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第16話 「リッジウェイ侯爵家」


「ふわぁ……、おっきぃねぇ。ウチの家とは大違いだねっ」


 そんな声を漏らしながら、アレクは眼前の巨大な屋敷を見上げた。その声にユーキとエメロンも反応する。


「お前んチは特別だろ。普通の貴族はこうなんじゃねぇ?」


「いや、それにしても立派だと思うよ?」


 彼ら「インヴォーカーズ」は、ある貴族の屋敷の前に立っていた。目的はリングの手掛かりを探す為だ。

 先日言っていた「権力者の協力」を得る為にやって来たのだ。


「でも、おしろのほーがおっきいと思うのー」


「……そりゃそうでしょ。何言ってんのよ」


 ベルの、言うまでも無いような感想にカリーチェが突っ込む。この王都にエスペランサ城よりも大きな建物など存在しない。

 呆れるように言ったカリーチェに、今度はもう1人の妖精が話しかけた。


「ベルに言ってもムダよ。それより、カリーチェも一緒でいいの?」


「そうよ、あたしは関係なくない? せっかくの休みなのに……」


 リゼットの疑問に同調するようにカリーチェが声を上げた。

 確かに2人の疑問も(もっと)もだ。カリーチェはリング探しには関係ない。それどころか、リングの本当の意味も価値も知らないのだ。


 本来なら連れて来ても仕方ないし、連れて来たくもない。ユーキとエメロンはそう考えていた。

 しかし、そうは出来ない事情があったのだ。


「「インヴォーカーズ」のメンバー全員揃っての招待、って伝えられたからね」


「カリーチェは一応、ウチのメンバーだからな。大貴族様のご機嫌を損ねちゃ大変だ」


 先日の「権力者の協力を得よう」という結論の後、早速翌日にアポイントメントを取る為に手紙を出して、数日後に「権力者」からの返事が来た。

 そこには「アレクサンドラと、その仲間を歓迎する」と書かれていたのだ。ご丁寧に「1人も欠ける事のない参加を望む」とまで付け加えられて。


「ふ~ん。ヴィーノくんは? 彼は仲間じゃないの?」


「ヴィーノはダチだけど、冒険者でもねぇしな。それにアイツ、最近はしょっちゅう出かけてんじゃねぇか。今日も、エライご機嫌でどっかに出かけてったぜ」


「……あの女ね」


 この場にヴィーノはいない。その理由をユーキが説明する。それを聞いたリゼットは即座にあの女……マリアの事だと感づいた。

 リゼットの呟きを聞いたエメロンとカリーチェも、その反応には納得だ。


 だが、エメロンは心に不安が湧き起こる。あのマリアという女性は、何か危険な気がする。

 しかし何の確証も無く、只の勘でこんな事は口に出来ない。相談しても皆を無暗(むやみ)に不安にさせるだけだし、ヴィーノは不快に思うだろう。

 だからエメロンは己の心に(ふた)をした。


「それより、そろそろ中に入ろう。遅刻なんてしちゃ、それこそ機嫌を損ねちゃうよ?」


「そうだな、それじゃ行くか。リゼットたちは、いつも通り隠れとけ」


 そうして一行は屋敷の正門へと足を向けた。

 辿り着いた正門は、大きく立派だ。馬車がそのまま入れるくらいのサイズの門に、細かな装飾が施されている。


「誰もいないねー?」


 これだけ大きな屋敷なのだから門番でも立っているかと思ったのだが、そこは無人だった。

 門の前までやって来たが、どうやって中の人に知らせれば良いのだろうか?


「大声で叫ぼっか?」


「バカ、止めろっ! ……ったく、相手と場所を考えろよっ!」


 アレクの提案をユーキが止める。

 ……しかし、どうすれば良いのか?勝手に入る訳にはいかないし、そもそも鍵がかかっているだろう。ノックをしても、これだけ巨大な門に庭まであるのだから聞こえる筈が無い。


