第3話 「訳アリ少女の名はカリーチェ」
「何よ一体っ⁉ 次から次へと何なのよっ⁉」
未だ名前も知らない少女が、突如現れた怪鳥に向けて悪態を吐く。しかしユーキたちからしてみれば、文句を言いたいのはこちらの方だ。
元はと言えば、少女が村を抜け出したのが事の発端だ。折角見つけたのに魔法を使ってまで抵抗して、ハチの群れから救ってやったと思えば、このザマだ。完全に巻き込まれた形である。
とはいえ今更少女を見捨てる事は出来ないし、この怪鳥の眼も紅い。魔物は、目の前の人間を殺し尽くすか、自分が死に絶えるまで止まらない。おまけに空を飛ぶ鳥から逃げるのは現実的とは到底思えない。
ユーキたちも既に他人事では無くなっていた。
「……飛竜鳥、だな」
「飛竜っ⁉ ドラゴンなのっ⁉ それとも鳥っ⁉ どっちなのよっ⁉」
「……ドラゴンなんて、現実に居るわきゃねぇだろ」
怪鳥の名前を呟いたユーキに少女が叫ぶ。
アレクじゃあるまいし、この少女はドラゴンが実在すると本気で思っているのか?ドラゴンなんてのは、本の中にしか居ない空想の怪物だ。この鳥が『飛竜鳥』と呼ばれているのは、昔の人が遥か上空を飛ぶこの鳥を飛竜のようだと名付けたからに過ぎない。
「大体何でっ、あの図体でホバリングしてられるのよっ⁉ 非常識じゃないっ⁉」
「まだ完全に解明されてはいないけど、『精霊魔法』を使ってるんじゃないかっていうのが有力な学説だね」
金切り声を上げながら文句を垂れる少女に、エメロンは律儀に答える。……そんな事を言っている場合では無いと思うのだが。
「うんちく垂れてる場合じゃねぇぞ、エメロンっ!」
「ゴメンっ。でも、魔法の準備はオッケーだよっ」
「よしっ、俺はあいつの注意を引くっ! アレクはその子を守れっ!」
今までにも空を飛ぶ魔物と対峙した事は何度かある。先程のハチの魔物もその1つだ。
その時の3人の戦術は決まっている。ユーキが囮、もしくは攪乱役。そしてエメロンが攻撃役だ。残念ながら、アレクに役目は無い。今回は少女を守っていて貰う。
「えーっ、また? ボクだって戦えるよっ?」
「文句言うなっ! お姫様を守るのはナイトの役目だろっ?」
配役に納得のいかないアレクが文句を言うが、そんな事を言っている場合では無い。ユーキは適当にあしらって、飛竜鳥の前へと躍り出る。
その間にアレクは自分への雑な態度に不満を感じつつも、少女の近くへと歩み寄った。
「まったく、ユーキってば最近ボクの扱いがヒドイよね。……と、ダイジョーブ? ケガとかしてない?」
「……アイツこそ、1人で向かったけど大丈夫なの? 仲間じゃないの?」
不安気に少女が言うが、アレクは何も心配をする事は無い。あれほどの巨大な魔物と対峙するのは初めてだが、相手取っているのは他ならぬユーキなのだ。『英雄』であるユーキが、魔物相手に後れを取るなど考えられない。
「ユーキのコトならダイジョーブだよ」
アレクにそう言われ、少女は飛竜鳥と戦うユーキを見る。
確かに言う通り、ユーキは飛竜鳥の攻撃を全て回避している。スタンスを広く構え、飛竜鳥が近づけば寸での所で避ける。その繰り返しだ。
「確かに、攻撃は避けてる……、けど、あれじゃ……」
いつまで経っても飛竜鳥を倒す事など出来はしない。まさか、スタミナ切れでも狙っているのだろうか?
