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第37話 「暗然たるアレク」


「お爺ちゃん……」


 アレクが語り掛けるが、ランドルフは何の返事もしない。

 固く閉じられた目は動く事なく、指の一本も動かす事は無い。既に天寿を終えているのだから当然だ。


 ランドルフの腹部には(おびただ)しい血痕の跡が見られる。恐らくはこれが致命傷だったのだろう。


「ボクの、せいだ……。ボクがお爺ちゃんとはぐれたから……」


「…………」


 自分を責めるアレクに、ユーキは何も言葉をかける事が出来ない。

 「アレクのせいじゃない」と、そう言うのは簡単だ。しかし現実はどうだ。聞けばアレクはランドルフの制止も聞かずに飛び出したそうではないか。アレクが勝手な行動を取らなければ違った結果になったであろう事は疑いの余地はない。


「アレクのせいじゃないよ」


 だが、エメロンはユーキが呑み込んだ言葉を口にした。

 きっと、そこには論理的な理屈なんて無い。好きな女の子が自分を責める姿を見てはいられなかったのだろう。

 だがアレクは、そんなエメロンの慰めを素直に受け取る事は出来なかった。


「そんなワケっ、ないじゃないかぁっ!」


 アレクは振り返り、エメロンにがなり立てる。


「ボクが飛び出したのがいけなかったんだっ! お爺ちゃんは止めてたのにっ! ユーキもエメロンも、いっつも『1人で飛び出すな』って言ってたのにっ!」


「アレク……」


 アレクがエメロンの服を掴み、瞳を潤ませながら叫ぶ。

 見た事の無い友人の姿にジュリアはもちろん、ユーキとエメロンも戸惑いを隠せなかった。


 アレクは『英雄』になりたかった。冒険小説の主人公のような、ユーキのような……。

 だから、いつだって勇敢に前に立とうとしたのだ。主人公たちもユーキも、いつだって誰かの為に戦っていたのだから。

 それに比べて自分はどうだ?


「ホントはね……ゴブリンが出てきて嬉しかったんだ……。活躍できるって、みんなの役に立てるって思ったから……」


 「ユーキのような『英雄』になりたい」と、そう思った矢先の出来事だった。

 ここで活躍すれば『英雄』になれる。皆を助ける事にも繋がるし一石二鳥だ。そんな風に考えてしまったのだ。

 その時すでに、ゴブリンに傷つけられていた人がいたのは気付いていたのに。


 他人が傷つくのを望んでまで『英雄』になろうとする自分は、なんて「強欲」なのだろう?

 自分の願望が満たされようとした時、アレクは見知らぬ他人の痛みなんて気にも留めていなかった。


 これのどこが『英雄』だ? 魔物が現れ、人々を傷つける事を望む『英雄』なんていない。いたとしても、そんな『英雄』にはなりたくない。

 そう思うのに、アレクはランドルフの亡骸を目にするまでそんな事にも気付けなかった。


「ゴっ、ゴブリンが現れたのはアレクのせいじゃありませんわっ!」


 アレクの様子を見ていられなかったジュリアが慰めの言葉をかける。

 だがアレクは、虚ろな瞳をジュリアに向けて静かに言った。


「じゃあさ……ジュリアは、ボクが飛び出さなくってもお爺ちゃんは死んだと思う?」


「そっ、それは……っ」


 答えられるわけがない。アレクが飛び出さずにランドルフの指示通りにジュリアたちと避難していた場合など、そんな「もし」など分かるはずがない。

 言葉を詰まらせたジュリアを見て、アレクは呆れたように言い放つ。


「ホラね。やっぱりボクのせいでお爺ちゃんは死んだんだ。ボクが、お爺ちゃんを殺したんだ」


「……いい加減にしろよ」


 あくまで自虐を止めないアレクに、低い声を放ったのはユーキだった。


「じぃさんを殺したのはゴブリンだろうが。お前に何の責任があんだよ?」


「ユーキ……」


 苦しげに言葉を紡ぐユーキは、アレクと目を合わせられない。その理由をユーキは気付いていない。


 もう4年も前だが、ユーキは己のミスでレックスという少年を死なせてしまった。その時も、ユーキは今のアレクと同じように「全て自分の責任だ」と自虐思考に陥っていたのだ。……いや、その考えは現在も変わっていない。


 ユーキが今のアレクを否定するのは自己否定に(ほか)ならない。それでもユーキは否定せずにはいられなかった。

 今のアレクを見ていられないから……。自分を見ているようで苦しいから……。そんな自分に気付きたくないから……。


 そんなユーキの心情を理解しているのはエメロンだけだった。

 だがそんなエメロンも口を挟めずに、小さく親友の名を呟く事しか出来ない。


「ユーキが……なんでそんなコト言うのさ……?」


 アレクには理解できない。

 ユーキは「本物」の『英雄』だ。いつだって誰かの為に戦い、勝利してきた。守る事が出来なくても、他の誰かを守る為に自分が傷つく事も(いと)わずに嘘を()いた。

 そんなユーキだから『英雄』なのだ。なのに、そのユーキがアレクに対しては「お前の責任じゃない」と言ってくる。


 意味が全く分からない。

 ユーキは「お前は『英雄』になるな」と言っているのか? それとも「お前は『英雄』になれない」と言っているのか?

