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第41話 「禄朗と千絵」


 まだ陽が高く、人々の肌を暑く焼いていた時間。

 ユーキはフランの提案で街外れの牧場へとやって来ていた。

 フランの実家、ボーグナイン伯爵の所有する牧場らしく、ここで「足」を手に入れようと言われたのだ。


 フランの話では、昨晩に氷の道を走る何者かが街の外へと走る抜けるのが目撃されたらしい。

 メルクリオの誘拐犯は氷を操る魔法を使っていたというのだから、まず無関係ではないだろう。


「んじゃ、街中(まちなか)を探そうとしてた俺らは無駄足を踏むトコだったっつーワケか」


「あぶないトコだったのーっ」


 そんな事を2人で話しながら、馬を貸してくれるように交渉中のフランを待つ。


 確かに居もしない街中を探すのは無駄だ。しかし居場所が街の外となれば範囲が広すぎる。

 馬があれば多少はマシとはいえ、当てもなく探し回っても見つかる訳がない。

 しかし当然、当てがないからといってメルクリオを諦める訳にもいかない。


 そんな葛藤と焦りを感じ始めた頃、フランが2頭の馬を引き連れて帰って来た。


「お待たせしました。ユーキ様が馬に乗れると仰ったのは幸いです」


「あぁ、オッサ……師匠に一通りは叩き込まれたからな」


 人生、本当に何が役に立つか分からないものだ。

 その気になればエメロンと『浮遊魔法』が使えるユーキには、金のかかる馬に乗る事など無いと思っていた。だが今はその技術が役に立っている。


 そんな事に思いを馳せながら、ユーキは(あぶみ)に足を掛けた。


「よし、行くかっ。目撃情報は北門だったよな?」


「はい。すでに殿下の捜索は騎士団によって行われています。私たち2人で何が変わるか分かりませんが……」


「フラン~、3人なの~っ」


 不安と焦りはフランも同じだ。それでも探さないという手はない。

 ベルのツッコミで僅かに気を和ませた2人は、氷の道の目撃があった北門へと向かった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「騎士は……見当たらねぇな」