そんな事を少女が考えるが、アレクは自信満々に返す。
「それもダイジョーブ。だって、エメロンがいるからねっ」
アレクがそう言った瞬間、ユーキを狙う飛竜鳥が僅かに体勢を崩した。
「今だっ、エメロンっ!」
「任せてっ! っはああぁぁぁっ‼」
ユーキの合図でエメロンが魔法を放つ。正に阿吽の呼吸だ。
エメロンの杖の先端から炎が迸る。体勢が崩れた飛竜鳥は逃げる事が出来ずに、炎に呑み込まれた。
「……やったか⁉」
魔物とはいえ生物には変わりが無い。エメロンが放つ炎は決して生物が耐えられる温度ではない。よしんば耐えられたとしても、炎に包まれてしまえば酸欠は免れないだろう。いや、その前に肺が焼けるか。
だからユーキがそう言ったのも無理はなかった。……しかし。
「ギョエエェェェーーーッッ‼」
飛竜鳥が消魂しい叫び声を上げた。……断末魔か、と思ったのだがそうでは無い。
寒気がするような悍ましい鳴き声の後、飛竜鳥の周囲に暴風が吹き荒れ、エメロンの放った炎を吹き散らした。
一瞬、呆然となるユーキとエメロン。今までエメロンの炎に焼かれて倒せなかった魔物は存在しなかった。唯一倒せなかったのは、盗賊団が所持していた人形兵器だけだ。
エメロンの最大の攻撃力を持つ炎の魔法で倒せないなど、想定外だ。他の手段と言えばユーキの≪針の魔法≫があるが、これも効果があるか疑わしい上に、弾数にも限りがある。≪振動ナイフ≫は相手が空を飛んでいる以上、攻撃するのは難しい。
何とか打開策を考えるユーキだったが、答えが出るまで敵が待ってくれる事など有り得ない。
飛竜鳥は大きく羽ばたいて、最も弱い敵へと標的を変えた。
「……マズイっ、そっちへ行ったぞっ‼」
「アレクっ‼」
ちょこまかと動き回るユーキに、魔法で攻撃してきたエメロン。2人に対して、アレクと少女は動いていない。攻撃に参加する訳でも無く、ただ後ろで見ているだけだ。つまり、戦えない。弱い存在なのだと飛竜鳥は判断した。
(来るっ! 女の子がいるから逃げられないっ! だったら……)
飛竜鳥の攻撃を受け止めるしかない。そうアレクは考えた。
『根源魔法』による身体強化を使えば、防御できる自信はあるが……、もし爪に捕まってしまったら上空まで運ばれてしまう可能性がある。そうなってしまったら、たとえ無事でもユーキたちと逸れてしまう。だから――。
重く――。固く――。
アレクはひたすらそう念じて自身の身体を強化する。『根源魔法』の身体強化は、アレクの肉体の質量さえも変化させていた。
あまりの重量に、アレクの足元が陥没する。これだけ重ければ、飛竜鳥もアレクを持ち上げる事は容易ではない、筈だ。
だがアレクが身体強化をする必要は、無かった。
「こっち……っ、来んなあぁぁーーっ‼」
少女が雄叫びを上げ、迫りくる飛竜鳥へ向けて両手を翳す。同時に、彼女の右手のグローブが魔法陣の光を放ち、先程ハチの群れへの防御に使用していた石板が宙に浮いた。
そして突き出した両手を思いっきり左の方へと振り払う。と、同時に、少女の動きに連動するように石板も、右から左へと高速で動いた。その進路上に、飛竜鳥が突進してくる。
「ギョワッ⁉」
石板は見事に飛竜鳥の頭部へと命中し、飛竜鳥は悲鳴を上げてその場に制止した。
「スゴイ……っ」
「ギョッ、ギョエッ!」
「フンっ、何度来てもムダよっ! 痛い目見たくなければ、巣に帰りなさいっ!」
思わぬダメージに威嚇を続ける飛竜鳥に対し、少女は得意気に言った。……魔物が人間を目にした以上、決して逃げ帰る事など有り得ないのだが。
だがこれで、飛竜鳥が決定打を失ったのも事実だ。ユーキには攻撃が当たらず、エメロンもジっとしてはいない。少女を狙えば石板で反撃を受け、アレクは少女のすぐ側だ。
この事実は、少女が勝利を確信するのに十分な材料だった。……だが、魔物はそう甘い存在ではない。
「クワアァァーーッ‼」
「……っ、ムダだって、言ったでしょうがっ‼」
