第2話 「逃走の少女」
「人様の荷物に手を出そうなんて、ふてぇヤツねっ!」
「おねぇちゃん、やっちゃえ~っ!」
「ひっ、ひいぃぃぃ~っ!」
大声がしたので慌てて外に戻るが、目の前の光景は肩透かしそのものだった。
ユーキたちが停めた荷車のすぐ側で、1人の男がしゃがみ込んで頭を抱えて蹲っている。顔は見えないが、悲鳴を上げている事からも危険人物という訳では無さそうだ。
そして問題は……、男の周りを飛び回り、時折体当たりをしている妖精の2人だ。
「そろそろトドメねっ! この世に生まれたコト、後悔させてあげるっ!」
「おっ、お助け~っ!」
「おねぇちゃん、カッコいい~っ」
「コラ」
何やらキメ台詞とポーズを取っているリゼットと、声援を送るベル。2人の羽をユーキは指で摘まみ上げた。
何があったのかは分からないが、流石に調子に乗り過ぎだ。
「あっ⁉ 何よっ、レディに失礼よっ!」
「何がレディだ。アレクみてぇなセリフ言いやがって」
いきなり羽を摘ままれたリゼットは憤慨する。しかしユーキは聞く耳を持たない。
しかし、ユーキの台詞はアレクに対して失礼ではなかろうか?
「ちがうのっ! ユーキっ、ドロボーなのっ!」
「泥棒?」
「ちっ、ちちち、違いますっ‼ あっしはただ、宿の前に見慣れねぇ荷車があったから……」
ベルに泥棒と呼ばれた男は必死に弁明をする。
ユーキにはリゼットたちと男のどちらが正しいのか判断がつかない。仲間の2人を信じてやりたい気持ちはあるが、早とちりの可能性もあるし、男の方もまた、泥棒であったとしても勘違いだったとしても簡単に白状などしないだろう。
「……とりあえず、中で話を聞かねっスか? 詳しく話を聞かないと判断がつかねっスし、ここじゃあリゼットたちが目立つっスし……」
確かにその通りだ、と全員の意見が一致して宿の中に戻る。今度はリゼットとベル、そして窃盗容疑の男も一緒だ。
容疑者の男は30過ぎくらいの腰の低い男だ。明らかに年下のユーキたちに対しても低姿勢で、とても泥棒などするようには見えない。聞けばこの宿の主人だそうで、この低姿勢も接客業ならではだろうか?
「つまり……。あなたが宿に戻ると僕たちの荷車を見つけて、不審に思って近づいた所にリゼットたちが飛び出した、と……」
「ウソよっ! 荷物を漁り始めたものっ!」
男の証言をエメロンがまとめてくれる。だが、それにリゼットが異議を唱えた。
それに伴い、全員の視線が宿の主人に集まる。彼が嘘を吐いているのならば、泥棒である可能性がグンと高まるのだ。
そんな疑惑の視線を感じた男は慌てて弁明をした。
「そそっ、それは……。あの子と、何か関係あるかもと……」
「あの子……?」
「勝手に荷物に触った事はすまねぇっす! だけんど、あっしは誓って泥棒なんざしちゃいねぇっす!」
彼の態度は、一見真摯にも映るが……。簡単に信用する訳にはいかないとユーキは考える。
この低姿勢も相手を油断させる罠なのでは?荷物に触った事は認めて謝ったが、最初から言わなかったのは何故だ?大体、初対面の人間の「誓い」に一体どれ程の説得力があるというのか?
