第28話 「大混戦」
「んっだよっ⁉ こりゃあっ⁉」
悪態を吐きながら、ユーキは剣を振り回していた。
突然の閃光……。それが止んだと思えば視界を埋め尽くさんばかりのゴブリンの群れだ。事態が呑み込めないまま、ユーキは眼前のゴブリンを薙ぎ払う。
「ぬぅんっ‼」
隣に目をやれば、バルタザールが素手でゴブリンを殴り飛ばしていた。
皇族とはいえ、パーティーにまで武器を持ってきてはいないようだ。ユーキだって決闘などが無ければ武器を持ってくる事などなかった。
「アンタ、武器も無しで大丈夫なのか?」
「ハッ、『豪鬼』と恐れられたオレがゴブリンごときに後れは取らんわっ! お前の方こそ動きが鈍いぞっ⁉」
「余計なっ、お世話だよっ‼」
ユーキとバルタザール。2人は軽口を叩きながらも周囲のゴブリンを蹴散らしていく。
バルタザールは自分で言うようにゴブリンをものともしてはいない。その自信に溢れた戦いぶりから心配の必要は無さそうだ。
ユーキは戦いながらも周囲に目をやる。
闘技場の中には埋め尽くさんばかりのゴブリンがいる。そして、そこから溢れるように観客席にまで……。
たかがゴブリンとはいえ、観客の多くは戦闘などとは縁の無い貴族たちだ。現役の騎士や、元騎士もいるようだが、如何せん数が多いし、何より突然の出来事だった。武装をしているのも警備や護衛として配置されていた一部だけだし、すでに被害も出ている模様だ。
知り合いたちの居た場所を見れば、会場から遠ざかって行くフランたちの姿が見えた。
それを確認できたユーキは胸を撫で下ろす。
(全員を確認したワケじゃねぇが、そこは祈るしかねぇな……)
見えたのはフランとメルクリオ、フレデリックの3人だけだ。決して楽観は出来ないが、今心配してもどうしようもない。
仮に誰かが負傷していたとしても、ここから駆けつけるには少し距離がある。何よりユーキが行っても簡単な応急手当くらいしか出来ない。
とりあえずは3人が無事だった事を喜ぼう。
そして彼らの所へ向かうより、ここで被害の拡大を防ぐ方がよっぽど全体にとって有意義だ。
「考え事は終わったか? どうやらお前は、顔に似合わず頭で考えるタイプのようだな?」
「顔は関係ねぇだろっ! ってか、アンタは戻らなくていいのかよ? 皇太子が心配じゃねぇのか?」
「ヤツなら心配無用だ。それに、この程度で倒れるようならそれまでの男よ」
相変わらず襲い来るゴブリンを倒しながら、2人は会話を続ける。
一時はこのゴブリンたちの襲撃は帝国の仕業かとも頭を過ぎったが、バルタザールの様子からはそうは思えない。帝国全てを信じる訳では無いが、この男は何も知らないと見ても良さそうだ。
「それでユーキ、お前はどう見る?」
「ゴブリンが現れる前の光、ありゃ多分『転移魔法』の光だ」
「ほう?」
先程の閃光は、アレクの≪栄光の道程≫の使用時に発する光と酷似していた。恐らく間違いは無いだろう。
どこから転移したのかは分からないが、あれほどの規模を転移させるなどアレクにも匹敵する魔力量が必要な筈だ。しかも、ここをピンポイントで狙ったのなら魔力精度も尋常ではない。
それほどの魔法の使い手がいる事に戦慄するが、今考えるべきはこの場に居ない敵の事ではない。
「ゴブリンにしちゃ統率が取れてねぇ。きっと、ゴブリンもいきなり転移させられたんだと思う」
「ふむ、確かになっ!」
目の前のゴブリンを倒しながらバルタザールが同意する。
ゴブリンは魔物の中でも特に頭の良い種族だ。人間を見つけても無暗に突撃などせず、罠を張って伏兵も用意する油断の出来ない魔物だ。こんな乱戦になる事など普通は考えられない。
「あの一際でっけぇゴブリンがリーダーだと思う。道中の弓持ちを倒しながらアイツを倒すのが最善だと思うけどなっ!」
ユーキも負けじとゴブリンを切り倒しながら自身の考えを伝えた。
リーダーを倒せばゴブリンが統率を取り戻す事は無い。そうすればゴブリンなど、いくら数が多くても騎士団の敵ではないだろう。