飛竜鳥は雄叫びを上げて、再度アレクと少女に襲い掛かる。だが少女の宣言通り、再び魔法で造られた石板によって動きを止められる。飛竜鳥の巨体では躱す事は不可能だ。
だが一瞬は動きを止めるものの、飛竜鳥は決して下がらずに前進を続けた。
男の2人には攻撃は当たらない。だが、女の2人は反撃をしては来るものの、大きな動きは無いのだ。そして、反撃の威力は飛竜鳥の生命を奪う程の威力は無い。
我慢して、攻撃の届く位置まで辿り着ければ女2人は殺す事が出来る。……それが飛竜鳥の出した結論だった。
「……ちょっとっ⁉ 何で退がらないのよっ⁉」
そんな言葉を放っても、飛竜鳥が聞く耳を持つ訳が無い。そもそも言葉が通じる筈も無い。
石板の攻撃を何度も食らい、その度に飛竜鳥の前進が一瞬止まる。が、それだけだ。
「ちょっとアンタっ! 何か手は無いのっ⁉」
そう隣に立つアレクに叫ぶが、アレクからの反応は無い。目を瞑って、ただ立っているだけだ。
少女は役立たずのアレクを早々に見切りをつけ、ユーキたちを一瞬見るが、こちらも期待出来ない。ユーキは逃げ回るだけだし、エメロンの魔法は効果が無かった。……自分の身は自分で守るしか無い。
「……クソ……ったれーーっ‼」
およそ少女には似つかわしくない罵声を叫びながら、少女は地面に手をつける。再び魔法陣の光が輝いて地面が大きく盛り上がった。
少女と飛竜鳥、互いの間に土で出来た壁が造られる。
(これで……、少しでも時間稼ぎを……)
そんな少女の目論見は脆くも崩れる。少女の右頬を風が撫ぜた。振り向いて見てみれば飛竜鳥がすぐ側でこちらを見ている。
ただの壁など、迂回すれば良いのだ。そんな事すら、少女は考えを巡らせる事が出来なかった。
飛竜鳥の紅い瞳がこちらを見ている。自分の姿がその瞳に映り込んでいるのが見える。
至近距離だ。今更魔法を使っても、迎撃も防御も間に合わない。次の瞬間にも爪で引き裂かれ、肉を啄ばまれてしまうのだろう。あれほどの巨体だ。……やはり痛いのだろうか?痛いに違いない。死ぬ程だろうか?きっと死んでしまう……。
そんな恐怖に少女の身が竦んでしまっていた時、突然飛竜鳥が叫んだ。
「ギョグェェッッ⁉」
未だに恐怖心に縛られている少女には何が起こったのか理解が出来ない。ただ、呆然と見つめる飛竜鳥の右目から血が噴き出しているが見えた。
「アレクっ‼ さっさと撃てっ‼」
そう叫んだのはユーキと呼ばれていた青年だった。
彼は左腕を突き出したままこちらに走ってきて、アレクという少年に何かを叫んでいる。
「うんっ! いけるよっ!」
それに呼応して、少女の隣に立つアレクが返事をした。先程まで瞑っていた眼は開かれ、自信に満ちた碧眼が輝く。そして――。
「≪消滅の極光≫ーーっっ‼」
そして右手を突き出し叫びを上げると、その掌から目も眩まんばかりの閃光が奔った。あまりの眩しさに少女は目を開けていられない。
やがて静寂が訪れ、少女が恐る恐る目を開くと……、そこには胴の真ん中にポッカリと大穴を開けた飛竜鳥が倒れ伏していた。
「へへーっ。やったねっ、ブイっ!」
まるで絵に描いたような美少年が、無邪気に、愛嬌のある笑顔で勝ち名乗りを上げている。その姿は、まるで物語の主人公のようで――。
(……アレク、って言ってたわよね。……アレク。アレクかぁ。名前も主人公っぽいわよね……)
少女が、アレクに対して僅かに恋心を抱いたというのも無理からぬ話だ。
なお、アレクは「女の子」である。念の為……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「ブイっ」じゃねぇよっ! 間一髪だったじゃねぇかっ⁉」
「そりゃあ、ユーキがフォローしてくれるって信じてたからだよ。実際間に合ったからいいじゃん」
ユーキの突っ込みに対して、アレクはあっけらかんと言ってのける。
