第20話 「参加要請」
「エメロン君、少しいいかい?」
「え? えぇ、何ですかオーナー?」
レストランでの仕事を終え、帰り支度をしていたエメロンの元へ店のオーナーシェフが声をかけてきた。
エメロンのレストランでの仕事は主に給仕だ。洗い場や食材倉庫などに足を運ぶ事もあるが、基本的に厨房に居るオーナーシェフとの絡みは少ない。
このように仕事の後に声をかけられる事など、働き始めて1ヵ月以上経つが初めての事だった。
「今度、王宮でパーティーが開かれる事になってね。そこで料理を作る事になったんだ」
「オーナーがですか? 噂には聞いてましたけど、凄いですね」
この仕事に就いてすぐの頃、洗い場担当の先輩にそのような事を聞いてはいた。「オーナーは本を出して、貴族のパーティーにも呼ばれるほどの有名人だ」と。
実際、この店で出される賄い料理は驚くほどの美味だった。もちろん賄いを作っているのはオーナーではなく新米料理人の筈なのだが、それでも一流レストランの料理人だ。エメロンの舌には、十分にお金を取れるほどの料理に感じた。
(正直、賄いでもユーキの料理より上なんだよね。こんな事、ユーキには言えないけど……)
まぁ、ユーキがいくら料理バカとは言っても比べるのは酷だろう。
ユーキの料理の基礎は、クララの父親から教わった「弁当屋の大衆料理」だ。それ以外でも独学で学んでいたのは知っているが、どれも「家庭料理」の域を出ていない。
美食を極めんとする一流料理人たちの作る料理とは、ジャンルからして違うのだろう。
だが料理の旨さや完成度を比べるのならユーキに勝機は無いが、それでもエメロンはユーキの料理の方が好きだった。
子供の頃からずっと食べてきたユーキの料理。それは何と言うか、「安心する味」なのだ。
「それでな、エメロン君にはパーティーで給仕をして貰いたいんだ」
「僕が、ですか? 僕、まだこの仕事を始めて1ヵ月ほどですけど……」
「人手不足でな。他のスタッフからの推薦だ」
オーナーの話とは、王宮でのパーティーの給仕スタッフへの誘いだった。
王宮のパーティーとなれば当然、王族や貴族が出席するのだろう。その様な場に新人を連れて行くなど通常はあり得ない。何か粗相でもしようものなら店の評判……いや、罰せられる可能性もあるのだから。
だが、エメロンがこの1ヵ月で得た信頼は推薦を得る程に高かった。それとも、人手不足というのがそれほど深刻という事だろうか。
「もちろん特別手当も出す。どうだ、やってくれるか?」
エメロンは返答に少し悩んだ。
手当が出る……、とは言うが所詮は冒険者だ。大した金額では無いだろう。王族や貴族にも興味はない。というより、あまり近づきたいとは思わない。「君子危うきに近寄らず」とも言うのだから。
だが「今度開かれる、王宮でのパーティー」といえば……、それは恐らくリッジウェイ侯爵家で老紳士が言っていたパーティーの事だろう。それにはアレクが出席する約束をした。
その様な場所にアレク1人を行かすのは不安もあったのだ。
もちろん仕事となれば、アレクに付きっきりなんて訳にはいかない。それでも少しでも近くに……、同じ場所に居られる。
だからエメロンの答えは決まっていた。
「やります。行かせてください」
「そうかっ、助かるよ。冒険者は、相手が貴族となると腰が引けるヤツが多くてな」
オーナーの言葉を聞いて、エメロンは妙に納得してしまう。
一流レストランの料理人ならば、当然それなりのプライドと向上心を持っているのだろう。ならば相手が貴族でも……いや、美食家の多い貴族相手こそ望むところなのかも知れない。
対して給仕係は殆どが非正規スタッフ……、冒険者だ。そうなれば先ほどエメロンが感じたように、貴族になど近寄りたいとは思わないのだろう。
そんな風にエメロンが納得していると、その答えを裏付けるような言葉がオーナーシェフの口から飛び出した。
「エメロン君はよく働いてくれるし、客からもスタッフからも評判がいい。いっそ、ウチの社員にならないか?」
「すいません、お断りします」
