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第29話 「暗躍者たち」


「クロウの奴め……。一体何をしておるのだっ?」


 平民の男と人形兵器の決闘が始まる頃、ハルトムートは小声で悪態を()いていた。


 ハルトムートの目的は2つ。

 1つは、エストレーラ王国との和睦を破談にする事。

 パーティー会場に魔物が現れれば間違いなく疑いの目は自分たち帝国側に向く。そしてシルヴィアが暗殺されれば、ジークムントは疑いの目を王国に向けるだろう。

 お互いに疑心暗鬼になれば、上手くすれば『ボーグナイン紛争』の再来……いや、それ以上の全面戦争に発展する可能性すらある。

 そうなれば今や帝国軍の主力とも言える、人形兵器の責任者であるハルトムートは更なる権限を手に入れる事も可能だ。


 もう1つは『神輪』の確保だ。

 7つ集めれば偉大なる『ブライア神』への目通りが叶い、あらゆる願いを叶えるという。

 『ライアー教団』の教義は「偉大なるブライア神へ、ブラムゼル大陸を返還する事」だ。その為には大陸中に蔓延(はびこ)る人間たちは邪魔でしかない。一部は新天地へと移住させるが、それ以外は不要だ。

 それらを行う為にも、7つの『神輪』を集める為にも、大陸最大の国家であるクライテリオン帝国で権力を握る事は必要だ。


 今回の計画は「クロウが魔物を転移させる事」を合図として行動する手筈だ。しかし予定の時刻はすでに30分も前に過ぎている。これでは会場にいる筈の2人も動く事が出来ないだろう。

 いつまで経っても起こらない「魔物の転移」に、ハルトムートが苛立つのも無理はなかった。


「どうしたハルトムート? 貴様自慢の人形兵器の晴れ舞台だぞ?」


 起こらない「魔物の転移」に、苛立ちながら周囲を見回していたハルトムートに声を掛けたのはジークムントだ。

 5つも年下だというのに、不遜(ふそん)に話しかける弟にハルトムートの苛立ちは加速する。だが、それを態度に出す訳にはいかない。


「落ち着きが無いが、もしや自信が無いのか?」


「バカな事を……。あんな小僧が『AS‐14』を倒せるものか。それより、シルヴィアはまだ戻らんのか? 流石に心配ではないか?」


 ハルトムートが苛立つ理由にはシルヴィアの不在もあった。

 シルヴィアはパーティー会場に着くなり1人で(かわや)へと向かったという。別の馬車で到着した為、ハルトムートは顔を合わせてもいない。

 会場に着いてから既に1時間以上。普通に考えれば「何かあった」と考えるのが自然だ。それなのにジークムントは……。


「ふん、気にするな。大方、王国のパーティーを満喫でもしているのだろう。好きにさせれば良い」


「何かあったのかも知れんぞ? 誰かを向かわせた方がいいのではないか?」


「ほう? 貴様がシルヴィアを気に掛けるとは意外だな? 何か気にかかる事でもあったか?」


「いや……それは……」


 本来なら「魔物の転移」の混乱に乗じてマリアがシルヴィアを暗殺する計画だった。だが肝心のシルヴィアがいない上にマリアの姿も見えない。

 これではハルトムートはその成否を確認できず、ただ成功を祈るだけしか出来ない。

 いっそ護衛の誰かを確認に向かわせた方が安心できる。あの殺人鬼『目抜きのマリア』なら護衛の1人や2人がいても、あっさりと暗殺を成功させる事が出来る筈だ。


 そんなハルトムートの思惑を目聡く感じ取ったかのようにジークムントが疑惑の声を向ける。

 証拠など何も無い筈だ。シルヴィアを心配する演技も不自然ではなかった筈だ。そう思いながらもハルトムートは口籠ってしまう。


”うおおおおぉぉぉぉっっっ‼‼”


 その時、突如上がった大歓声にハルトムートは驚いて身体を震わせる。決闘の勝敗が着いたのだ。

 闘技場には人形兵器に撃たれた男が倒れているのだろう……と予想していたハルトムートだったが、その目に映ったのは真っ二つになった人形兵器と、燃え盛る炎の剣を携えた男だった。


