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第14話 「英雄と英雄」


【後天的な魔物】

 一般的には区別されていませんが、魔物には先天的な魔物と後天的な魔物の二種類が存在し、この項では後天的な魔物について解説します。(先天的な魔物についてはP21参照)

 魔物の特徴については前項【魔物の主な特徴】で説明した通りですが、稀に魔物の特徴を持たない生物が後天的に魔物としての特徴(紅い眼、高い身体能力を持つ等)を備えるという事例が報告されています。数少ない証言によれば、魔物化する生物の周囲に紅くぼんやりとした光が複数現れ、その光を生物が取り込むことによって魔物化が完成すると言われています。また、魔物化が完了した直後の生物は非常に攻撃性が高く、通常の魔物よりも危険度が高いという報告もあります。もし、この本を読んでいるあなたが運悪く魔物化の現場に立ち会ってしまったとしたら、魔物化が完了する前にその場から逃げる事を強くお勧めします。

 また、魔物化の際に発生する光ですが、この光は魔物学者サージ=ウィルクス(308~366)によって≪魔精霊≫と名付けられ、長年精霊の一種であると考えられてきましたが、その後冒険者カイ=ハン(791~834)の研究により≪魔精霊≫と精霊の関係は否定されています。では≪魔精霊≫とは一体何なのか?なぜ魔物化するのか?それは現在も研究されていますが、未だに解明されていません。ブライ教の教義によれば、ブライア神が我々人間に与えた試練だということですが、案外それが正しいのかも知れませんね。



『大陸の危険な生物』より一部抜粋




△▼△▼△▼△▼△




 時間は少し遡り日暮れ前、シュアープ西の森でエメロンと別れたユーキは、目の前に映る物体に困惑していた。


「何で階段……?」


 いくら探しても見つからないアレクを諦め、エメロンとの合流地点に向かおうとした矢先だった。

 あまりに場違いな存在を無視できずに近寄るが、階段はキラキラ光を放ち、階段の先に見える歪んだ空間があまりにも怪しい。


 普段のユーキなら決してそれ以上の接近をする事は無かっただろう。……しかし、しかしだ。ユーキの探すアレクがこの階段を目にしたならどうするだろうか?好奇心旺盛なアレクの事だ。きっとこの怪しい階段を上るのではないだろうか。

 そう考えたユーキは意を決して階段に足を掛けた。


 階段の先の歪んだ空間の更に先、そこは何の変哲もない森の中だった。とはいえ、一瞬にして別の場所へ移動したのだ。これが普通である筈が無い。

 ユーキは更に警戒心を高めて周囲を見回した、その時だった。


「あっ⁉ ダメだよアレクっ! そっちは……っ!」


 すぐ間近で叫ぶ女の声が聞こえた。間違いない、確かに今アレクの名前が聞こえた。

 反射的に声のする方を見ると、そこには羽を生やした20cmくらいの少女が宙に浮いていた。


「よ、妖精……っ⁉ ……それより。おいっ! お前、今アレクっつったよな!」


「ひぇっ! ……キミ、誰?」


「アレクのダチだよっ! アレクを知ってんだよな? アイツは今どこだっ?」


 突然背後から話しかけられて驚く妖精。しかしユーキは今それに構っている余裕はない。

 何故だか嫌な予感がする。瞬間移動をする不思議な階段。妖精がアレクの名を呼んだ時の切羽詰まった様子。陽の落ちつつある見知らぬ森。これらの要素がユーキの不安を掻き立てる。そして、その予感は大きく外れてはいなかった。


