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第13話 「鷲掴み」


「ユーキ様、本当にお()し替えをなさらなくてもよろしいので? それに得物もお使いになっているナイフとは違うようですが?」


 そう言ってユーキの対面に立つフランチェスカの姿は見慣れたメイド服だ。フランチェスカの方こそ、棍を手にしたその姿は見慣れないのだが。


 そんな彼女の放った言葉の意味は明白だ。

 ユーキの姿は自前の動きやすい服装とは違い、このエスペランサ城で着替えさせられた服だ。この服は袖や裾が広く作られているのに肩や腰回りが窮屈だ。おそらく、「油断の出来ない客人」を迎える為の予防策だろう。

 そしてユーキの手に握られているのは、大きく幅広の木剣だ。刀身部分だけで1mを大きく超える大剣などユーキの荷物には存在しない。


「模擬戦だろ? わざわざ着替える必要ねぇだろ。それに、城にゃナイフの模造刀がねぇんだろ?」


「私は真剣を使って頂いても構いませんが?」


「……いや、そりゃねぇだろ」


 模擬戦で真剣など馬鹿げている。フランチェスカは自信があるのかも知れないが、ユーキには自信なんて全くない。いや、自信のあるなしなど関係ない。怪我をする可能性は少しでも減らすべきだ。

 とはいえ……。


「この木剣も結構な重さだな……。間違ってもケガさせねぇように、気ぃつけねぇとな」


 そう呟きながら手にした木剣を眺める。

 真剣と重量を近付けているのだろう。木製とはいえ、鉄製の剣と遜色(そんしょく)ない重量だ。もし直撃でもしてしまえば重傷を負わしてしまいかねない。

 わざわざこんな大剣を手にしたのには理由があったのだが、ユーキの呟きを聞き逃さなかったフランチェスカは……。


「……お気遣いは不要です。私の方は「本気」で参らせて頂きますので、多少の怪我はご容赦を」


「…………」


 「本気」という言葉が強調されたように聞こえたのは気のせいだろうか? しかもフランチェスカの方はユーキの負傷を気遣うつもりは無いらしい。

 もしや、これを機にユーキを痛めつけてメルクリオとの対談に来させないようにするつもりでは?……そんな疑惑を感じた時、ギルド長が余計な事を言い出した。


「せっかく勝負をするんじゃし、どうせなら何か賭けた方が盛り上がるんじゃないかの? 負けた方は勝った方のいう事を1つ聞く、っちゅー事での」


「……なっ⁉ おいっ、勝手な……」

「それは面白いな。よし、勝者の権利は私が保障しよう」


 ギルド長の提案に抗議をしようとしたのだが、それはメルクリオのセリフに掻き消されてしまった。

 冗談ではない。ユーキは「新技の練習がてら、軽く流そう」などと考えていたのだ。そこへフランチェスカの妙なやる気、ギルド長の勝手な提案、更に王子様の保障など、そんなものは望んでいない。


「…………」


「……あの。フランチェスカ、さん……?」


 無言でユーキを睨むフランチェスカからは先程まで以上の圧力を感じる。2人で抗議をすれば賭け事なども無しに出来ると考えていたのだが……、どうやら無理のようだ。


「なら、審判役はワシが努めようかの。基本的にゃ何でもアリ。決着が着いたらワシが止めるからの」


「いや……、やっぱ着替えを……」


「ボウズ、往生際が悪いと男を下げるぞ? ほんじゃ、始めっ!」


「ユーキ~っ! がんばれ~っ!」


 ユーキの意思はことごとく無視をされ、模擬戦開始の合図がギルド長の口より宣言されてしまった。

 ベルは応援をするのなら、ギルド長を説得する応援をして欲しい。


 だがそんな事を考えている暇は無い。ギルド長の合図と同時にフランチェスカが地を蹴り、ユーキを棍の射程内に収めようと駆けてきた。


(速攻型か……っ! けど、アレクより遅ぇっ!)


