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第17話 「協力の条件」


「……以上です。この話、口外は無用で願います」


 リングの説明を終えたエメロンはそう結んだ。

 エメロンは自分の知る限りの説明を行った。「リングは決して壊れない事」「7つ全てを集め、扉を開けば『神の御座(みざ)』へと行ける事」「そこに居る『ブライア神』に願い事を叶えて貰える事」。そして、それを自分たちが知ったのは、実際に『ブライア神』に願い事を叶えて貰ったエルヴィスからだという事。


 本来なら、こんな夢物語のような事を聞けば、呆れるか笑い飛ばすだろう。

 だが、フレデリックはどちらの態度も取る事はなかった。……しかし、態度がそうでは無いからと言って、話を信じた訳でも無い。


「心配しなくても誰にも言わないと約束しよう。いや、誰にも言えないな。こんな話をすれば正気を疑われる。1つ尋ねるが……、君は正気かい?」


「……そのつもりです。フレデリック様には信じて頂けませんか?」


「ホントなんだよっ。なんで信じてくれないのさっ?」


「何故と言われてもね……。信じる方がどうかしているだろう?」


 さも当然のようにフレデリックは言う。……いや実際、当然の反応と言える。

 『神』が実在し、願い事を叶えてくれる……。どう聞いても子供向けのおとぎ話だ。ブライ教の聖典にだって、そのような事は書かれていない。こんな話を信じるのは、それこそ子供だけだろう。

 せめて……。


「それに、何も証拠が無いだろう? せめて「壊れないリング」くらいは見せて貰わないとね」


「…………」


 フレデリックの言う通りだ。エメロンの話には何も根拠が無い。せめて、リングの1つでもあれば根拠を示せたというのに……。

 ユーキたちだって、初めてエルヴィスからこの話を聞いた時は疑心暗鬼だった。それを信じる事が出来たのはエルヴィスの持つリングと――。


「アレクっ! ポケットを押さえろっ!」


 突然叫んだユーキに全員の注目が集まる。フレデリックも老紳士も、驚きに目を見開いている。

 不審に思われただろうが、その問題は後回しだ。ユーキ自身も、ベルの居るポケットを押さえながらそう叫んだのだが、肝心のアレクは突然の指示に反応できず……。


「リングが無くても、アタシが「壊れない」のを証明してあげるわよっ!」


 アレクのポケットから勢いよく飛び出したリゼットがそう宣言した。


 ……こうなる気がしていたのだ。

 いい加減、ユーキは妖精たちを隠そうとするのがバカらしくなってしまっていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……驚いたね。まさか本物の妖精を目にするなんて」


「あの、申し訳ありませんがリゼットたちの事も……」


「口外無用、だね? 安心してくれ。誰にも言わないさ」


「やくそくなの~っ」


 ユーキの不審な行動を老紳士に見咎(みとが)められ、「ポケットの中をお見せ下さい」と凄みを効かせて言われればベルも外に出さざるを得なかった。

 姿を見られた以上、フレデリックにもリゼットたちを説明しない訳にはいかない。

 もちろん最後にエメロンが口止めをするが……、口約束に効力があるのかは疑問だ。しかし、それでもしないよりはマシだ。


「それで……、「壊れないを証明する」との事だけど?」


「アタシを思いっきりブン殴っていいわよ? さっきも言ったけど、どーせケガなんてしないし」


 妖精の不死性は説明済みだ。

 妖精は決して、老いも怪我もしない。ユーキたちはかつて、リゼットがフライパンで思いきり殴られてもケロッとしていたのを目の当たりした事がある。だから心配などはしていない。……が、それでも友達が殴られるのを見ているのは気分が悪い。


