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第42話 「戦いと潜入」


 陽が完全に落ち、暗闇に包まれて数時間。ユーキとフラン、ベルの3人は、メルクリオが囚われている砦を視界に収められる林で待機していた。


「もう少し待ちましょうか。出来れば、全員が寝静まってくれるとありがたいのですが」


「まぁ、そう上手くはいかねぇだろうな。それよりフラン、こんなのしかねぇけど少しハラに入れとけよ」


 そう言ってユーキは手製の保存食と水筒を渡す。

 ただのナッツ類やドライフルーツなどを小麦粉で焼しめたものだが、これからの事を考えれば体力の確保は重要だ。

 急な事だったので十分な量を持ってきている訳ではないが、何も無いよりはマシなはずだ。


 それを受け取ったフランは、少し呆れ気味に言った。


「貴方は、いつもこんな物を持ち歩いているのですか?」


「いや、変わってんのは自覚してっけどよ。役に立ってっからいいじゃねぇか」


「まぁ、そうですけど……」


 特に理由もなく保存食を持ち歩くのが一般的でない事くらい、ユーキも自覚してはいる。

 ただ、いつ何時(なんどき)、何があるか分からないのだ。例え町中にいたとしても誘拐される事だってある。これは、その為の備えの1つだ。


 今回の件でも役に立っている。その事実に、(これからも常備しよう)とユーキは再度決意をしていた。


「ベル、お前も食っとけよ」


「ううん、きにしないで~。ぼくはたべなくてもへっちゃらだし、2人でわけて~」


 ベルにも保存食を渡そうとするが、こちらは断られてしまう。

 妖精は決して死ぬ事は無く、空腹も感じない。ベルやリゼットが食事をするのはあくまで嗜好品(しこうひん)としてだ。


「いや、でもよ……」


 その事は知っているが、ベルだけを()け者にして食べるのは気が引ける。

 そんな事を考えた時、唐突にベルが声を上げた。


「だれか、こっちにちかづいてくるのっ!」


 その声に、2人の身体に緊張が走る。

 ベルには断続的に『精霊魔法』で砦の人間の様子を調べてもらっていたのだ。それが近づいてきている。


「人数はっ⁉」


「ひとりなのっ。まっすぐ、はしってきてるのっ!」


 1人で向かってきているならメルクリオではない。そもそもメルクリオだったらベルが気付く筈だ。

 間違いなく敵……それも、こちらの存在がバレている。

 なぜバレたのか? その疑問を考える暇も無く、その男は現れた。


「おやおや、どちら様かと思えばフランチェスカ様とユーキ様ではありませんか」


「アンタは……」


「レオナルド、先輩……」


 それはボーグナイン伯爵に雇われ、ジュリアの護衛を務めていた、元近衛騎士30位の男・レオナルドだった。

 昨晩の騒ぎで貴族に暴行を働いたとされるレオナルド。この場にいるという事は、やはりメルクリオの誘拐に関わっているという事だ。


「御2人はなぜこのような所へ? あぁ、殿下を探しに来られたのですな。よくぞ見つけられましたな?」


「先輩……っ。なぜ殿下を……っ」


 なぜメルクリオを誘拐したのかは分からない。だが、一国の王子なのだから理由などいくらでも考えられる。

 なぜ自分たちの居場所がバレたのかも分からない。だが、今はそんな事を考えている時ではない。


「まったく困りましたな。殿下に用など無いのですが……。こうなった以上、御2人にもお帰り頂く訳には参りませんな」


「先輩っ、話を聞いて下さいっ!」


 フランが必死に呼び掛けるが、レオナルドの反応はまるで(ひと)り言だ。

 そんなやり取りを見て、ユーキの心には怒りが湧き始めた。


「フランっ! 言っても無駄だっ。コイツは人の話を聞いちゃいねぇっ!」


「おや、心っ外っですな。私にも聞く耳と話す舌は持ち合わせております」


「だったら……っ」


「ですがっ、今は会話より優先すべき事があります(ゆえ)後顧(こうこ)(うれ)いを断つ為にも、御2人には死んで頂きましょうっ」


 ユーキの言葉に抗議しながらも、結局は何も話すつもりはないらしい。

 レオナルドはその腰に履いた剣を抜き、こちらに切っ先を突き付けながら走り寄ってきた。


「先輩っ!」


「フランっ、構えろっ!」


 フランはレオナルドの動きに反応できていない。見知った相手であるレオナルドとの対話を諦められなかったのだ。

 それを見たユーキはナイフを抜きながら間に割り込み、レオナルドの剣を受ける。


「おや、素早いですな。それに度胸も良い」


「テメェみてぇな変質者にフランをやらせっかよっ!」


 言い合いざま、ユーキは右手のナイフで剣を受けながら、左手で別のナイフを抜き放つ。

 だがレオナルドは、後ろに飛ぶ事でそれを躱す。


「おっと、器用ですな。力もあるし、ユーキ様は良い戦士の資質を持っていらっしゃいますな」


「変質者に言われても全っ然っ、嬉しくねぇっ!」


「変人とはよく言われますが、変質者とは少っ々っ心外ですな」


 レオナルドは会話を交わしながらも、自らの剣を何も無い場所で振り回している。ヒュンヒュンと剣が空気を割く音が聞こえるが、その意図は分からない。

 威嚇か? 幻惑か? 間合いを図っているのか? はたまた、ただの奇行か?