 模擬戦開始と同時に突っ込まれるのはアレクで慣れている。おかげでフランチェスカの接近にも戸惑わずに済んだ。

 アレクなら突っ込む勢いのまま斬りつけてくる所だが……、フランチェスカの得物は棍だ。ならば……。


「フッ……!」


 予想通り、直前で足を止めたフランチェスカは棍を突き出してきた。

 普段なら大きく跳んで一旦射程外へと逃げるのだが、今の服装、そして重たい大剣を持っていては、いつものように身軽には動けない。


”カカンッ”


 だからユーキは剣の腹で棍を受けた。

 しかしフランチェスカの攻撃はまだ終わらない。手にした棍を(ひね)るように握りしめたかと思うと、今度は身体ごと大きく弧を描いて払ってきた。


 だが払う動きなら、そのまま剣で打ち払う事が出来れば、相手に大きな隙を作る事が出来る。棍と大剣なら、ぶつかり合った場合は大剣の方が重くて有利だ。

 だからユーキは剣を棍に合わせようと……。


「ぬっが、あぁぁっっ‼」


”カアァァンッ!”


 概ね、ユーキの予想通りではあった。

 フランチェスカの棍はユーキの大剣に打ち払われ、フランチェスカは大きく体勢を崩した。

 だがユーキも予想以上に重い大剣に振り回され、その体勢を崩してしまったのだ。


 2人は一旦距離を取り、互いに呼吸を整える。


「凄いなユーキは。フランと互角じゃないか?」


「んにゃんにゃ、ボウズは押されとるよ。やっぱハンデがキツイんかのう? しかしフランの嬢ちゃんもメイド服で良く動くの。おかげ様でスカートの中が見えそうでの……、ムヒヒ」


「おじーちゃんっ! えっちは、めっなの~っ!」


 外野の声がうるさい。今は戦闘に集中させて欲しい。

 近衛騎士という前情報から油断していた訳ではないが……。フランチェスカの実力は想像以上だ。


 自分から近寄って来たからアレクのように猪突猛進かと思えば、自分の射程内、相手の射程外で立ち止まる。そして力はそれほどでもないが、突きの速度だけなら師匠のバルトス以上だ。

 それから2度の突き……。あれは間違いなく頭部を狙っていた。防御されると見越していたのかも知れないが……。


(力がねぇっつっても、まともに頭に喰らったら軽いケガじゃ済まねぇぞ……)


 問題はフランチェスカの実力と容赦の無さだけではない。最も大きな問題は……、ユーキの武器だ。普段得物にしているナイフとは重量もリーチも違い過ぎる。

 そんな事は分かっていたし、だからこその「練習のつもり」だったのだ。


 しかし、こうなってしまっては負ける訳にはいかない。負けた場合、どのような事を言われるのか分からないのだ。

 フランチェスカは明らかにユーキを(こころよ)く思っていない。「死ね」とまでは言われないと思うが、否定はしきれない。いや、たぶん「2度と城に来るな」くらいだと思うのだが……、それなら願ったり叶ったりではないか?……いやいや、まだ紅茶の真髄(しんずい)に触れていない。せめてコツを掴むまでは出入り禁止は困る。