「な、何だアレは? あんなもので……?」


「あの男の自信と余裕の正体はこれか。ふむ、大した破壊力だな」


 目の前の光景はにわかには信じ難い。人形兵器の装甲は、あんなオモチャみたいな剣で破壊されるようなものではないのだ。

 だがその瞬間を見逃していたとはいえ、目に映る光景がハルトムートの考えを否定する。


「しかし参ったな。これでは王国に人形兵器の価値を安く見積もられるやも知れん。人形兵器の総責任者としてはどう見る?」


「あ……あれは、あの男が異常なだけで……」


「その様な言い訳が王国側にも通用すれば良いがな。ふん、バルタザールめ。帝国に損害を与えておきながら嬉しそうな顔をしておるわ」


 ジークムントの言う通り、人形兵器はたった1人の男に敗北した。相手が普通の兵士なら、例え帝国の正規兵であっても5人以下では相手にもならない性能を持っていた筈だ。

 だがそんな事を語っても、実際に1人の男に破壊された現場を目にした王国側の人間には通用しないだろう。例え再度、人形兵器の実力を見せるデモンストレーションを行ったとして、どれ程の効果があるものか……。


 このような事になったのも「決闘」などと言いだしたバルタザールの責任だ。こんな事になるのなら、代理闘士に『AS‐14』を使うなど許可しなければ良かった。

 そして決闘に敗北したというのに上機嫌で「炎の剣の男」と話すバルタザールを、ハルトムートは歯噛みしながら睨んでいた。


 そうして、中々締めに入らないバルタザールに痺れを切らしたジークムントが2度目の声を上げた時、ようやくハルトムートの待ち望んだ時がやって来た――。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お久しぶりです。フェルベーク伯爵閣下」


「ん? おぉ、ボーグナイン伯爵ではないか」


 ユーキが人形兵器と戦いを始める少し前、レオナルドはボーグナイン伯爵と共に、決闘を観戦するフェルベーク伯爵の元へとやって来ていた。

 彼の付き人は2人とも帯剣をしている。現役の騎士だという事だろう。


 ブレスト=フェルベーク伯爵。

 5年前の『ボーグナイン紛争』で王国軍の総司令官を務め、その功績から『英雄』と持て(はや)されている人物だ。

 その実績から王国内での地位は高い。同じ伯爵であってもボーグナイン伯爵とは比べるべくもない存在だ。


「しかしボーグナインよ。娘の結婚を賭けて決闘とはな。『今度は帝国に寝返るつもりか』と噂されておるぞ?」


「いえいえ、滅相もございません。全く根も葉もない噂でございます」


「ならば良いがな。紛争の折に一家揃って王都に避難させたのは同情からではないぞ? ワシに対する誠意を見せて欲しいものだな?」


 2人の交流は深いものではないが、決して見知らぬ仲でもない。そしてフェルベーク伯爵は、古美術などの蒐集家(しゅうしゅうか)である事も有名だ。

 だからボーグナイン伯爵は、フェルベーク伯爵の言葉を待っていたかのように返事を返した。


「誠意と仰るならば、このような物はいかがでしょうか?」


「何だ? 腕輪、か?」


 ボーグナイン伯爵は、自らの懐から出した腕輪をフェルベーク伯爵に手渡す。

 それを受け取ったフェルベーク伯爵は、腕輪を値踏みするように品定めをしていた。


「ただの腕輪ではございません。この腕輪は、剣で斬ろうとも槌で叩こうとも傷一つつかないのです」


「ほう? おいっ!」


「はっ」


 その言葉を聞いたフェルベーク伯爵は付き人の1人に短く命令をすると、付き人は腕輪を地面に置いて剣で叩きつけた。

 甲高い音が鳴り響くが、ボーグナイン伯爵の言葉の通り腕輪には傷一つついていない。


「いかがでございますか? 祖父がどこからか買い付けた物ですが、非常に珍しい物かと存じます」


「確かにな。お主の気持ち、頂いておこう」


 そう言ってフェルベーク伯爵は機嫌良さそうに腕輪を懐に仕舞った。その様子を見てボーグナイン伯爵も満足そうな笑みを浮かべている。


 その様子を内心複雑な心境で見つめていたレオナルドだが、観客たちが湧きたったのを切っ掛けに全員の注目が闘技場内へと注がれる。フランの結婚を賭けた決闘が、これから開始されるのだ。