そして、それ以外で脅威となるのは飛び道具を持つ弓持ちだ。未だに避難を終えていない観客の安全の為にも優先して倒すべきだ。
ユーキの意見を聞いたバルタザールは感心したような声を上げながら、大きく頷いた。
「無駄に考え込んでおった訳では無いのだな。よし、俺は右手から向かう。お前は左手から回り込めっ!」
「はっ⁉ お、おいっ⁉ クソっ、アンタも人の話を聞かねぇタイプかよっ⁉」
言うべき事だけを告げて走り出したバルタザールを見てユーキは悪態を吐く。
だが考えてみれば、バルタザールの指示には異論を挟む事は出来ない。
2人で一緒に行動するより別行動の方がより多く広範囲の弓持ちを倒せるし、お互いの戦い方も知らないのでは連携を取るのも困難だ。
確かにバラけた方が効率的だと思えた。
そう理解したユーキは一瞬遅れて走り出す。
それと同時に剣を鞘に納め、代わりに愛用のナイフを取り出した。足を止めて戦うのなら剣の方がリーチがあって良いが、高速で駆け抜けながらゴブリンを仕留めるならナイフの方が小回りが利いて良い。何より≪炎の剣≫はゴブリン相手には過剰な威力だ。
(弓持ちは……1、2……。全部で8かっ!)
進路上の弓持ちを素早く確認したユーキは、更にゴブリンのリーダーへの進路を確認する。
道中で弓持ちのゴブリンの首を切り裂き、遠くの間合いにいる弓持ちへは左手のリストバンドに仕込んだ≪針を飛ばす魔法≫で攻撃をする。
≪針を飛ばす魔法≫は5発しか飛ばせない。だから慎重に狙いをつけ、確実に止めを刺す。
「ギッ⁉」「ギャッ⁉」「グェッ⁉」
(2、3……4っ!)
ユーキは、仕留めた弓持ちのゴブリンの数をカウントしながら駆ける。
狙うべきは頭部か腕部だ。とにかく弓を射たせないように出来ればそれで良い。そして弓持ち以外のゴブリンは後回しだ。
ユーキは高速で駆けながら針を飛ばし、ナイフを振るった。
あるゴブリンの目には針が突き刺さり、あるゴブリンは首をナイフで切り裂かれる。
ユーキの攻撃は素早く、正確に弓持ちのゴブリンたちを無力化していった。
「アギャッ⁉」
「7っ! コイツで……っ⁉」
「ギャギャーーッッ⁉」
針を全て撃ち尽くし、最後の弓持ちのゴブリンへと迫ったユーキだったが、遠くからゴブリンの奇声が迫った。咄嗟に身構え、声の方へと振り向けばゴブリンが真っ直ぐにこちらへ飛んでくる。
「なっ⁉」
ユーキは急停止して、辛うじてゴブリンを躱す。飛んできたゴブリンはといえば、そのままの勢いで着地……いや、落下して地面を転がって行った。
そしてそのままゴブリンの飛んできた方へと視線をやれば、リーダーと思われるゴブリンが近くのゴブリンを掴み上げ、いつでも投げれるような姿勢を取っていた。
「仲間を、投げたってのか……?」
恐らくは、ユーキが弓持ちのゴブリンを狙っているのが分かったのだろう。だから最後に残った弓持ちへの攻撃に合わせてゴブリンを投げてきたのだ。
その洞察力には感心する。流石は「魔物の中で最も賢い」とされる種族という事か。
しかし、他に投げれるものもあるだろうにとユーキは思う。大量のゴブリンたちの手には、剣や槍、斧などがあるのに、だ。
それを思えば、逆に本当に賢いのかが疑わしく感じる。
「ギ……ッ」
「おっと」
弓持ちが僅かに動いたのに気付いて、ユーキは左腕を突き出す。それを見た弓持ちは慌てて動きを止めた。
針はすでに弾切れだが、そんな事はゴブリンたちの知る所ではない。そしてゴブリンは賢いので、ユーキの左腕から攻撃が発射される事は気付いている。
「コイツら、賢いのかバカなのか分っかんねぇな」
そんな事を言っている間に、ユーキはゴブリンたちに包囲されてしまった。
ユーキは視線をリーダーに向けたまま、左腕を弓持ちに、右手はナイフを握って他のゴブリンたちを牽制する。
ユーキは警戒を全方位に向け、ゴブリンたちもそれを察してか動きはない。
