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第19話 「高貴な者たちと、異常者たち」


 王城の広い廊下を1人歩くメルクリオ。

 普段は城内とはいえ、1人で出歩く事など殆ど無い。いつもはフランが側にいる。

 だが今日は、「1人で来るように」との命令を受けたのだ。


 自分のような「役立たず」に一体何の用だろうか?

 そんな風に考えて歩く内にメルクリオは目的の部屋まで辿り着いた。そして扉を2回ノックして、名乗りを上げる。


「国王陛下、メルクリオです。お呼びにより参上いたしました」


「入れ」


 名乗りから間を置かず、中から返事が返ってきた。メルクリオの父・エストレーラ国王の声だ。


 たとえ「名ばかりの役立たず」だとしても、仮にも第1王子であるメルクリオに命令する事の出来る人物などそうはいない。

 久しぶりに会う父親……いや、国王に対してメルクリオの背筋は真っ直ぐに伸びる。


「久しいな、メルクリオ」


「は、国王陛下に置かれましてはご機嫌麗しく……」


「よい。この場には我ら2人しかおらん。儂の事も「父上」でよい」


 部屋にはメルクリオと父しかいない。公然のような堅苦しい挨拶は抜きで、という事だろう。

 それならそれで構いはしない。


 元々、公務で忙しい父とは滅多に顔を合わせる機会など無いのだ。

 今更、呼び方1つが何であろうと違和感など感じない。そもそも、こうして顔を合わせる事自体に違和感を感じてさえいるのだ。


「では父上、私に何用でございましょうか?」


 自分と父は、世間話をするような間柄ではない。

 だからメルクリオは、真っ先に用件を尋ねる事にした。


 だが父から帰ってきた言葉は、予想外のものだった。


「……最近、平民を王宮に招いておるそうだな?」


 少し切り出し難そうに口を開いた父は、ユーキの事を聞いてきた。

 わざわざ呼び出した理由はこれか?しかし(とが)められる理由は無い筈だ。ユーキへの応対はセキュリティマニュアルに沿ったものだし、自分とフラン以外の接触は殆ど無い。

 模擬戦で庭園を荒らした事はあるが、国王陛下自らが呼び出す程の事では無い筈だ。


「何か問題でしょうか? 護衛もおりますし、1人で勝手に歩かせてもおりません。身元保証に冒険者ギルドのギルド長にも来てもらっております。それとも、城内から苦情でも?」


「いやいや、そういう事を言っておるのではない。むしろ最近は、お前が元気そうにしていると聞いておる。どのような事をしておるのか、とな……」


 それでも苦情でも出たのかも知れない。そう考えて何が問題かを問い質そうとしたメルクリオだったが、父の返事はまるで世間話でもしようとしている風に聞こえた。


「どのような……、と申されましても、ただ話を聞いているだけです。私は殆ど城から出た事がありません故、彼の話は非常に楽しいものです」


「ほう? どのような話だ?」


 食い気味となった父に戸惑いながらも、メルクリオはユーキから聞いた話を父に話して聞かす。

 市井(しせい)の暮らし、教会学校、冒険者、魔物や盗賊との戦い、そして幼馴染の親友たち……。

 この1ヵ月で、沢山の事をユーキから教わった。


 ただし妖精……、ベルの事は話さない。

 相手が国王陛下であろうと、実の父親であろうと、「友」に話さないと約束したのだから。


「ふむ、良き友を得たようだな?」


「はは……、彼にもそう思って貰えていれば嬉しいのですが」


 そのように言われてメルクリオはハッキリと自覚する。ユーキを「友」だと認識していた事を。

 だが自分の口から出たセリフに、自分の心は否定する。


(ユーキは、私を「友」だとは思ってはいないだろうな。彼は仕事だから来てくれているだけだ)


