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第8話 「新たな職場」


 ユーキと合流した「インヴォーカーズ」一行は、ヴィーノの確保した宿へと向かっていた。

 冒険者ギルドでの「ある用事」を済ませて……。


「カリーチェも無事に冒険者になれてよかったねっ」


「えっ……、うん。だけど、本当に良かったの?」


 「ある用事」……。それはカリーチェの冒険者登録だ。

 身分証の無いカリーチェは冒険者に登録する事は出来ない。だが、1つだけ抜け道があった。

 それは活動歴が2年以上の冒険者パーティが、その身元保証を行う事である。……()しくも「インヴォーカーズ」は結成からちょうど2年。カリーチェをパーティメンバーとして迎える事で冒険者登録を済ませたのだった。


「お前が問題を起こさなきゃ、別にいいんじゃねぇ?」


「それ、ユーキが言っていいセリフじゃないっスよ?」


「そーよっ。アンタは小さい頃から問題ばっか起こして……。お姉ちゃんは悲しいわっ」


「リゼットおねぇちゃんっ。ユーキはわるくないの~っ!」


 もちろん身元保証を行うという事は、カリーチェが何か問題行動を起こせば「インヴォーカーズ」に責任を追及される事になる。だが逆に、何も問題を起こさなければ普通の冒険者と変わりは無い。

 その事実を口にしただけなのだが、ユーキへの風当たりは非常に辛いものだった。……しでかした事を思えば至極当然である。


「まぁ、過ぎた事は仕方ないよ。それより今後の方針を話し合おう。とりあえずユーキは、3日後に奉仕労働だよね? その結果次第で無期限の延期もある、と……」


「あぁ……。なるべく下手こいて、延期しないようにはするつもりだが……」


「ねぇ、それ何で? 延長分はお給料も出るんでしょ? ワザとクビになるなんて勿体(もったい)なくない? お給料が低いの?」


 エメロンとユーキの会話に割り込んで疑問を口にしたのはカリーチェだ。彼女の疑問も(もっと)もと言える。

 経緯は罰則という形だが、上手く仕事を紹介して貰ったと捉える事も出来る。それを自分から打ち切られるように行動するなど、給与面などの条件が悪いとしか思えない。

 だが、そんなカリーチェの考えもユーキはあっさりと否定する。


「いや、給料が悪いとか、そんな事じゃねぇ。むしろ破格の好待遇っつってもいいが……」


 ユーキのセリフはそこで止まり、続きを口ごもる。

 カリーチェには益々意味が分からない。罰則なのに好待遇だというのもそうだが、それを()そうとするユーキも、その理由を口にしようとしない訳も。


 カリーチェの疑問の答えは、「インヴォーカーズ」の目的にある。

 アレクたち「インヴォーカーズ」の目的は、大陸中にあるリングを集め、ブライア神に出会い、「戦争を無くす」という願い事を叶える事だ。

 その為には、いつまで続くか分からない仕事をエステリアで続ける訳にはいかない。


 だがユーキとエメロンの2人は、その目的をカリーチェに伝えて良いものか迷っていた。

 こんな絵空事を説明しても信じて貰えるか分からない。そして仮に信じたとして、カリーチェがどう動くのかが読めなかったからだ。

 既に彼女が悪人だとは思っていないが……、それでも秘密が多すぎる。その素性すら明らかにならないまま、こちらの秘密を簡単に明かす気にはなれなかった。


「……なによ? 言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」


「……いや。俺の事はそれでいいとして……、他のみんなはどうするんだ?」


「オイラの入試は来週っスからね。それまでは宿で勉強してるっス」


「ぼくはユーキといっしょ~っ」


 カリーチェの挑発的な物言いをスルーして、ユーキは話題を()らす。

 ヴィーノの行動は予想通りだ。元々「インヴォーカーズ」でも、冒険者でもないヴィーノの目的は高等学校への入学だ。

 ベルの行動は聞くまでも無い。そもそもユーキと共に奉仕労働に指名されているのだから、別行動を取られると困る。


「僕とアレク、それにカリーチェは仕事探しかな? 何にしてもまずは収入を得ないとね」


「え~っ? リング探しは?」


「……リング?」


 ……ユーキとエメロンの深慮(しんりょ)はアレクの一言で無に()した。2人は唖然と……、いや、ユーキはしかめっ面でアレクを睨む。

 しかしアレクはどこ吹く風で気にも留めていないし、カリーチェには既に聞かれてしまった。


「ねぇ、リング探しって何の事よ? あたし、初耳なんだけど?」


「あれっ、そうだっけ? それはね……」

「アレクっ! ……少し黙ってろ」


 無防備にもカリーチェの質問に答えようとするアレクをユーキが制止する。突然の怒鳴り声に、一気に空気が剣呑なものへと変わっていった。

 ……しかし、どうする?今からなら、まだ誤魔化せるか……?それとも本当の事を話すか……?


