第22話 「王宮パーティー開始(アレクの場合)」
ジュリア=ボーグナインにとって、貴族の集まるパーティーへの出席は久しぶりのものだった。
最後に出席したのは5年ほど前……。ボーグナイン領が戦地となり、王都・エステリアへと避難をしてきてしばらく経ってからの事だった。
王都での社交界デビューに心を躍らせていた幼いジュリアは、冷たい現実に絶望した。
父について回っていたのだが、誰も話しかけてはこず、父が話しかけても2、3の挨拶で会話が止まる。年の近い令息令嬢なども見かけたが、誰1人近寄ってくる事はなかった。
大人も子供も例外なく、蔑むような冷たい視線で遠巻きに見られていたのが印象的だった。
後で知る事になったのだが、ボーグナイン伯爵家は貴族たちには……いや、平民にすらも「売国奴」として侮蔑の目で見られていたのだった。
12年前に起きた天災が切っ掛けで「ボーグナイン伯爵は自領を王国に売った」のだと、そう世間には認知されていた。それは裏切った帝国だけではなく、恭順を示した王国内であっても同様だった。
「1度裏切った者は、2度目が無いとは限らない」と、そう思われたのも無理はないだろう。
それに加えて5年前の『ボーグナイン紛争』で、早々に王都へと避難したのも嘲弄に拍車をかけた。
「売国奴」に加え、「自領も自領民も見捨てる臆病者」の烙印を押されたのだ。
必死に他貴族に愛想を振りまき、自分よりも格下の筈の子爵や男爵にさえも下手に出て、それでも全く相手にされない父を見て、ジュリアはその日を最後に社交界から姿を消した。
幼いジュリアが「こんなに惨めで辛い想いをするパーティーへなど出たくはない」と、そう思ったのも当然だろう。
社交界にさえ出なければ……。平民が相手ならば、自分の尊厳を保っていられる。そんな風に育ったジュリアは平民には傲慢になり、貴族には委縮してしまう、そんな性格になってしまっていた。
これでは友人の1人も出来ないのも無理はない。教会学校にも馴染めず、結局は家庭教師を雇って、自宅でたった1人で勉強をしてきたのだ。
そんな時に出会ったのがアレクという少年だった……。
アレクは強く、平民のクセに貴族の自分に対しても物怖じせずに屈託なく話す。アレクは自分を「裏切者」とも「臆病者」とも見てはいない。「貴族」としてすら見てはいない。ただ「ジュリア」として自分を見てくれる……。
ジュリアは、そんなアレクにどんどん惹かれていった――。
だが、それから程なくしてアレクも貴族であった事実を知る。
知った時はショックで言葉が出てこなかった。「友達になろう」と言ってくれたアレクが貴族……。しかも名門と名高いリッジウェイ侯爵家の傍系だったなどと。
自分と普通に接してくれていたのは、ボーグナインの汚名を知らないからなのだろうか? 知らないのだったらそれでもいい。いや、知らないでいてくれた方がいい。
だって、そうでないとジュリアは「たった1人の友達」を失ってしまうのだから……。
アレクの出自を知った日、屋敷へと帰ると姉であるフランチェスカの姿があった。
ボーグナイン領に居た頃の姉の記憶はジュリアには殆ど無い。フランチェスカが王都へと行ったのはジュリアがまだ4歳の時だったのだから。
11歳の時に再会した姉は、凛として美しく、ジュリアの理想の姿だった。月に1度程度の頻度ではあるが、友人の居ないジュリアはフランチェスカと会うのが唯一の楽しみだったのだ。
そんな姉の突然の訪問にジュリアは素直に喜んだが、晩餐の席で父の放った言葉で浮ついた気持ちは凍り付いた。
「近く行われる王宮のパーティーに出席しろ」と、そう命じられたのである。ジュリアは必死に抗議したが、フランチェスカは異議を挟む事なく頷くのみだった。
結局、父の決定は覆らず、ジュリアは父や姉と共にパーティーに出席する事になったのであった。
△▼△▼△▼△▼△
「ここが王宮っ? 遠くからでも見えてたけど、近くに来るとおっきいねーっ」
パーティー会場に着いたアレクは王城であるエスペランサ城を見上げて感嘆の声を上げる。