 「自分には価値が無い」と、物心ついた頃から思っていたメルクリオの自己評価は低い。

 また長らく王城に引き籠っていた為、「友」だと言える友人もいない。

 だから、ユーキが自分に会いに来るのは仕事だから……、営利の関係があるからだと信じていた。


 メルクリオの表情が僅かに沈んだ事を察知した父は話題を変えた。……いや、本題を切り出す為の布石としての話を振った。


「そういえば……、お前のメイドはどうだ?」


「フランですか? 彼女が何か?」


 流石にこの言葉だけでは何を言いたいのかは分からない。

 だが、続けられた言葉はまたしても意外なものだった。


「10年以上も側におるのだろう? (めと)ろうと考えておるのか?」


 父の質問にメルクリオは言葉を失う。

 フランの事は嫌いではない。むしろ好ましく思っている。だが、(めと)ろうなどと考えた事は無かった。子供の頃からずっと側にいてくれた彼女は、むしろ居るのが当たり前の存在だったのだ。


 個人的には、フランは結婚相手として異論は無い。

 しかし、よくよく考えてみれば「立場」がそれを許さないだろう。


 フランは、悪名高いボーグナイン伯爵家の嫡女(ちゃくじょ)だ。そして自分は曲がりなりにもエストレーラ王国の第1王子だ。

 「裏切り者」と揶揄(やゆ)されるボーグナイン家の娘と結婚するとなれば、間違いなく周囲から反発が起きるだろう。


 そこまで考えたメルクリオは気付いた。

 国王である父が、このような事に気付かない筈が無い。この質問は、単純に言葉の通りの意味では無いのだ。

 では、父の真意は何か……?少しの間を置いて、メルクリオはその答えに辿り着いた。


「私に結婚の申し出があるのですね?」


 メルクリオの言葉を聞いた父は渋面(じゅうめん)を作り、視線が泳ぐ。

 その態度が、自分が正解を言い当てたのだとメルクリオに確信させた。


 そもそも、忙しい父が世間話をする為だけに自分を呼び出す事などがおかしいのだ。

 そして「役立たず」の自分が役立つのは、政略結婚くらいしかあり得ない。


「分かりました。公式発表はいつでしょうか?」


「近く行われるパーティーだ。……相手は聞かんのか?」


 辛そうに顔を(しか)める父だが、メルクリオに迷いは無い。

 「役立たず」の自分が唯一、国の役に立つ事が出来るのが政略結婚だというのなら迷う事など何も無い。相手が誰でも……、例え老婆だろうと、身体や心に障害を抱えていようとも問題は無い。それが自分が「王子」として出来る、唯一の仕事なのだから。


 ただ、いずれ分かる事とはいえ相手の事を聞けるなら聞いておくに越した事は無い。


「誰なのです? もちろん、誰であっても拒否などいたしませんが」


「帝国の、第13皇女だ……」


「シルヴィア皇女……」


 相手を知ったメルクリオは、パーティーに国賓として招かれる皇族4名の中に第13皇女がいる事を思い出し、その名を呟いたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




王都・エステリアの貴族街に建てられた迎賓館……、その一室でクライテリオン帝国の第11皇子にして皇太子であるジークムント・E・L=クライテリオンは、窓から王都の街並みを覗きながら感慨に(ふけ)っていた。


(4年半振りか……。だが、ただ庇護されていた以前とは違う。余は、大願の為に帰ってきたのだ……っ)


 かつて『ボーグナイン紛争』の折、まだ幼かったジークムントは自身が皇太子として相応しいのだと証明する為に前線へと赴いた。

 だが、あっさりと敵兵に捕縛され、囚われの身となったジークムントを待ち受けていたのは、本来友軍である筈の帝国軍からの襲撃だった。皇太子もろとも……いや、むしろ皇太子暗殺を狙っての襲撃だったのは明白だ。

 窮地に陥ったジークムントを救ったのは、本来敵軍である筈のエストレーラ王国軍の一軍だった。彼らは命を賭して敵国の皇太子を守ったのだ。


 もちろん王国軍も、ただジークムントを哀れに思って助けた訳ではない。皇太子の身柄を交渉材料として、戦争の早期決着を望んだからだ。

 彼らの尊い犠牲を引き換えとして望みは叶い、ジークムントは王国軍本陣に辿り着き、その後はここ、首都・エステリアへと護送された。そして、その身柄と引き換えに『ボーグナイン紛争』は終結したのである。


 敵国の兵に触れた経験は、ジークムントの心境に変化をもたらした。

 それまではただ皇太子として、次期皇帝として相応しく振る舞おうと……、そんな自分を認めない周囲をただ疎ましく思っていただけだった。

 だが今は、帝国だけでなく大陸全土の……人類全体の安寧(あんねい)を願う青年へと成長していた。


(まだ帝国と王国の確執は埋まってはおらん。いや、火種は(くすぶり)り続けている……)