 アレクには、ユーキの心が分からない。


「さっきも言ったよね? お爺ちゃんはボク止めたんだよ? ユーキだって、いつもボクに注意してるじゃないか?」


「俺も言ったろ? じぃさんを殺したのはゴブリンだ。アレクには……責任はねぇよ」


 一瞬、ユーキが口籠ったのをアレクは見逃さない。


「ウソだっ‼ ユーキはそんなコト思ってないっ‼」


「ウソじゃねぇっ‼ じぃさんがやられるなんて誰も思わなかっただろっ⁉」


 2人の口論を見ていたジュリアは、ユーキと同じ考えだった。

 ランドルフの死はアレクに責任は無い。手を下したのは魔物だし、ゴブリンと対峙した時のランドルフの様子は余裕そのものだった。誰があの時のランドルフを見て、1時間後には死ぬなんて予想が出来ただろう?


 そう思いながらも、ジュリアは2人の間に割って入る事は出来なかった。


「じぃさんを殺したのはゴブリンだっ‼ お前じゃねぇっ‼」


「それを言うならユーキだって――っ‼」

「そこまでだ。2人とも」


 アレクを庇うあまり……自分を否定したいがあまりに一歩も譲らないユーキに、アレクはかつてのユーキの行いを持ち出そうとした。

 だがその時、1人の人物が2人の口論を遮って入室してきた。


「あ……フレデリック様……」


「ケンカの声が外まで漏れていたぞ。エメロン君、身体の方は大丈夫なのか?」


「は、はい」


 2人のケンカを止めたのはフレデリックだった。

 彼はエメロンに一言の気遣いを見せた後、厳しい表情でアレクへと近づく。


「まるで駄々っ子だな、アレクサンドラ。友人と喧嘩をすることがお前の反省か?」


 皮肉げに言うフレデリックに、アレクは返事を返せない。


 何も言えないのはユーキも同じだ。

 アレクを庇う為に、アレクと喧嘩をするなど馬鹿げている。そこまでは分かっているのに、ユーキにはなぜ、その馬鹿な事をせずにいられなかったのか理解できていなかった。


「何も言い返せないか? ならお前は所詮、まだ子供だという事だ」


 フレデリックの言葉がアレクの胸に突き刺さる。

 喧嘩なんてするつもりは無かった。ただ、自分の罪を自覚しただけなのだ。罪を認めたのに、みんなが否定するからムキになってしまった。


 フレデリックの言葉はユーキの胸にも突き刺さる。

 喧嘩なんてするつもりは無かった。ただ、アレクの罪を否定したかった。客観的事実を言ったのに、アレクが否定をするからムキになってしまったのだ。


 2人とも、まだ「自分は大人だ」などとは思っていない。しかし子供だとも思っていない。思いたくない。

 思いたくないのに何も言い返す事の出来ない2人は、確かにまだ子供だった。


「もう夜も()けた。馬車を用意するから、今晩は4人とも我が()に泊まるといい」


「僕たちも、ですか?」


「負傷しているエメロン君には申し訳ないが、恐らく君が医者に診てもらえるのは夜が明けてからになる。重傷者を優先しているからな」


 その言葉に、王宮の庭に集められた負傷者たちを思い出す。

 一刻を争う重傷を負った者、身体の一部を欠損した者、中には幼い子供もいた。彼らを思えば、1人で歩き回れるエメロンの負傷は軽い方なのだろう。


「それは、構いませんが……」


「明朝一番に医者を向かわせる。宿だと時間がかかるし、ここではゆっくりと休めんだろう?」


「ご配慮に感謝します」


 フレデリックの気遣いにエメロンは頭を下げる。

 そういう事情ならエメロンはリッジウェイ侯爵邸に泊まった方が良いだろうし、アレクとユーキが一緒にというのも理解は出来る。宿に残したヴィーノたちに連絡が出来ないが、一晩くらいは問題無いだろう。