その姿はいつもとは違い、頭には長いウィッグを付け、身体を纏っているのは淡いピンク色のドレスだ。顔にも化粧を施し、今のアレクを男の子と見間違う者は誰もいないだろう。
「アレクサンドラ、はしたないぞ」
「フレデリック、その程度は許してやれ」
「お祖父様は少しアレクサンドラに甘すぎませんか?」
城を見てはしゃぐアレクを一緒にやって来たフレデリックが注意をするが、それは2人の祖父であるランドルフに諌められる。
「固い事を言うな。お前は少し遊び心というものをだな……」
「お祖父様は、少し童心が過ぎます」
「人生、楽しんだモンの勝ちと言うからな。お前とアレクサンドラじゃ、お前の負けじゃ」
「お爺ちゃんも楽しそうだよねっ」
会話に混ざるアレクはランドルフの言った通り、まさしく楽しげだ。その言葉を聞いたランドルフも楽しげに応える。
フレデリックはただ1人、釈然としない表情を浮かべるのだった。
「それにしても執事のお爺さんがボクのお爺ちゃんだったなんて、ビックリしたよっ」
「はっはっ。儂の演技も中々じゃろ? 当主の座もグレゴリーに譲ったし、次は舞台俳優でも目指すかの?」
「お爺ちゃんなら、きっとなれるよっ。ユーキとエメロンも知ったら驚くだろうなー」
「……はぁ」
ランドルフが自らの正体を明かしたのは、つい先程だ。ドレスの着付けを終えて、王宮へと移動する馬車の前で礼服に身を包んだランドルフが種明かしをしたのだ。
事実を知ったアレクは確かに大袈裟に驚いてはいたが、それだけだ。……多分、あの賢しそうな少年2人は事実を知ったらまず、以前に会った時に無礼を働いていないかなどと思い返そうとするのではないだろうか?
「アレクサンドラ、あの2人とはどういう関係じゃ?」
「あの2人って、ユーキとエメロン? 「インヴォーカーズ」の仲間だよ。知ってるよね?」
「本当にそれだけか? 他には何も無いじゃろうな?」
「ほか……? う~ん……、友達で、親友で、幼馴染……?」
どうやらランドルフは、孫娘の異性関係が気になるようだ。いくら血縁だとしても殆ど初対面で聞くような事では無いだろうにとフレデリックは呆れる。
しかしアレクの反応を見ると、あの2人には恋愛感情は無さそうだ。
そんな雑談を交わしながら3人はパーティー会場へと足を踏み入れた。
そこはランドルフとフレデリックにとっては慣れ親しんだ、しかしアレクにとっては初めての煌びやかな空間が広がっていた。
「ふぇ~っ。なんかキラキラしてスッゴイねっ」
「アレクサンドラ。くれぐれも淑女らしく、な」
「あっ! あそこにいるのって……。ボク、ちょっと行ってくるねっ」
「こらっ、アレクサンドラっ!」
「はっはっ、聞いちゃおらんの」
フレデリックの注意も耳に入らず、アレクは何かを見つけて駆け出してしまった。どこのパーティー会場に、ドレス姿で走り出す淑女がいるというのか。
呼び止めるフレデリックの声も聞く耳を持たず、ランドルフも笑っているだけだ。
「お祖父様っ、笑っている場合ですかっ⁉」
「お前はホントに固いのぅ。今時、あの程度で罰せられはせんぞ?」
「そういう問題ではありませんっ! リッジウェイの品位というものが……」
「フレデリック、お前はそんな事を気にしとるのか? 「名より実」が我が家の家訓じゃぞ?」
「私は名を汚しても良いなどとは教わってはおりませんっ!」
ランドルフは些事にこだわる孫を諌め、フレデリックはムキになって祖父に品位を説く。
だが、そんな事をしている内に……。
「それより良いのか? アレクサンドラが行ってしもうたぞ?」
「あっ」
ランドルフに言われてアレクを探すフレデリックだったが、見回しても姿が無い。
次第に焦り始めるフレデリックとは対照的に、ランドルフは楽しげに笑っているだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パーティー会場へとやって来ていたジュリアは後悔していた。