「でも困ったね……。誰か屋敷の人が歩いてたりしないかな?」


「…………あれ?」


 困り果てる3人を横目に、カリーチェは門の横に「ある物」を見つけた。

 カリーチェは無言でそれに近付き、手を伸ばす。


「おいっ、何やってんだ? あんま勝手に……」

『はい、どちら様でしょうか?』


 1人でうろついて何かに触れるカリーチェを(とが)めようとした時、どこからか声が響いた。

 知らない声だ。そして、その声の発生源はカリーチェの触れている辺りだ。


「えっと……、あたしたちは「インヴォーカーズ」で……」


『あぁ、聞き及んでおります。迎えが参りますので少々お待ちを』


 少し戸惑いながらもカリーチェが声の主と応対する。その姿を3人はポカンと眺めていた。


「……カリーチェ、今のなに?」


「多分、『通話機』だよね? 僕も見るのは初めてだけど……」


「『通話機』……っ。そうか、馴染みがねぇから分からなかったぜ。よく知ってたな?」


「えっ? あ、うん。前に居たトコで見た事あったから……」


 『通話機』、それは『一般魔法』を使用した道具である。

 魔法を利用して声を遠くに届ける……。言ってしまえばそれだけの道具であるのだが、あまり普及はしていない。その理由は「魔法は空気中に漂う精霊の影響で減衰」してしまうからだ。

 その為『通話機』は、2つの端末を導線で繋ぐ必要がある。長距離の使用には不便極まりないし、短距離ならわざわざ使用するまでも無い。これが『通話機』が普及しない理由だった。


「帝国じゃあ『通話機』が普及してるのかい?」


「帝都だけじゃねぇ? 俺が昔いた町じゃ、見た事なかったぜ? ……つっても、もう何年も前だけどな」


「そーいえば、ユーキは帝国から引っ越してきたんだよね。レドームだっけ?」


「レゾールな……っと、お迎えが来たみたいだぜ」


 ユーキの言葉に振り向くと、大きな門が左右に開き、その奥から執事服を纏った老紳士の姿が覗いていた。


「お待ちしておりました。アレクサンドラ様ご一行ですね? フレデリック様がお待ちです」


 老紳士は慇懃(いんぎん)に一礼をしてアレクたちを敷地内へと案内する。

 その姿は洗練されたもので、一挙手一投足が無駄なく、美しいとすら感じた。その姿にユーキたちは否応なく緊張を余儀なくされる。

 その為、老紳士が出した名前……、「フレデリック」に疑問を感じつつも、ユーキは尋ねる事が出来なかった。


 広い庭を歩く中、沈黙が空気を重くする。

 ユーキの目には、先導する老紳士の背中がまるで無言の圧力を放っているように感じていた。


「お爺さんは、ずっとこの家で働いてるの?」


 不意にそんな事を口走ったのはアレクだった。

 アレクはユーキたちが感じている緊張など全く無いようで、ただあっけらかんと老紳士に世間話をするかのように話しかける。


 アレクの無邪気な態度に、ユーキは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 それほど失礼な事を言った訳では無いと思うが……、老紳士がどのような反応を返すか気が気でない。

 だが、そんなユーキの懸念を笑うかのように、老紳士の対応は穏やかだった。


「そうですな……。生まれてより60余年、ずっとリッジウェイ家に捧げて参りました」


「生まれてからずっとっ⁉ へぇ~、お爺さんスゴイベテランなんだっ?」


「ベテランと言えば聞こえは良いですが、只の老害ですな。つい先日も若者に仕事を取られ、今もこうして皆様の案内に出しゃばっている次第に御座います」


「そんなコトないよっ! 死んだ父さんも「1つの事をやり続けるのはスゴイ事だ」って言ってたもんっ!」


「……良いお父上だったのですな?」


「うんっ!」


 ユーキの心配とは裏腹に、アレクと老紳士は(なご)やかに会話が弾む。

 思ったよりも老紳士は話しやすそうだ。そう考えたユーキは、先程の疑問を口にした。


「すいません。さっき「フレデリック様」って言ってましたけど、リッジウェイ侯爵家の当主様は「ランドルフ様」ですよね?」


 ユーキたちがこのリッジウェイ侯爵家へとやって来た理由は「リングの手掛かりを得る為」だ。そして何故リッジウェイ侯爵家かというと、ここはアレクの母・エリザベスの生家(せいか)だからだ。