 北門に着いたユーキは、辺りを見回してそう言った。

 視界に見える人影は、門番くらいで他には人っ子一人見当たらない。


「すでに遠方まで捜索に及んでいるのでしょう」


「んじゃ、この辺はすでに捜索済みってコトか? 俺たちは別の所を探すか?」


「そうですね……。見落としが無いとも言い切れませんが……」


 意気込んでここまで来たが、やはり手掛かりが無い事で行き詰まる。

 結局、虱潰(しらみつぶ)しに探すしかない。とはいえ、最低限の方針は必要だ。


「騎士たちが探した場所の目星は付くか? 出来りゃ二度手間は避けてぇしな」


「こういった場合は森から探す事になります。隠れる場所が多いので。後は、狩人などが使う小屋なども見て回りますね」


「んじゃ、そこらを避けて探すか」


 実際、騎士たちと鉢合わせなどすると面倒だ。

 フランは嫌疑が晴れた訳では無いし、事情聴取などをされればメルクリオの捜索どころではない。


「ベル、定期的に『精霊魔法』で王子様を探してくれ」


 結局、明確な手掛かりも無いまま、ベルの魔法だけを頼りにメルクリオの捜索を開始しようと手綱を動かした。

 だが、ベルから返ってきた言葉は快諾の返事ではなかった。


「ユーキ、なんかヘンなの~」


「どうした? 何が変だっつぅんだ?」


「せーれーがうごいたアトが見えるの~」


 何か、精霊に関わるものが見えるというベルだが、ユーキにはさっぱり理解が出来ない。ユーキには精霊を見る事も、精霊の声を聞く事もできないのだ。


 だが、ベルの言葉に反応したのはフランだった。

 フランはエメロンから、誘拐犯が『精霊魔法』を使った事を聞いていたのだ。


「それは……ひょっとして道の形をしていませんかっ⁉」


 「氷の道」「精霊魔法」「精霊の動いた跡」……。

 これらが繋がっているのなら、その先にはメルクリオと誘拐犯がいる筈だ。


 そう直感したフランの質問に、ベルは頷いた。


「うん。みちみたいに、まっすぐのびてるの~っ」


「マジかっ!」


 フランの考えを察したユーキが、ベルの答えに声を上げる。

 手掛かりを見つけたなんてものではない。これが予想の通りなら居場所を見つけたのも同然だ。


「どうする? 騎士団に知らせるか?」


 予想とは言ったが、ほとんど確信に近い。

 ならば自分たちだけで救出に向かうよりも騎士団と協力した方が良い筈だ。


 だがフランは、ユーキの提案を熟考した後に首を振った。


「やめておきましょう。ベルにしか精霊の跡が見えない以上、騎士団の説得には時間がかかります」


 確かにフランの言う通りだ。

 得体の知れない平民のユーキと、複雑な事情のフラン。この2人で騎士団を説得するのは難しそうだ。

 最悪、身柄を拘束されて話を聞いてもらえない可能性すらある。


 それにベルの存在を騎士団に明かす必要も出てくる。

 確実に騎士団が動いてくれるというのなら、そのリスクを受け入れるのも悪くないが……。現状では分の悪い賭けと言わざるを得ない。


「そうだな……。仕方ねぇ、俺たちだけで行くぞ。ベル、案内は任せたっ」


「おまかせなの~っ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ベルの案内に従って移動を開始して数時間。

 途中で何度か方向転換をしながらも、ほぼ真っ直ぐに進むだけで何の変化もない道のりにユーキは焦りを覚え始めていた。


「マズいな……。そろそろ日が暮れんぞ?」


 昨晩のパーティーから宿に帰らずそのまま来たユーキは、武装はしているが野営の準備などは当然ない。それはフランも同じだ。


「そうですね……。本来なら、一度街に戻るべきかと思いますが……」


 夜の移動は危険だ。視界が悪くなれば転倒の危険もあるし、万一魔物などに襲われても発見が遅れる可能性がある。何より、人は不眠不休で活動は続けられない。


 しかしメルクリオの安否が気遣われる今は、僅かな時間が命取りになる可能性だってある。

 それに、強引に飛び出した形のフランが明日も自由に動けるとは限らない。騎士団に拘束される可能性もあるのだ。


 「どうしたものか」と悩むユーキだったが、馬の前を飛ぶベルが叫んだ事で答えを出す必要はなくなった。


「みちのしゅうてんなのっ! あっちにあるたてもので、みちがとぎれてるの~っ!」


 ユーキとフランは脇目も振らず、ベルの指す方を見つめる。その先には、古い砦のような建物があった。


「何だアレ? 何でこんなトコに砦があるんだ?」


「この辺りには『魔人戦争』時代の砦がいくつかあったと聞いています。あれもその1つでしょう」


 30年近く前に起きた、ヒト族と魔族の戦争。あの砦はその名残だという。

 一瞬「こんなに王都の近くまで攻め込まれていたのか?」と疑問に感じたが、フランの話では前線との連絡用の砦であり、防衛用としての機能は低いらしい。


 言われてみればさほど大きな砦ではない。

 収容できる兵員も、目算だが2~30人くらいではないだろうか?


