撃していた。

 フランは平気などと言っているが、そうは見えない。立つ姿勢が、崩れた重心が、青くなった顔が物語っている。

 この脚では戦う事は不可能だ。


「っ、問題ありません。殿下が心配です、行きましょうっ」


 そう言うが、このまま進むという選択はない。

 まともに動けないフランと行動するのは愚策だ。


 それに何が起こったのかは分からないが、ただ事ではない。

 砦を見ると半壊していて、形を残している部分は半分もない。中で爆発でも起きたのだろうか? おまけにレオナルドの姿も見当たらなかった。


「何をしているんですっ⁉ じっとしていても……」

「フラン、こっからは別行動だ」


 ユーキはこれからの行動をどうするべきか思案していた。

 そして……答えは1つだった。


「何を……?」


「フランは、ベルと一緒に王子様を探しに行け。俺は目一杯暴れて注意を引く」


 砦で何が起きたのかは分からないが、危険が待っているに違いない。そんな場所に、戦えないフランを連れてはいけない。

 しかし「待っていろ」と言われて、素直に聞くとも思えない。

 そして目的はメルクリオの救出だ。ならば危険を引き受けるのは自分の役目だ。


 フランは心配だが、そこはベルに任せよう。

 ベルの『精霊魔法』があればメルクリオの元へ迷わず行けるし、敵を避けてやり過ごす事も可能だろう。


「ベルっ、フランの事は頼んだぜ!」


「ちょっ、待ちなさいっ!」


 フランの制止を聞かず、ユーキは走った。

 脚を負傷したフランに追いつく(すべ)はない。ベルも、ユーキに従ってフランから離れない。


「さって……。王子様、無事でいろよ……」


 石造りの砦を一撃で半壊させる脅威の待つ場所へ向かうユーキの口からは、自身を待つ危険よりも、友人の安否を気遣う言葉が漏れていた。


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