 答えの出ないユーキだが、今するべき事は変わらない。


「フランっ、槍を構えろっ! 王子様を助けるんだろうがっ‼」


「……っ! はいっ!」


 ユーキの言葉でようやく戦う決意の固まったフランが槍を構える。

 これで完全に2対1だ。


 フランは槍を向けたまま、ジリジリと間合いを詰める。間合いで有利な槍で不用意に飛び込むのは悪手だ。

 それを見てレオナルドは相変わらず剣を振り回したまま、少しずつ退がる。


「フランチェスカ様は真面目に鍛錬を行ってきたようですな。感っ心っ!」


「……先輩は相変わらずですね」


「おい、フラン」


「分かっています。手心など加えません」


 ユーキは懐かし気に話す2人を見て釘を刺すが、フランの心に迷いは無い。メルクリオを救出する為なら、誰が相手でも手加減などしない。


 それにレオナルドの実力は把握している。確かに剣の腕は一流だが、得物の相性もあってフランの方が有利だ。近衛騎士の入れ替え戦の際も、終始有利に戦いを運び勝利した。

 おまけに今は2対1なのだから負けるはずがない。


「先輩、投降するなら今の内ですよ?」


「フランチェスカ様も相変わらずですな。ですが油断は命取りになりますぞ? 即ちっ、慢っ心っ」


「油断などっ、ありませんっ!」


 槍の射程に入ったフランが踏み込み、突きを放つ。だが初撃は剣で流され、レオナルドの身体には届かない。

 しかしフランの攻撃は1度では終わらず、2度3度と連撃を放つ。

 続く槍撃を防いで見せるレオナルドだが、明らかに防戦一方だ。槍の長いリーチのせいで、剣の間合いに入れないのだ。


 続く連撃の中で、一瞬レオナルドが体勢を崩した。

 それを見たフランは踏み込みを強くし、渾身の一撃を放つ。


「イエアアァァッ‼」


 掛け声と共に放たれた突きは鋭く空気を割く。

 だが確実に捉えたと思ったレオナルドの姿が掻き消え、気付けばフランのすぐ目の前にいた。


「やはり慢っ心っ、でしたな」


 剣を振り上げたレオナルドが呟く。

 今からでは防御も回避も不可能だ。伸びきった腕では攻撃する手段も無い。

 打つ手の無いフランの顔が蒼白に染まる。


 だが絶体絶命の瞬間に、レオナルドの顔のすぐ横を何かの物体が高速で通り過ぎた。

 それに反応したレオナルドは咄嗟に後ろに飛び、フランから距離を取る。


「俺を忘れんなよ、変質者」


 フランの窮地を救ったのはユーキの≪針を飛ばす魔法≫だ。

 ユーキはレオナルドに注意を向けたまま、フランに話しかける。


「あいつの言う事は(しゃく)だが、雑な攻撃は命取りだぜ?」


「すみません、焦り過ぎました……」


 ユーキの忠告にフランは素直に頷く。

 まぁ、仕掛け時を見誤りピンチになるなどよくある事だ。ユーキもエメロンとの模擬戦では何度もフェイントに引っ掛かったものだ。


 しかし、ユーキは自分の飛ばした針が命中しなかったのが気にかかる。

 針は、レオナルドの振り上げた右腕を狙っていた。この距離なら外す事のない距離だ。だが針は虚空に消えていった。


 目測を誤ったか? それともレオナルドが予測不能の動きをしたか?