「……動きが止まったな。これは「先に動いた方が負ける」というやつか?」


「んにゃ、嬢ちゃんはともかく、ボウズの方は雑念が見えるの。ありゃ、単に攻めあぐねとるだけじゃろ」


「ユーキ~っ! ふぁいと~っ!」


 またしても外野の声が耳に届く。悔しいがギルド長の読みは正解だ。

 棍の方がリーチは長いし、攻撃の速度も速い。ユーキが不慣れな点を差し引いても武器の相性が悪いと言わざるを得ない。

 しかもフランチェスカに「待ち」に回られては、こちらから打つ手が無い。


 ……どうしたものか、と考えながらユーキはフランチェスカの周囲を回り始めた。

 重い大剣を地面に引きずりながら、1周を回るがフランチェスカに隙は出来ない。常にユーキを正面に見据え、手にした棍を腰溜めに構えている。


「……っずぇあっ!」


 今度は、先に仕掛けたのはユーキだった。

 大剣の切っ先を地に走らせたままフランチェスカへと迫り、剣を振り上げる。まだ剣は元より、棍の射程にも入っていない。

 ユーキは剣で土を掘り返し、フランチェスカへとぶつけたのだ。


小癪(こしゃく)な……っ」


 土の(つぶて)に攻撃力など無いが、直撃すれば僅かに動きは(にぶ)る。迎撃を遅らせ、その隙に懐へと潜り込もうというユーキの魂胆は透けて見えていた。

 フランチェスカは横へ飛び、(つぶて)を躱す。だが、その動きはユーキの予想通りだ。


「っらぁっ‼」


 振り上げた剣を、今度は全力で振り下ろす。重量を存分に生かした攻撃……。もし受けようものなら、棍での防御も不可能だろう。

 だがユーキの大剣は、大地に傷をつけるに留まった。


 土の(つぶて)を避ける事がユーキの予想通りならば、その後に追撃が来る事もフランチェスカの読み通りだ。来る事が分かっているのなら、避ける事も難しくはない。


「……っ」


 ただ1つ、フランチェスカの予想外の出来事があった。それはユーキの容赦を感じない攻撃だ。

 フランチェスカには自分の攻撃を完璧にコントロール出来る自負がある。先程、ユーキの頭部を狙った攻撃だって防御されると見込んでいたし、命中したとしても負傷させる気など無かった。


 だがユーキは明らかに大剣に振り回されている。しかもあんな大振りでは寸止めなど不可能だろう。

 棍で受ければ折れてしまいかねないし、身体に直撃すれば死んでもおかしくない。


(……どういうつもりでしょうか? 殺してでも勝つ気……? いえ、それとも威嚇(いかく)でしょうか?)


 威嚇(いかく)……。確かにそう考えるのが可能性が高く思える。受ければ只では済まない攻撃を見せ、緊張とミスを誘っているのだろう。

 だが、こうして魂胆がバレてしまえば効果は薄い。


「ふ……」


 ユーキの幼稚な戦略に、フランチェスカは僅かに笑みを(こぼ)す事で応えた。「お前の企みなど、お見通しだ」と言わんばかりに。

 それを見たユーキは、その意図(いと)を正しく理解する。


「ぬあぁぁっ! ぜやぁっ! ふんっぬっ!」


 だが、それでもユーキは同じ戦法を愚直に繰り返した。

 斬り上げ、土礫(つちつぶて)を撒き、振り下ろし……。しかし初撃さえ通用しなかったのに同じ攻撃が通用する筈が無い。

 フランチェスカは間違っても攻撃を喰らわないように、大きく距離を取り余裕をもって躱す。


「ありゃダメじゃな。あんな大振りじゃ、嬢ちゃんには当たらんじゃろ。攻撃もワンパターンじゃし、嬢ちゃんも今に反撃に出るぞい。パンティも拝めんし、つまらん試合じゃったな」


「おにわがボロボロなの~っ」


「ベル、気にしなくても大丈夫だ。王宮の庭師は優秀だからな」


 先の展開が予想できてしまったからか、観戦する3名の興味は既に模擬戦の勝敗には無いようだ。ベルとメルクリオなど、ユーキの傷つけた庭の心配をしている。


「フランはかったら、ユーキに何てめーれーするのかな~?」


「ふむ? フランが何を望むか、か……。幼馴染の私にも分からんな」


「殿下、「幼馴染」っちゅうのが気に入ったようじゃの?」


「まぁな。ユーキが「主従の関係でも良い」と言ったのでな」


 2人の戦いもそっちのけで雑談まで交わしている始末である。

 しかしユーキとフランチェスカは、そんな外野に意識を割く余裕は既に無い。


 ユーキは重い大剣を振り回し、身軽に躱すフランチェスカから目を離せない。

 フランチェスカも万が一、ユーキの大剣に当たってしまえば命の危険すらある状況だ。


 決して外から見えるほど一方的な訳でも、フランチェスカに余裕がある訳でもなかった。

 ただ、それは「見えるほど」ではないだけで、見立てが間違っている訳ではない。


「ふんっ! ぜぇっ、ぜぇっ……。……っ‼」


 重量のある大剣を振り回すのは、相当な体力を消耗する。しかもユーキは地面の土を掘り起こしているのだ。そのような攻撃を続ければ当然、疲れも出る。

 息が切れて動きが止まった瞬間、フランチェスカの棍が突き出された。


”ガッ”