「さっき、遠くから叫び声が聞こえて……。アレクはそっちに向かって……。でも、そっちは祭壇のある方で……」


「……っ! どっちだっ‼」


「あ、あっち……」


 妖精が方向を指し示すのを見るや、ユーキは全力で駆け出した。ヤバい予感がどんどん膨らむ。

 ユーキは無意識にカバンの中から包丁を取り出した。頼りないが、こんな物でも武器にはなる。


 走り出して程なく、ユーキの視界にある意味予想通りの、しかし決して求めてはいなかった光景が映る。

 立ち尽くすエメロン。仰向けに倒れているアレク。そして、今まさにアレクを襲おうとする獣。

 ユーキに考えたり躊躇ったりなどをする余裕は無かった。


「ぉぉおおおーーーっ‼」


 両手で包丁を強く握り、走る勢いそのままに獣にぶつかる。

 包丁は獣の脇腹に突き刺さり、料理の際とは全く違った感触が手に伝わる。

 そしてユーキと獣は体当たりの勢いのまま転がり、石壇のようなものに獣がぶつかり、やがて獣は血を吐き絶命した。


「……フーっ……ふーっ……。だ、いじょうぶか……? 2人とも……」


 窮地を脱し、呼吸を整えてようやくユーキは2人に安否の確認をした。すぐに返事を返してきたエメロンは大丈夫そうだが、アレクは動かずにこちらを見つめている。

 アレクの返事が無いことに不安を覚えたユーキが立ち上がろうとした時、エメロンが叫んだ。


「…………っ! ユーキっ! 離れてっ!」


 その声に驚き、咄嗟に立ち上がり身構える。

 エメロンの視線の先には、先ほど確かに命を散らしたハズの獣が立っていた。


「グ……オオオォォォォッッッ……‼」


「……魔物化、した……っ⁉」


 エメロンは掠れるような小さな声でそう言った。

 1度大きく唸るように吠えた野犬……否、魔物は先程までよりもひと回り身体が大きくなったように見える。そして魔物は、その紅い眼で3人をゆっくりと一瞥した。

 その視線に心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を感じたエメロンは、以前に読んだ本の内容を思い出す。


 魔物。

 高い能力と凶暴性、そして赤い眼を持つ人類の敵。

 エメロンたちは先程まででさえ、死に物狂いで逃げ回っていたのだ。本の情報が正しければ倒す事はもちろん、逃げ切る事も困難を極めるだろう。

 そして、その推測は恐らく正しい。魔物の放つ威圧感は先程の比では無い。


「……エメロン。アレクを連れて……逃げろ」


「ユ、ユーキ。で、でも……」


「……大丈夫だ。親父が元冒険者って言ったろ? 親父から魔物対策の秘策を聞いた事があるんだ」


 絶望に震えるエメロンに、ユーキはそう言って2人を逃がそうとした。

 エメロンはユーキの言う秘策に疑問を感じるが、今それを確かめる術はない。他に手だても無いエメロンは、ユーキを信じるしかなかった。


 実のところ、ユーキの言う秘策なんてものは存在しない。エメロンを説得する為の方便だ。

 この場で考えられる最悪の結末は、3人の全滅だ。それを避ようとするなら、誰かが魔物の足止めをして他の2人を逃がせばよい。……そして足止めをするのなら、その役目は自分だ。そうユーキは考えていた。