 つまり、アレクの祖父の家を訪ねてきた事になる。


 アレクの祖父、そして当主であるリッジウェイ侯爵の名はランドルフの筈だ。なのに案内される先で待っているのは「フレデリック」だという。

 ユーキだけでなく、同様の疑問をエメロンも感じていた。


「少し前に世代交代がなされましてな。現当主はグレゴリー様でございます。しかし当主はご多忙故、その息子であるフレデリック様が応対なされます。フレデリック様では不都合ですかな?」


「いっ、いえっ。そ、そういう事なら……。不都合もありませんっ」


 何故だろう……。アレクとの会話では穏やかに話していたというのに、ユーキに対しては随分(ずいぶん)冷たい印象に感じる。慇懃(いんぎん)な態度は崩れてはいないのだが……。

 やはりアレクはリッジウェイの血に連なる者として特別扱いという事だろうか?


「えっと……、ランドルフ様はアレクくんのお爺さんで、その息子さんが後を継いだのよね? で、これから会うフレデリック様はその息子だから……、アレクくんの従兄妹?」


「そういう事になりますな。お嬢様は聡明であられますな」


「やだ、お嬢様なんて……」


 そんな事を言い出したカリーチェに対する老紳士の言葉は、またしても穏やかなものへと変わる。

 これを見たユーキは理不尽な感覚に囚われると共に1つの結論を出した。


(……タダの女に甘い爺さんじゃねぇかっ! カリーチェも真に受けんなよっ。んなコトくらい、誰でも分かるっつーのっ)


 まぁ、この様に考えたのも無理はない。しかしユーキも、そのような事を口に出すほど子供でもない。というか、後の事を考えれば口が裂けても言えないが。


 そんな会話をしながら歩いている内に、屋敷内の一室の前へと案内された。


「こちらでフレデリック様がお待ちです」


 そう言って老紳士が扉を開ける。そして老紳士に促されるままにアレクたちはその部屋へと足を踏み入れた。


 恐らく客間なのだと思う。屋敷のホールや廊下にも豪華な装飾や調度品などがあったが、この部屋は特段豪華だ。

 高そうな壺や置物が並べられ、壁の奥には動物の剥製(はくせい)や騎士鎧までが飾られている。天井の魔法灯はガラスの装飾が施されていた。


(……これ、王子様と会うのに使う部屋より豪華じゃねぇ?)


 そんな風にユーキが思う程であった。

 ……ユーキが仕事でエスペランサ城に行っている事は内緒なので、言葉にする事は無いのだが。


「やぁ、よく来てくれたね。とりあえず掛けてくれ」


 そう言ったのは部屋でアレクたちを待っていた青年だ。

 促されるままに、全員がソファに腰を下ろす。

 老紳士は会話の邪魔にならないようにする為か、壁際へと移動した。正直、ギリギリ視界に入らないその位置は気になって仕方ないのだが……、とユーキは思ったが口には出さない。


「まずは自己紹介から始めようか。私はフレデリック=リッジウェイ。そこの……、アレクサンドラの従兄妹だ。えぇっと……、君がアレクサンドラ……で、いいのかな?」


 フレデリックが自己紹介を始め、アレクを指して自信無さげに言った。その時に一瞬、カリーチェと見比べたのも(うかが)えたが……、これは仕方ないだろう。

 アレクの外見はどう見ても男の子だ。カリーチェを「アレクサンドラではないか」と思ったのも仕方ない。


「うんっ、ボクがアレクサンドラだよっ。あんまりアレクサンドラって呼ばれ慣れないから変な感じだなぁ……。呼びにくいし、アレクでいいよっ」


 相変わらずフレデリック相手にもいつもの調子でアレクが言う。ユーキは少しヒヤリとしたが、問題は無さそうだ。


 フレデリックは落ち着いた様子で、アレクとは大違いだ。どちらかというとアレクの兄・ヘンリーに似ているだろうか。髪の色や年齢など、違う部分も多いがヘンリーとも従兄弟だと思えば納得だ。

 彼の存在が無ければ「本当にアレクと従兄妹か?」と疑問に思った事だろう。


 そんな事を考えながら、ユーキたちも自己紹介を済ませる。

 一通り挨拶を済ませた後に本題を切り出したのはフレデリックからだった。


「それで、エリザベス様からの手紙には「君たちに協力して欲しい」とあったけど、君たちは何を望んでいるのかな?」


「そうそうっ! ボクたち、リングを探してるんだっ」


「リング……?」


 フレデリックの疑問にアレクが食い気味に答える。しかし、当然それだけで伝わる筈が無い。

 ユーキとエメロンは、補足をするようにリングの形状・質感・内側に彫られた文字の事などを説明した。……本当の特徴である「叩いても決して壊れない事」や、探している目的である「ブライア神の元へと行くカギとなる事」などは話していないが。