「ぐ……っ」


 咄嗟(とっさ)に身を(よじ)るが、重い身体は思うように動いてくれない。棍の先端は左腕に当たり、ユーキは短い悲鳴を上げる。

 折れてはいないが……、これでは左腕は使えない。今までのように大剣を振り回すのは不可能だ。


「……これ以上は無駄でしょう。勝負あったと思いますが?」


 棍を構えたまま、フランチェスカが言ってくる。

 確かに、このまま同じ事を繰り返してもユーキに勝ち目は無いだろう。片腕が動かない以上、同じ事すら出来ないだろうが。


「勝負あったようだな」


「ボウズも、もうちっとやると思ったんじゃがな」


「ん~、ユーキはぶきがわるかったとおもうの~」


 その感想は外野の3人も同様だ。

 試合の流れは全て全員の予想通りに運び、予想通りに終わった。


 予想通りだったのはフランチェスカと外野の4人だけではない。ユーキも、ここまでの展開は予想通りだった。

 ただ、まだ終わってはいない。終わるのは、「この後」だ――。


「あぁ、勝負アリだ。……俺の、勝ちでなっ‼」


「な……っ⁉」


 勝利宣言と共に、ユーキは魔力を『魔法陣』へと向けて流す――。

 その直後、ユーキとフランチェスカは魔法陣の放つ光に包まれた――。


 魔法陣は、先程からユーキが大剣で地面を掘り起こして描かれていたのだ。フランチェスカに気付かれないように、隙を窺うフリをして、攻撃をするフリをして……。

 フランチェスカが攻勢に出る前に魔法陣を描き終える事が出来たのは幸運だった。描き終えた事に安堵して、動きが止まった所に攻撃を受けたのは迂闊(うかつ)だったが……。


「こ、これは……っ⁉ きゃあっ⁉」


 魔法陣の効果は「風を上へと吹き上げる」、ただそれだけのものだ。戦闘中に相手に気取られないように描くのに、複雑な魔法陣など描けない。

 しかし相手の虚を突き、態勢を崩すのには十分だ。


 いや、ユーキは「体勢を崩す」以上の戦果を期待していた。

 魔法陣から吹く風に煽られて、フランチェスカのスカートが舞い上がったのだ。


「おぉっ⁉ ボウズ、やりおるなっ!」


 ギルド長が食いついて称賛(しょうさん)の声を上げるが、幸いと言うか残念ながらと言うか、スカートの中身は見えてはいない。フランチェスカが咄嗟(とっさ)に左手でスカートを押さえたからだ。


 完全にユーキの読み通りだ。フランチェスカは片腕を封じられ、満足に動く事も出来ないだろう。

 もし、フランチェスカがスカートが(まく)れる事を気にしなかったとしても、舞い上がった長いスカートが視界を塞ぐ。

 どちらにしてもユーキの勝利は確定したようなものだ。


 だが、この時ユーキは己の読みが甘かった事を悟っていた。

 身体の力が抜け、立ち(くら)みがする……。原因は魔力枯渇(こかつ)だ。


 ユーキの描いた魔法陣は巨大で、半径5mにも及ぶ。こんなデカい魔法陣を描いたのも、発動させたのも初めてだ。よくよく考えてみれば、発動した事自体が奇跡だったのかも知れない。


(くっ……。けど、行くしかねぇ……っ!)