 問題があるのは3人ではなく……。


「あの……ご厚意はありがたいのですが、ワタクシはお父様を探さなければ……」


 声を上げたのはジュリアだ。

 彼女の父親・ボーグナイン伯爵の所在は未だに不明だ。この騒動での安否が気になるのも当然だ。


「ボーグナイン伯爵ならご無事だ。ジュリア嬢が泊まる事も伝えておこう」


「いえ、でも……」


「アレクサンドラの様子を見ていてやって欲しい。頼めないだろうか?」


 父親の無事を聞かされ胸を撫で下ろすジュリアだが、それなら無事な姿を一目見たい。しかしフレデリックの頼みも無下には出来なかった。

 祖父が亡くなって、あれほど取り乱すアレクを見た事が無かったのだから。


「わ、分かりましたわっ。アレクは友人ですものっ」


「助かる。すぐに御者が来るから、それまで待っていて欲しい」


 そう言って退出しようとするフレデリックを見て、エメロンが呼び止めた。


「フレデリック様はご一緒されないのですか?」


「仕事があるのでな。屋敷の者には伝えておくから、君たちは気兼ねなく休んでくれ」


 仕事……恐らくは今晩の騒動に関するものだろう。

 このような事件が起きたのだから、遺族への対応や国民への発表、原因の特定や再発予防策など、事後処理は大変なものになるだろう。


 去っていくフレデリックを見送って、4人は間もなくしてやって来た御者の案内でリッジウェイ侯爵邸への馬車に乗った。

 その馬車の中は終始無言で、重苦しい空気に包まれたのだった……。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 リッジウェイ侯爵邸に着いた4人は、それぞれ男女に別れて2組で寝室に案内された。これは負傷したエメロンと、傷心のアレクを1人きりにはさせまいというフレデリックの配慮だろう。


「エメロン、ホントに目は大丈夫なのか?」


「イタそーなの~っ」


「大丈夫だよ2人とも。明日には医者に診てもらえるし、心配ないよ」


 もっとも、この場にはベルもいるのだが。周りに他人がいない部屋の中で、ベルは何の気兼ねも無く飛び回っている。


「それよりユーキ、ちゃんとアレクに謝りなよ?」


「んだよ、俺が悪者かよ?」


「ユーキはワルモノじゃないの~っ!」


 ユーキは皮肉気に返すが、エメロンだってユーキが悪いなどとは思っていない。しかしアレクは祖父を喪ったのだ。

 それを考慮すればユーキに譲歩を()うのも仕方ないだろう。


 ユーキにもエメロンの言いたい事は分かっている。だから皮肉を返しはしたものの、反発するつもりなど毛頭ない。

 ただ、それよりも重要な話があるのだ。

 これはアレクにとっても重要なのだが、今話しても混乱するだろう。そう考えればエメロンと一緒になったこの部屋割りは好都合だと言えた。


「エメロン、大事な話がある。リングの在り処が分かった――」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌朝、リッジウェイ家の使用人に朝食の席へと案内されたユーキたちは、既にテーブルに着いているアレクとジュリアの向かいの席に座った。


「2人とも、おはよう」


「うん、おはよう」


 アレクの様子は昨晩よりは少しマシに見えはするが、まだ吹っ切れたようには見えない。挨拶に、いつもの元気がない。


「アレク。昨夜(ゆうべ)は、悪かったな」


「ううん。ボクの方こそゴメンね、ユーキ」


 2人とも昨晩の喧嘩を謝罪するが歯切れが悪い。2人とも、普段ならもっとハッキリとものを言う性格だ。

 ジュリアはそんなアレクを見て不安だったが、エメロンは心配をしてはいなかった。


 2人の関係は特別だ。簡単に、いや絶対に壊れたりなどしない。

 2人の絆は強い。今は多少気不味くても、きっとすぐに元通りになる。


 だからエメロンは、食事を始めながらアレクに今日の予定を告げた。


「アレク、昨日ユーキと話してたんだけど、今日は別れて行動しよう」


「どういうコト?」


 エメロンは、昨晩にユーキと決めた行動内容をアレクに伝えた。


 まずエメロンは、このまま屋敷に残って医者の診療を受ける。

 これは変更のしようがない。


 次にユーキは、ジュリアをボーグナイン伯爵邸へと送る。

 これはリングを持つボーグナイン伯爵に接触を(はか)る為だが、アレクには今は告げない。

 だから当然、これを聞いたアレクは「自分も一緒に」と言い出すが……。


「アレクは一旦、宿に戻ってヴィーノたちに事情を話しておいてよ。連絡せずにいたから、きっと心配してると思うんだ」


 これは半分、方便だ。

 祖父を亡くしたばかりのアレクには、リングの情報は教えない。気持ちの整理がついていない時に教えられても混乱するだろうから。

 そして、ユーキだけがボーグナイン伯爵邸に向かうのにも理由がある。


 まずはユーキだけが多少なりともボーグナイン伯爵と面識がある事。厳密にはアレクもあるのだが、普段の服装では気付いてもらえないだろう。

 そしてリングの譲渡を願って失敗に終わった場合に、後でユーキ以外の人間が向かう事ができる可能性を残す為だ。……ユーキの話によれば十中八九、失敗しそうではあるが。


「ヴィーノたちも放っとけねぇだろ? カリーチェを1人に出来ねぇからって寮から来てもらってんのに俺たちが帰って来ねぇから、きっと怒ってんぞ」


「そうだね。アレク、悪いけどお願いできるかな?」


 2人はまるで面倒事をアレクに押し付けるかのように言うが、実情は違う。

 全てはアレクの為だ。祖父の死に傷つき落ち込んでいるアレクの為に、最善の道を考えた結果なのだ。


 普段のアレクならどんな返事を返しただろう?

 素直なアレクは疑問にも思わずに快諾しただろうか?

 それとも「ただの説明」なんて面白くない役割に駄々を()ねただろうか?


 いずれにしても元気な声で反応したに違いない。

 だが、今のアレクはそうはなれず……。


「うん、わかった」


 ただ静かに、何も考える事なく2人の指示に従ったのだった……。


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