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第26話 「炎の魔剣」


「くっ、攻撃が効かねぇっ⁉」


 アンクスはドラゴンの鱗の、あまりの硬さにそう(こぼ)した。

 あらゆる鉱石をも凌ぐ硬度を持つ竜鱗(りゅうりん)に、さしもの魔剣も文字通り刃が立たない。


「何をしているんですっ⁉ いつもの自信はどこに行ったんですっ⁉」

「うるっせえっ‼ 文句があんならシャランがやりゃいいだろっ‼」

「私は防御、攻撃はあなたの分担でしょうっ⁉ つべこべ言わず魔剣の真の力を使いなさいっ!」


 強敵を前に、2人にはいつもの余裕が無い。

 ドラゴンの放つブレスもシャランが魔法で防御をしているが、いつまでも耐えられるものではないのだ。


「クソっ! やりゃいいんだろっ⁉ シャランっ、10秒は()たせろよっ‼」

「30秒は余裕ですっ」

「こんな時に強がり言ってる場合かっ⁉」

「いいから、さっさとやって下さいっ‼」


 余裕が無い筈だが、こんな時にも2人の軽口は止まらない。その事にアンクスは安堵を感じながらも手の中の魔剣に力を込めた。


 それと同時に、ドラゴンのブレスが2人を襲う――。


「大いなる神よ、邪悪な力から我らを護り(たま)え。≪ホーリー・シールド≫――っ‼」


 聖女・シャランの張った結界がブレスから2人を守る。

 だが、いつまで耐えてもブレスが止む事は無く……。


「く……っ、まだですかっ⁉」


 ()かすシャランにアンクスの答えは無い。そして結界は限界を迎え――。

 結界は砕け、ドラゴンのブレスが2人を呑み込んだ。


 勝利を確信したドラゴンが(いなな)きを上げる。

 だが直後に、それを笑い飛ばすかのような自信に満ちたアンクスの声が響いた。


「こっちだっ‼」


 アンクスはいつの間にか高台の上に立っており、左脇にはシャランを抱えている。

 そして、その右手に持つ魔剣・レーヴァテインは激しい炎に包まれていた。


「なぜ自分から居場所を教えるのですっ⁉」

「だって、不意打ちとかカッコよくねぇだろっ?」

「そんなもの、どうでも良いからさっさとやりなさいっ!」


 シャランに()かされたアンクスは、仕方なく高台から跳び上がった勢いのまま、ドラゴンへと斬りかかった――。



『魔剣の勇者と嘘つき聖女』より一部抜粋




△▼△▼△▼△▼△




 決闘を控えたユーキは1人で……いや、ベルと2人で更衣室にやって来ていた。

 ユーキはパーティー会場には武具を持ち込んでいない。帯剣が認められているのは現役の騎士だけだからだ。例外として帝国の皇族の護衛だけは武器を持ち込んでいたようだが。


 だが決闘を行うという事になり、ユーキも武装が認められたのだ。素手で「あの人形兵器」と戦うなど不公平どころの話では無いので当然の処置とも言える。


「ベル。着替えっから、ポケットから出ろ」


 だからユーキは執事服から着替える為に、一旦ベルをポケットから追い出した。

 だがポケットから飛び出したベルは珍しく不機嫌そうに頬を膨らませている。


「んだよ、一体……」


 ユーキにはベルが不機嫌になる理由が思いつかない。


「も~っ。ユーキってば、なかなか1人になってくれないんだモンっ」


「何だ? 退屈だから相手して欲しかったのか? 今ならいくらでも相手してやるぞ?」


「ちがうのっ! リングっ! リングをみつけたのっ!」


 しばらくベルの言う事が理解出来ずに眉を(ひそ)めたユーキだったが、数秒後には目を見開き、ベルに掴みかかった。


「リングって、あのリングかっ⁉ いつっ⁉ どこだっ⁉」


「さっきっ。ホラっ、あのときだよっ!」


 そう言われてユーキは、皇太子一行と遭遇した時にベルが話しかけてきた事を思い出す。あの時ベルは、リングの存在を(しら)せようとしていたのだ。


「で、どこだっ⁉ いや、誰かが持ってんのかっ⁉」


「あのオジサンがもってたの~っ。あのヘコヘコしてたヒト~っ」


「……っ、フランの親父かっ⁉」


 フランの父親のボーグナイン伯爵がリングを持っていた。その事実にユーキは渋面(じゅうめん)を作る。