 戦争は休戦という形で終結はしたが、終戦ではない。いつまた戦争が再開してもおかしくはないのだ。

 それは戦争の発端となった『ボーグナイン地方』の領土問題が何も解決していないのだから当然とも言えるが……。


「お兄さまっ、こちらにおいででしたかっ」


「シルヴィア。……兄上も一緒か」


 考え事に(ふけ)るジークムントに不意に声が掛けられる。その言葉と共に入室してきたのはジークムントの実妹、クライテリオン帝国の第13皇女・シルヴィア・E=クライテリオンであった。

 そしてシルヴィアの後ろには同じく第2皇子・バルタザール・D=クライテリオンの姿もある。


「お兄さまっ、聞いて下さいっ。バルト兄さまったら、勝手に屋敷を抜け出そうとしていたのですよっ! 私だってガマンしてますのにっ」


 そんな事を言って(ほお)を膨らませてバルタザールを睨むシルヴィア。

 それを聞いたジークムントはバルタザールに目を向けるが、ひと回り年の離れた義兄は悪びれる事も無く言った。


「オレはシルヴィアと違って屋敷を出るなとは言われておらんぞ? それに出ておらんのだから良いではないか」


「お兄さまたちだけズルいですっ! 私だって王国の街を散策してみたいのにっ!」


 2人の会話を聞いて、おおよその事は理解できた。

 出かけようとしたバルタザールをシルヴィアが見咎(みとが)めたのだろう。だがバルタザールには外出を(とが)められる理由はない。わざわざここまで来たという事は「シルヴィアの外出を認めろ」と直談判でもしに来たのだろう。


「シルヴィア、ここは帝国ではない。どこに危険があるか分からんのだぞ?」


「それはお兄さま方も同じでしょう?」


「そうだ。だから余も外出などしておらん」


 皇太子であるジークムントは敵が多い。この王都にもどこに敵が潜んでいるかも分からないし、帝国内であっても油断など出来ない。

 そしてシルヴィアは結婚を控えた大事な身だ。王国との和睦を強化する為の政略結婚であり、人質とも言えるシルヴィアは、今回の王国訪問の最重要案件だ。

 2人とも、万が一でも何かがあっては困る。


 2人に対して、他の者の重要度は遥かに低い。護衛や身の回りの世話の為の者たちはもちろん、この場にいるバルタザールも皇子ではあるが、本人が政争に関心が薄い事もあって政治的重要度は低い。

 そのおかげで数多くいるジークムントの兄弟たちの中で、数少ない信用できる人物でもあるのだが……。


「それだ、ジークムント。お前もたまには気晴らしに外に出んか?」


「バルト兄さまの言う通りですっ。ずっと(こも)っておいででは気が滅入ってしまわれますっ! 私と一緒に街を見て回りませんかっ?」


「馬鹿な事を言うな……。お前に何かあれば今回の訪問が無に帰しかねんし、余には為さねばならん事がある故、倒れる訳にはいかん」


 バルタザールとシルヴィアの提案は受け入れられるものではない。メリットとリスクが釣り合わなさ過ぎる。

 何より、外出を促す言動そのものが「ジークムントを暗殺しよう」という誘導の可能性もあるのだ。……バルタザールの性格上、それは考えにくいが。


 どちらにしても、たかが気晴らしの為に危険を冒すなどという愚行など考えられない。

 考えるまでも無くそう結論付けていたジークムントだったが、バルタザールはなおも食い下がる。


「気にし過ぎではないか? 変装でもしておけば、そうそう滅多な事は起こらんだろう?」


「いずれ皇帝となる身としては、万が一も排斥(はいせき)する必要があるのだ。帝位に興味のない兄上には分からんだろうがな」


「皇帝になるというのなら、それこそ臣民の心を理解して掌握せねばならんのではないか? シルヴィアの気持ちも分かるだろう?」


「む……」


 バルタザールの思わぬ返しにジークムントは口ごもる。

 確かにバルタザールの言う事には一理ある。皇帝といえど全てを1人で決める独裁者という訳では無いし、圧政が過ぎれば反乱の元ともなる。700年以上も昔に、大陸を統一していた帝国が内乱で分裂したという実例もあるのだ。