 これはユーキに残された絶好の、そして最後の勝機だ。ここで行かなければ勝ちは無い。

 だからユーキは疲労とダメージと、魔力枯渇(こかつ)に震える身体に鞭を打って、フランチェスカへと向かって駆け出した。


「……くっ!」


 迫ってくるユーキに向けて、フランチェスカが棍を突く。

 しかし片手は塞がり、バランスも崩れている。スピードは半減、その威力も()して知るべし、だ。


「っりゃあぁぁっ‼」


「あっ……⁉」


 ユーキは剣を捨て、フランチェスカの棍を右手で掴んだ。

 左腕は力が入らないし、こんなに重い剣など既に不要だ。そのまま掴んだ棍を、最後に残された力を振り絞って引き寄せて……。


「まさか、このような逆転を狙っていたとはな」


「嬢ちゃんは倒れてボウズが馬乗り。こりゃ、うらやまけしからんのぉ」


「ユーキのかちなの~っ!」


 観戦する3人の言う通り、今度こそ決着はついた。

 仰向けに倒れるフランチェスカの手には棍は無い。棍はユーキの右手に握られている。

 誰の目にも勝敗は明らかだった。


「ハァッ……ハァッ……」


 しかし3人の言葉はユーキには届いていない。

 魔力枯渇(こかつ)でふらつくユーキの頭は、現在の状況を整理する事すら覚束(おぼつか)なかった。


(こっから……、どうする……? 攻撃しなきゃ、終わらねぇのか……? フランチェスカの目……、キレイな琥珀(こはく)色だ……。いや、そうじゃなくて……。ダメだ……。頭が、ボーっとして……)


 朦朧(もうろう)とするユーキの意識では、既に勝敗が決していた事も、自分が勝利している事も理解できていない。

 ただ、このような時において不謹慎(ふきんしん)だが、ユーキはフランチェスカの琥珀(こはく)色の瞳に見惚(みと)れていた。


 それは「敵の視線から目を()らすな」と師匠のバルトスからの教えではあったのだが、今、目を離せないのは決してそれだけが理由では無かった。


 だが不意に、フランチェスカの瞳が伏せられ、更に顔を(そむ)ける。


(……?)


 試合が続いていると思い込んでいるユーキには、その行動の意味が理解出来ない。

 疑問には思うものの、視線の先を追っても何も無い。そして、いくら待ってもフランチェスカは顔を(そむ)けたままだ。


 回らない頭で次の行動を決めかねていた時、フランチェスカが横を向いたまま口を開いた。


「そ……、そろそろ退()いては、頂けませんか?」


「……どく?」


「その……、せめて、手を……」


「手……?」


 回転の(にぶ)った頭で必死にフランチェスカの言葉の意味を考える。

 「退()く」という事は、試合は終了という事で良いのだろうか……?そして「手」……?右手には棍が握られたままだ。「棍を返せ」という事か……?いや、それなら立ってからでも良い筈だ。

 なら、左手は……?


「うっ⁉ うわあぁぁぁっっ⁉」


 ユーキの左手は、フランチェスカの胸の上に置かれていた。

 決してワザとでは無い。それどころか、先ほど受けた棍の一撃で(しび)れて感覚があまり無いし、魔力枯渇(こかつ)(にぶ)った頭ではその感触も覚えていない。


 ただ、女性の上に馬乗りになって胸を触り、息を荒くする……。

 ユーキのその姿は変質者とでも呼ぶしかなかった……。


 その事にようやく気付いたユーキは悲鳴を上げて跳び上がる……が。


「ぁ……」


 朦朧(もうろう)とした頭に急激な運動が止めを刺す。

 ユーキは激しい立ち(くら)みを体験し、そしてそのまま意識を手放した……。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……ぅ」