 ユーキが悩んでいる時、声を上げたのはヴィーノだった。


「宿に着いたっスし、とりあえず部屋に入らないっスか? 今日は色々あって疲れたっスし」


 確かに外で立ち止まって話すような内容でも無いし、腰を落ち着けた方が良い。カリーチェとは別の部屋だし、エメロンと相談する時間も取れる。

 ヴィーノの提案は都合が良かったし、他のメンバーも拒否する理由はなかった。


 だから一行は宿に入り、それぞれの部屋のカギを受け取る、が……。


「ちょ、ちょっとっ! 何であたしとアレクくんが2人っきりで同室なのよっ⁉」


「あ、やっぱり気付いてなかったっスか? アレクはこう見えて女っスよ」


「え……。えええぇぇぇーーーっっ⁉」


 部屋割りを聞いたカリーチェが文句を言い、真実を知って宿を揺るがす程の絶叫を上げたのは言うまでも無い。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ふ~ん、有名な名工の作ったリングを探して、ねぇ……」


「あ、あぁ、そうだよ。エメロンがその手のマニアでな。俺とアレクも大陸を旅してみたいって思ってたし、エメロンのワガママに付き合おうってな」


 部屋で「リング探し」の件をカリーチェに説明する、という事になったのだが……。ユーキはカリーチェに嘘を()いた。カリーチェに真実を話すメリットが乏しいと考えたからである。

 ただし……、その嘘の内容は少し苦しい。カリーチェのユーキを見る目も疑いの眼差しの様に見える。


 最大の問題は、カリーチェと共に1度部屋を別れたアレクだ。

 一応、別れる際に口止めはしておいたが、アレクの様子から嘘だと気付かれた可能性もある。アレクは嘘や隠し事が苦手なのだ。


「っつーワケだからよ、俺たちはエステリアでリングを見つけたら、また旅に出るんだけどよ……」


 ユーキはワザと言葉を濁し、カリーチェの反応を窺う。

 カリーチェが、リング探しの本当の目的に気付いているかを見る為だ。


 現在カリーチェは暫定的に「インヴォーカーズ」の一員となっている。身元保証を兼ねているのだから別行動は出来ない。旅に同行するという大義名分は存在するのだ。

 もしリングの秘密に気付いているのなら、きっと「旅について行く」と言ってくる筈だ。「何でも願い事が叶う」など、殆どの人間は見過ごせる筈が無い。……その話を信じていれば、だが。


「……つまり、それまでに借金を返せって事よね? いいわ、そのくらい何とかするわよ」


「お……? おう……」


 しかし、意図した方向とは全く違った回答にユーキは面食らってしまった。

 そもそも借金の事など忘れてしまっていたのだ。レダの村の一泊分と、この宿の1ヵ月分、決して小金ではないが……。


「……大丈夫かい? 僕たちも急ぐ旅じゃないし、ユーキの奉仕労働もどうなるか分からないんだから、無理しなくていいんだよ?」


「大丈夫よっ。あたしの魔法、見たでしょ? そこらの魔物なんかメじゃないんだからっ!」


 エメロンがカリーチェを気遣って言うが、どうにも話が噛み合っていない。

 魔法……?確かにカリーチェの魔力も制御も、エメロンに匹敵するくらいのものを感じたが、それがどうしたというのか?

 そして魔物……?確か、飛竜鳥にもハチの魔物にも防戦一方で手も足も出ていなかったような……。


 いや、それよりもだ。


「おい、カリーチェ。お前、冒険者でどんな仕事をするつもりだよ?」


「え? そりゃあ、魔物退治じゃないの?」


 ユーキの疑問にカリーチェはあっけらかんと言ってのけた。

 とんでもない誤解だ。こんな誤った知識を教えるのは1人しか居ない。


「ア……、アレクーーーっっ‼」


 近所迷惑を考えず、ユーキの怒声が宿屋中に響いた。

 その後、カリーチェの誤解は解けたが宿の主人に注意を受けたのは言うまでも無い。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そして3日後……。ユーキの奉仕労働の日がやって来た。