 そしてシルヴィアの考えも理解は出来る。

 シルヴィアは皇女としては少し奔放に育ったが、決して暗愚ではない。自分たちの立場も理解した上で、ジークムントの心身も心配しているのだ。自分自身が街を観光したいというのも噓ではないだろうが……。


「オレや護衛の兵も付いておれば、仮に一軍が敵対しても返り討ちにしてくれるぞ?」


「バルト兄さま、私たちは戦争をしに来たのではありませんよ?」


「わかっておるわ。仮にの話だ。で、どうだ? これだけ言っても考えは変わらんか?」


 バルタザールは皇子でありながら、その武力で大陸中に名を()せた武人だ。一軍を返り討ちというのも決して誇張では無い。

 それにシルヴィアが危険に晒される事は、そうそう起こりえないだろう。


 暗殺などの可能性を考えれば決して楽観できる訳でも無いが……、これ以上の躊躇(ちゅうちょ)は「臆病」とも捉えられかねない。

 シルヴィアはともかく、バルタザールに見放されるのは手痛い。そう考えたジークムントは少しの逡巡(しゅんじゅん)の後、結論を出した。


「よかろう。目立たぬ服と護衛を準備させよ」


「お兄さまっ、ありがとうございますっ!」


 そう嬉しそうにはしゃいで、シルヴィアは部屋の外で待機している侍女へと服を用意するように伝えていく。

 そんな妹の後姿を見ていると、バルタザールが小声で話しかけてきた。


「くくく……。ジークムントもシルヴィアには甘いか?」


「何を馬鹿な事を……。余はシルヴィアを政略の道具としておるのだぞ?」


「なればこそよ。なまじ皇宮よりも、王国の方が安全かも知れんからな」


「…………」


 バルタザールの言葉にジークムントは沈黙で答える。

 皇太子であるジークムントだが、帝国内部に敵は多い。皇帝の嫡子(ちゃくし)であるジークムントの皇太子の座は揺るがないが、それも命があればの話だ。

 もしジークムントが死ぬような事があれば、側妃の産んだ他の皇子たちに帝位が移るだろう。


 その為、ジークムントには常に暗殺の危険がある。それはジークムントの唯一の実妹であるシルヴィアにも(るい)が及ぶ危険があるという事だ。

 だから「王国の方が安全だ」というバルタザールの言葉も、全くの見当違いではなかった。


「そう言えば、ハルトムート兄さまはどちらでしょう? せっかくですから兄弟そろってお出かけしようと思いましたのに……」


 ジークムントの沈黙にバルタザールが口端(こうたん)を上げた時、侍女に服の用意をするように命令し終えたシルヴィアが振り返り問いかけた。

 第6皇子ハルトムート・О=クライテリオン。今回、このエストレーラ王国へ来訪した最後の皇族……。

 妹の口から放たれた義兄の名に、ジークムントは顔を(しか)めながら答えた。


「ハルトムートなら朝から屋敷を出ておる。どこへ行ったのかは知らんがな……」


「あら、残念です」


 全然残念そうに見えない笑みを浮かべるシルヴィアに、ジークムントは溜息を漏らす。

 ハルトムートはバルタザールとは違い、信用の置けない男だ。

 今や帝国軍の主戦力とも言える『人形兵器』の総責任者として今回の王国訪問に同行させたが、帝国内での彼の立ち位置はジークムント寄りではない。


 それどころか、かつて『ボーグナイン紛争』でジークムントを暗殺しようとしていた部隊が大量の『人形兵器』で構成された部隊であった事などから、容疑者の筆頭候補とも言える人物だ。

 そのような人物でも、確たる証拠が無ければ糾弾する事も出来ない。その立場から、迂闊(うかつ)排斥(はいせき)でもすれば敵対派閥に反発の口実を与える事にもなる。


 ジークムントはいつかは出さなければならない「(うみ)」だと考えながらも、今は機を(うかが)う事しか出来ない相手だった。


「お着替えの準備が整いました」


「おらん者の事を言っても仕方あるまい。シルヴィア、さっさと着替えよ」


 侍女の知らせを受けて3人の皇族は部屋を後にする。

 そして嬉々とする妹と、満足気な笑みを浮かべる義兄と共に、王都の街へと繰り出すのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 同日、王都・エステリアのとある高級レストラン――。

