第43話 「いざ、砦へ」
「エメロン、ダイジョーブ?」
「……う、うん」
遠くに砦の見える草原で、アレクは膝に手をつくエメロンに声をかけていた。
「なっさけないわね~。ずっとアレクに負ぶさってただけなのに」
「リゼット、エメロンはケガしてんだからそーゆーコト言っちゃダメだよ」
『浮遊魔法』で移動しようとしていたエメロンだったが、アレクとの合流でその案は破棄した。
ユーキがいなくては1人で飛ぶのもギリギリなのだ。アレクを運んで飛ぶ事など出来はしない。
仕方なく歩いて行こうとしたのだが、アレクは自分がエメロンを背負って移動すると言い出した。
確かに『根源魔法』で強化を施したアレクの身体能力なら常人などとは比べられない速度で走れる。例え人を1人背負っていても苦にしないだろう。
だが自分より小さな女の子に背負われるという絵面はエメロンにとっては苦でしかない。
最初は必死に抵抗していたのだが、リゼットの「早くヴィーノたちを助けなきゃ」という声に屈してしまった。
エメロンを背負って走るアレクは速かった。馬より速く、ひょっとすると『浮遊魔法』よりも速いほどに。
ただ、乗り心地は最悪だった。
激しく、そして不規則に上下左右に振られる。そんな走りを続けて約1時間……。エメロンは疲労困憊になっていた。
「あの建物にヴィーノとカリーチェがいるんだよね? どっしよっか?」
「そんなの、正面からやっつけちゃえばいいじゃないっ」
「だ……駄目だよ。ヴィーノとカリーチェは……別々の部屋なんだろ? ……ぅぷ」
相変わらずの脳筋思考のリゼットにエメロンが嘔吐きながら待ったをかける。
2人が別々に囚われているのなら片方を助けても、もう1人が人質にされるかも知れない。そんな危険を冒す訳にはいかない。
「まずは情報を集めよう。アレク、聴力を強化して砦の中の人数だけでも分かるかい?」
「うん。やってみるっ」
アレクの身体強化、その五感を強化する能力で耳に魔力を集める。重ねて行った練習の成果により、かつてよりスムーズに、邪魔な音も排除して対象の音を拾う。
「何人かが話してる……。人数までは分からないけど、何十人もいないと思う」
流石に距離もあり、建物の内部となれば、強化したアレクでも鮮明に音を拾う事はできないようだ。
「あれ? 向こうの方から話し声……? この声……っ、ユーキっ⁉」
ユーキの名を叫んだアレクは、自分の声に驚いて耳を塞いでしまう。かつての時と全く同じだ。
「アレクっ、大丈夫かいっ?」
「う、うん。びっくりしちゃった」
それでも一応成長はしているようで、前のように耳が聞こえなくなるという事はないようだ。
だが、それよりも……。
「なんでユーキがいるのよっ⁉」
「ボクに聞かれても分かんないよ。でも、誰かと戦ってるみたいだったよ」
「なにやってんのよ、アイツは~っ」
2人の会話を聞きながらエメロンは考える。
こんなところにユーキがいるなど完全に想定外だ。しかも誰かと戦っている? 誰と? リゼットの言う「誘拐犯」か? それとも……。
それは直感だった。エメロンの脳裏に、昨晩戦ったマリアが思い浮かんだ。
もしマリアと、ヴィーノたちを誘拐した犯人に何らかの繋がりがあったなら……。もし今、ユーキと戦っているのがマリアだったなら……。
放っては置けない。マリアの強さは異常といってもよいレベルだ。いかにユーキとはいえ危ないかも知れない。
だがヴィーノたちも放っては置けない。それに、もしマリアが砦の外にいるのなら千載一遇のチャンスかも知れないのだ。
「アレク、ユーキを助けに行ってくれ。僕はリゼットと、ヴィーノたちを助けに行く」
悩み抜いたエメロンの結論は、二手に別れるというものだった。
本当に相手がマリアならアレクの事も心配だが、そこはユーキが上手くやってくれるだろう。
それに本気で身体強化をしたアレクに危害を加える事は容易ではない。
危険なのは不意打ちや騙し討ちだ。
更に、言っては何だがアレクは潜入には向いてない。
こっそりとヴィーノたちを助け出すなら、共に行動するのは案内のリゼットだけの方が見つかりにくい。
「でも、エメロンはケガしてるし……」
「無理はしないから大丈夫だよ。もし、ヴィーノたちの救出が難しそうだったらアレクたちに助けを呼ぶよ」
「なら、案内と連絡の役目はアタシねっ。まっかせなさいっ!」
結果がどう転ぶかは分からないが、これが今できる最善の選択だ。エメロンはそう確信してアレクを見る。
アレクは、ランドルフの遺言を思い返しながら考えた。
失敗を恐れてはいけない。その為に考える事をやめて、責任をエメロンに押し付けてはいけない。しかしアレクには、エメロンよりも良い考えは浮かばなかった。
だが、アレクの結論は……。
「ダメだよ。ケガをしてるエメロンを1人にはできない」
エメロンの事は信じている。ひょっとすると手助けなど必要とせずにヴィーノたちを助け出してしまうかも知れない。
しかしそれでも万が一だってあり得るのだ。もう、ランドルフと同じ轍を踏む訳にはいかない。
「きっとユーキならダイジョーブだよ」
「アンタ、何か根拠があって言ってるわけ?」
「もちろんっ」
アレクの自信満々の答えにエメロンは訝し気に思いながらも耳を向ける。
ユーキが無事である根拠などあるはずがない。ユーキは確かに強いが無敵ではないのだ。未だに師匠であるバルトスにも及ばないのも明白だ。