これはユーキを、疑り深いというより慎重というべきだろう。世の中には人を騙す事などに罪悪感を感じない、むしろそれを生業にする者だっているのだ。簡単に信用していては食い物にされる。
だが、そんなユーキとは対極にいるのがアレクだった。
「こんなに一生懸命謝ってるんだから、このおじさんの言う事が正しいんじゃない? リゼット、盗られたモノは無いんでしょ?」
「うん。だって、その前にアタシが阻止したからねっ」
「じゃあ、おじさんはドロボーじゃないよ。だって何も盗ってないだもんねっ」
アレクの出した結論に、他の面々は頭を抱える。アレクの頭には「未遂」という言葉は無いのだろうか?……無いのかも知れない。
ただ、恐らくこれ以上話を続けても大きな進展は望めないだろう。これからどうするか、だが……。
彼の窃盗の疑惑が完全に晴れていない以上、この宿に泊まる選択肢は無い。リゼットたちを目撃された事もあるし、軽く口止めをして村を早々に去る方が良いだろう。……疲れているヴィーノには申し訳ないが。
ユーキがそんな風に、今後の方針を考えていた時だった。
「それで、さっき言ってた「あの子」ってナニ?」
「……今朝、村の近くで行き倒れの女の子が見つかったんすよ。12、3歳くらいの。それがさっき、居なくなって……。村人総出で探したんすけど、見つからなくって……。あんたたちのお連れじゃ……?」
なるほど、それならば村人の姿が無かった事にも合点がいく。宿の主人の行動にも一応の整合性はつくだろう。
見慣れない荷車と、行方不明の女の子、簡単に関連付けをするのは浅はかとも言えるが、「もしかしたら」と思うのも無理はない。
とはいえ、それだけで彼を信用するのは早計だ。やはり村を早々に去った方が良い。と、そう考えたユーキにとって意外な……、よくよく考えてみれば意外でも何でも無く、アレクが声を上げた。
「大変じゃないかっ! ボクたちも協力して、その子を探そうっ!」
「げ……。おいアレク、余計な事に首を……」
「おじさんっ、ヴィーノと荷物をお願いっ! みんな、行こうっ!」
舞い降りたトラブルに、ユーキは無難に回避を試みる。だが対するアレクは自ら飛び込む事を選んだ。
だってこの旅は「戦争を無くす」為の旅なのだから。「世界を平和にする」旅なのだから、知らない誰かの危機を放っておく事なんて出来はしない。
「ちょっとアレクっ! 1人じゃ危ないよっ!」
仲間たちの返事も待たずに飛び出したアレクを放ってはおけない。
エメロン、リゼット、ベルもアレクの後を追って宿を出る。
「あぁーっ、クソっ! ヴィーノっ、荷物から目ぇ離すなよっ!」
残されたユーキは頭を掻き毟りながら、ヴィーノに叫んで後を追った。
「んで……、威勢よく飛び出してアテは無しかよ」
宿のすぐ前で、ユーキは呆れながら皮肉たっぷりにそう言った。
「そんなコト言ったって、何の手掛かりも無しじゃ動けないよ」
「だったら考え無しに動くんじゃねぇよっ!」
「まぁまぁ、ユーキ……」
しかしアレクに全く堪えた様子は見られない。これではユーキでなくても不満が口から出ようというものだ。
「とりあえずどうするのよ? その女の子、探すんでしょ?」
「もちろんだよっ!」
「……わかったから、とりあえずリゼットとベルはポケットにでも入っとけ。これ以上、誰かに見られると面倒だ」
リゼットが再確認をするがアレクの決定は覆らない。こうなったら止める事は不可能だと諦めたユーキは、妖精の2人を隠す事を優先した。
これに従って、リゼットはアレクの、ベルはユーキの服のポケットへ滑り込む。
「で、結局どうすんだよ? アテ無く探しても見つからねぇだろ?」
「……ベル、頼めるかい?」
最初から乗り気では無いユーキは既に投げやりだ。そんなユーキに対して、エメロンはベルの力を頼った。
確かにベルの『精霊魔法』は索敵や人探しに打って付けと言える。しかし、探し人は見知らぬ女の子だ。分かる特徴も12、3歳という事だけで、本当に見つけられるのか?
