第14話 「今後の方針と、ヴィーノの女神」
「ヴィーノ、試験合格おめでとーっ!」
アレクの音頭で、ヴィーノの高等学校入試合格のパーティーが開始された。
ヴィーノの努力を目にしてきていたアレクたちにとっては、順当だと思いながらも一安心といった所だろうか?
「みんな、サンキュっス」
「料理もたくさん作ったからな。遠慮なく食えよ。ってか、ヴィーノはもっと肉を食え、肉を」
ヴィーノが感謝を述べるなり、ユーキが皿を両手にテーブルへと広げる。
場所は寝泊まりしている宿の部屋だが、ユーキは宿に許可を取ってキッチンを借り、パーティーの料理を作ってきたのだ。
「ロドニーじゃあるまいし、そんなに食えねっスよ」
「何言ってんだ。アレクだってよく食うじゃねぇか」
「……あれ、どこに入ってんっスかね?」
「……んぐ。美味しいゴハンなら、いくらでも入るよ? ハグっ……」
ユーキが華奢なヴィーノに「もっと食え」などと言うが、人にはそれぞれに合った食事量というものがあるのだ。
ヴィーノはこの場に居ない巨漢の幼馴染を引き合いに出してそれを伝えるが、小柄なアレクが沢山食べる為か、いまいち説得力がないようだ。
「アンタ、小さいのによく食べるわねー」
「いや、リゼットが言っても説得力ないわよ?」
リゼットの言葉に突っ込むカリーチェは呆れ気味だ。妖精の2人の食事量は決して多くないが、その体格を考えればむしろ異常な食欲だ。質量保存の法則はどこにいったのか?
ちなみにカリーチェはその体格通り、少食だ。
「ボクだって背が伸びてるんだよっ? 去年は10cmも伸びたし、その内ユーキよりおっきくなるかもねっ」
「いや……、それは流石にねぇんじゃねぇか?」
現状で2人の身長差は20cmもある。現在14歳のアレクはまだまだ伸びるだろうが、16歳のユーキだって成長が止まった訳ではない。
と、年齢と身長の事が話題に出た事で、かねてより思っていた疑問をユーキはカリーチェにぶつける事にした。
「そういや、カリーチェは歳の割に背が低いけどドワーフだったりすんのか?」
『ドワーフ』……。
その特徴は12、3歳くらいで成長が止まる事と、病気にならない事、そして寿命が長い事が挙げられる。
ただ、それ以外ではヒト族との身体的な違いは特にない。文化的な違いならあるのだが。
「はぁ? アンタ、あたしの事を背が低いからってバカにしてんの?」
「いや、別にそんなつもりは……」
だから18歳と宣言しながら12、3歳にしか見えないカリーチェをドワーフではないかと考えたのだが……、この反応からは違うようだ。
不快感を示したカリーチェにユーキは弁明を図るが、どうも流れが良くない。ギルドでの一件は、2人の関係を分かり易く改善させるには至らなかったようだ。
このままケンカが始まっては、せっかくの合格祝いが台無しだ。そう考えたエメロンは咄嗟に話題を逸らした。
「そういえば、ユーキたちもリングの手掛かりは見つからないのかい?」
「ん? あぁ、ベルがたまに『精霊魔法』で探してくれてんだがな……」
「がんばってるけど、ダメなの~っ」
アレクたち「インヴォーカーズ」の目的……。「リングを7つ集め、『ブライア神』に出会って、戦争を無くす願いを叶えて貰う」。その最初の1つ目のリングは、この王都・エステリアにある事は分かっているのだが、その詳細な位置までは判明していない。
「探し物を見つける」という『精霊魔法』を使えるベルが唯一の頼みなのだが、その結果は芳しくないようだ。
念の為、アレクやリゼット、ヴィーノにも尋ねてみるが、やはり手掛かりは無いらしい。
「これは、少し手間取るかも知れないね……」
「ダイジョーブだって。きっと、そのうち見つかるってっ」
「アレク。お前、少し楽観すぎねぇ? ……ま、いいけどよ」
前途を不安視するエメロンに、楽観的なアレク。そしてアレクに呆れるユーキ。
それは一見いつもの光景に思えたが、リゼットはユーキに僅かな違和感を感じた。
「ユーキ、アンタどうしたのよ? 普段ならもっとアレクに口うるさく言うじゃない。ホラ、「マジメにやれよっ」とかさ」
「いや、んなコトねぇだろ……?」
そう言ってみるが周りを見てみれば皆口を揃えて「確かに」とか「そーだよね」などと言っている。付き合いの浅いカリーチェですら頷いているし、一番の理解者だと思っているエメロンも苦笑いの困り顔だ。
これは旗色が悪い、と考えたユーキは話題を元に戻す事にした。
「それよりリングだろ? まぁ、つっても地道に探すしか手はねぇと思うけど」