 そこの個室へと入って行く1人の女の姿があった。


 女の名はマリア=ヴェーベルン。

 かつて帝都で『目抜きのマリア』と呼ばれた連続殺人鬼であり、『ボーグナイン紛争』の折に恩赦を与えられて獄中から解放された女だ。


 個室の扉を開け、入室したマリアを迎えたのは3人の男たち……。

 だがその態度は決して歓迎ではなく、叱責によってマリアは迎えられた。


「遅いっ! 何をしていたのだっ⁉」


 男の名はハルトムート。マリアに恩赦を与えた人物だ。

 自分を牢獄から解放し、新たな「脚」も与えてくれた恩人ではあるが……。常に余裕の無い、何の魅力も無い小さな男だ。


「可愛らしい男の子とデートをね。そんなに待たせたかしら?」


「デ……っ⁉ ふざけるなっ‼ キサマは事の重大さが分かっておらんのかっ⁉」


 ハルトムートは激昂(げっこう)し、マリアに詰め寄る。

 遅刻といっても10分かそこらだというのに……。本当に(うるさ)い男だ。


 だが(わめ)き散らかすハルトムートを、部屋にいたもう1人の男が(なだ)めた。


「皇子ちゃん、いいじゃないの。良い女は支度に時間がかかるってね」


「クロウっ! キサマもだっ! 私が放逐すれば、キサマなど文字も読めんでどう生きるつもりだっ⁉」


「へいへい、感謝してますよっと」


 口を挟んだ男の名はクロウ。

 最近、ハルトムートがどこからか連れてきた人物だ。「戦力になる」などとハルトムートがわざわざ帝都から同行させたのだが、マリアの眼にはクロウは凡愚にしか映らない。

 皇子を相手に軽口を叩く胆力だけは認めるが、その立ち姿、歩く姿勢などはどう見ても素人だ。


 その口と同じように性格も軽く、何度もマリアを口説いてくるが応じた事は1度も無い。

 このように軽薄で、意志の無い「眼」をした男になど興味はないのだ。


「殿下、無神論者の異人や犯罪者に言っても詮無いでしょう。それよりも計画の説明を」


 最後の、3人目の名も知らぬ初見の男がマリアやクロウを無視して話を進めようとハルトムートへと話しかける。


 ハルトムートを落ち着かせて話を進めてくれるのはありがたいが、マリアはこの男も好きにはなれない。

 この男の「眼」は狂信者のものだ。『神』以外の何も見てはいない。きっと、自分の信じる信仰の為ならあらゆる犠牲を(いと)わないのだろう。

 マリアはそんな男にも興味は無い。


「フン……。近く、王宮でパーティーが開かれる。マリア、キサマはパーティー会場に潜り込め。伝手は用意してある」


「それは構わないけれど、どうするつもりなのか聞いてもいいかしら?」


「会場を魔物に襲わせる。キサマは混乱に乗じて事を為せ」


「魔物に? そんな事が可能なのかしらぁ?」


 魔物といえば目にした人間を襲い、殺し尽くすまで止まらない人類の敵だ。

 操る事はもちろん、誘導する事が出来るなんて話も聞いた事が無い。ましてや警備も厳重な筈の王宮で行うというのだ。

 マリアが疑問に感じたのも無理はなかった。


「『転移魔法』を使う。クロウの魔力なら可能だろう」


「大丈夫なのかしらぁ? 魔力もそうだけど、王宮にピンポイントで転移なんてできるの?」


「それついては我らが『ライアー教団』に伝わる、()の賢者が残した≪秘宝≫を使えば可能だ」


「そぉんな便利なものがあるなら、もっと世の中の役に立てれば良いのに」


「とても犯罪者の言葉とは思えませんな」


「いやぁ、例え犯罪者でも美人の言う事は正しいっしょ」


 マリアのセリフに初見の男が呆れた口調で言うが、反論の余地も無い。むしろマリアには、クロウの言葉の方が理解ができない。


 しかし『ライアー教団』……。何度耳にしても胡散臭い集団だ。

 大陸で最も信者の多い『ブライ教』から派生した宗教団体らしいが、彼らは表向きには活動はしていない。ハルトムートとの繋がりが無ければ、マリアもその存在を知る事は無かっただろう。