「条件は難しくしなくて良いと思う。……そうだね、村の外に1人で居る人間。これで探せないかな?」
「やってみるのっ! ん~っ……、△∮Γ⊿∂◎◆☆θ仝?」
エメロンの指示で、ベルが『精霊魔法』を唱え始める。その言葉は、何を喋っているのかユーキたちには理解出来ない。いわゆる『精霊語』というやつらしい。同じ妖精であるリゼットなら理解出来るのかと尋ねてみた事もあるが、彼女も全く理解出来ないそうだ。
「……っ! みつけたのっ!」
しばらく待つと、唐突にベルが叫ぶ。
その言葉にいち早く反応したのは、やはりというかアレクだった。
「ホントっ⁉ どっち⁉」
「あっちなのっ!」
「よしっ! 行こうっ!」
「だから少し待てってっ!」
学習能力の無い親友を追って、ユーキとエメロンの2人が後を追う。
親友の無鉄砲さに振り回されながら、ユーキは隣を走るもう1人の親友へと疑問を零した。
「ったく、一体こんなののドコがいいんだよ?」
「こんな所も、だよ。そんな事を言いながら、ユーキだって同じだろ?」
「いーや、俺にはちっとも理解出来ねぇなっ」
全面的に否定を示すユーキを、エメロンは「仕方の無い奴だな」というような目で微笑む。
エメロンには分かっているのだ。2人の間には信頼以上の絆があるという事を。いくらユーキが否定しても、それが揺らぐ事は無いだろう。
だって2人はエメロンにとって憧れであり、『英雄』なのだから――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ベル、この辺か?」
「うんっ、もうすこしなの~」
ベルの案内に従い、5人は進む。実際に足を動かしているのは3人だけだが。
既に村を出て1km以上は歩いている。相変わらずベルの『精霊魔法』の効果範囲が良く分からない。以前にアレクの居場所を探して貰った時は、数百mでも分からないと言っていたのだが。
とはいえ、ベルの魔法の効果は信用している。今まで「分からない」と言った事はあっても、間違った事は1度も無い。
ベルが「そこに居る」と言うのなら、間違いなく居るのだ。
「それにしても……、その女の子、何者だろうね? 1人だけで行き倒れて、村から逃げ出すなんて普通じゃ無いと思うけど」
エメロンが、行方不明の女の子に対しての疑問を口にする。
言われてみれば不自然極まりない。子供が1人で行動していた事も、保護してくれた村から居なくなった事も、誰も説明が出来ない。
「お姫様だったりして」
「何でお姫様が行き倒れるんだよ? 小説の読み過ぎだ」
アレクの予想を一蹴するユーキだが、内心では「もしかすると」と思いもする。それくらい女の子の行動は不自然だった。
とはいえ、流石にお姫様は無いだろう。
「そんなの、本人に会ったら直接聞けばいいじゃない。あっ! アレじゃないっ?」
リゼットの指差す先、そこには木の陰で腰を下ろした少女の姿があった。
宿の主人が言った通り、12、3歳くらいの小さな女の子。その子がたった1人で、村からも街道からも離れた場所に居る。……アレクでは無いが、お姫様では無くても何か訳アリなのは間違い無さそうだ。
「とりあえず……、怖がらせねぇように声をかけるか。お~いっ!」
突然近寄れば警戒される可能性もある。そう考えての判断だったのだが、その声を聞いた女の子はユーキたちの姿を確認した後、一目散に逃げだした。
「ちょっ……、おいっ! 何で逃げるんだよっ⁉」
「ユーキの顔が怖かったんじゃない?」
「ぷっ。あ、アレク……。アンタそれは……、ぷふっ!」
最初から予想するべきだった。彼女は保護してくれたレダの村から逃げ出したのだ。何か後ろ暗い事があるに違いない。幼い少女の外見にすっかり騙されてしまったのだ。
……ほんの半年ほど前に、子供の盗賊とも出会っていたというのに。
