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第38話 「捕らわれの地で」


「……ぁつっ? なんか……腹いてぇっス……」


 深い眠りから意識の戻ったヴィーノが感じたのは腹痛だった。なぜ痛いのかは分からない。ベッドも固く、少し寒い。

 意識は戻ったものの未だに覚醒には至らないヴィーノは、薄い毛布を掛け直して二度寝に興じようとしていた。


「気が付いたのかっ⁉ ヴィーノ君、起きろっ!」


 だが、そんなヴィーノの目論見(もくろみ)を邪魔する声が聞こえる。

 誰だろうか? 聞き覚えのない声に、ヴィーノは一度閉じた(まぶた)をゆっくりと開けた。


「ヴィーノ君っ、起きたか⁉」


「ぁ……? 誰、っスか……?」


 目覚めたヴィーノに話しかけていたのは見知らぬ青年だった。

 まるで貴族が着るような煌びやかな衣装を纏った青年が、心配そうな視線を向けてくる。


「どうやら寝ぼけてるみたいねぇ。私の事も分からないかしら?」


 状況が掴めずに困惑するヴィーノの耳に、今度は女性の声が聞こえてきた。

 こちらは聞き覚えのある声だ。


「へ……? マ、マリアさん?」


 ヴィーノに話しかけてきたのは暴漢に助けて貰って以来、何度か食事を共にしたマリアだ。

 未だに状況の分からないヴィーノは更に困惑する。


 目が覚めると、そこには見知らぬ青年とマリアがいた。なぜ自分の部屋に? いや、よく見てみればここは寮の自室でも宿屋の部屋でもない。石壁に囲まれた冷たい部屋に簡素なベッド。なぜ自分がこんな所で寝ていたのか?


 混乱するヴィーノだったが少しずつ記憶の糸を辿り、意識を失う前の記憶を掘り起こす。

 確か……風呂を出たらカリーチェが変な男と口論をしていて……。


「そうっスっ‼ カリーチェはっ⁉」


「あの()なら別の部屋よ。クロウが連れて行ったわ」


「クロウ……?」


 マリアが訳知り顔で、知らない男の名を口にする。

 ヴィーノは目の前の青年の名かと顔を向けるが、気まずそうに顔を振る事で返される。


「私の名前はメルクリオだ。マリア、ヴィーノ君に状況を説明しても?」


「別にいいんじゃないかしらぁ。でも、私は責任は取らないわよ?」


「ど、どういう事っスか?」


 マリアの言葉にメルクリオは一瞬、逡巡(しゅんじゅん)する。

 何も知らないままであれば、そのままヴィーノが解放される可能性もゼロではない。だが自分が王子である事や、マリアたちがテロ行為を働いていた事を知れば解放される事は無いだろう。

 だがゼロではないというだけで、解放される可能性は限りなく低い。ならば己の置かれた状況を知っておいた方が良い筈だ。


 そう結論付けたメルクリオは、昨晩に起きた出来事をヴィーノに話し始めた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「信じらんねっス……。マリアさんが暗殺者? しかもアン……あなたがメルクリオ王子殿下で、マリアさんが誘拐したっスか……?」


「信じられないかも知れないが、事実だ」


「暗殺者なんて職業に就いた覚えは無いけど、大体その通りよぉ」


 信じ難い内容を肯定する2人だが、それでも納得できない。

 マリアは1ヶ月ほどの付き合いになるが、暗殺者なんて物騒なイメージとはかけ離れている。こんなに華奢(きゃしゃ)で可憐な女性に務まる仕事とは思えない。


 それに暗殺者とターゲットが、なぜ一緒にお喋りをしているのか?

