第21話 「王宮パーティー開始(ユーキの場合)」
「ほう。似合ってるじゃないか、ユーキ」
「世辞はいらねぇよ」
王宮でのパーティー当日……、エスペランサ城の中へと入ったユーキは、いつもと同じように着替える事となった。
ただ、いつもと違う点が2点。
1つは着替えに立ち会うフランがおらず、1人で着替えた事。
もう1つは着替えた服がいつもの動きにくい服ではなく、執事服だという事だった。
「ってか、ホントに俺が付き人で良かったのかよ? 自分で言うのも何だが、あんまり見れたツラじゃねぇぜ?」
「顔の傷の事か? その程度の傷でどうこう言う者は居らんよ」
やや自虐的に言うユーキに対し、メルクリオは些事だと言い放つ。
ユーキの左頬には8年前に野犬の魔物につけられた古傷が残っている。普段は気にする事も無いが、貴族の集まるパーティーともなれば身だしなみにも気を遣う。
だがメルクリオの話では高位の騎士や、騎士経験のある貴族などもいるようで、そこまで気にする必要は無いらしい。
「『魔人戦争』なんかじゃあ、前線に出とった貴族もおったからの。ボウズの傷痕なんざ、可愛いモンじゃ」
「ユーキ、かわいいの~っ」
「まぜっかえすなっ! ……ってか、会場に着いたらベルはむやみに喋んじゃねぇぞ? 姿は隠せても声は隠せねぇからな」
「は~い、なの~っ」
ユーキの注意にベルが元気よく答えるが、不安は消えない。どうにもリゼットとベルには他人に見つからない様にしようという真剣さが見えないのだ。
そんなユーキを皮肉る様に、ベルはメルクリオから貰ったハンカチを加工したフードを被り、消えて見えなくなる。消えて欲しいのは不安であり、真剣さを見せて欲しいのだが……。
「まぁいいや。んで、会場ってやっぱホールみてぇなトコか?」
「言ってなかったか? 今回のパーティーは外だ。賓客の希望でな」
「外?」
そう言いながら一行は移動を開始した。そして程なくして目的地に到着する。
そこはメルクリオとの対談でユーキも何度か来た事のある庭園だった。フランとの模擬戦を行った場所である。
模擬戦で走り回り、捲れ上がった土は整地され、多数のテーブルが配置してあり、煌びやかな魔法灯で夜の闇をライトアップされていた。おまけに、どこからか音楽まで流れている。
それは、昼間にメルクリオと会った時の風景とは別物だ。
「っはぁ~っ、金かかってそうだなぁ」
「キレイなの~」
ユーキの感想は、まさしく俗人のものだ。だが、一般庶民がこの様な光景を目にすれば仕方がない事かも知れない。
今まで目にした事が無い煌びやかな空間……。そしてこの場に集まっているのは、王国を支えている上層人ばかりなのだ。
「これでも最近は質素になったらしいがな。なんでも経費の削減だそうだ」
「これでかよ。にしても王子様、意外と事情通じゃねぇか?」
「お飾りとはいえ、これでも一応王子だからな」
ユーキの、感心しているのか皮肉っているのか分からない言葉にもメルクリオは楽し気に答える。
庶民のユーキにとっては、このパーティー会場でさえ経験した事の無い豪華な催しなのだが、これでもまだ質素らしい……。過去のパーティーは一体、どんな豪奢なものだったのか?