父と姉、そして付き人としてレオナルドの4人で会場へとやって来たが、やはり周囲の視線が冷たく刺さる。
誰も自分たちには寄ってはこず、こちらから挨拶に出向いても2、3の言葉で終わる。5年前と全く同じだ。
父も姉も、何でも無いような顔をしているが何とも思ってはいないのだろうか? 自分はイヤだ。これではまるで針の筵ではないか。
「あの、お父様。ワタクシ、少し休んできてもよろしいかしら? 気分が優れなくて……」
「もう少し我慢しなさい。じきに主賓がやって来られる」
ジュリアの訴えは父親には届かなかった。姉をチラリと見てみるが、何も言ってはくれない。付き人のレオナルドは口出しする立場にない。
ジュリアは父親の言う通りに我慢をするしかなかった。
あと数時間……。気の遠くなるような時間だが、他に手立てなどなかったのだ。
そう諦めの境地に立っていた時、不意に背後から名前を呼ばれた。
「やっぱりジュリアだっ! も~、パーティーに出るなら教えてよっ」
「へっ?」
名前を呼んで近寄って来たのは見知らぬ令嬢だった。
歳は自分より少し下……。美しく長い金髪と整った顔立ち……。淑女には若干似つかわしくないが、愛嬌のある表情の少女だ。
初対面の彼女は馴れ馴れしい態度でジュリアへと迫る。
「ぇ、えっと……。ど、どちら様ですの?」
「どちら様って……。あっ、そっか。こういう時はまず、挨拶をするんだよねっ?」
戸惑いながら名前を尋ねたのだが、令嬢は僅かに困惑した後に1人で勝手に納得した。
何を納得したのか理解の出来ないジュリアを置き去りにしたまま、令嬢は1歩後ろへと下がり、自身のスカートの裾を持ち上げて頭を下げた。
「アレクサンドラ=バーネットと申します」
「アレクサンドラ……?」
少しぎこちないカーテシーを行いながら、令嬢は先程までとは違って落ち着いた声音で自己紹介をする。
だが、自己紹介をされてもジュリアにはその名前に聞き覚えが無かった。アレクサンドラという名前の令嬢など聞いた事も無い。
「ど、どちら様……、ですの?」
「あれっ? なんか違った? お爺ちゃんが言った通りにしたんだけど?」
令嬢の正体が分からないジュリアは困惑するばかりだ。父も姉も訝し気にこちらを見ているが何も言わない。そして令嬢はというと、何かを勘違いしている様にしか見えない。
そんな風に戸惑っているジュリアに耳打ちをしたのはレオナルドだった。
「ジュリアお嬢様、この方はアレク様でございます」
レオナルドの言葉は、すぐには理解できなかった。
何を言っているのか意味が分からない。そう考えて数秒間。言葉の意味を理解するのに、更に数秒。そして目の前の令嬢と、アレクの姿を重ねて十数秒……。
ジュリアが事実を理解し、受け止めるのには数十秒の時間を要した。
「ア……、ァアァアア、アレクっ……⁉ ア、アナタ、あのアレクですのっ⁉」
「うん? よく分かんないけど、ボク以外にアレクっているの?」
思わず叫び声を上げそうになったジュリアだったが、必死に堪えて確認をする。
だが、言われてみれば確認するまでも無くアレクに間違いはない。その声も口調も顔立ちも、よく知るアレクそのものだ。
「ア、アナタ……っ。何で女装なんかしてるんですのっ?」
「ん~、やっぱりヘン? ボクもいつものカッコの方がいいんだけど、パーティーに出るならドレスだって言うからさー」
未だにアレクを男の子だと勘違いをしているジュリアは呆れて物が言えない。無垢なアレクを騙して女装をさせるなんて、一体どこの恥知らずなのだろうか……、などと考えていたのである。
だが、そんな勘違いはまたしてもレオナルドによって正される。
「ジュリアお嬢様、どうやらアレク様は女性のようでございますな」
「えっ? え……っ⁉」
「このレオナルド、まんまと騙されてしまいましたっ。まさにっ、驚っ愕っ!」
「ええええぇぇぇーーーっっ‼」
ようやくアレクの正体……、その事実を知ったジュリアは、今度こそ叫びを上げずにはいられなかった。