 フランの処遇を巡って、ユーキはボーグナイン伯爵と対立してしまった。恐らく「譲ってくれ」と言っても素直に首を縦に振る事はないだろう。


「クソっ……。メンドクセェ事になりやがった」


 誰に言うでもなく悪態を()くユーキ。だが言っていても仕方がない。

 仮にこの事を事前に知っていたとしても、フランが政略結婚をさせられるとなっては黙ってはいられなかっただろう。

 なら、この結果は変わらない。問題はこの後にどうするかだ。


「まずは決闘に勝ってからだ。とりあえず、リングの件は後回しだ」


 どうせ今からボーグナイン伯爵を探しに行く時間など無い。ならば今すべき事は、決闘に集中する事だろう。

 そう頭を切り替えたユーキはいつもの武装に1本の長剣を加えた装備に身を包み、更衣室を後にした。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




怖気(おじけ)づかず、よく来たと褒めるべきか?」


 王国へ輸出する為に行われた人形兵器のデモンストレーション。その為に作られた簡易的な囲いで作られた闘技場の中でバルタザールがユーキを迎えて言った。


「いらねぇよ。んで、俺の相手はそのポンコツでいいのか?」


「ク……っ、ハァッハッハッ‼ よくも言ったものよっ! そのポンコツの性能は見ておったのだろう?」


 ユーキの軽口を聞いたバルタザールは、愉快げに大口を開けて笑う。

 先程まで行われていた人形兵器のデモンストレーション。それで見せられた人形兵器の射撃性能は、かつてユーキが戦った盗賊たちの所持していたものより遥かに高性能だった。


 盗賊たちの人形兵器の射撃は6秒に1発。しかも5m程度の相手にも1/5程度の確率で外していた。対して、目の前の人形兵器は4~5秒に1発。5mの的には全て命中させていた。

 だが、それだけだ。


 走行能力、旋回性能は大きく変わっていない。防御性能を見せる為に大剣を叩きつけていたが、こちらも大きくは変わっていないだろう。


「王国民であれば鉄砲の威力は知らんだろうから教えてやる。小さな弾ではあるが、直撃すれば肉を貫き、骨を砕くぞ? 頭や胴体に喰らえば、命を失う事も覚悟せよ」


 バルタザールの言葉を聞いてざわめいたのは、ユーキではなく周囲の観客だ。

 流れ弾で怪我を負う事の無いように設置された頑丈な囲いの外には、パーティーの参加者たちが固唾を飲んでユーキの決闘を観戦しようと見守っていた。


 もちろん囲いがあるとはいえ、完全に安全とは言えない。しかしそれでも危険を承知で、ほとんどのパーティー客がそこにはいた。

 それは王国では禁止されている決闘を観れるからという野次馬根性の者がほとんどだった。


 だが、ただの野次馬ではない者たちもいる。


「さて、ユーキには頑張って貰わないとな」


「メルクリオ殿下は、お姉様が嫁がれるのは反対なのですか?」


「そりゃあ、フランは私の幼馴染だからな。この様な形で去られるのは少し不本意だ」


「幼馴染っていうなら、ボクとユーキやエメロンと一緒だねっ」


「こら、アレクサンドラっ。殿下、申し訳ございません。無作法な従兄妹でして……」


「私は気にしていない。フレデリック殿も(かしこ)まる必要は無いのだぞ?」


 ユーキの直接的、もしくは間接的な関係者たちがそこには集まっていた。

 メルクリオ、ボーグナイン姉妹、アレクたちリッジウェイ一行。そして遅れて合流したのはギルド長だ。


「ちぃっと目を離した隙に面白そうな事になっとるの。あのボウズ、もしやワザとやっとりゃせんか?」


「あれがワザとなら、私はユーキ様の人格を疑います」


 ギルド長の疑問に対するフランの言葉は辛辣だが、それは「ワザとではない」という確信の裏返しだ。

 あんなに感情を(あら)わにして、身分も後先も考えずに怒鳴り散らして、決闘まで行おうなど、計算でやっていたのならマトモではない。


「それで、あのユーキという方はお強いんですの?」


「強いよっ! 魔物だって何匹も倒してるもんねっ!」


 ユーキを良く知らないジュリアが疑問の声を上げ、それにアレクは即答する。

 確かにユーキは強いと言えるだろう。何年も師匠・バルトスの下で修業をしたし、元々の運動神経やセンスも良い。体格も良い方だし、何より近接戦闘で『戦闘魔法』も使えるのだ。