しかしそんな事を考えていても仕方がない。ここでボーっと突っ立って、メルクリオと雑談し続けている訳にはいかない筈だ。
「それで、これからいかがなさいますか、王子殿下?」
付き人という自分の立場を思い出し、腰を曲げてメルクリオに伺うユーキ。
本来ならメルクリオに対する接し方はこれが正しい筈なのだ。他の王族貴族の目があるこの場で、先程までのような口の利き方をすれば悪目立ちするに違いない。
だからユーキの行動は決して間違ってはいない。……別に、メルクリオを揶揄って突然態度を変えた訳ではないのだ。
「……驚いたな」
その言葉を聞いたユーキの口角が思わず上がる。ちら、とメルクリオの表情を覗いてみれば目を丸くしているではないか。
きっと自分の執事然とした態度に驚いているのだろう。この数週間、エメロンやヴィーノに協力して貰って執事らしい立ち振る舞いを訓練していたのだ。
想像以上の成果に、ユーキは笑みを堪えられなかった。
「敬語が使えたのか、ユーキ」
「そっちかよっ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、メルクリオが「まずは陛下に挨拶に行く」との言葉でこのエストレーラ王国の国王への挨拶に向かった。
とはいえ、ユーキにする事は何も無い。
ただメルクリオの後ろに控えて頭を下げ続けるだけだ。国王もユーキに関心を示す事は無い。まるでユーキの存在など無いかのように無視をして、メルクリオと2、3の会話を交わして終わりだった。
その後はギルド長と別れ、何人かの貴族がメルクリオに挨拶に来たが、ユーキの役目は変わらない。そして挨拶に来た貴族たちも国王同様、僅かな言葉を交わして去っていく。
途中で遠くから女性の悲鳴のような声が聞こえた気がして一瞬身構えたが、何事も無かったようだ。
騒ぎはすぐに収まり、パーティーは続く。たぶん、虫か何かにでも驚いたのだろう。そろそろ虫が多くなってくる季節だ。
そんな少しのトラブルも過ぎ、まばらな挨拶の波が去った頃、ユーキは己の疑問をメルクリオに尋ねた。
「殿下、パーティーとはこの様なものですか? もっと多くの方との交流があるものと思っていたのですが」
「私は味方が少ないと言ったろう? それと、他に人が居ない時はいつも通りでいい。ユーキにその様な話し方をされるのは、少し気持ちが悪いからな」
「気持ち悪いってヒドくねぇ? そんなに俺の敬語、おかしいか?」
「いや、ちゃんと出来ているさ。だが普段のユーキを知っているとな」
せっかく敬語を使い、姿勢もそれらしく正しているのに気持ち悪いなどと言われるのは心外だ。
だが普段通りでいいというならそうさせて貰う。その方が楽なのは違いない。
「んで、他のヤツと喋んなくていいのかよ? こういうパーティーって交流を深めたり情報交換するモンじゃねぇのかよ?」
「よく知ってるではないか。しかし、こういった場では目下の者から挨拶に向かうというのがルールでな。私はこれでも王子だからな。自分から話しに行く訳にもいかんのだ」
メルクリオの説明で納得する。
第1王子であるメルクリオよりも目上となれば、国王くらいのものだろう。……いや、王妃とかはどうなるのだろうか?長年国を支え続けてきた重鎮などは……?年上なら目上にはなるのではないか?
何をもって目上とするのか、その基準がハッキリとは分からないユーキの目に、離れた場所に居る一団が映った。
その一団の中心に居る人物……。目にするのは初めてだが、漏れ聞こえる会話からその正体は予想がつく。
「あそこにいるのって、第2王子だろ? 兄弟でもさっきのルールって関係あんのか?」
「そうだな。親兄弟であっても、目上から声をかけるという事は「この場から去れ」という意味となる」
「んじゃ向こうから来ねぇと話も出来ねぇのか。……いや、向こうって王太子じゃねぇの? それじゃ、向こうのが目上になんのか?」
「いや……。正直、微妙な所でな……。周りの目もあるし、互いに迂闊に声をかける訳にはいかんのだよ」
「め、メンドクセェ……」
実の兄弟だというのに会話もままならないとは、王族とはなんと面倒臭いのだろうか。
別に王族や貴族のような身分に憧れていた訳ではないが、ユーキは庶民に生まれた事に感謝するのだった。
「メルクリオ王子殿下。ご機嫌麗しゅうございますわ」
メルクリオとそんな会話をしていた時、新たな客人が挨拶に来た。
ユーキは慌てて佇まいを直し、メルクリオの後ろに下がる。