その声は会場中に響き、父からの叱責を受ける事になってしまったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いやはや、誠にお恥ずかしい真似を……」
「頭をお上げください、ボーグナイン卿。普段のアレクサンドラを知っているなら無理からぬ事です」
「おかげでアレクサンドラの場所も知れたしな。ご息女も元気が良さそうで何よりじゃ」
そんな会話をしているのはジュリアの父と、叫び声を聞いて駆けつけたフレデリックとランドルフの3人だ。
突然叫び声を上げたジュリアにボーグナイン伯爵は叱責をして周囲に謝罪を行ったが、まともに聞く者は誰もいなかった。そこへやって来たのがリッジウェイ侯爵家の2人だ。
ボーグナイン伯爵は、これ幸いとリッジウェイ侯爵家の2人と交流を図ろうと考える。フレデリックとしてはアレクの件がある為に無下にはしづらい。
ランドルフは、そんな2人の思惑を理解しながらも流れに身を任せていた。
そんな大人たちの腹芸とは関係なく、アレクは友人のジュリアとの会話を楽しんでいた。
「アナタっ! 何で女だと言わなかったのっ⁉ ワタクシを弄んで笑っていたのかしらっ⁉」
「え~っ。ジュリアだって「自分は女だ」なんて言ってるの、聞いた事ないよ?」
「そ、それは……。だってアナタと違って、ワタクシは見れば分かるでしょうっ⁉」
ジュリアの主張と非難は全くもって正しい。
普段のアレクの姿は男の子にしか見えないのだから勘違いするのも当然だ。アレクの方も、今までにも何度も勘違いされてきたのだから配慮があって然るべきだ。
だがアレクにはそんな配慮は無いし、ジュリアの非難も通用しない。
「ところでさっ、そこの人ってひょっとしてジュリアのお姉さん? 少し顔が似てるよねっ」
「あ、あらっ。そ、そうかしら……?」
「フランチェスカ=ボーグナインと申します。お察しの通り、ジュリアの姉でございます」
ジュリアの非難もどこ吹く風で、アレクはフランに興味を示す。ジュリアはジュリアで、憧れの姉に「似ている」と言われて悪い気はしない。……ちょろすぎる。
アレクに自己紹介をするフランの姿は、先程のアレクとは違い完璧なカーテシーの所作であった。
「ところで、アレクサンドラ様はジュリアとはどういったご関係で?」
「ん? 友達だよ?」
フランの質問にアレクは、少し意外そうな顔を浮かべて答えた。まるで「見れば分かるだろう」とでも言わんばかりの表情だ。
その答えを聞いてフランはジュリアを見るが、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべているだけだ。
以前にジュリアと会った時には友人の話など聞いた事も無かった。
ジュリアは屋敷に引き籠りがちと聞いていたし、そもそも「売国奴」「臆病者」と蔑まれるボーグナインの娘に友人など、容易には出来ないと思っていた。
実際、フランにも友人と呼べる者はいない。
故郷のボーグナイン領に居た頃には友人もいたが、7歳の頃に王都へとやって来てからは1人もいなかった。
そんな境遇の妹に友人がいる事に疑惑を感じたフランだったが、それを目聡く察知して口を開いたのはレオナルドだった。
「フランチェスカ様、本当でございます。私が保証しましょう。お2人の、友っ情っをっ!」
レオナルドのオーバーなアクションに溜息を吐いて、ようやくフランは納得した。
妹に友人がいた事は、少し意外だが喜ばしい事だ。ムキになって否定するような事でも無い。……少しだけ、ほんの少しだけ羨ましい気持ちも妬ましい気持ちも湧くが、それを自制できない程フランは子供ではない。
「アレクサンドラ様、どうかジュリアをよろしくお願いいたします」
「仲良くしろってコト? それならもちろんっ。それと、お姉さんもボクのコトはアレクでいいよっ」
「いえ、そういう訳には……」
ジュリアの姉として、改めての挨拶をするがアレクはどこまでも奔放だ。とても名門貴族の子女とは思えない。初対面のフランに対しても愛称で呼ぶ事を許可してくる。