ユーキは自分で気付いていない。王都から離れる事を無意識に避けようとした自分自身の心に。
旅の目的であるリングを手に入れてしまえば、王都に留まる意味は無い。逆に言えば、リングが見つからなければずっと王都に留まる理由が出来るという事だ。
ユーキは自分で気付いていない。なぜ自分が、王都に居続けたいと願っているのかを。
王都で暮らすなら、王都で仕事をする必要がある。そして、今の自分の仕事はメルクリオ王子の話相手だ。……そこには、琥珀色の瞳をしたメイドが居る。
きっと、いつかは別れの日が訪れる。でも、その日までは……。
そんな気持ちにユーキ自身も、他の誰も気付かないまま会話は進む。
「リングって、エメロンくんの趣味だっけ? みんな、意外と真剣に探してんのね」
「そりゃそうだよっ。だってボクたち「インヴォーカーズ」の目的だもんねっ」
「ふ~ん……。だったら虱潰しに探すより、商人とか権力者とかの顔の広い人に協力して貰った方が良いんじゃない?」
会話の流れでカリーチェがそんな事を言ってきた。
既に古美術などの商品を置いている店はチェックしていたが、協力を仰ごうとまではしていなかった。権力者というのも盲点だった。
(しかし権力者か……。王子様は顔が広いとは思えねぇしなぁ……。ギルド長は当たってみる価値はあるか……?)
そう考えながらもユーキは積極的に声を上げる事はしなかった。
それはユーキがリング探しに消極的だったのもあるが、察しの良いギルド長にリングの事を話せば万が一、リングの秘密を悟られるという危険を感じたからだ。
そんな事をユーキが考えていた時、エメロンが言い難そうに声を上げた。
「権力者の協力、か……。一応、可能性のある人物が居るけど……」
「偉い人の知り合いなんているんっスか?」
エメロンの言う「協力を得られる権力者」。その心当たりは誰にも思いつかなかった。
だがエメロンの次の言葉で、ユーキだけはその「権力者」が誰かを察する事が出来た。
「知り合いじゃあ無いんだけど……。ユーキ、エリザベス様から「預かったもの」、ユーキが保管してた筈だよね?」
「げ……。エメロン……、お前マジか……?」
「大真面目だよ。エリザベス様が「困った事があったら頼りなさい」って言ってくれただろう?」
「……っはぁーっ。……わかったよ。とりあえず、アポを取らなきゃな……」
そんなやり取りをして2人は、揃ってアレクの方を見つめたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その翌日、ヴィーノは街を歩いていた。
ただの散策ではない。これから数年、この街に住む事になるのだ。服屋や雑貨屋、食料品店の場所などの地理を知っておいて損はない。
だが1人で、という訳ではなかった。
「リゼットはオイラと一緒で良かったんっスか?」
「いーのいーの。だってアレクたちは仕事でしょ? 動物って臭いし、噛みつこうとしてくるから好きじゃないのよねー」
リゼットはキレイ好きだ。確かに動物は独特の臭いがするし、噛みつかれれば唾液で汚れるだろう。『不老不死』ゆえに怪我をする事は無くても、嫌う気持ちも理解は出来る。
アレクが牧場で働いている現在、ただの散歩だとしてもヴィーノに付き合った方がマシだと考えたのも頷けた。
「で、ドコ行くの?」
「オイラも王都には、パパの付き添いで何度か来た事があるだけっスからね。適当に見て回って……、あとユーキから食材の買い出しも頼まれてるっスから、そのお使いっスね」
「食材? 宿に食堂があるんじゃないの?」
リゼットの言う通り、宿には食堂がある。もちろん無料ではないが、決して高い訳ではない。むしろリーズナブルな価格と言えた。
だが先日のパーティーでユーキは味を占めたのか、今後も自分で食事を作ろうというのだ。その為にキッチン利用の許可も取得済みだという。
食費の管理も面倒になるというのに、本当にこういう所はマメな男である。
「っはぁーっ。ホンット、ユーキも相変わらずねーっ」
「全くっス。「外食するなら事前に連絡しろ」なんて言って、まるで口うるさいオカンっスね。オイラのママだって、あんなにうるさくないっス」
散々な言われようである。しかし言われても仕方がない。ユーキが口うるさいのは事実だからだ。
「ユーキが将来、結婚して子供が出来たら子供がカワイソーよねーっ」
「あー……。そりゃ、想像しただけで哀れになるっス。「あれはダメ、これもダメ。ああしろ、こうしろ」って姿が目に浮かぶっス」
「そーそーっ!」
……ユーキが口うるさいのは事実だ。事実だが……、あまりにも酷い言われようではないか?