 どちらも決して否定のしきれない可能性だが、過ぎた事を悩んでも仕方がない。


「フランはさっきと同じでいい。だけど絶対に踏み込まずにヤツを追い込んでくれ」


「ユーキ様は?」


「俺は逆方向から追い詰める。チャンスが来たら一気に行くぞ」


 小声で伝えたユーキの策は単純だ。だが、それだけに効果的であり対策も少ない。

 仮にレオナルドに作戦がバレたとしても問題はない。


「相談は済みましたかな?」


 相変わらず何も無い場所で剣を振り回しているレオナルドに返事はせず、ユーキは大回りに移動を開始した。


「ふむ……挟み撃ち、ですかな?」


「……?」


 そう言ってレオナルドが取った行動にユーキは眉をひそめる。

 レオナルドは周囲の中で最も大きな巨木を背に立ち止まったのだ。

 確かにこれなら背後からの攻撃は難しい。だがフランの槍の餌食になるだけだ。そして左右に回避したとしてもユーキは見逃さない。

 レオナルドの行動は、ユーキには最善とは思えなかった。


 レオナルドの不可解な行為に懸念を抱いたのはフランも同じだった。

 だがそれはユーキの抱いた疑念とは少し違う、先ほどの攻防によるものだった。


(さっきの先輩の動き……。まるで瞬間移動でもしたかのように間合いに入ってきた……)


 先ほど躱された渾身の一撃。タイミングは申し分なく、間違いなくレオナルドを捉えた筈だった。だが槍は空を切り、レオナルドは一瞬で肉薄した。

 とても人間(わざ)とは思えない。


 あのような動きをされたのなら(かな)う訳がない。瞬きをした瞬間に、自分の身体はレオナルドの剣に貫かれるのではないか?

 そんな焦りが、フランの身体を硬直させていた。


「そちらから来ないのでしたら、こちらからまいりますぞっ! 粉っ砕っ!」


「ッ⁉」


 レオナルドの宣言と同時に身構えたユーキだったが、その瞬間に己の目を疑う事になる。

 5m以上は離れていた筈のレオナルドが、突然目の前に現れたのだ。そしてユーキ目掛けて剣を振るう。


 あまりの出来事に態勢を崩したユーキだったが、幸いレオナルドの剣筋は甘い。

 ユーキは身を屈めてレオナルドの剣を躱した……筈だった。


「貴方様も油断っ大敵っですなっ!」


 剣を横薙ぎに振った直後、レオナルドは剣を振り下ろしていた。


(バっ、バカなっ⁉)


 あり得ない動きだ。瞬間移動……いや、《《身体が2つでもない限り》》。


 態勢を大きく崩しているユーキに回避や防御をする手段は無い。

 ユーキは目の前に迫る白刃を見つめる事しか出来なかった――。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「リゼットっ、あの砦っ⁉」


「そうよっ! あの中にヴィーノとカリーチェが捕まってるわっ!」


 そしてその頃、ユーキたちのいる林とは別方向から、エメロンを背負ったまま凄まじい速度で走るアレクが砦に到着したのだった。


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