親友からの無条件の信頼を得ている事には胸にくるものがあるが、問題はそんな事では無い。間に合ったから良いものの、一歩間違えれば大惨事だったのだ。
「それよりアンタ、よくアレクが≪消滅の極光≫を使おうとしてるのが分かったわね?」
「そりゃ見てりゃ分かるだろ? 何年の付き合いだと思ってんだ? ……ってか、リゼットと……、さっきも、ベルを見られてるよなぁ……?」
リゼットは感心しているが、アレクが魔法の為に集中している事など一目見ればすぐ分かる。
そんな事よりも重要な事をユーキは思い出した。少女に、リゼットとベルの2人を見られてしまったのである。
そうそう滅多な事は無いとは思うが、半年前にリゼットが誘拐されたばかりだ。しかも主犯はアベルという名の子供だ。この少女が悪人だとは思えないが……。
まったく、旅に出たばかりだというのに宿の主人といい、この少女といい、立て続けに妖精の2人を目撃されてしまっている。先が思いやられるばかりだ。
「その……、出来れば、この妖精の2人の事は秘密にして欲しいんだけど……」
「ふ~ん……? まぁ、別にいいけど……」
エメロンが少女に対して穏便にお願いをする。
ユーキは、もっと強気に言っても良いのではないかと考えたが、少女が素直に応じたので口には出さない。
まぁ、どちらにしても只の口約束だ。警戒は怠らない方が良い。
「それよりお前、名前は? 何で村を逃げたんだ? さっき言ってた「アイツら」って、誰なんだよ?」
「いっぺんに聞かないでよっ! それに……、あたしにだって事情が……」
「じゃあ、キミの名前は? それもヒミツ?」
矢継ぎ早に質問するユーキに、少女は口ごもる。どうやら、彼女の詳しい事情を聞く事は難しそうだ。
だがそこに、アレクが改めて名前を尋ねた。少女はアレクの質問に対して、俯いて上目遣いでアレクを見た後、静かに答えた。
「カリ……チェ……」
「カリーチェ? 変わった名前だな?」
「う……、うっさいわねっ! アンタはそりゃあ、人の事をバカに出来るくらい立派な名前なんでしょーねっ⁉」
名前を聞いたユーキが思わず呟いた事が原因で、カリーチェの怒りが向けられる。
その小さな拳がユーキの腹目掛けて振るわれるが、まったく痛くは無い。だが……。
「今のは……、流石にユーキが悪いと思うよ?」
「そーだよ。今のを見たら、サイラスおじさんにバカにされちゃうよ?」
「女心が分からないヤツだとは思ってたけど……、アンタ、サイテーね」
「ね~」
仲間たちからの総スカンである。
……確かに人の名前を悪く言うのは良くない事だ。反省しようと思う。だがアレクよ、クソ親父を引き合いに出すのは止めて欲しい。本当に馬鹿にしてきそうな事が容易に想像出来てしまうのが、より不快になる。長年忘れていた、あの人を小馬鹿にした顔が目に浮かびそうだ。
「……悪かったよ。俺はユーキ=アルトウッド」
「ユーキ……、アルトウッドぉ~っ? アンタの名前だってヘンテコじゃないのっ!」
「……ぐっ」
確かに自分の名前を貶されるというのは、不快な気分になるものだ。
しかしユーキは言い返さない。言い返せない。名前に文句をつけたのは自分の方が先なのだ。しかも相手は年下の女の子だ。ここはぐっと堪えないと、男としての沽券に関わる。
そうこうしている間にユーキ以外の自己紹介も済み、ひとまずはレダの村に戻るという事で決定した。
まだカリーチェの事情は全く聞けてはいないが、本人にも異存は無さそうだ。
しかし、このカリーチェという少女。訳アリにしても普通ではない。
エメロンにも匹敵しそうな魔力量と魔法制御。連れの1人も居ない事といい、その言動にも不審感が残る。……一体、何者なのだろうか?
と、ユーキは立ち止まり、そんな事を考えていた。
「何してるのよっ? 置いてくわよっ、ヘンテコユーキくんっ!」
「誰がヘンテコだっ!」
……決して悪人では無い。そんな確信を持ちながらも、ユーキは決してカリーチェに好感は持てなかった。