 一般人とは比べるべくもなく、兵士などの荒事を生業(なりわい)にしているものと比べても決して凡庸(ぼんよう)ではない。


 だが、自信満々にユーキの強さを断言したアレクに対して、フレデリックは先ほど行われた人形兵器のデモンストレーションを思い返して不安の声を上げた。


「しかし、さっき大剣を打ち付けられてもビクともしなかったろう? それどころか剣の方が折れてしまった。あれを倒すなど出来るのか?」


「フレデリック、お前はちゃんと見とらんかったのか? あれは折れやすいように剣の腹に切れ込みが入れてあったんじゃ。ま、演出じゃな」


「お祖父様、本当ですか? よく気付きましたね?」


「かっかっか。人を騙す初歩的なテクじゃよ」


 得意気に話すランドルフに周囲の面々は感心の眼差しを送る。どうやらこの場で帝国側の演出に気付いていたのは、他にはギルド長とフランだけだったようだ。


「ではランドルフ卿、人形兵器は見た目ほど頑丈ではないと?」


「いやぁ、そりゃあ分かりませんな殿下。帝国の演出が過剰だったのは事実じゃが、剣であれを倒すのは難しいと思いますがな」


「紛争時に鹵獲(ろかく)した物を調査した結果、有効な武器は斧かハンマーの類だろうという結論でしたが……」


 フランが言葉を繋ぎながら、人形兵器と向かい合うユーキの姿を見る。

 ユーキは決闘の為に着替えており、執事服ではなく普段の服装だ。いつも通りの服装だが、腰には見慣れない剣を差している。だが、どう見ても人形兵器に有効そうな斧やハンマーは所持していない。


「斧なんて持っておりませんわよ? 大丈夫ですの?」


「ダイジョーブだよっ! ユーキは強いって言ったでしょっ? それに秘策アリって言ってたもんねっ。ところで、レオナルドはどこ行ったの?」


「レオナルドならお父様のところですわ。こちらにはお姉様や殿下もいらっしゃいますし、お父様の方が心配だと言って、行ってしまいましたわ」


 このようにそれぞれが思い思いの気持ちを抱きながら、それでも全員の注目はこれから決闘を行うユーキに注がれていた。

 ある者は人形兵器を見極める為、ある者は賭けの対象であるフランの運命を祈って、ある者はただユーキの勝利を信じて、決闘の行く末を見守っていた。


 注目をしているのは彼らだけではない。会場中の視線を一身に浴び、ユーキは若干の緊張を感じていた。

 これほどの注目を浴びるのは生まれて初めてだ。それに、これから使う「新技」も実戦での使用は初めてだ。もちろん決闘をするのも、しかも他人の結婚を賭けて戦うのも初めてだ。

 初めて尽くしの状況に、緊張を感じない方がどうかしている。


「どうした? まさか、今さら怖気(おじけ)づいたか?」


「バカ言ってんじゃねぇよ。それより、そろそろ始めるか? お客さんもお待ちかねだぜ?」


 緊張はしているが、決してビビったりなどしてはいない。

 大丈夫だ。人形兵器と戦うのは初めてではないし、「新技」も通用する筈だ。観客など関係ない。決闘と言っても只のタイマンだ。フランの結婚も、勝てば問題無い。


 不安の原因を1つずつ否定し、ユーキは心を落ち着けながら戦意を高めてゆく。

 集中するべきは人形兵器だけだ。鉄砲の発射間隔が短くなっても対処法は同じ、銃口にさえ気を付けていれば避けるのは簡単な筈だ。


「よし、覚悟は決まっておるようだな。では決闘の誓いを行うっ‼ これよりフランチェスカ=ボーグナインの婚姻を賭けて決闘を行うっ‼ 我は代理として、この『AS‐14』を闘士とするっ‼ 小僧っ、キサマは自身が闘う事で異論ないかっ⁉」