「ボーグナインよ。娘の結婚を賭けた決闘、共に観戦するか?」


「えぇ、喜んで」


 上機嫌となった2人は共にユーキの決闘を観戦する。決着はすぐに着き、ユーキの勝利で終わった。


「意外な結果だったが……。残念だったな、ボーグナイン? せっかく皇族との縁が繋げられるところだったのにな?」


「い、いえ。そのような事は……」


 口角を上げて皮肉げに言うフェルベーク伯爵に対して、ボーグナイン伯爵は明らかに動揺している。

 だが間もなくして2人とも……いや、この場の全ての人間が、決闘の結果など忘れてしまう事態が起きた。


「ギャ? ギギャーッ!」


「ギャッギャッ」


 闘技場全てを包む程の閃光が起きたかと思えば、その後には大量のゴブリンが現れたのだ。

 会場はパニックになり、悲鳴が上がる。それはボーグナイン伯爵やフェルベーク伯爵も例外では無かった。


「なななっ、何だっ⁉」


「ま、魔物っ⁉ お、おいっ! ワシを守れっ‼」


「……は、はっ!」


 突然のゴブリンの出現に皆動揺をしている。騎士であるフェルベーク伯爵の付き人らも戸惑いながら命令に従って、フェルベーク伯爵の守りとゴブリンの排除に別れた。


 幸いゴブリンの動きは(にぶ)く、騎士の剣がなんなく排除すべき敵を両断する。


「ギャアッ⁉」


「他に魔物は……、ぅぐっ⁉」


 ゴブリンを斬り倒した騎士は主人の安全の為に周囲を見回そうとしたが、その時腕に痛みが走り、剣を落としてしまった。

 予期せぬ痛みに騎士は反応も出来ず、視界に映った男が自分の剣を空中で拾い、そのまま自分の首を斬り付けるのをただ見ている事しか出来なかった。


「……ぁ?」


「非っ常っに残念ですが、お命頂戴いたします。まさにっ、不運っ!」


 そのセリフが、騎士の最後に聞いた言葉になった。


 流れるような動きで騎士を斬り殺したレオナルドは振り返り、フェルベーク伯爵に向けて言葉を放った。


「色々と予定外が重なりましたが……。『神輪』を渡して頂きましょう。まさにっ、強っ奪っ!」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




”ガツッ!”


 エメロンは、自分に襲い掛かって来たマリアのピックを手の持った杖で受け止めた。

 マリアの狙いは頭部。容赦なくエメロンに致命傷を負わせる気だ。


「くっ……」


 マリアは杖にピックを突き立てたまま、力任せに押し込んでくる。エメロンも全力で押し返すが、ビクリとも動かず拮抗状態だ。

 男のエメロンが持つ杖と、女のマリアが手にする小さなピック。この差をものともしない程マリアの膂力(りょりょく)は強力だった。


「いい眼ねぇ、エメロン君? そぉんな細い杖で私の攻撃を受け止めるなんて、ねぇっ!」


「ぐぁっ!」


 余裕のマリアが一気に力を込め、エメロンを突き飛ばす。完全に力負けをしたエメロンは吹き飛ばされ、ロッカーに激突した。

 衝撃でロッカーの扉が開き、中のホウキやモップ、バケツなどが散乱する。


「エメロンっ⁉」


「だっ、大丈夫です……っ。シルヴィア様は離れて下さいっ」


 シルヴィアが心配して駆け寄ろうとするが、エメロンはそれを手で制する。

 この場所、スタッフの控室は戦うには場所が悪い。杖を振り回すには障害物が多いし、遠くに距離を取る事も出来ない。その上、シルヴィアが近くに来てはマトモに戦う事も出来なくなる。