ユーキはまだ16歳だし、結婚はもちろん、婚約もしていない。恋人だっていないのだ。当然、子供を作る予定もない。
なのに2人の脳内では勝手に父親にされ、しかも子供にハラスメントを働く酷い親にされている。
友人の欠点をあげつらって、本人の居ない場で盛り上がる……。もちろん褒められた行為ではない。だが得てして、こういう話題が盛り上がるのも事実だ。
ヴィーノとリゼットは会話に夢中になり、前方への注意が疎かになってしまっていた。
”どんっ”
肩を揺らす衝撃が、ヴィーノの全身に伝わってくる。
ヴィーノは前方からやってきた通行人に気付かず、ぶつかってしまったのだ。
「ってーなぁ」
「あ……、すまねっス」
よそ見をしていた自分が悪い。そう思ったヴィーノはすかさず謝罪をした。そしてそのまま立ち去ろうと足を進める。……が、
「オイ。待てよ、ニィちゃん」
待てと言われて待つ者は居ない。……それは、「逃げる」と決意した者の話だ。
そんな決意をしていなかったヴィーノは、愚かにも立ち止まってしまった。
振り返ったヴィーノは即座に後悔した。
相手の男は明らかに一般人ではない。熊のような大きな身体に、着古した獣皮の上着。ボサボサの髪に無精髭。腰には鉈の様な物までぶら下げて、まるで山賊の様な出で立ちだった。
しかも1人ではない。同じような格好の男が3人並んでヴィーノを睨んでいた。
「なぁ、ニィちゃん。人にぶつかって「すまねぇ」だけじゃ、済まねぇよなぁ?」
「いや……、でも……。ちょっとぶつかっただけっスし……」
男の1人がヴィーノに近寄り、「お決まり」のセリフを吐く。だが、そんな「決まり」など知らないヴィーノは軽く口答えをした。
だが、それは悪手だ。
「あぁっ⁉ 「ちょっと」だぁっ⁉」
「ひっ……⁉」
男は突然大声を出し、ヴィーノを恫喝する。
ユーキたちとは違って荒事に縁のないヴィーノは、驚きと恐怖に悲鳴を上げた。
「オイ。お前ぶつかった場所、大丈夫かよ?」
「おぉ。そーいやぁ、痛くて腕が上がんねぇよ」
「ムリすんなよ。折れてるかも知れねーぞ?」
「そ……っ⁉」
ヴィーノとぶつかったという男が、腕を少しだけ動かしてそんな事を言う。
「そんなバカな」。恐怖に竦んでしまったヴィーノは、その一言すら出てこない。
どう見ても言いがかりだ。
あの程度の衝撃で折れているなら、男の骨は焼き菓子程度の強度しかない。そもそも全然痛そうにしていないし、セリフだって棒読みではないか。
絶対に逃げた方が良い。だが、ヴィーノの判断は遅すぎた。
最初に話しかけ、恫喝してきた男。その男の腕がヴィーノの肩に回され、”ガシッ”と言わんばかりに強引に肩を組んできた。これでは逃げられない。
「オイ、こりゃあ「ちょっと」じゃあ済まねぇなぁ?」
「治療費と慰謝料。それにコイツが仕事できねー間の補償金。しっかり払って貰うぜ?」
「そ……、そんな……」
そんな金は無い。そんな金を払う義理も無い。そんな事は分かっている。だが、声には出せなかった。
「何やってんのよっ? こんなヤツら、やっつけちゃいなさいよっ」
「む……、ムチャ言うなっス……」
「あ? 何か言ったか? まぁ、とりあえず向こうで話そうぜ」
リゼットが小声で無理を言ってくる。
ロドニーやユーキならともかく、こんな荒くれ3人も相手に出来る訳が無い。いや、1人だって絶対に無理だ。
リゼットとの会話が男に聞こえそうになってヒヤリとしたが、男はさして興味が無いようで、ヴィーノを路地裏へと誘導しようとする。
リゼットの提案は無意味だった。しかし、リゼットとの会話は無意味では無かった。
たった一言ではあったが、彼女との会話で幾分か冷静さを取り戻せた。
(ま、まず……、オイラに出来る事と出来ない事を考えるっス……)
そう考えたが、出来る事はあまりに少ないだろう。出来ない事を挙げた方が早い。
まず、男たちを倒すのは不可能だ。人数、体格、武器……。精査するまでも無い。
逃げるのも難しいだろう。何より男の腕は、未だにヴィーノの肩の上だ。
(戦っても勝てるワケないっスし……。素直に金を渡したら引き下がらないっスかね……?)