「あぁ、問題ねぇよ」


「勝敗はどちらかの降参、もしくは戦闘不能と見なす事で決着とするっ‼ 当然、死んだ場合も同様だっ‼」


 会場全ての人間に聞かせるかのような大声でバルタザールが宣言する。その内容は周知のものばかりだ。だが誰1人、視線を()らす事も無くバルタザールの宣言に聞き入っていた。

 ……いや、1人だけ決闘の開始にも集中できず、落ち着かない様子の男がいた。


「どうした、ハルトムート? 余興ではあるが、お前の自慢の『AS』のお披露目だぞ?」


 キョロキョロと落ち着きのない視線の動きを見せる兄に、ジークムントが尋ねる。

 不意に声を掛けられたハルトムートは、動揺を隠しながら弟である皇太子に答えた。


「フン、まさしく余興だろう。先の紛争で使用した『AS‐11』とは性能が段違いだからな。あれに1対1で勝てる者などそうはおらんわ」


「ならば泰然(たいぜん)と構えよ。貴様も皇族の一員である事を忘れるな」


 ハルトムートの言葉は本心だ。ほとんど金属の塊である『AS』を行動不能にまで破壊できる人間など限られる。

 ハルトムートの手駒であるマリアやクロウならばそれも可能だろうが、ヤツらは「人外のバケモノ」と呼んでも差し支えの無い者たちだ。他にはバルタザールならあるいは、とも思うが……。

 何にしても、あのようなどこにでもいる若造にどうこう出来るものではない。


 だが、そんな事は今のハルトムートにはどうでも良かった。

 今、彼の心を支配しているのはユーキの決闘の結果などでは無い。彼の心を支配していたのは……。


(くそっ、とっくに予定の時間は過ぎているぞっ! クロウめ、一体何をしているのだっ⁉)


 クロウに任せていた筈の「魔物の転移」。それが予定時間が過ぎても一向に起こらない事への焦りだった。


 そして横に並び立つジークムントは、そんな兄の焦りを感じ取りながら思う。


(何か予定が狂っておるようだな。余を(しい)するつもりなら旅の道中かと思っていたが、ここで何かを仕掛ける気か?)


 ハルトムートは、先の『ボーグナイン紛争』においてジークムントを暗殺しようと目論んだ容疑者の有力候補だ。

 動機は考えるのがバカらしい程にあるし、金や物資・人の動きにも疑わしいものがあった。だが、証拠は何もない。


 今回のエストレーラ王国への訪問には、その動向を牽制する為にあえて連れてきたのだ。「人形兵器の責任者」という名分を使って。

 だが、ここは王国の王宮内だ。この様な場所で仕掛けるのはリスクが大きい筈だ。もし本当に何かを仕掛けるというのなら、目的はジークムントの暗殺だけではないのかも知れない。


(馬脚を現すか? それとも、まだか?)


 ジークムントは兄への注意を()らさぬようにしながら、その視線を決闘場の方へと向ける。その先では、今まさに決闘が開始されようとしていた。


「では決闘を開始するっ‼ あの男を攻撃せよっ! 間違っても観客には当てるなよ?」


 バルタザールの宣言と同時に発せられた命令で人形兵器の大きな単眼が明滅して、その車輪と銃口が僅かに動いた。

 その次の瞬間――。


”パァンッ!”


 乾いた音が鳴り響く。先に攻撃をしたのは人形兵器の方だ。だが発射と同時に動いたユーキは、既に射線上にはいなかった。


「ったく、いきなりかよっ⁉」


”パァンッ! パァンッ! パァンッ!”


「ととっ⁉ こりゃ、思ったより余裕はねぇなっとっ!」


 初弾を避けたユーキだが、文句を言っている間に次々に銃弾が迫って来る。

 だが「余裕はない」と言いながらも、ユーキは銃弾を危なげなく避け続けた。そして人形兵器の射線から逃れ、時計回りに近付いていく。


”パァンッ! ……パァンッ!”