そしてあのマリアの強さは、バルトスをも上回るかも知れないのだ。
それに各々の適性や、アレクの安全を考えれば別行動の方が絶対に良い。
だが、続くアレクの答えにエメロンは閉口してしまった。
「だって、ユーキは本物の『英雄』だもんねっ」
この言葉を聞いてエメロンはアレクの説得を諦めてしまった。
アレクの根拠は「ユーキへの無条件の信頼」だ。「ユーキを助けに行け」と説得する事は、その信頼を打ち崩す事に他ならない。
2人の親友であるエメロンに、そんな事はできない。
それに、結局どう動いても危険はゼロではない。
ユーキが一緒でも、アレクに『根源魔法』があっても、マリアの危険は変わらない。砦に潜入してもリゼットの話では、ヴィーノたちを攫った男も『根源魔法』の使い手なのだ。
「わかった、アレクも一緒に行こう。でも騒がないように慎重にね」
「もっちろんっ」
「そうと決まったら急ぐわよっ! ユーキも気になるしっ」
「あっ! リゼット、待ってよっ!」
これから危険が待つ中へ潜入するというのに相変わらず騒がしい2人に若干の不安を抱きながらも、エメロンは囚われの2人が待つ砦へと足を向けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「貴方様も油断っ大敵っですなっ!」
躱したはずのレオナルドの剣が今、ユーキ目掛けて振り下ろされようとしていた。
何も出来ない。出来る時間がない――。
予見できない動きに対応できなかったユーキは、己に迫る白刃をただ見上げる事しか出来なかった。
「だめぇーーっっ‼」
“パキィィンッ”
頭を割られるのを待つしか出来なかったユーキの耳に、甲高い声と音が割り込む。
いや、割り込んできたのは音だけではない。目の前にはユーキのポケットから飛び出したベルが宙に浮いていた。レオナルドの剣筋の間に、自身の身体を割り込ませたのだ。
「ユーキをいじめちゃ、めっなのーっ」
自らの身を挺して守ってくれたベルに対しての感謝や心配の気持ちはある。本来なら感謝の言葉と、身体の心配を真っ先にするべきだと思う。
だが今、この時においてユーキは好機を見逃す事はしなかった。
握っていたナイフを手放し、腰に差した長剣の柄を握る。
そして、それを全力で振り抜いた。
「っ⁉ ……油っ断っではありませんが、思わず放っ心っしてしまいましたな」
「チっ、浅かったかっ⁉」
ユーキが動いた直後、レオナルドは背後に飛んで剣を躱した。僅かに残る手ごたえが空振りでない事を伝えるが、致命傷ではない。
レオナルドの服は一文字に裂けているが、傷を負ったかすら怪しい。
「いやはや驚きましたな。まさか妖精とは……面っ妖っ極まりありませんな」
「ベルっ、ケガしてねぇだろうなっ⁉」
「うん、へっちゃらなの~っ」
リゼットが不老不死で絶対に傷つかない身体なのは知っている。同じ妖精のベルも同様だ。それでも無事の確認が取れた事にユーキは安堵する。
絶体絶命のピンチはベルのおかげで免れた。しかし起死回生の一撃は残念ながら空振りに終わったようだ。
決着はまだ着いていない。――だが、着いたも同然だった。
「先輩、武器を失ってまだ戦うおつもりですか?」
「ふむ……」
フランの言葉の通り、レオナルドは武器を失っていた。ベルを斬り付けた際、剣が折れてしまったのだ。
レオナルドは折れた剣を見つめ、思案するような素振りを見せる。
「まさか小動物も斬れぬとは……。どんな秘密があるのか、ぜひご教っ授っ頂きたいものですな」
「けっ、誰がテメェに教えっかよっ。それより、逃げるなら今のうちだぜ?」
先ほどフランの言葉を無視して攻撃してきたというのに、今さら質問をしてくるなど図々しいものだ。教える義理など欠片もない。
そして武器を失ったとはいえ油断はできない。未だにレオナルドの不可思議な攻撃の秘密は解けていないのだから。
だが、そんなユーキの警戒は無駄に終わる。
「それでは遠慮なく……撤っ退っさせて頂きましょうっ! さらばっ‼」
「へ……?」
素直に投降するとは思っていなかった。きっと死に物狂いで抵抗するだろうと、そう思っていた。
だがレオナルドはそんなユーキの予想を裏切って、あっさりと踵を返して砦へと向かって駆け出した。
まさか本当に逃げ出すなど思ってもいなかったのだ。
「あーっ! にげたの~っ‼」
「ユーキ様、追いかけましょうっ‼」
今までユーキが相対した敵の中に、余力を残したまま撤退する者はいなかった。だからユーキの目には、レオナルドの撤退の判断は早すぎると感じたのだ。
だが同時に師匠・バルトスの教えも思い返す。「逃げる時は余力を残せ」と、散々そう言われてきたのだ。
そんな事を思い返すユーキに、再度フランの声が飛ぶ。
「ユーキ様っ! 先ぱ……レオナルドを放っておけば殿下の御身がっ‼」
そうだ、こんな事を考えている場合では無い。
ベルの『精霊魔法』によれば、砦にはまだ4人の仲間がいるはずだ。自分たちの事を仲間に知らされればメルクリオの救出も難しくなる。
「~~っ。あんにゃろっ、逃がすかよっ!」
余計な事を考えて出遅れたユーキはその遅れを取り戻すべく足を動かす。そしてフランとベルの2人と共に砦へと向かった。
メルクリオがいるはずの砦へと向けて……。