 とはいえ、他に「壊れないものがある事を証明する」など不可能だ。かつてそれを見たから、リングの存在を信じる事になったのも事実だ。


 ユーキはどっちつかずの心のまま、言葉を出す事が出来なかった。

 そしてそれは、フレデリックも同じような気持ちだったようで……。


「しかし、そうは言ってもな……」


 そう言って口籠(くちごも)る。

 フレデリックとしても、少女の姿をしたリゼットを殴る事など気が(とが)めるのだろう。普通の感性ならそう思うのも当然だ。


 (しば)しの間、停滞した時間が流れる。

 そんな常識人たちの葛藤も、妖精である2人には通用しない。


「なにウジウジしてんのよっ? いいからバシーンとやっちゃいなさいよっ!」


「おねぇちゃん、男らしいの~っ」


「……ふむ、フレデリック様には無理でしょうな」


 無暗に(はや)し立てる2人の妖精に口を割って入ったのは老紳士だった。

 全員の注目が集まる中、彼はユーキたちの座るソファに近付きながら言葉を続けた。


「フレデリック様は幼少より文官としての道を歩んでおられましてな。ケンカの1つの経験もございません。ましてや、女性を殴るなど出来ますまい」


「へ~、フェミニストってやつ? ユーキとは大違いよね」


「リゼット……。お前、まだ昔の話を引っ張る気か?」


 老紳士の言葉を聞いたリゼットは、ユーキを引き合いにそう評した。

 ユーキの言う「昔の話」とは、アレクと殴り合いのケンカをした件だ。とはいえ、それももう4年以上も前の話の筈だ。

 それにユーキは決して、むやみやたらにケンカをしたり殴り合ったりしてる訳ではない。

 しかしそんな事を知らないカリーチェは、冷たい視線をユーキへと向けていた。


 そんなユーキたちの反応を余所(よそ)に、老紳士はユーキたちの横を通り過ぎ、壁際に飾られている騎士鎧の前まで歩みを進めて立ち止まった。


「それでは僭越(せんえつ)ながら、私めが妖精殿の『不死性』を見極める役目を(たまわ)りましょう」


 そう宣言をして騎士鎧の腰に掛けられていた剣を抜き、リゼットへと切っ先を向けたのだった。


「お爺さんがリゼットを試すの?」


「いや……っ、何も剣を使わなくたって……」


 アレクはただ確認をしただけだったが、明らかに狼狽(ろうばい)したのはユーキだった。

 妖精の不死性を疑っている訳ではない。きっと剣で斬られてもリゼットは無事の筈だ。だが、万が一……いや、億が一でも不死性が完璧では無ければ?

 もし『不死身』でなければ、『普通』だったなら、リゼットは剣に斬られて絶命してしまう。

 幼い頃からの友人の1人であるリゼットが死ぬ可能性を、限りなく低い確率だろうと見過ごす事は出来なかった。


 そして、それはユーキだけでなく、妖精が不老不死だと知ったばかりのカリーチェも同様だ。


「そうよっ! もっとこう……、安全な方法で試しましょうよっ」


 まだ1ヶ月足らずの付き合いだが、カリーチェにとってアレクたちは最も気の許せる仲間と言っても良い。そのアレクたちにも話していない秘密があるのだが、それは今は置いておいて、リゼットだって大事な仲間の1人だ。

 そのリゼットを剣で斬るなど、例え不死身が本当だったとしても見過ごせない。


 だが、剣の使用に抗議するユーキとカリーチェに対する老紳士の態度は冷たかった。


「申し訳ございませんが2つ程、思い違いをなさっておられますな」


「……思い違い?」


 老紳士の言葉にカリーチェが疑問を放つ。


然様(さよう)。まず、今から試そうとしている事は妖精殿の『不死性』であり、『決して壊れない』という事です。死なぬはもちろん、傷の1つもついては証明になりません」


「だから……、中途半端な攻撃じゃ、意味がねぇってコトですか?」


 ユーキの確認に、老紳士は無言で肯首(しゅこう)した。

 妖精が真に『不死身』で『壊れない』のなら、素手だろうと剣だろうと問題無いだろうと言っているのだ。


 そして口には出してはいないが、老紳士の目は「ユーキたちがリゼットを攻撃しても証明にはならない」とも言っている様に見えた。

 手加減や寸止めなど、第3者の目を誤魔化す方法なんて考えればいくらでもあるのだから当然だとも言えるが。


 老紳士の言い分に、ユーキとカリーチェは渋々ながらも納得せざるを得ない。

 後は妖精が……、リゼットが本当に『不死身』だという事を信じるしかない。


 だが老紳士の指摘した「思い違い」は2つ。まだ、もう1つある筈だ。

 それを確認したのはエメロンだった。


「それで、もう1つの思い違いとは何でしょうか?」


「それは妖精殿の不死身が証明されたとしても、リッジウェイ侯爵家がリング探しに協力するとはお約束出来かねるという事です」


「……っんでだよっ! それじゃあ意味がねぇじゃねえかっ‼」


「そうよっ! だったらこんなバカな事、止めましょうっ!」


 老紳士の言葉に声を荒げたのは、またしてもユーキとカリーチェだ。だが、2人の反応も当然だ。

 リング探しの協力を得る為にリゼットが斬られるというのに、それをしても協力の確約は得られないというのだ。それなら、リゼットを斬るという行為に一体何の意味があるというのか?