 次第に銃撃の発射間隔が長くなっていく。人形兵器は銃口がターゲットを捕捉していないと次の攻撃を行う事は無い。射線から逃れるユーキに、その旋回が間に合っていないのだ。

 そうであるならば、距離を取るよりも近づいた方がむしろ安全というものだ。それを理解していたとしても、自分から敵に近付くというのは並の胆力ではないが。


「ほう。あの小僧、中々やりおるな?」


「やっぱりお爺ちゃんは分かるっ? ユーキはスッゴイんだよっ!」


「しかし近づいてどうするつもりだ? ユーキ君の「新技」というのは、アレクサンドラも知らないんだろう?」


「そーなんだよっ。ユーキってば「楽しみにしとけ」って言って教えてくれなかったんだよねー」


 リッジウェイ一行がそんな事を話している内に、ユーキと人形兵器の距離は詰まって行き、更にユーキが速度を増す事で、とうとう人形兵器の背後まで回り込んだ。

 そしてユーキは動きを止め、腰に差した剣を抜く。


「あの剣で斬りかかるつもりかしら? 効果があるとは思えませんわ」


「ジュリア嬢。ユーキは無策で突っ込むような考え無しではないぞ?」


「魔法でも仕込んであるのでしょう。ユーキ様は魔法が得意のようですから」


「ワシ、実はボウズの「新技」を知っとるんじゃなぁ~。あの剣も、ワシの紹介した鍛冶屋で作ったモンじゃからの」


 メルクリオとボーグナイン姉妹の会話にギルド長が割り込む。その言葉に全員の注目が集まったが、それは一瞬だけの事だった。

 なぜならギルド長が種明かしをする前に、ユーキが「新技」を発動したのだから。


”ボワッ!”


 そんな擬音が全員の耳に聞こえた気がした。

 そして彼らの目に映るのは照明で照らされた光にも負けないくらいの、赤い炎に照らされるユーキの姿だった。

 ユーキの右手には、揺らめく炎に包まれた剣が握られていた。


「なんだ、ありゃ?」


「キレイですわ……」


 一言、二言、観客たちの声が漏れ聞こえる。

 だがそれはユーキの「新技」に対する感心の声ではなく、ほとんどが疑惑の声だった。


「ハッタリは効いているが、効果はあるのか?」


「あるわけ無いだろう?」


「子供やご婦人にはウケが良さそうだがな」


 彼らがそう思うのも当然だった。

 「炎の剣」など、子供向けの娯楽小説でしか見た事が無い。どこの戦士も、騎士も、傭兵も、そんな武器を使うなど聞いた事が無い。

 理由など考えるまでも無い。「効果的ではない」からだ。


 少し考えれば誰でも分かるだろう。「炎の剣」に意味など無いと。

 『象形魔法』を使えば刀身から炎を出す事は可能だ。だがそんな事をすれば当然、刀身そのものが炎に包まれる。「斬撃をしながら、相手を燃やし溶かす」ほどの熱量を与えれば、当然刀身も溶けてしまうのだ。

 そして仮にそれ程の熱量を与えてしまえば、剣を握っている本人にも熱が伝わる。鉄を溶かす程の炎で熱せられた剣など、例え皮紐やグローブ越しであっても握ってなどいられない。


 だから「炎の剣」など今まで誰も実戦で使った事など無かったのだ。作られた前例ならある。「只のオモチャ」としてなら、だが。

 だから誰もが思う。目の前の炎は大した熱量を持たない見掛け倒しだと。人や獣が相手ならともかく、心を持たない人形兵器には効果が無いと。


 だがユーキをよく知る数人は思う。ユーキが見掛け倒しのハッタリなどする事は無いと。

 あの現実主義で努力家で、負けず嫌いのユーキが通用しないハッタリに賭ける事など無いと。

 だから、アレクは叫んだ。


「ユーキィィッ‼ やっちゃえーーっっ‼」


 どこからか聞こえたアレクの声援に反応して、ユーキが剣を振り上げた。

 まだ会場で出会ってはいないが、自分の決闘を見てくれているのだ。ならば見せつけてやらねばならない。

 なぜならこの「新技」は、アレクに負けないように編み出した技なのだから。

 1人で人形兵器も倒せるように、『根源魔法』を使った「敵」にも負けないように、アレクの足手纏いにならないように……。


「だっ、らあぁぁぁっっ‼」


 振り返る人形兵器がユーキを正面に捉えたのと同時に、炎の剣が振り下ろされた。

 剣が人形兵器のボディに触れた瞬間、装甲が泡立つように溶解を始める。それを剣が掻き分けるように進んでいく。

 傍目(はため)には一瞬で、剣を袈裟切(けさぎ)りに振り抜いたように見えた。


 そして……。


”ドスンッ”


 2つに別れた人形兵器の上半分が、地面にズレ落ちた。


 どう見ても決着はついたが、一瞬の出来事に観客たちは声も上げる事も無く、ただユーキを見つめていた。

 そしてそのユーキは……。


(腕や顔が熱っちぃな。こっちの対策も必要かな?)