 彼らの教義なども聞きはしたが、マリアには全く興味を感じない。


 ただ先ほどマリアの疑問が示したように、彼らの目的は決して「世の為、人の為」という訳では無いのだろう。


「秘匿する事で優位性を保つ事も出来るのだ。今回の様にな」


「ふぅん、まぁいいわ。それより、それだけの事をするという事は「お目当て」の目星はついているのでしょう?」


「無論だ。でなければ、わざわざ王国まで足を運んだりはせん」


「所持者は私の雇い主……。パーティーに持参するように誘導も済ませております」


 マリアの問いにハルトムートと初見の男が答える。

 彼ら『ライアー教団』は自分たちの目的の為に、貴族たちが集まるパーティーに魔物を解き放とうとしているのだ。その行為に「正義」は無い。


「それで、私は「お目当て」の奪取をすれば良いのかしら?」


「いや、キサマには別の任務を与える。皇族の暗殺だ」


「……また皇太子さま? 私は顔を覚えられてる可能性もあるし、第2皇子も一緒でしょう?」


 マリアは『ボーグナイン紛争』の際にジークムントを暗殺しようとして失敗している。

 武勇で名高いバルタザールが一緒にいる可能性が高いし、暗殺が成功する可能性は高いとは言えない。

 だが、マリアの疑問にハルトムートは首を振った。


「別の者だ。やり方は任せる」


「まぁ、いいわ。それで「お目当て」は?」


「ぃよっしっ! オレちゃんの出番だなっ⁉」


「……キサマには魔物の転移を任せると言っただろう。それに、キサマのような無作法者を会場に入れれば目立って仕方ないわ」


 意気揚々と声を上げたクロウの出鼻をハルトムートが(くじ)く。

 確かに品位の欠片も無いクロウが貴族ばかりの会場にいれば、さぞや目立つ事だろう。


「ンじゃあオレちゃん、魔物を転移させた後はオフってコト? 夜の街でもブラつくかぁ~っ。皇子ちゃん、お小遣いちょ~だいっ」


 仮にも皇子相手にクロウは一切の敬意を払わない。マリアもハルトムートへの敬意など持ち合わせてはいないが、流石にここまで奔放ではない。

 成人した男が小遣いをねだる姿には、嫌悪感すら覚える。


 だからマリアはクロウを無視して話を続けた。


「私でもクロウでも無いなら、「お目当て」はその男が?」


「あぁ、『神輪(しんりん)』はこやつに任せる。快楽殺人者のキサマらより、よほど適任だ」


 マリアの質問に、ハルトムートは皮肉を言いながら初見の男に視線を送った。

 『神輪(しんりん)』……。それがハルトムートたち『ライアー教団』とマリアの求める「目当て」だ。


 ハルトムートの物言いは不快だが、口答えなどしない。しても理解などされないし、それを求めてもいないからだ。

 自分への理解が欲しいのは「愛する(ひと)」からだけ……。


 こんな狂信者どもに協力をしているのは、「彼らの目的」に興味が湧いたからだ。

 彼らが『神輪(しんりん)』と呼ぶ、『ブライア神』がこの世に残した遺産――。大陸中に散らばるそれらを全て集めた者は、あらゆる望みが叶うという。


 普通なら「おとぎ話だ」と笑い飛ばす話だが、マリアはハルトムートからいくつかの証拠を見せられた。「真実だ」という確信を得るまでには至らないまでも、「もしかしたら」という希望を抱かせるには十分な……。


 マリアの望みは「愛する(ひと)からの、真の愛を得る事」――。

 そして彼ら……、『ライアー教団』と名乗る狂信者たちの望みは……。


「ブラムゼル大陸から人類を駆逐し、偉大なる『ブライア神』に大陸を(かえ)す日を願って……、乾杯」


「かんっぺ~ぃ‼」


「偉っ大なるっ「ブライア神」に、乾っ杯っ!」


「…………」


 ワイングラスを掲げて乾杯をする狂信者と異常者たち……。

 ハルトムートとクロウ、名も知らぬ男の3人を横目にした後、マリアは興味なさげに自身のバッグに入れられた氷漬けの眼球へと視線を落とすのだった……。


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