たった1ヵ月ほどでオーナー自ら社員への誘いをするほど、エメロンは優秀だった。たとえいくら人手不足だろうと、普通は考えられない。
だがエメロンは一瞬たりとも躊躇する事無く、この誘いを断った。
エメロンには、「インヴォーカーズ」にはリングを探して「世界から戦争を無くす」という目的がある。自分の仕事を評価して貰えるのは嬉しいが、王都に定住する訳にはいかない。
エメロンにこの選択は考えるまでも無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ユーキ、すまないが君に頼みがある」
いつも通りのエスペランサ城の城内。いつもの様に「仕事」で来ていたユーキに、メルクリオがそう言った。
「……なんだよ藪から棒に。王子様に改めて言われっと怖ぇな」
「話も聞かんと、相変わらず肝の小さいボウズじゃのぉ」
「ユーキ、ちっさいの~?」
「ちっさくねぇよっ⁉ ってか、ベルは黙ってろ」
ユーキの態度にギルド長とベルが揶揄うような事を言ってくるが、一国の王子に「頼みがある」などと言われれば身構えてしまうのも当然というものだろう。
一体どんな話が飛び出すのか想像もつかない。だがギルド長の言う通り、まずは話を聞いてみなければ判断は出来ないのも事実だ。
「んで、頼み事ってなんだよ? 俺が王子様の役に立てるコトなんかねぇと思うけど」
「何、簡単な頼みだ。緊張する事はないさ。今度、王宮で開かれるパーティーで、私の付き人として出席して欲しいだけだ」
「は……? …………っはぁぁ~~っ⁉」
メルクリオの頼み事。それはユーキにとっては想像もしていないものだった。
「簡単だ」などと言うが、ユーキにはとてもそうは思えない。ユーキには付き人の経験など無いし、王侯貴族の集まるパーティーなどにも当然だが縁が無い。一体何をすればよいかも全く見当がつかないのだ。
……いや、それよりもだ。
「何で俺なんだよ? 付き人ならフランが居るじゃねぇか」
「確かに、今まではフランに付き人をして貰っていたのだがな。今回フランは私の付き人は出来ない。伯爵家の令嬢として出席する事になっているからな」
「申し訳ありません、殿下」
メルクリオの言葉にフランが静々と頭を下げる。
どうやらパーティーの出席者とその付き人は別であり、両方を兼ねる事は出来ないらしい。だが、その事を告げられてもまだユーキには疑問が残る。
「いやそれだって、他に誰か居んだろうが? 俺、平民だぜ?」
「付き人に身分は関係ないよ。確かに貴族家に縁のある者が多いのも否定はしないがな」
「お前さん、前に聞いた事を忘れたかの? 殿下には味方が少ないでな」
「ジィさんはどうなんだよ? 王子様の味方じゃねぇのかよ?」
「ワシ、こう見えて有名人じゃからな。表立って殿下の付き人なんかすりゃあ、周りのヒンシュクを買っちまうわい」
他に候補はいないのか?平民だが大丈夫なのか?との疑問を投げるが、ことごとく否定される。
ギルド長にも水を向けるが、その理由を聞けば納得せざるを得ない。王都のギルド長ともなればそれなりに知名度も影響力もあるのだろう。それが王子の付き人などすれば、派閥関係に影響を与えかねないのだろう。
「ってか、フランが伯爵令嬢として出席するってのは? 今までは付き人だったんだろ?」
「……先日、お父様から指示を受けまして。パーティーにボーグナイン家の一員として出席するように、と」
「…………」
事情を聞いたユーキは複雑な心境だ。
フランの境遇については、先日の「模擬戦の賭け」の報酬として聞いている。子供のフランを王国への人質として差し出し、紛争から避難する為に一家が王都へ引っ越してくるまで何の連絡も無かったらしい。
正直ユーキは、フランの父親であるボーグナイン伯爵に良い印象を抱いてはいなかった。だから今回の件にも変な勘繰りを抱いてしまう。
だが、そのような事を口にするのは憚られた。
良い印象を持っていないのはユーキの主観であり、フランがどのように考えているのかは分からない。
何より、人の父親を悪く言うなど無神経だ。それにユーキはボーグナイン伯爵を見た事すらないのだから。