だが、そう簡単に愛称でなど呼ぶ事は出来ない。こんな態度でもアレクは名門貴族の子女であり、フランは「裏切り」貴族の娘なのだ。
「そうだっ。ボクの友達も会場に来てるハズなんだけど見てないっ? 1人は偉い人の付き人で、もう1人は給仕をしてるハズなんだけど」
「アレクの友人ですの? ワタクシは見てませんけど……、お姉様は?」
「それだけでは、何とも……」
パーティー会場に来ている筈のユーキとエメロンを探そうと、アレクはボーグナイン姉妹に尋ねるが良い返事は得られない。
というか、客として参加している貴族ならともかく、ただの付き人と給仕など意識している筈が無い。おまけに顔も名前も知らない2人の心当たりなど、出てくる筈もなかった。
……名前を教えていれば、フランはユーキの居所を知っていたのだが。
「絶対いるハズなんだよね。少し探しに行ってこよっかな?」
「アレクサンドラっ! 1人で勝手に歩き回るなっ!」
2人を探しに回ろうと、そう話したアレクに叱責を飛ばしたのは、ボーグナイン伯爵と喋っていた筈のフレデリックだった。
「まったく、淑女らしくと何度も言っているだろう?」
「それを言うならフレデリック、お前にも頭が固すぎると何度も言っておるがな?」
「お祖父様は黙っててくださいっ!」
フレデリックの叱責を皮切りに、大人たち3人は会話を止めてアレクたちに注目した。
ランドルフとのやり取りも相変わらずだ。
「えーっ。じゃあ、フレデリック従兄さんもついてくる?」
「お前の勝手にばかり付き合ってはいられん。私にも貴族同士の付き合いというものがあるのだ」
「それじゃあ、儂がついててやろうか?」
「お祖父様にも付き合いがあるでしょうっ⁉ 一体、何しに来られたのですかっ⁉」
だが、だんだんとフレデリックには余裕が無くなってきている。
奔放な従妹と祖父に振り回され、今にも怒鳴り声を上げてしまいそうだ。
「ふむ……。しかし、それではお嬢様も退屈でしょう。ジュリア、お前が付き添いなさい」
「えっ、いいんですの?」
「ボーグナイン卿、勝手を言って貰っては困るっ」
ボーグナイン伯爵は、ジュリアをアレクの付き添いにするように提案した。
もちろんそれはリッジウェイ侯爵家に恩を売り、縁を繋ぐ為である事は明白だ。
ボーグナイン伯爵家と言えば、王都でも有名な「いわくつき」の貴族家だ。彼と縁を深めてもリッジウェイ侯爵家にメリットは乏しい。……いや、デメリットの方が遥かにデカい。
だからフレデリックは断ろうとしたのだが……。
「折角の申し出じゃ。ありがたく受けようではないか。アレクサンドラとそちらのお嬢さんも知り合いのようじゃしな」
「お祖父様っ⁉」
「そこまで心配なさるのならレオナルドを付けましょう。彼はこれでも元近衛騎士でしてな。レオナルド、頼んだぞ」
「ハッ、我が身っ命を賭してもっ!」
ランドルフがあっさりとボーグナイン伯爵の提案を受けてしまい、異議を唱えようとした矢先にボーグナイン伯爵が付き人をつけようと追加提案をした。
ここまでされて反対すれば、ボーグナイン伯爵の顔に泥を塗る事になる。……領地を失い、王都の端で牧場の経営を任されているだけの弱小貴族など敵に回しても怖くはない。だが、無暗に敵を作っても良いという事にはならない。味方はともかく、敵は少ないに越した事はないのだ。
「……仕方ない。アレクサンドラ、くれぐれも淑女らしくな」
「うんっ、それじゃ行ってくるねっ。ジュリア、行こっ」
「あっ、待ちなさいアレクっ。レオナルド、行くわよっ」
「ハッ」
「淑女らしく」と言われた直後に、アレクは淑女らしくなく小走りで駆け出した。その姿を見送ってフレデリックは頭を押さえる。
彼の心は今、別行動を許さなければ良かったという後悔と、お目付け役を用意しなかった後悔、そしてアレクが問題を起こさないように祈る気持ちで一杯だった。
そして同じく去って行く3人を見ていたフランは、先程までとは違って笑顔で立ち去る妹の姿に安心と羨望、そして嫉妬の気持ちを抱えていたのだった……。