一斉に攻撃を仕掛けられると危ない所なのだが、幸いにもゴブリンたちがそれを悟る事は無かった。
膠着状態になってしまったが、これはユーキにとって良い状態とも悪い状態とも断言は出来なかった。
時間を稼げばバルタザールが遅からずやって来るはずだ。そうなれば形勢は一気にこちらへ傾く。
一方で、被害を抑える為には一刻も早くゴブリンたちを無力化する必要があった。
(つっても、こっちから動くのは危険だな……。チッ、俺にもエメロンみてぇな広範囲魔法とか、アレクみてぇな身体強化が出来りゃあな)
内心でそう愚痴を零しながら、結局ユーキはバルタザールを待つ事にした。
今はまだイチかバチかの危険を冒す時ではない。そして無いものねだりをしても仕方がない。
そう決意した次の瞬間、ユーキの名を呼ぶ援軍が現れた。
「ユーキーーっ‼」
「え……はぁっ⁉」
その援軍は、ユーキの名を叫びながらゴブリンたちを蹴散らして一直線に向かって来る。この高い声はバルタザールのものではない。というか、聞き慣れた声だ。
だが、その姿は見慣れたものではなく……。
「っでりゃあぁぁぁっっ‼」
勇ましい声を上げながら、剣を振るってユーキの前に現れたのは、その掛け声には似つかわしくない、ピンク色のドレスを纏った令嬢だった。
見慣れた姿ではないが、その令嬢には見覚えがある。
「サン、ディ……?」
そう、サンディと名乗ったフランの妹と一緒に行動していた令嬢だ。
サンディは、ついでとばかりにユーキの正面にいた弓持ちも蹴散らした。その姿は先程までの弱々しい姿とは別人だ。
「ユーキっ、お待たせっ!」
「ま、まさか……。アレクかっ⁉」
「あっ、バレちゃった?」
ようやくサンディの正体がアレクだと気付いたユーキ。髪にウィッグを付け、化粧をして、ドレスを着ただけなのに、なぜ今まで気づかなかったのか。
そんな事を思うが、今はそれどころではない。ユーキは頭を振ってアレクに声を掛けた。
「あのデッケェのに気を付けろっ! 仲間を放り投げてきやがるぞっ!」
「オッケーっ! じゃ、先行くねっ!」
ユーキの注意を聞いたアレクは短く返事をして、すぐさまリーダーへ向けて駆け出す。ユーキの話を理解したのかも疑わしい。
そんなアレクを見たユーキは、一瞬遅れて後を追った。
「ゴギャアァッ!」
リーダーの雄叫びに呼応するように大量のゴブリンがアレクの行く手を阻む。
10体以上のゴブリンがスクラムを組むようにして、アレクの進行を止めようとした、のだが……。
「ブギャアァ~~ッ⁉」
アレクは停止する事無くゴブリンの山に突進し、ゴブリンたちの方が衝撃に耐えられず吹き飛んでしまった。
『根源魔法』で身体強化をしながら走っていたアレクの身体は固く、重い。それが高速でぶつかってしまったのだ。ゴブリンたちが耐えられなかったのも無理はない。
だがアレクの方も、突然現れたゴブリンたちにぶつかった衝撃と驚きに足を止めてしまった。
「あててて……。急に飛び出してこないでよっ。こっちは急に止まれないんだよっ!」
身体強化をしていたとはいえ無敵ではない。多少の痛みくらいはあるのだ。全身をカチコチに強化してしまえばこの程度で痛みを感じる事はないが、それでは身動きが出来なくなってしまう。
足を止めて、そんな愚痴を吐いたアレクにユーキが叫ぶ。
「止まんなっ! 狙われてるぞっ‼」
「ふぇっ⁉」
ユーキの視線を追えば、その先には仲間のゴブリンを片手に振りかぶっているリーダーが見えた。その視線は間違いなくアレクを捉えている。
咄嗟に身構えるアレクだが、今からでは回避は難しい。身体強化による防御も思わず解いてしまった。
「シっ!」
アレクの回避は間に合わない。そう考えたユーキは手に持つナイフをリーダーに向けて投げた。
このナイフは投擲用ではない。上手く対象に刺さるかは運しだいだ。それでもナイフは回転しながらリーダーへと真っ直ぐに飛んで行き――。
「っ⁉」
リーダーは、寸での所で顔面目掛けて飛んでくるナイフを避けた。ナイフはそのまま、何処かへと飛んで行く。