挨拶にやって来たのは2人の少女だ。
一瞬「姉妹だろうか?」などとも思ったが、2人は全く似ていない。顔立ちも髪色も瞳の色も違う。ドレスの意匠も違うし、恐らく貴族令嬢同士の友人か何かだろう。
そして、彼女らの後ろには1人の男が控えていた。こちらはユーキと同じく付き人だと思われる。
ただ、2人の令嬢にはどことなく見覚えがあるような……。
「久しいな、ジュリア嬢。其方がパーティーに出席するとは……。やはり父君の意向か?」
「はい。お父様が、どうしてもお姉様と共に出席しろと仰るもので……」
メルクリオが令嬢の1人と挨拶を交わす。どうやら知り合い同士のようだ。
令嬢は「ジュリア」という名らしいが、聞き覚えは無い。その後に続く会話の内容もユーキには分からない話だ。
ただ「姉」という言葉を聞いて「もう1人が姉だろうか?」と考え、ちらりと目線を上げた時、その令嬢と目が合った。
吸い込まれそうになるほど大きな碧い瞳……。腰まで伸びた長い金髪……。幼いながらも美しい面立ち……。
一瞬、令嬢と目の合ったユーキは慌てて下を向き直す。
付き人が貴族相手に無遠慮に見つめていては、どんな難癖をつけられるか分かったものではない。一応王子の付き人なのだし、すぐに目を逸らしたのだから大事にはならないとは思うが……。
ただやはり目の合った令嬢は、ジュリアという令嬢の姉だとは考えにくい。どう見てもジュリアの方が年上にしか見えないからだ。
「それで、そちらの令嬢は? 初めて見る顔だな?」
「ぁ……。は、初めまして、サンディと申します」
令嬢はぎこちない仕草でカーテシーをして、自らをサンディと名乗った。そして数秒、会話が途切れる。
初対面だというのなら、普通なら家名を名乗るなどをする筈なのだが……。
「……ふむ? ジュリア嬢のご友人かな?」
「えぇっ! その通りですわっ! その、ア……サンディは少し人見知りでして……」
「こういう場が初めてならば緊張もするだろうな。まぁ、じきに慣れよう。……それより、父君たちとは別行動か?」
「えぇ。お父様はお姉様と一緒に挨拶に回っておりますわ」
しかしメルクリオはサンディを深くは追及せず軽く流す。そしてジュリアの父と姉について言及した。
それにしてもユーキにとっては退屈な時間だ。メルクリオと知らない令嬢が話している側で、邪魔にならないように立っているだけなのだから。
仕事なのだから仕方がないと言えばその通りなのだが、それでも退屈なのは違いない。
(さっさとどっか行ってくれねぇかな。王子様と喋ってりゃ、退屈しのぎにもなるんだけどな……)
ユーキがそんな風に考えてしまうのも無理はない。今日は既に1時間以上もこんな時間を過ごしているのだから。口に出してしまえば不敬だろうが、思っているだけならば良いだろう。
そんな風に考えていたのだが……。
「ふむ、ジュリア嬢の事情は把握しているつもりだ。もし迷惑でなければ私の話相手になってはくれないか?」
「それは願っても無い事ですが……。お邪魔ではありませんの?」
「構わんさ。私への挨拶も一段落ついただろうしな。何よりサンディ嬢の話も聞いてみたいな」
メルクリオがそんな事を言って令嬢たちを引き留めてしまう。これまでに挨拶してきた者の中にも年頃の令嬢も何人か居たというのに、何がメルクリオにそう言わせたのか……。
「ジュリアの事情」というものにも心当たりの無いユーキは、内心で舌打ちをするのだった。
「さて、少し喉が渇いたな。ユーキ、すまないが飲み物を取って来てもらえるか?」
「畏まりました。アルコールは無しでよろしいですね?」
「あぁ、3人分を頼む」
「では、私もご一緒いたしましょう。初っ対面での初めての共同作っ業っ! 初めて尽くしですなっ!」
メルクリオの指示に粛々と応えるユーキ。例え、内心では舌打ちしていようとも態度には出さない。
そんなユーキに同行を買って出たのは令嬢たちの付き人の男だった。その男は妙なテンションでユーキの肩に腕を回す。
そのあまりの早業に躱す暇も無かった。
「いやっ、別に俺1人で十分……」
「まーまー、そう言わずっ。袖振り合うも他生の縁と申しますし、大いに触れ合いましょうっ!」
そんな事を言いながら強引にユーキに腕を絡めて引っ張って行く。
どうでも良いが「振り合う」のであって、「触れ合う」では無いのだが……。
ユーキは、自分の袖と男の袖が触れ合っているのを見ながら引きずられて行くのだった……。