「どうだ、ユーキ? 受けてはくれないか?」
「……俺は暴行事件の加害者だぜ?」
「問題無い。特別自裁制度により、ユーキは法的には前科は付いていない。それに、ユーキの人柄はこの1ヵ月で知ったつもりだ」
「ったく、王子様がこんなに不用心じゃ、この国の将来が不安だな」
「それこそ問題ないさ。次にこの国を担うのは私ではないからな」
メルクリオの言葉に呆れながらも、ユーキは首を縦に振った。
そう決心したのは別にメルクリオの為では無い。ましてやフランの為でもない。
ただ、自分の娘を人質に差し出したボーグナイン伯爵を一目この目で見てやろうと、そんな事を思ったからだった。
「わ~い、パーティーなの~っ」
「ベル、お前は留守番だ」
「えーっ、なんでーっ?」
「なんでも何も……。お前、何かあるとすぐ飛び出すからだろうが」
そこではしゃぎ出したのはベルだった。
パーティーについてくるつもりのベルは歓喜の声を上げるが、ユーキがピシャリと拒絶する。
ベルは……、リゼットもだが、こちらが必死に隠そうとしているのがバカらしくなるくらいに人目を憚らない。王侯貴族の集まるパーティーなどで目撃されてしまえば、今度こそ言い逃れなど出来なくなる。
リスクを避ける為にベルを留守番させようというユーキの考えは当然と言えた。
ユーキの判断は当然だ。だがベルはまるで当然のように、この判断に納得はしなかった。
「やだ~っ! ぼくはユーキといっしょにいるの~っ!」
「ワガママ言うなよ。もし見つかったらお仕舞いだぞ?」
「や~だ~っ!」
「お前な……、いい加減にしろよ?」
幼児の様に駄々を捏ねるベルに、ユーキにも苛つきが募る。
ユーキはベルに意地悪をしようと言っている訳ではない。ただ考えられるリスクを避けようとしているだけなのだ。
そもそもは考え無しに人前で姿を現すベルたちが問題だというのに……。それに普段は気にも留めていないが、ベルはユーキよりもよっぽど年上の筈なのだ。
そんな事を言おうとユーキが口を開きかけたその時、メルクリオが思いついたように声を上げた。
「そうだ、フラン。私の部屋に私物を入れた箱があるだろう? その中からハンカチを1つ、取って来てくれないか?」
「ハンカチ、ですか……?」
「あぁ、見ればすぐに分かると思う」
そんなやり取りをして、フランは一礼をして退出してしまった。
出鼻を挫かれたユーキはフランを見送り、そしてメルクリオに視線を移す。
「んだよ、急に……? こっちの話が着いてからにしろよな」
「すまんな。だが少し待て。きっと悪いようにはならん」
「しっかしボウズ。お前さん、だんだん殿下に遠慮が無くなって来とるのぉ」
遠慮の欠片も無く文句を言うユーキに、ギルド長がツッコむ。
だが先程メルクリオが「ユーキの人柄を知った」のと同じように、ユーキだって「メルクリオの人柄を知っている」のだ。このくらいで気分を害する事も、ましてや罰される事など無い事も承知の上だ。
フランが居れば怒り出すかも知れないが、そのフランは席を外している。
そんな小賢しい考えと共に文句を言いながらも、ユーキはメルクリオの言う通りフランを待つ事とした。
「お待たせいたしました。殿下、こちらでよろしいでしょうか?」
「あぁ、間違いない。ありがとうフラン。ベル、これを被ってみてくれないか?」
「なーに~っ?」
「おい、こりゃあ……」
メルクリオが命じてフランが持ってきたハンカチ……。ユーキは「それ」に見覚えがあった。少しサイズは小さいが、リゼットの持つ『透明のフード』と同じものだ。
メルクリオに促され、頭からハンカチを被ったベルの姿は一瞬でその場から見えなくなった。
「ほぅっ。こりゃ驚きじゃ」
「これならそうそう見つかるまい。ベルにはこれをプレゼントしよう」
「いーの~?」
「構わんさ。それは私物ゆえ私の好きにして良い物だし、私が持っていても披露する機会の無い手品くらいにしか使えんしな」
「いや、構えよっ。そいつの価値が分かんねぇのかっ? タダでくれてやって良いモンじゃねぇだろっ?」