「……早くっ! アイツが動かないうちにっ!」


「…………っ! わ、わかった!」


「もう少し、じっとしてろよ……」


 すぐに動こうとしないエメロンを急かし、ユーキは魔物を睨みつける。

 魔物は、ユーキと背を向けたエメロンを交互に見た数秒後、身体を低く沈めた。そして次の瞬間、ユーキを大きく避けるように地を蹴る。

 胸に刺さったままの包丁を気にもせず駆け出す魔物。その速度は目で追うのがやっとだった。

 ユーキは進路を塞ごうとするが間に合わず、魔物はユーキを大きく迂回してエメロンに迫った。


「……アレクっ! 立ってっ!」


「エメロンっ‼ そっちに行ったっ‼」


「え? ……ぅがっ!」


 背を向けていたエメロンは魔物の接近に気付かず、魔物の体当たりを喰らって突き飛ばされる。

 そして魔物の足元には、未だに立ち上がってすらいないアレクがいた。


「アレクっ‼ 逃げろっ‼」


 ユーキが叫び魔物に向かって駆け出すが、間に合わない。魔物は立ち上がろうとするアレクの足首に嚙みつき、首を大きく振り回した。

 信じられない程の力でアレクの身体が引っ張られる。そして半回転程した所で魔物は牙を放し、アレクの身体は空中に放り投げられた。


「う、わああぁぁぁ…………ぁぐっ!」


 アレクの身体は放物線を描き、祭壇の上に叩きつけられた。その衝撃は容赦なくアレクの意識を刈り取ろうとする。

 肺の中の空気は全て吐き出され、感じるはずの痛みは感じない。視界には(もや)がかかり、意識は朦朧(もうろう)とする。

 ただ、暗い視界でユーキが魔物に向かっていく姿だけが見えていた。


「くっ……、そったれがぁぁーーーっ‼」


 ユーキは悪態をつきながら魔物に突貫する。

 決して自暴自棄になった訳では無い。そうしなければ2人の命は確実に失われる。それだけは許容出来ないユーキに、他に手段は無かった。……それだけの事だった。


 一縷の望みにかけて、魔物の胸に刺さったままの包丁に手を伸ばす。

 素手で殴りかかっても万が一はあり得ない。武器を、包丁で魔物の急所を突く事が出来ればあるいは……。そんな細い望みに懸けた行動だった。


 そんなユーキの考えを知ってか知らずか、魔物はユーキの行動を見つめながらも動かずじっとしている。

 魔物が何を考えているのかなど分かる筈も無いが、好機には違いない。ユーキは包丁の(つか)を掴み、引き抜く為に力を込めた。


「……ぐっ! ぬっ! ……クソっ!」


 しかし、いくら引いても包丁は魔物の筋肉で締まって抜けなかった。


 ユーキが不意に魔物の顔を見ると魔物と目が合った。

 ユーキの足掻きを見た魔物はそれを楽しんでいるかのように口角を上げて、まるで笑っているかのように見える。魔物に弄ばれているかのように感じたユーキは、全身から力が抜けてしまった。

 それを見て満足したのか、更に大きく口を歪めた魔物は無抵抗のユーキの顔面を前脚で引き裂いた。


「ぐわっっ‼」


 無防備で魔物の蹴撃を受けたユーキは大きく仰け反った。

 受けた傷は深く、左頬から大量の血液が流れ出る。致命傷では無いが……、重傷だ。

 そして何より、何とか立ってはいるもののユーキに残された手は何も無い。もはやこのまま、魔物に食い殺される未来しか存在しない。

 ユーキの絶望を見て取った魔物は向き直り、ゆっくりとユーキに近づいてくる。次の一撃でユーキは抵抗する力を完全に失ってしまうだろう。


 そのユーキの姿を、アレクは薄れゆく意識の中で見つめていた。


(……ダメだ。ユーキが殺されちゃう……。エメロンも……)


 指一本も動かすことの出来ないアレクの意識は、これから起こるであろう最悪の光景を目にするのを拒否するかのように闇に沈む。

 自分にもっと力が……、ユーキとエメロンを助ける事の出来る力があればと願いながら。


 ユーキは後悔をしていた。

 父・サイラスから、本当に魔物の対処法を聞いていれば……。

 魔物化する前に、もっと徹底的に止めをさしていれば……。

 そもそも、アレクとケンカなんてしていなければ……。


 しかし、そんな後悔をしてももう遅い。

 アレクもエメロンも気を失っている。たとえユーキが魔物を引き離そうとしても、いくらも距離を稼げずに殺される。そうなれば2人も助からないだろう。

 もはやユーキは抵抗する気力を失い、全てを諦めていた。


 魔物がゆっくりと歩を進める。聞こえるのは死神の足音だ。ユーキの命を刈り取る為に着実に近づいてくる。

 2m……、1m……。もう、その爪も牙も届く位置だ。

 立ち尽くすだけとなったユーキは、ただ呆然と魔物を見つめていた。


 その時だった。

 アレクのいる祭壇が強烈な光を放った。

 光は闇を照らして遥か天に伸び、祭壇の上、光の中にいる筈のアレクの姿は眩しくて見えない。


「……な、何だっ⁉」


 魔物に食い殺されるのを待つだけだった筈のユーキは、驚愕に目を見開く。

 そして思わぬ事態に気を取られたのは魔物も同じだった。

 お互いに逃げる事も、止めを刺す事も忘れ、十数秒間、空を照らす光を見つめる。


 やがて光が収まり、祭壇の上に立つアレクの姿が見えた。

 アレクは立ってはいるが意識があるのか無いのか、目の焦点が合っていない。


「アレクっ! 逃げろっ!」


 ユーキが叫ぶが、やはり聞こえていないのかアレクはぼんやりした表情のままだ。逆に、ユーキの声に反応したのは魔物の方だった。

 魔物はユーキを置き去りにしてアレクへと飛び掛かる。しかしアレクの足は動く気配を見せず、ただ右手を前へ突き出すだけだった。


(やられるっ!)


 そうユーキが思った次の瞬間、突き出したアレクの右手から閃光が走った。


 一瞬の出来事だった。

 光が収まった後、ユーキが目にしたのは頭部を失い動きを止めた魔物と、その反対側、祭壇の遥か後方に倒れたアレクだった。


「アレ、ク……?」


 ユーキには何が起こったのか理解出来なかった。

 ただ、分かった事は一つだけ。アレクが魔物を倒したのだという事。

 そして、思った事も一つだけ。


(アレク、お前はとっくに俺にとっちゃ英雄だ———)


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