情けない考えだが、ヴィーノがこう思ったのも無理はなかった。
ヴィーノには高等学校の入学が控えている。もし男たちに大怪我でも負わされて入院、なんて事になってしまったら目も当てられない。
そんな事になるくらいなら、今持っている現金を渡してしまった方がマシだ。
しかし、そんな考えは一瞬で否定する。
(さっき、慰謝料とか補償金とか言ってたっス……。手持ちの金くらいで引き下がるとは思えないっス……)
恐怖で麻痺していたヴィーノの思考が、ようやく回り始める。
男たちが幾ら請求するつもりかは分からないが……。いや、この手合いなら、取れるだけ毟り取ろうとするだろう。
そもそも、腕など折れてはいないのだ。補償金なども適当に言っているだけだ。
なら、男たちはどうするつもりか?
答えは簡単だ。ヴィーノの居所を特定して、逃げられないようにしてから恒久的に搾り取るつもりだ。
(……それだけは、絶対にダメっスっ!)
ヴィーノがそう思ったのは、何も自分の事だけを考えての事では無い。
もちろん、自分だけの事であっても絶対に避けなければならない事態ではあるが、重要なのはヴィーノの現在の居場所は宿屋であり、そこにはユーキたちも泊まっているという事だ。
きっと、この男たちに宿がバレてしまえばユーキたちにも被害が及ぶだろう。それだけは絶対に避けなければならない。
魔物も倒すユーキたちなら、男たちも倒してしまえるかも知れない。だが、ユーキは暴行事件を起こしたばかりなのだ。今度、同じような事件を起こしてしまったら、どんな処罰が下るか分からない。
「ぶ……、ぶつかったのは謝ったハズっスっ!」
「あぁっ?」
「ほ……、ホントに腕が折れたって言うなら、今から病院に行くっスっ! それでホントに折れてたなら、慰謝料でも何でも払ってやるっスっ!」
ヴィーノは精一杯の虚勢を張って、言い切った。
「本当に折れてたなら」……。そんな事は微塵も思ってはいない。折れたと訴えていた男も平然としているではないか。
もちろん、ヴィーノとぶつかった男の腕は折れてなどいない。男たちはヴィーノに因縁をつけて集ろうとしているだけだ。
だから、このような正論を振りかざそうとしても男たちの心には全く響く事は無い。
「チっ、メンドクセーな」
「攫っちまうか?」
「……だな。オイっ! つべこべ言わずついて来いっ‼」
男たちに正論は通用しない。むしろ、話し合いの余地を失くして実力行使に打って出てきた。3人でヴィーノを取り囲み、腕を掴んで強引に裏路地へと移動しようとする……。
裏路地へと連れ込まれてしまえばおしまいだ。今はまだ、他に通行人もいる為に暴力行為にまでは及んでいないが、人目が無くなれば何をされるか分かったものではない。
「だっ……、誰かっ! 助けてくれっスっ‼ 憲兵でも何でもいいから呼んでくれっスっ‼」
「テメ……っ⁉ 黙りやがれっ‼」
「ぅぶ……っ⁉」
大声で通行人に助けを呼ぶヴィーノに男たちは慌てたが、それは男たちに短絡的な行動を取らせる引き金となった。
男の拳がヴィーノの腹にめり込んだ。感じた事の無いような激痛がヴィーノを襲う。息が出来ず、手足が痺れ、力が入らない。ユーキの作った朝食が、喉の奥までせり上がってくる。
自身の身体を支える事すら出来なかったヴィーノの身体を、2人の男が両脇を抱えて支える。
そして白々しい小芝居を始め出した。
「おいおい、ダイジョーブかよぉ?」
「向こうで少し休んだ方がいいんじゃねーか?」
「オレたちが連れてってやっからよぉ」
全く白々しい。一体、誰に向かってアピールしているというのか?
だが、自分の力で立つ事も出来ないヴィーノには反抗はもちろん、反論する事すら出来なかった。
しかし、その時……。
「お待ちなさいな」
男たちの凶行を止めたのは女性の声。ヴィーノは薄れる視界を懸命に開き、その声の主の姿を眼に映した。
まるで濡れているかのように艶のある長い黒髪。長身で、スレンダーでありながらグラマラスという相反した肉体美。足首までを覆い隠す、貞淑を絵に描いたようなデザインのドレス。
(め、女神……っス……)
その女性の姿にヴィーノは、目も心も奪われてしまった。