 意識が戻ったユーキだったが、すぐには回復出来ていない。

 未だに頭は重くてボーっとするし、少し吐き気もする。だが、それ以外は存外心地よい。


 日陰に移動させられたのか、暖かい気温と涼しい風が気持ちいい。

 庭園にそのまま寝かされたようだが、枕だけは用意してくれたようだ。少し高いが、柔らかくて良い生地(きじ)だ。

 ……もう少しだけ、寝させてもらおう。と、そう思った時、ユーキに声が掛けられた。


「お目覚めになられましたか?」


 女の声……、フランチェスカだ。

 声は近く、ユーキが声の方を向くとフランチェスカの顔がすぐ近くに、まるで覗き込むように見える。

 ……しかし位置関係がおかしい。そう疑問に感じた次の瞬間に答えは出た。


 フランチェスカの顔から胸、胴を辿(たど)ればユーキの顔のすぐ横だ。そして脚はユーキの頭の下に伸びている。

 ユーキはフランチェスカの膝を枕に眠っていたのだ。枕カバーだと思っていたのは、メイド服のスカートだった。


「わっ、悪ぃっ! すぐどけ……」


 慌てて身体を起こそうとしたのだが……、ユーキの額を人差し指で押さえられてしまう。


「もう少し横になっていた方がよろしいでしょう。……無理をしても良い事はありませんよ?」


 フランチェスカの指には大した力は込められていない。ムリヤリ身体を起こそうと思えば起こせるだろう。

 だがユーキは抵抗を止め、身体の力を抜いた。


「そんで……、なんで膝枕……?」


「私の様な粗暴(そぼう)な女の膝で申し訳ございません。ギルド長が「勝者への褒美だ」と仰ったので……」


 この状況の犯人は、飄々(ひょうひょう)としたドワーフの仕業だった。

 「余計な事を……」と思いはしたが、口にはしない。存外、こんなのも悪くないと思ってしまったから……。膝枕など、幼い頃に母にしてもらって以来だったから……。


「その……、重くねぇか?」


「問題ございません。鍛えておりますので。それより、「勝者の権利」ですが……」


「権利?」


 フランチェスカの負担を気にして言ったのだが、問題なさそうだ。

 だがフランチェスカの返す言葉に疑問を抱く。「権利」とは何だ?先ほど言った「褒美」とは別なのか?


「試合前に取り決めていたでしょう? 「勝者は敗者に命令できる」と」


「あぁ……。それって「コレ」で良くねぇ?」


 言われてようやく思い出す。確かに試合前にそう取り決めていた。

 だが、命令と言われてもすぐには思いつかない。いや、何かを考えていたような気もするが、寝起きのボケた頭では思い出せない。

 どうせ大した事では無いだろう。それに、こうして膝枕をしてもらっているだけで十分だ。


 ユーキはそう考えたのだが、その意見はフランチェスカに否定された。


「ダメです。「コレ」はギルド長の指示で、ユーキ様の命令ではないでしょう?」


 どうにもフランチェスカは融通の利かない性格のようだ。ユーキも決して、他人の事を言えるほど融通の利く性格ではないのだが。


「あのような破廉恥(はれんち)な真似までして勝ちたかったのでしょう? 有耶無耶にしては殿下の御顔を汚す事にもなります。ユーキ様は私に何をお望みで? ……どのような屈辱も恥辱も耐えてみせます」


「いや……、ハレンチって、そんなつもりは……。それに恥辱って……」


 とんだ誤解である。だが残念ながら、何を言っても説得力は無いだろう。

 しかしもちろん、ユーキはフランチェスカに屈辱も恥辱も与えようなどとは考えていない。


 ユーキの「命令」を待つフランチェスカは無言で見つめてくる。……非常に居心地が悪い。

 早く何かを言った方がよい、と考えたユーキは反射的に答えた。


「じゃ、俺も「フラン」って呼ばせてもらってもいいか?」


 「命令」と呼ぶには、あまりにも控え目な「願い」を聞いたフランチェスカは、目を開いて息を呑んだような仕草をしていた。

 その様子を見たユーキは「間違えてしまった」と感じ、慌てて訂正をする。


「イヤ悪ぃ、やっぱ嫌だよな。これは無効っつーコトで……」

「ユーキ様はそれで宜しいので?」


 訂正をしようとしたセリフにフランチェスカが言葉を重ねる。

 ユーキを真っ直ぐに見つめる琥珀(こはく)の瞳は、何を考えているのかを察する事は出来ないが、決して嫌悪の感情で無い事は窺える。

 その瞳に心を奪われたユーキは、気もそぞろとなりながら返事を返した。


「あ、あぁ……」


「でしたらそれで構いません。以後は私の事をフランとお呼び下さい」


 そう言いながら少しだけ目を細め、注視していなければ分からないほど僅かに口端(こうたん)を上げたフランの笑顔が、ユーキの心を鷲掴みにしてしまった――。


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