 一行は宿の食堂で朝食を摂りながら、今日の予定を再確認する。


「みんな、仕事がすぐ見つかってよかったねっ」


 アレクは今日も朝から元気だ。妹のミーアの話では、アレクは寝起きが悪くて中々ベッドから出ないらしいが、顔を洗えばシャッキリするタイプだそうだ。

 しかし、そんなアレクとは対照的にユーキ……、そしてカリーチェの表情は暗い。


 ユーキが憂鬱(ゆううつ)な原因は、もちろん奉仕労働の為だ。

 その内容も胃を痛くするのだが、何より秘匿義務とやらのおかげで仲間に相談する事も、愚痴る事も出来ないのがストレスだ。


 そしてカリーチェだが……。


「大丈夫っスか? 働くの、初めてなんっスよね?」


「だっだだ、ダイジョーブよっ!」


 声と胸を張ってそう言うが、虚勢にしか見えない。

 アレクが言った通り、「インヴォーカーズ」の面々は当面の仕事が決まっていた。随分(ずいぶん)あっさりと決まったのは流石は王都、と言った所か。人口も多いが、働き口も多かった。


 ユーキは言うまでも無く、奉仕労働。

 アレクは、街外れの牧場で家畜の世話の仕事。

 そしてエメロンとカリーチェは、街のレストランで給仕の仕事をする事になっていた。


「お前、読み書き出来なくてホントに給仕なんて出来んのかよ?」


「だっ、ダイジョーブ……よ……。たぶん……」


 自信無さげに、だんだんと小さくなる声にユーキは不安を覚える。

 そもそも読み書きが出来なくて給仕が務まるのだろうか?メニューさえ読めないではないか。それにエメロンと2人も同時に雇ったという事は、忙しい職場であろう事が予想できる。


 初めての仕事に、文盲のハンデ。ハッキリ言って不安要素だらけだ。


「やっぱりボクと一緒に牧場の方がよかったんじゃない? こっちも募集枠はまだあったよ?」


「カリーチェの体力を考えろ……。家畜の世話なんてやったら死んじまうぞ?」


 (きゅう)の掃除、飼料運び、時には家畜を追いかけて走り回る必要だってあるのだ。たかだか数日、しかも街道を歩いただけでバテていたカリーチェに牧場で働くなんて出来る訳が無い。

 それに、アレクにカリーチェを任せるのも心配だ。


 初めての労働という事で、誰かがカリーチェと一緒に仕事をしようという話になっていたのだが、候補なんてエメロンしかいなかった。


「っつーワケだからよ。エメロン、頼んだぜ」


「うん。なるべくフォローするよ」


 決して力強い訳では無いが、頼もしく言い切った。

 まぁ、エメロンと一緒なら大丈夫だろう。エメロンは頭も良いし、何でもソツなくこなす。見かけによらず力も体力もあるし、見かけ通りに人当たりも良い。

 レストランの給仕くらい難なくこなすだろう。というか、エメロンに出来ない仕事を探す方が難しいかも知れない。


「それで、ヴィーノは今日も勉強?」


「そうっスね。入試ももうすぐっスから。試験が終わるまでは勉強一筋っスっ!」


 ヴィーノが力こぶを作って意気込みを見せる。腕力はきっと試験には関係ないだろうが、そのやる気だけは十分に伝わる。


「で、ベルはユーキと一緒だよね? リゼットはどうする?」


「ん~、とりあえずアレクと一緒に行くわ。街外れなら人目も少なそうだし」


「油断して、また人に見られんじゃねぇぞ?」


「心配しなくても大丈夫よ。「透明のフード」だってあるし」


 リゼットは自信満々に言うが、それが余計にユーキの不安を搔き立てる。アレクも大概だが、リゼットもまた楽天家なのだ。その2人が揃った時の不安感は倍増だ。……この2人は、大体一緒に行動しているのだが。


「さぁ、そろそろ行こうか? 出勤初日から遅刻なんてしたくないからね。……ユーキは職場に直行?」


「いんや、一度ギルドに行ってからだ」


 全員が食事を終えたのを見て、エメロンが出発を促す。その際にユーキの行き先を尋ねてくるが……、「あんな職場」に直接行ける訳が無い。まぁ、そんな事すら話す事は出来ないのだが……。


 そして、リーダーのアレクが出発の音頭を取った。


「よぉーしっ、それじゃ「インヴォーカーズ」出発っ!」


「……アレク、恥ずかしいからやめろ」


「僕も……、それはちょっと……」


 意気揚々と右腕を振り上げて声を出したアレクに、ユーキとエメロンは冷ややかに突っ込んだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その数時間後……。