 2人で一緒になって騙そうとしていると考えた方がよっぽど現実的だ。


「それに王子殿下とユーキが知り合いっスか? それこそ突拍子もない話っス」


 メルクリオがヴィーノの名を知っているのはユーキから聞いたからだと言う。

 なぜユーキが王子様と知り合いになれるのか? その理由を聞いても全く納得できない。罰則の奉仕労働で王子様と知り合うなど普通では考えられないからだ。


 ヴィーノは次第に、メルクリオが王子である事自体に疑問を持つようになった。


「アンタ、ホントに王子様っスか?」


「ヴィーノ君、信じてくれ。私は――」

「おっ? 話し声が聞こえると思ったら、やっぱ起きてやんの」


「オ、オマエは……っ」


「……クロウ。やっとお目覚め? もう昼よ?」


 ヴィーノが疑問を口にした時に部屋に入ってきたのは、昨晩に出会った話を聞かない暴力男だった。

 そうだ。このクロウと呼ばれた男に殴られて気絶してしまったのだ。


「いやぁ~。チエちゃんが起きるの待ってたら、いつの間にか寝ちまってさぁ」


「カリーチェは無事っスかっ⁉ 変なコトしてたらタダじゃおかねぇっスよっ!」


「あぁ? 『あのオンナはオレのもの』ってかぁ? 独占欲の強ぇオトコはモテねーぜ?」


「んな話はしてねぇっスっ!」


 クロウにカリーチェの無事を問い質すが、昨晩と同様に全く話にならない。致命的に話が噛み合っていないのだ。

 この男とはいくら言葉を交わしても会話が通じる気がしない。それでもカリーチェの安否を確かめない訳にはいかないヴィーノに助け舟を出したのは、マリアだった。


「そんな話よりクロウ。なぜヴィーノ君とあの()をここに連れてきたのかいい加減に言いなさい。あの男もカンカンよ?」


「あの男って、あの変人だろ? 放っときゃいいじゃん。それよりさぁ、オレちゃん腹減っちゃったんだけど、何かない?」


「食事くらい自分で何とかしなさいな。それより質問に答えなさい」


 マリアの質問はヴィーノにとっても重要なものだった。

 自分とカリーチェが、なぜこのような目に遭わなければならないのか。そして現在カリーチェは無事なのか。

 それを知る為に喉まで出かかっていた文句を噛み殺す。


「あのコは元々オレちゃんの連れなのよ。行方不明だったコを見つけりゃ保護すんのが当然っしょ?」


「ウソつけっスっ! カリーチェがお前なんかと仲間のハズがねぇっスっ!」


「あぁっ⁉ またテメェか? テメェが何と言おうがオレたちゃ幼馴染なんだよっ!」


 必死に黙っていたヴィーノだったが、受け入れがたい発言に思わず否定の言葉を放つ。

 決して長い付き合いではないが、カリーチェの人柄は知っているつもりだ。決してこんな、自分勝手で人の話を聞かない男の仲間でなどある筈がない。


「信じらんねぇっス! 大体、幼馴染に暴力を振るうなんてサイテーっスっ! しかも相手は女の子っスよっ!」


「ピーチクパーチクうっせぇなぁ。もっぺん黙っとくかぁ?」


 ヴィーノの糾弾に返す言葉を失ったのか、はたまたただの短気か、クロウは反論を諦めて右腕を振り上げた。


「下らない言い争いはやめて私の質問に答えなさい。あの()は分かったけど、ヴィーノ君は? 彼は幼馴染なんかじゃないでしょう?」


 またしてもヴィーノの窮地を救ったのはマリアだった。

 何度も自分を助けてくれたマリアが暗殺者だなんて、ヴィーノにはますます信じられない。


「そりゃ……ソイツがしつこく文句言ってくるもんだからさぁ。言いたいコトがあんなら聞いてやろうって……」


 まったく呆れた物言いだ。これには流石のマリアも閉口した。

 今のクロウの態度のどこに相手の話を聞く姿勢があったというのだろう。感情的に叫んだヴィーノも理性的とは言えないが、クロウの態度は目に余る。

 しかも、そんな下らない理由で無関係のヴィーノを隠れ家に連れてくるなど考え無しとしか言いようがない。


「はぁ……。もういいわ。貴方は食事をするなり、あの()の所に行くなり勝手になさい。彼らの見張りは私がしておくわ」


「いや、でもマリア姐さんさぁ……」


「いいから行きなさい」


「へいへ~い。おいオマエ、命拾いしたな?」


 マリアの静かな怒気に気圧(けお)されたのか、クロウは素直に引き下がる。部屋を出る前にヴィーノに捨て台詞を()いてから、だが。


「マリアさん、助かったっス」


「勘違いしない事ね。私はヴィーノ君を助けた訳じゃないし、まだ助かったとは言えないわよ?」


 素直に感謝の言葉を告げるヴィーノに、マリアは釘を刺す。

 それは実際その通りだ。未だに囚われの身である事には変わりが無いし、余計な秘密を知ってしまった以上、ハルトムートが知れば処分を命じる可能性が高い。

 だが、それでも……。


「それでも、マリアさんはオイラの恩人っス」


 そんな真っ直ぐな言葉を受けたマリアは目を丸くするのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その頃、ヴィーノたちの居た部屋から少し離れた別室でカリーチェはリゼットと相談をしていた。


「で、アイツは一体なんなのよ? カリーチェのコト知ってるみたいだったけど?」


「うん……。ちょっとした、知り合いよ」


 リゼットが聞き出そうとしていたのはクロウの事だ。だが、それに対するカリーチェの歯切れは悪い。とても「ちょっとした知り合い」には見えなかったが、カリーチェの様子から言いたくないのだろうと思われる。