「さて、街に戻るって選択肢は無くなったな」


「えぇ。殿下が中にいらっしゃるかは分かりませんが、確認もせずに帰る訳には参りません」


「ん? あぁ、そっか。ベルっ! 分かるかっ?」


 砦までの距離はおおよそ500mほど。

 射程距離のあいまいなベルの『精霊魔法』だが、この距離なら探知が出来ても不思議ではない。


「もうやってるの~っ。メルはあの中にいるの~っ!」


「ビンゴだなっ。今回はベルに助けられっぱなしだな」


「えへへ~」


 2人のやり取りにフランは目を丸くする。

 ベルの『精霊魔法』の事は聞いてはいたが、ユーキのように咄嗟には頭に思い浮かばなかった。


「他に人がいるか、分かるか?」


「メルのほかに5人いるの~」


「5人か……。制圧できねぇ人数じゃねぇけど……」


 フランを置きざりにして話すその内容は呆れるばかりだ。

 人質の安否と敵の人数を、こんなに離れた位置からあっけなく把握しているのだ。こんなに有用な魔法も、そうは無いだろう。


 だが今は、ベルの魔法に感心するよりも考えるべき事がある。

 フランは(はや)る心を抑え、今後の方針を打ち立てた。


「……もし全員が、殿下を(さら)った女と同程度の手練(てだ)れなら戦いは避けた方が賢明かと」


「そんなヤベぇのか?」


 フランは頷きながら、自分の感じた誘拐犯(マリア)の強さをユーキに伝える。

 体術は少なくとも自分(フラン)と同等以上。エメロンから聞いた話では、≪針を飛ばす魔法≫や氷を操る『精霊魔法』まで使う。

 もしそれが5人もいるのならば、例えユーキがフラン以上の実力者だとしても無暗に事を構えるべきではないと考えた。


 その意見を聞いたユーキは、フランの感じた以上の脅威を覚えて警戒心を上げる。

 エメロンは自分より強いのだ。そのエメロンに手傷を負わせたのなら決して油断してかかれる相手ではない。

 報復してやろうという気が起きないではないが、手を出すのは得策とは言えないだろう。


 多少の認識の齟齬(そご)はあるものの、2人の出した結論は同じものだった。


「まずは馬をどこかに繋いで、陽が落ちるのを待ちましょう」


「だな。暗闇に紛れて砦に近付いて、コッソリ救出できりゃ最高だ」


 意見を同じくした2人は暗くなるまで姿を隠すべく、近くの林へと移動を開始したのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ンでさー、そん時オレが言ってやったのよ。『テメーらごときが、このクロウ様に(かな)うと思ってんのか?』ってな」