「理由をお聞かせ願ってもよろしいですか?」


「まずは妖精殿が不死身を証明できても、それがリングの実在の証明とはなりません。そして仮にリングが実在したとしても、先ほどフレデリック様が申し上げられた通り、リッジウェイ侯爵家にメリットが無いからです」


 理路整然と語られた老紳士の説明には、返す言葉が見つからない。

 確かにリゼットが『不死身』を証明できたとしても、それが『願いが叶うリング』の存在証明には繋がらない。

 そして、リング探しの協力に対するリッジウェイ侯爵家への見返りの提示が出来ていないのも事実だった。


「それじゃ、ボクたちがリングを集めたら侯爵家の為にお願いをするってのは? ボクとユーキとエメロンの3人は同じ願い事だし、2つ余るんだから1つくらいいいよね?」


 アレクの発言は間違ってはいない。

 アレクたち3人の願い事は「世界から戦争を無くす」ただ1つだ。1人1つの願い事が叶うのなら、願い事は2つ余る。


 だが、その話を聞いたユーキとエメロンは即答はしない。侯爵家の望む願い事が「どのようなもの」かが分からないからだ。

 極端な話、「世界征服」だとか「王位の簒奪(さんだつ)」なんて話になったなら協力する訳にはいかない。


 しかしユーキとエメロンの返事を待つまでも無く、老紳士がアレクの提案をやんわりと否定した。


「それは素晴らしいですな。リングとやらが本当に実在するのなら、ですが。現状はリングの実在は疑わしく、その根拠も乏しい訳でして……」


「だから、その根拠のためにリゼットを斬るんでしょ?」


 否定しようとした老紳士の言葉をアレクが繋ぐ。……話が一周してしまった。このまま言葉を交わしても堂々巡りだ。

 このような時、真っ先に痺れを切らして結論を出すのはいつもリゼットだ。


「もういいから、さっさとやっちゃいなさいよっ」


「……よろしいので? 断っておきますが、手心は加えませんぞ?」


「だから大丈夫だって言ってるでしょっ」


「えっと~……。けっきょく、どーなったの~?」


 ()かすリゼットに老紳士が再確認するが、全く意に介してはいない。

 この態度を見て、ユーキも少しだけ安心した。リゼットがここまで言っているのなら大丈夫なのだろう、と。

 カリーチェの心配はまだ尽きてはいないが、他の誰も口を挟まないのを見て押し黙る。


「……参りますぞ? 覚悟はよろしいですかな?」


「はいはい、いつでもいいわよっ」


「では……」


 そんな短いやり取りの直後、老紳士が息を()いて踏み込んだ。その動きは初老とは思えない程に鋭く、(なめ)らかだった。

 辛うじて目に追える切っ先は、間違いなく小さなリゼットの身体に吸い込まれて行き――。


”パキィィンッ”