だが、おかげでリーダーは態勢を崩し……。
「ギャ~~~ッ⁉」
放り投げられたゴブリンは、明後日の方へと飛んで行ってしまった。放物線を描き、地面に落ちた地点から短く悲鳴が聞こえる。
仲間を使った攻撃が無駄に終わったリーダーは態勢を直そうと顔を上げたが、そこには剣を上段に振り上げて跳び上がったアレクが視界に迫っていた。
「っだああぁぁぁーーっっ‼」
気合の雄叫びと共にアレクが剣を振り下ろす。
回避も防御も間に合わないのは、今度はリーダーの方だった。そしてアレクとは違い、リーダーには咄嗟に動く機転が利くような仲間はいない。
「ゴッ……、ブフォア……ッ!」
アレクの剣はリーダーの頭部にめり込み、そのまま胸までを半分に斬り裂かれる。リーダーは短い呻き声と共に、その場に倒れた。
「やったー! ユーキ、ナイスアシストっ!」
「ナイスじゃねぇよっ。アレクは油断のしすぎなんだよっ。大体お前は……」
無邪気に勝利を喜ぶアレクにユーキが文句を垂れる。
実際、ユーキの手助けが無ければどう転んでいたのか分からない。本来ならアレクは、多少強い個体でもゴブリンごときに後れを取らない筈の能力を持っているというのに。
「先を越されたようだな。流石というべきか? で、その子供は何だ?」
ユーキが説教を開始しようとしていた時、声を上げて現れたのはバルタザールだ。ユーキより遅れたが、負傷らしきものが無いのはそちらこそ流石というべきだろうか?
「俺の仲間だよ。頭の方は残念だが、俺より強ぇぜ」
「アレクだよっ。よろしくねっ」
「ほぅ? 女だてらにそこまで言わせるとは。アレクとやら、ユーキと共にオレの部下にならんか?」
「アンタ、節操が無ぇって言われねぇか?」
軽くアレクの紹介をすると、バルタザールはまたしてもスカウトを始めてしまった。節操なく、状況を鑑みる事も無いバルタザールに、ユーキは心底呆れてしまう。
「ユーキ、この人のトコに行っちゃうの?」
「行かねぇよっ!」
「じゃあムリだよ。ボクたちには目的だってあるしね」
「目的? それが叶えば問題は無いという事か? 何ならオレが協力してやっても良いぞ?」
しかしバルタザールはユーキの考えなど、どこ吹く風の様子だ。この話の聞かなさはアレクにも通ずるものを感じる。意外と2人は気が合うかも知れない。
そんな事を考えながらも、ユーキはさっさと話を打ち切ろうと声を上げた。
「んな話は後だっ。まずはゴブリンたちを全滅させてからにしろっ」
「む、確かにそうだな」
「アレク、みんなは無事なんだな? お前は1人で行動してんのか?」
「みんなはダイジョーブっ。ボクはお爺ちゃんと一緒だったんだけど逸れちゃった」
ひとまず正論でバルタザールを黙らし、アレクに他の皆の状況を聞く。「逸れた」などと言っているが、恐らくアレクが1人で勝手に飛び出したのだろう事は容易に想像がつく。
ランドルフは不憫に思うが、ここは再び別行動をして各個にゴブリンを倒して回るのが得策だろうか?
既にゴブリンのリーダーは倒したし、確認できる範囲に弓持ちもいない。いち早く事態を収拾するならこれが一番の筈だ。……アレクを一人で行動させるのは不安があるが。
「よし、とりあえずは……っ、何だっ⁉」
ユーキが今後の方針を口にしようとしたその時、再び周囲に閃光が奔った。ゴブリンたちが現れたのと同様の光――。その事実に、3人に緊張が走る。
(またゴブリンかっ⁉ クソっ、一段落着いたと思ったのによ!)
眼を焼かれないように顔を背けながら心の中で悪態を吐くユーキ。
だが光が収まった時、目の前にいたのは見た事も無い生物だった。いや、見た事はあるがサイズが違う。
”ガチンッガチンッ……‼”
まるで剣を打ち鳴らすような音で牙を鳴らす生物……。それは全高が5m近くもある、巨大なアリだった。
巨大アリは牙を打ち鳴らしながら、その紅い眼で3人を見下ろすのだった。