 砦の中の一室で、カリーチェは延々とクロウの自分語りを聞かされていた。カリーチェがクロウたちと別れてからの2ヵ月の間の話だ。

 だがその内容はラノベのように脚色されたものだった。


「ねぇ、あんた。クロウなんて名乗ってんの?」


 正直、聞くに()えない。

 昔ならいざ知らず、今のクロウの話などどこまでが本当か怪しいものだ。……1、2年程前から、大好きだったお兄ちゃんは変わってしまったのだから。


 どうにかしてつまらない話を変えようとしたカリーチェが口にしたのは、クロウの名前だった。


「おう、カッケーだろ? そーゆーおまえはカリーチェだっけ? オレら、そーゆートコ似てんのなー」


「あたしのはタダの聞き間違いよ。一緒にしないで」


「ツンツンしちゃってさー。昔は『お兄ちゃん』っつってくれてたのにさ」


 クロウの言った通り、自分は変わった。だがそれはクロウも同じだ。

 昔は少しオタク気質だったが、優しくて頼りになるお兄ちゃんだった。それが《《大学》》に行ってから悪い友達に(そそのか)されておかしくなったのだ。

 そして《《こっち》》に来てからは《《魔法を手に入れて》》更におかしくなった。ハルトムートに命令されるがままに人殺しまで……。


 元のお兄ちゃんに戻って欲しい。

 犯した罪は消えないけど、それでも元に戻って罪を償って欲しい。


「ねぇ、禄朗(ろくろう)お兄ちゃん……」


 だからカリーチェは、クロウの本当の名を呼んだ。

 その名を呼ぶ事で、かつてのお兄ちゃんに戻ってくれると淡い期待をして……。


「お? どったの急に? もしかして、お兄ちゃんに甘えたくなったか?」


 だが、それだけではクロウには通じない。


「まー、そりゃ不安にもなるわなー。けど千絵(ちえ)ちゃんはオレが守っから安心しろって」


 クロウもカリーチェを本当の名で呼ぶが、そこにカリーチェのような決意はない。

 「守る」という言葉も、軽薄にしか聞こえない。昔のお兄ちゃんなら、こんな軽々しく「守る」なんて言わなかった。


「オレの強さ疑ってる? オレ、こっち来てからメッチャ強ぇーんだぜ」


 知っている。

 昔は運動音痴だった癖に、身体強化の魔法で人間離れした力を手に入れた。……手に入れてしまった。

 だけどそのせいで調子に乗って、命を軽んじるようになってしまったのだ。


禄朗(ろくろう)お兄ちゃん、自首しよ? 自首して、人を殺した罪を償おうよ」


「はぁ?」


 意を決して紡いだ言葉だったが、クロウは素っ頓狂な声を上げる。


「自首ってドコにだよ? ここにゃ警察なんてねーだろ。それ以前にオレが殺したのってカスみてーなヤツばっかだし」


 クロウは、ハルトムートが「殺せ」と命令した相手は犯罪者ばかりだと聞いている。

 こんな法治がどうなっているかも分からない世界で、皇族のお墨付きで犯罪者を裁いて何が悪い。……そんな風に考えていた。


 だがそれはクロウの理屈であって、カリーチェには通じない。


「殺されていい人間なんているわけないじゃないっ! 警察が無くたって法律くらいあるのよっ!」


 2ヵ月ほど前、ユーキは酔っ払いを殴って罪に問われかけた。結果は奉仕労働という軽い罰ではあったが、罪は罪だ。この世界にも罪を罰する法律くらいあるのだ。


「ね? 罪を償って……それから元の世界に帰ろ?」


「元の世界?」


「そうよっ。信じられないかも知れないけど、何でも願いが叶うアイテムがあるのよっ!」


 カリーチェは、とっておきの情報をクロウに伝える。

 もう2度と元の世界には戻れないのかと思っていた。だが、1ヵ月ほど前にカリーチェは知ったのだ。「7つ集めれば何でも願いが叶うリング」の存在を。


 それが本当かどうかは分からない。だが、知ってから何度もアレクたちに尋ねてみたが否定の言葉は出てこなかった。少なくともアレクたちは事実だと信じている。

 それに「こんな魔法のある世界なら、もしかして」と、そう希望を抱かずにはいられなかった。


 いつしかカリーチェは、アレクたちの旅に同行しようと心に決めていた。そしてリングを集め、故郷に帰るのだと。


 きっとクロウも帰る手段があると知れば変わってくれるだろう。殺人になんて手を染めたのも、故郷に帰れないという事実から自棄(やけ)になってしまったに違いない。

 そう考えて説得しようとしたカリーチェだったが……。


「それって『神輪(しんりん)』? それとも他にあんの? ってか、オレは帰る気ねぇーし」


「……え? えっ?」


 だがカリーチェの言葉は、クロウに微塵も驚きを与えなかった。

 ハルトムートの元から逃げ出したカリーチェは知らなかった事だが、後にクロウは『神輪(しんりん)』……つまりリングの事を知らされたのだ。


 そして続く「帰る気が無い」という言葉が理解を拒む。

 家族に、友達に再会したくないのか? あの平和な国に帰りたくないのか?


 カリーチェにはクロウの考えが一切理解できない。理解できないが、このまま放っておく事など出来る訳が無い。

 例え変わってしまったとしてもクロウは、禄朗(ろくろう)は大事な幼馴染で、お兄ちゃんなのだから。故郷に帰る事が出来るのなら、それは一緒にだ。


 そう思って説得の言葉を放とうとした時、不意に部屋の扉が開いた。


「んお? レオぽん、どったの?」


 扉の奥から顔を覗かせた男を、クロウは「レオぽん」と呼んだ。

 どう見ても年上の男に対して酷いあだ名だとカリーチェは思ったが、口は挟まない。


「砦の周りにネズミがいるようでして。少し出掛けますが貴方様に注っ意っ、をと思いまして」


「注意ぃ?」


「然っ様っ。『神輪(しんりん)』は置いて行きますので、そちらの御婦人から目を離さぬように、と」


「あー、そーいうことね。はいはい、いってらー」


 クロウはレオぽんの言葉にはさして興味は無いようで、手をヒラヒラとさせて送り出す。

 だが、カリーチェは心中穏やかではいられなかった。


(ネズミって……ひょっとしてアレクくん?)


 リゼットはカリーチェを助ける為にアレクを呼びに行った筈だ。

 予想以上に早い到着に(はや)る心と、既に発見されてしまっているという事実に不安が渦巻いていたのだった。


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