 甲高い音を立てて2つに割れた。


 数秒の、確認の為の静寂が辺りを包む。

 リゼットは微動だにしていない。怪我をしている様子も無い。直前の、胸を張った姿勢のまま宙に浮かんでいる。


「ふむ……、これは驚きましたな」


 言葉とは裏腹に全く驚いている様子もなく、老紳士は折れた剣の断面を眺めながらそう言った。

 老紳士は宣言通り、手加減する事無く剣を振った。もし妖精が不死身だというのが噓だったなら、リゼットの胴は2つに別れていただろう。

 しかし剣がリゼットに触れた瞬間、まるで岩に当たったかのような衝撃が柄から伝わって来た。結果は見ての通りである。


「どーよっ? これでもまだ疑えるっていうのっ?」


「確かに……、「妖精の不死性に関しては」認めざるを得ないな」


 ドヤ顔で語るリゼットに、フレデリックが頷く。

 目の前で起こった出来事であれば認めない訳にはいかない。魔法などのトリックを使っている様子も見当たらなかった。


 その様子を見たアレクは嬉色(きしょく)を浮かべながら期待の言葉を紡いだ。


「それじゃあ……っ」


「アレクサンドラ、まだ喜ぶのは早いな。私は「妖精の不死性は認める」とは言ったが「リングの実在を信じる」とは言っていないぞ?」


「えーっ。それじゃあ、どうすればいいのさ?」


 先ほど老紳士が言った言葉をフレデリックも繰り返す。アレクは不満のようだが、分かっていた事だ。

 だが、それではどうすれば信じて貰えるというのだろうか?アレクたちには現状、これ以上の説得力を示す方法など持ってはいない。


 案が尽きたのはアレクだけでは無かった。ユーキも同じだ。

 最初から宣言されていたとはいえ、やはりこれだけでは「リングの実在」を証明するのは不可能だ。


「んじゃあ結局、リング探しの協力は出来ないってコトですか?」


「……そうだな。やはりこれだけで信じる事は出来ない。何のメリットも無しに、在るかどうかも分からぬ物を探すなど出来ないな」


 ユーキが出した問いに対する、フレデリックの結論は予想通りではあった。

 フレデリックの……いや、侯爵家の立場になってみれば確かに根拠は薄いし、メリットも曖昧(あいまい)で不確定だ。協力を渋るのも理解できる。


 今回は残念な結果にはなってしまったが仕方がない。また1からベルの能力を頼りにリングを探すしかない。

 そうユーキが諦めた時、老紳士から声が上がった。


「早とちりは困りますな。フレデリック様は「メリット無く協力は出来ない」と申されたのです」


「……?」


 諦めていたユーキには、その言葉の意味が理解出来ない。アレクやカリーチェも、どういう事か理解していない。

 こちらが提示した「侯爵家のメリット」とは、「リングを集めた時に、侯爵家の為に願い事をする」というものだった筈だ。「リングの実在」を信じて貰えないのなら成立しないだろう。


 だがエメロンだけは、1つだけ「侯爵家のメリット」に感づいていた。


「それは……、アレクに何かを求めている、という事でしょうか?」


 リングの件だけでは協力は得られない。実在するかどうかが疑わしいのだから、交渉材料として成り立たない。ならば別の所にしか交渉材料……、侯爵家の言うメリットがあるとしか考えられなかった。

 そしてそれは、侯爵家の血を引くアレク以外に考えられない。それがエメロンの結論だった。


然様(さよう)でございます。差し当たっては1ヵ月後、王宮にて国賓(こくひん)を招いたパーティーが開催されます。これにアレクサンドラ様にはご出席して頂きとうございます」


「王宮?」


「パーティー?」


 老紳士の提示した条件に、アレクとカリーチェが疑問の声を漏らす。

 だがユーキは、その条件にそこはかとなく嫌な予感がしていたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お客様をお見送りして参りました」


 そう言ってフレデリックの待つ部屋に入室してきたのは老紳士だ。

 その姿を確認したフレデリックは大きく溜息を()いて、呆れるように返した。


「……いつまでお芝居を続けているんですか?」


「はっはっ。儂の執事姿も中々のモンじゃろう?」


「えぇ、えぇ。大したものでしたよ」


 老紳士は突然、慇懃(いんぎん)な態度を崩して飄々(ひょうひょう)と言ってのける。それに対するフレデリックの言葉は若干おざなりだ。その口調から心底呆れているのが見える。


「それで、最後の条件は何です? アレクサンドラをパーティーに? 彼らにはそれらしい事を言ってましたけど、それが侯爵家の利益に繋がるとは思えませんけど?」


 老紳士が提示した条件は、アレクが王宮のパーティーに参加すればリング探しの協力をするというものだった。

 名目としてはリッジウェイ侯爵家の血に繋がるアレクが参加する事で僅かなりとも貴族間の影響力が増す、などと言っていたが実際はそんな単純なものではない。

 そもそも噂によれば、バーネット子爵家では淑女教育などもしていないという話だ。むしろ問題が起きる可能性すらある。


 そんなフレデリックの心配を嘲笑(あざわら)うかのように、老紳士は笑みを浮かべながら言った。


「あれは方便じゃ。せっかく孫娘に会えたというのに、これでお別れでは寂しいからのぅ。儂の芝居にも気付いておらんかったしな。さて、後で本当の事を知ったらどんな顔をするのか楽しみじゃわい」


「……悪趣味ですよ、お祖父様」


 悪戯好きの子供を(たしなめ)めるように、フレデリックは目の前の祖父ランドルフ=リッジウェイ元侯爵にそう言ったのだった。


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