 「新技」の欠点、その改良に腐心していたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「おほぉ~っ! いるいるっ! 冒険者ギルドの魔物目撃情報ってのも中々いい仕事するじゃないのっ」


 王都・エステリアから離れた森の奥で、クロウは歓喜の声を上げていた。

 目の前には大量のゴブリンがいる。10や20ではない。数百体に及ぶ数がクロウの目の前に(うごめ)いていた。

 冒険者ギルドで得た情報では、この森にゴブリンのコロニーが作られているとの事だった。


「ギッ」


「ギギャギャッ!」


「きっしょっ。どー見ても害獣だよなぁ~。ま、オレの仕事は害獣駆除じゃねぇし~?」


 緊張感なく、そう呟いたクロウは懐から小箱を取り出し眼前に向ける。

 少しだけ魔力を込めると小箱から光が放たれ、さらに前方の空間に巨大な魔法陣が投影された。


「んで、≪秘宝≫の指輪とやらを()めた指から魔力を出すとアラ不思議っ、もう1つの指輪に魔力が届くって寸法よっ」


 ハルトムートから預かった『ライアー教団』の≪秘宝≫。それは2つの指輪を通じて魔力を届けるというものだった。しかもこの指輪の効果では魔力減衰は起こらないらしい。

 そして、それを応用すれば遠距離にピンポイントで『転移魔法』を使う事も可能だ。


「んじゃあゴブリンさんたち、行ってらっしゃーいっ!」


「グギャッ⁉」


 明るく言った別れの言葉と共に、クロウは前方に投影された魔法陣に触れた。

 次の瞬間、眩い光がゴブリンたちを呑み込み、光が消えた後にはゴブリンの姿はそこには無かった。


「ぃよっし、これでオレちゃんの仕事は終わりだなっ? 今、何時かなぁ~っと」


 仕事を終えれば後は自由時間だ。これから街に戻って何をして遊ぼうか、などと考えてクロウは時計を見たのだが。


「ありゃ、もうこんな時間? やっべぇな~、約束の時間とっくに過ぎてんじゃん。皇子ちゃん、怒ってっかなぁ~?」


 決して魔物を探すのに手間取ったとか、何か理由があって遅れた訳では無い。普通に歩けば数日はかかるこの森までの距離も、クロウが全力で走れば1時間もかかりはしない。ただクロウが時間にルーズだった。それだけだ。


「ま、いっかぁ~。過ぎた時間は戻らねぇし~?」


 そんな独り言を口にして、クロウは街に戻る為に走り出した。だが走り出して数分後、足元に異変が起きた。

 突然地面が盛り上がり、クロウの身体を持ち上げたのだ。


「おわっ⁉ ナニナニ、何だぁっ⁉」


 バランスを崩し、空中へと放り投げられたクロウが目にしたのは地面から()い出てきた、人の身の丈を遥かに超える、紅い眼をした巨大なアリの姿だった。


 間近に魔物を目にすれば、普通なら逃げようとするか、恐怖に死を覚悟するか、生き残る為に闘争の炎を燃やすかのどれかだろう。

 だがクロウはどれでもなく、歓喜の声を上げた。


「ラッキーっ。こいつもオマケすりゃ皇子ちゃんも誤魔化せるっしょ。大物探してたら遅くなっちゃった、ってな。ほんじゃ、キミも行ってらっさーいっ!」


 ゴブリンの時と同様に、魔法陣を展開して巨大アリを転送する。

 これで巨大アリもゴブリンと同じように王宮に転移した筈だ。


「んじゃっ、今度こそお仕事終わりっ! さぁーって、街に帰ったら遊ぶ前にひとっ風呂浴びに行くかぁっ」


 消えた巨大アリを見届けたクロウは、再び王都へ向けて走り出した。


 クロウは自分の行動がどういう結果を生むのかなどに興味は無い。それで誰が生きようが死のうが関係ない。

 重要なのは自分の楽しみだけだ。


 強大な「力」を得て、自由に振る舞う事が出来る。

 「この世界」はクロウにとって、最高だった――。


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