 説明を聞いたフレデリックは顎に手を当て、少し考えた後に発言した。


「……問題がいくつかあるな。まず、それだけじゃあ探すのは難しい。情報が少なすぎる」


 その結論は当然と言えた。

 フレデリックが与えられた情報にはリングの特異性は全く無い。「内側に文字の掘られた、陶器製の腕輪」という条件だけで探すのは無理があった。


 どうするべきか……。とユーキが悩んでいた所に、カリーチェからとんでもない一言が放たれる。


「ねぇ、作った人の名前は? 有名な人の作品なんでしょ?」


「…………ぁ」


 あまりに予想外の一言に、ユーキは思考が止まってしまった。

 そうだ、カリーチェには「名工の作品を探している」なんて嘘を()いていたのだった。「手掛かりが少ない」と言われれば「作者の名前から探す」なんてのは当然の考えだ。


「なんだ。作者が分かっているなら探す事も出来るだろう。で、誰の作品なんだ?」


「…………」


 答えられる訳が無い。そもそも誰が作ったのかなんて知りもしない。「破壊不可能」という特性から「ブライア神」が作った可能性もあるが、そんな事を口にしたら頭の中身を疑われるだろう。


「どうしたのよ? エメロンくんがマニアなんじゃないの?」


 カリーチェが問い(ただ)すが、誰も答えられない。

 ユーキは困り果てているし、エメロンも考え込んでいる。アレクはこの件は口止めしているからか、ユーキたちに視線を送るだけだ。


 その様子を、数十秒観察していたフレデリックが口を開いた。


「……なるほど、問題が増えたようだ。君たちは侯爵家を軽く見ているようだね」


「いやっ! そんなコトは……っ」


「あるね。そもそも爵位などは関係無しに、情報を隠したまま協力を得ようだなんて、本当にそれで「軽く見ていない」なんて言えるのかな?」


 ユーキは言い返す事が出来なかった。フレデリックの言う事が正しいからだ。

 相手を軽く見ている「つもり」は無い。だが「つもり」は無くても、相手を軽んじる行為だったのは否定のしようもない。


「問題はまだある。そのリングを探す事に、侯爵家に何のメリットも無い事だ。いくらエリザベス様の紹介でアレクサンドラが血縁だと言っても、まさか無償で協力を得られると本気で思っていたのかい?」


 フレデリックの言葉には反論が出来ない。確かにリングを探してもリッジウェイ侯爵家には何の得も無いだろう。アレクの血縁だからと、無条件で協力して貰えるものだと思っていたのにも違いは無い。

 見通しが、甘かったのだ。


 ユーキの心には反省と後悔、自責の念しかない。

 自分の甘い考えに、カリーチェに嘘を()いた事に、そして何の打開策も思いつかない己の無力に……。


 重苦しい沈黙が十数秒訪れた。

 カリーチェもこの空気を作り出した切っ掛けが自分の発言だと気付き、声を上げない。

 そんな沈黙を破ったのは、エメロンだった。


「ユーキ、本当の事を話そう。まずは相手を信用しなくちゃ、僕たちも信用して貰えないよ」


「やっぱり何か隠していたんだね? でも、メリットは? 何の見返りも無しに協力は出来ないよ?」


「それは、お話を聞いて頂いてから判断を。宜しいですか?」


 エメロンの言葉にフレデリックは無言で頷く。

 無力なユーキには、リングの説明を始めるエメロンの横顔を見つめる事しか出来なかったのだった。



 キャラの名前を改名しました。

「レイモンド」→「フレデリック」


 理由は「レオナルド」という名前のキャラをうっかり出してしまったからです。

 レイモンドは第2章で少し出ただけだったので覚えている読者さまは殆どいらっしゃらないとは思いますが、私の不手際から紛らわしい真似をしてしまった事をお詫び申し上げます。


 今後もどうか『福転禍為のインヴォーカー』をよろしくお願いいたします。


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