 冒険者ギルドのギルド長と面会したユーキとベルは、軽く仕事内容の説明を受けた後、ギルドの用意した馬車に乗って現地へと向かう。


 別に馬車で移動しなければならない程、仕事場が遠いという訳ではない。ただ、「ユーキのような一般人」が身一つで入れるような場所ではない、というだけだ。


「はぁ~~っ……」


「ユーキ、どーしたの~?」


「……何でもねぇよ。御者に気付かれっから、もう少し黙ってろ」


 深い溜息を吐いたユーキを気遣ってか、ベルが心配そうに話しかけてくる。が、ユーキはそれを素っ気無くあしらった。

 しかし対面に座るドワーフの老人が、胡坐(あぐら)をかきながら指摘してくる。


「思ったより肝の小さい男じゃの。そんなピリピリせんでも、外までは聞こえんて」


「……なんでギルド長まで一緒なんすか?」


 ユーキは不満気に目の前の老人……、冒険者ギルドのギルド長へと疑問を投げる。ユーキは実際、不満なのだ。


 これから行く場所で、ユーキは奉仕労働を行わなければならない。しかも場合によっては無期限の延期付きだ。

 そんなのは真っ平ゴメンと考えるユーキは、適度に問題を起こして早々に仕事を終えるつもりだったのだ。


 しかしギルド長が一緒では、そんな本心を見抜かれるかも知れない。

 先日、少し話しただけだがギルド長は鋭い。その老齢からくる経験なのか、まるでこちらの本心を見透かされている様な気さえする。

 これでは迂闊(うかつ)な言動が出来ないではないか。


「お前さん、自分が暴行事件を起こしたの理解しとる? 「これから行く場所」に、1人で行かせられる訳なかろ?」


「ユーキ1人じゃないのっ。ベルもいっしょなの~っ!」


「ホッ? おぉ、スマンスマン。ちっこいのも一緒じゃったの」


 そんな風に言われれば黙らざるを得ない。確かに暴力沙汰を起こした人間に、監視も監督者も付けずに仕事をさせる訳にはいかないだろう。

 だが、それにしてもだ。


「にしたって、ギルド長がわざわざ同行しなくてもいいんじゃないっすか? それに、忙しいとか何とか言ってたっしょ?」


 ギルド長の洞察力というか、読心術というか……。それを(うと)ましく思うユーキはあくまで不満の姿勢を貫く。……どこまでも往生際の悪い男である。

 その所為(せい)か、敬語もどこかおざなりだ。


「お前さんみたいな乱暴者は何をしでかすか分からんからの。いざという時、お前さんが動くより先に動けるのはワシしか()るまいて」


「……それ、釘を刺してんすか?」


「ホッホッ、どうじゃろの?」


 あえて疑問形で尋ねるが、そう言っている様にしか聞こえない。

 ギルド長の小さな老躯(ろうく)で、本当にユーキを取り押さえる事が出来るのかは少々疑問だが、ギルド長には得体の知れない底知れなさを感じるのは事実だ。もしかすると本当にユーキを歯牙(しが)にもかけない実力を持っているのかも知れない。


 ……もちろん、ユーキは暴れるつもりなど毛頭ない。

 問題行動を起こして仕事を辞めようとは考えてはいたが、流石にそんな事をすれば仕事を辞めてハイ終わり、という訳にはいかなくなる。

 せいぜい「仕事相手」に適当な返事をして、不快感を与えようとしたくらいだ。……もちろんそれも、慎重に言葉を選ぶ必要があるが。


「それよりホレ、そろそろ「目的地」に到着じゃぞ?」


「ふぇ~~っ、おっきぃ~~っ!」


「こらベルっ、窓に近付くなっ! 外から見えんだろーがっ」


 ギルド長の言葉で、窓から外を見たベルが感嘆(かんたん)の声を漏らす。それに対するユーキの反応は、第一にベルの姿を隠す事だ。……本当にみみっちい男だ。「こんな場所」で馬車の窓から中を覗き込むような無作法をする人間など、居る筈が無いというのに。


 逆に馬車の中から外を見たユーキは思った。

 確かにベルの言う通り大きい……。白い壁と、茶褐色の屋根。いくつものブロックに別れ、塔も建っている。


 エスペランサ城――。

 ユーキたちの乗る馬車は王都・エステリアに建つ、エストレーラ王国の王城へと入って行った――。


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