あっさりとプレゼントすると言い放ったメルクリオにユーキがツッコむ。
このハンカチは『象形魔法』ではない力で透明になっている。リゼットのフードを何度も見たが、その原理はユーキはもちろん、エメロンにも理解は出来なかった。
その有用性から売ろうなどと考えた事も無かったが、もし売ったならどれだけの価値が付くのか想像もつかない。
「ふむ、ならユーキが付き人となってくれる報酬の代わりで良いだろう。これを身に着けていればベルが見つかる事も無いだろうし、ユーキも構わんだろう?」
「……はぁ、もう勝手にしてくれ」
メルクリオにここまでされて、それでもベルの参加を拒否する事はユーキには出来なかった。
それに『透明のフード』がベルの分も手に入るというのは素直にありがたい。これを被っている最中なら誰にも見つからないというのは、リゼットの持つ『透明のフード』で実証済みだ。たとえ多少声が漏れたとしても、不審がられるだけで誤魔化すのは難しくはないだろう。
「ただしっ、絶対に言う事は聞けよっ?」
「はーい、なの~っ」
それでも最後に念を押す。
それに元気な返事を返す小さな妖精の姿に、ユーキの不安は消える事はなかった。
ちなみにその後、ハンカチの入手経路をメルクリオに尋ねたが答えは分からなかった。
亡き母親の物を引き継いだものらしく、どういう経緯で手に入れたのかはメルクリオにも分からなかったらしい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃあ2人とも、また後でだね」
「あぁ。……ベル、ホンット~っに気を付けろよ?」
「ユーキはしんぱいしょーなの~っ」
その数週間後、宿の前に集まるユーキたち3人……いや、ベルを含めて4人の姿があった。
ユーキはメルクリオの付き人として、エメロンは給仕スタッフとして、そしてアレクはリッジウェイ侯爵家の一員として、それぞれ王宮でのパーティーへの出席が決まっていたのだ。
「それにしても、ユーキの仕事が王子さまの話相手だったなんてビックリだよねーっ」
「そうだね。でも、それなら僕たちにも秘密だったのにも納得かな」
ユーキは、自分の仕事内容を2人には打ち明けていた。もちろんメルクリオやギルド長には許可を取ってある。
アレクはこれから向かうパーティーに出席するのだから、当日でいきなり知らせるよりは前もって教えておこうとなったのだ。その後にエメロンも給仕として出席する事が判明した為に、2人には教える事となったのだ。
なお、カリーチェ・ヴィーノ・リゼットの3人には秘密のままだ。
カリーチェとヴィーノはパーティーに出席する事は無いし、教える必要は無い。リゼットは、ベルの様にアレクについてくる可能性もあったのだが……。
「リゼットはやっぱり来ねぇって?」
「うん。ボクが着る服を見て「カバンもポケットも無いじゃないっ」って言ってたよ。『透明のフード』を被れば問題無いと思うんだけどなー」
「まぁ、来ねぇならその方がいいけどな」
貴族として出席するアレクの服はリッジウェイ侯爵家が用意したらしい。恐らくドレスの類だろう。パーティーに出る為のドレスならポケットなどは無いだろう。
確かにアレクの言う通り『透明のフード』を被れば見つかる事は無いのかも知れないが、それでも不安要素は少ない方が良い。
ユーキはそんな風に考えていたのだった。
「アレクはそろそろ行かないといけないんじゃない?」
「あ、ホントだっ。なんか着付けとかの準備に時間がかかるんだってさ」
「んじゃま、一旦お別れだな」
「ぼくはユーキといっしょなの~っ」
アレクはリッジウェイ侯爵家へ、エメロンは勤めているレストランへ、そしてユーキとベルは冒険者ギルドへと向かってから、それぞれ王城・エスペランサ城へと向かう。
方向もバラバラの為、ここで2人とはお別れだ。
「じゃっ、また後でねっ」
「向こうで会っても無暗に話しかけんじゃねぇぞ? 特にエメロンは仕事だからな」
「一応、ユーキも仕事だろ?」
そんな言葉を最後に3人は別れる。
数時間後の再開を約束して……。