「あぁら、健気ねぇ? エメロン君は皇女さまとは出会ったばかりじゃないの?」


「皇女……?」


「あら、知らなかった? その子は帝国の皇女さまよ」


 この場所で戦う事は『戦闘魔法』を得意とするエメロンにとっては非常に不利だ。

 『戦闘魔法』の使用には精神集中の為の時間を要する。だが、それをするだけの間合いを取る事が出来ない。


「私が暗殺なんて仕事をさせられているのも、そういう理由ね。ごめんね皇女さま。貴女には恨みはないのだけど」


「…………」


 しかし体術では、少なくとも筋力ではマリアの方が明らかに上だ。勝機を得るには、やはり『戦闘魔法』しかない。

 だが集中の時間を度外視しても問題は残る。それはエメロンの杖に仕込まれた魔法が、この状況では使いにくいという事だ。


「今、『させられている』と言いましたよね? 本意でないなら()めてしまっても良いのでは?」


「そういうワケにも行かないのよねぇ。エメロン君こそ手を引かない? 貴方こそ、皇女さまを命懸けで守る理由なんて無いでしょう?」


 エメロンの杖に仕込まれた魔法陣は「火を放つ魔法」「風を起こす魔法」「小石を操る魔法」「水を生み、操る魔法」の4種類だ。

 王城内で火を放てば火事になる恐れがある。密閉空間で巨大な風を起こせば自分たちにも影響は(まぬが)れない。控室の中には小石なんて無いし、大量の水を生成するには時間がかかる。


「そんなことを言って、油断させるつもりでは?」


「信用が無いわねぇ。それより、そろそろ魔法の準備は整ったかしらぁ?」


 マリアの指摘にエメロンは呼吸が止まった。会話で時間稼ぎをしていたのは見透かされていたのだ。

 だがそうだとしてもエメロンのやるべき事、出来る事が変わる訳では無い。


 エメロンは素早く杖の先端を転がったバケツに引っかけ、そのままマリアへ向けて突き出す。


「だぁっ!」


 そして魔力を込め、風の魔法でバケツを撃ち出した。

 ユーキの≪針を飛ばす魔法≫や、帝国の鉄砲と同じ原理だ。これなら小さな風で「(バケツ)」を撃ち出す事が出来る。


「ま、その程度よねぇ」


”ガンッ”


 呆れたように、残念なようにそう言いながらマリアはピックの柄で飛来するバケツを打ち払う。

 だがエメロンはその後の隙を見逃さなかった。いや、マリアの動きはエメロンの予想通りだったのだ。


「今だっ!」


 マリアへと向けたままの杖に、更なる魔力を注ぐ。続いて使用されたのは水の魔法だ。

 大量の水では無い。威力も殆ど無い。だが、まるで水鉄砲のような勢いの水はエメロンの魔力に操られてマリアの顔面へと付着する。


「んぷっ! エメロンっ、こんな子供騙しで……っ!」

「シルヴィア様っ! しゃがんで、耳を塞いで息を止めて下さいっ‼」


「えっ⁉ えっ⁉」


 マリアへ行った攻撃は、攻撃と呼ぶのも烏滸(おこ)がましいただの目眩(めくら)ましだ。

 だがその隙を突いて、エメロンは今度こそ本当の攻撃を行う。


 行う攻撃は「風を起こす魔法」だ。それも最大限の威力での。

 本来殺傷力は殆ど無い魔法だが、この密閉空間で行えば超気圧により中にいる人間はダメージを受けるだろう。部屋の中にいる限り逃げ場はない。


 エメロンの指示を聞いたシルヴィアは、戸惑いながらも指示に従う。

 それを確認したエメロンも片耳だけを塞ぎ、マリアを睨みつけながら残った手に持つ杖に魔力を送った――。


「――っはああぁぁぁっ‼」


”ドンッ‼‼‼‼”


 エメロンが魔力を注いだ次の瞬間、スタッフの控室の窓は全て外に吹き飛び、唯一の扉も蝶番が外れて廊下に叩きつけられたのだった――。


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