 だからリゼットは、カリーチェとの関係ではなく別の方向からの話題を振った。


「アイツ、カリーチェとヴィーノを担いでトンデモないスピードで走ってたわよ? ホントに人間?」


「あいつは身体強化が使えるから……」


「それって『根源魔法』っ⁉ アイツ、魔族なのっ⁉」


 気絶していたカリーチェの服に潜んでいたリゼットは移動時のクロウを思い返して言ったのだが、それに対する返事は予想外のものだった。

 いや、予想外ではあったが言われてみれば納得だ。人を2人も担いで、あんな速度を出すなど考えられない。それこそ身体強化でも使わなければ。


 しかし身体強化、つまり『根源魔法』は基本的には魔族の魔法だ。

 クロウの瞳は黒かったが、去年に出会った魔族とヒト族のハーフのようにコンタクトで偽装をしているのかも知れない。そう思ったのだが……。


「魔族? いや、あいつは人間だけど」


 当たり前のような口調でカリーチェに否定される。

 言われてみれば『根源魔法』を使えるのは魔族だけではない。アレクのようにヒト族の中にも極稀(ごくまれ)に使える者もいるのだ。クロウもその1人という事なのだろう。


 しかし今重要なのはクロウの種族ではない。


「アイツの目的は何なのよ?」


「たぶん、あたしを連れ戻そうとしてるんだと思う……」


 カリーチェの言葉は先程の「ちょっとした知り合い」を否定するものだった。「連れ戻す」というからには行動を共にしていたという事なのだから。

 しかしリゼットは深く詮索はしない。重要な事は過去の関係ではないのだから。


「アンタはどうしたいのよ? アイツの所に戻るっていうなら止めないけど」


 カリーチェとクロウの関係がハッキリとしない以上、リゼットには強く引き留める事は出来ない。

 少し見た感じ、クロウの性格はいけ好かないが尊重すべきはカリーチェの意思だ。

 昨晩の言い合いからはカリーチェがクロウと共にいる事を望むとは思えなかったが、カリーチェが即答する事は無かった。


「あいつね……幼馴染なの。あたしの3つ年上で、小さい頃はよく遊んでもらってたんだ」


 カリーチェは懐かしむように思い出話を始める。

 それをリゼットは黙って聞いていた。


「昔はあんなじゃ無かったの。頼れるお兄ちゃんって感じで、……大好きだった」


 今、カリーチェの瞳に映るのは懐かしい思い出だ。それはもう戻ってこない、戻る事の出来ない別の世界の話だ。


「それがいつの間にかあんな風になって……。こっちに来てから更におかしくなっちゃった。今じゃ、人殺しだって平気で……」


 過去を見ていたカリーチェの意識が現在に追いつき、認めたくない現実に瞳が(うる)む。


 クロウがハルトムートと名乗る男に命令されて人を殺すのを見た時、カリーチェは1人で逃げた。

 怖かったのだ。幼馴染が、憧れていたお兄ちゃんが人を殺したのが。一緒にいれば、今度は自分が人殺しをさせられると思ったから。


「やだ……怖いよ……。誰か、助けてよ……」


 次第にカリーチェの身体は小刻みに震え、嗚咽(おえつ)()く。


 独白を黙って聞いていたリゼットはゆっくりと浮かび上がって、カリーチェの顔の正面で止まった。

 そして、その小さな手の平でカリーチェの頬をパチンと叩いた。


「しっかりしなさいっ! 泣いてたって何にも解決しないわよっ!」


「だって……解決、なんて……」


「アタシに任せなさいっ! アタシがアンタを助けてやるわよっ!」


 胸を張ってそう言うリゼットだが、こんなに小さな身体でどうやって助けてくれるというのだろう?

 リゼットが不死身で傷を負わないという事はアレクの親戚の屋敷で知ったが、それ以外に力なんて全く無いと聞いている。


「リゼットじゃ、ムリに決まって……」


「アタシ1人でムリなら、アレクたちを連れて来るわよっ!」


 アレクなら……アレクたちなら、助けてくれる気がする。

 3人とも魔物も倒すほど強くて、アレクは底抜けにお人好しで、エメロンはとても優しくて……。あいつも、何だかんだで頼りになるから……。


「リゼット、結局人任せじゃないっ」


 3人の事を想うと、なぜか不安が(やわ)らいで行く。そして同時に人任せのリゼットを見て笑ってしまう。

 不安が完全に消えた訳ではないが「きっと何とかなる」と、そう思えてきたのだ。


「何言ってんの。アイツら、アタシがいないとケンカばっかりしてんだから」


「エメロンくんがケンカしてるイメージないけど?」


「エメロンは溜め込むタイプだからね~」


「じゃあ、ケンカしてるのはアレクくんとあいつ? どうせ、あいつが悪いんでしょ?」


 3人の話をすると、なぜか楽しくなってしまう。こんな状況だというのに。

 「みんなと一緒にいたい」「自分の居場所はみんなのいる所なのだ」と、カリーチェはいつの間にかそう思うようになっていた。


 その時、部屋の扉がガチャリと音を立てて開いた。

 リゼットは素早く『透明のフード』を被り、姿を消す。


「いい? すぐにアレクたちを連れてくるから待ってなさいっ」


 そう小声で言ってから、開いた扉から外へと飛んで行った。

 入れ替わりに入ってきたのは、両手に缶詰を抱えたクロウだった。


「お? ようやくお目覚め? メシ、食う?」


 呑気にそういうクロウはリゼットの存在に気付いていない。

 それを確認したカリーチェは小声で呟くのだった。


「ありがとリゼット。頼んだわよ……」


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