それはそうと、アレクとリゼットには後でお説教をしようと心に決める。
確かにユーキの顔は整っているとはお世辞にも言い難いし、左頬には魔物につけられた古傷がある。だが、初対面の相手に逃げ出された事など1度も無いし、子供にだって怖がられた事はあんまり無い。
だいたい、少女との距離は数十mは離れていたのだ。細かい顔の造形など分かるものか。
「と、んな事考えてる場合じゃねぇっ、追っかけるぞっ!」
「うん、どちらにしても放ってはおけないよね」
どちらにしても……。エメロンの言う通りだ。
訳アリの少女だとしても、犯罪者の少女だとしても、どちらにしてもこうして目にした以上、放ってはおけない。
少女は森の中へと入って行った。元々距離があった為、既に彼女の姿は見えない。……だが。
「ベル、分かるよな?」
「まかせて~っ、△∮Γ⊿∂◎◆☆θ仝? ……あっちっ! すぐそこなの~っ」
「さっすがベルだねっ」
ベルの『精霊魔法』からは逃げる事は不可能だ。
相手は少女だ。鍛えた3人の足ならば、すぐに追いつける事だろう。捕まえても抵抗するようなら、拘束して……。と、ユーキがやや物騒なプランを練っていた時、ベルからの新たな情報が入る。
「でも……、ちかくにまものがいるの~っ」
「ゲ……、マジか?」
「何匹居るか、分かるかい?」
「ちいさいのがたくさん~っ。かずは、わからないの~」
魔物……、しかも複数とは面倒この上ない。3人でかかれば、大概の魔物相手に引けは取らない自信があるが、少女の扱いも決めかねている状況だ。彼女の出方次第では面倒以上の状況にもなり得る。
「魔物と女の子の位置関係はっ⁉ 分かるかっ⁉」
「おんなのこのすすむさき~っ。このままだと、おいつくのとおなじくらいのばしょだよ~っ」
「なら、急ぐぞっ!」
「うんっ! ボクたちが助けてあげないとねっ」
少女が悪人であるという発想に至っていないアレクは、純粋に少女を助ける為に頷いた。
そして間もなく……。
「居たっ! おい、待てっ‼」
「イヤっ! 来ないでっ!」
少女の姿を確認したユーキは声を上げて迫る。……これではまるでユーキが人攫いか何かのような絵面である。
当然、少女は止まる事無く逃げ続ける。しかし身体能力の差は歴然だ。その距離はみるみる縮まり、あと少しという所で、突然少女が振り返った。
「来ないでって、言ってるでしょーがっ‼」
向き合った少女は、目を吊り上げて叫んだ。
そしてその場にしゃがみ込み、両手を地面につける。その直後、少女の手に嵌められたグローブが光を放った。魔法だ。それも恐らく『戦闘魔法』だ。
それを見たユーキは咄嗟に身構えた。
地面に手をついた所から、エメロンの石礫のような魔法の可能性が濃厚だ。しかし少女の様子から、魔力の集中に費やされた時間は僅かだ。なら、それほど高精度の魔法は使えない。
適当にバラ撒かれた礫を回避して、少女を確保だ。
ユーキは一瞬でこれだけの事を考えた。しかし……。
「う……っ⁉ おわああぁぁっっ⁉」
ユーキの予想した石礫のような飛来物は無く、代わりにユーキの足元の地面が隆起した。
完全に予想外の魔法に、ユーキは足を取られバランスを崩してひっくり返る。
「フンだっ! 帰ってアイツらに伝えなさいっ! アンタらに従うくらいなら死んだ方がマシよってねっ!」
少女はそう言って振り返り、走り去る。
どうも話が噛み合っていない。というか、少女は何かを勘違いしている。「アイツら」も「伝える」も、ユーキたちには一切心当たりが無いのだ。
「ユーキ、大丈夫かい?」
「サンキュ、エメロン。ただ、すっ転んだだけだよ。しっかし、あの魔法……」
「あの歳で、凄いね……」
「そーなの?」
エメロンの手を借りて身体を起こすユーキは、少女の魔法に感嘆する。それはエメロンも同様だ。アレクだけが良く分かっていない。
「地面を盛り上げるなんて、かなりの魔力量が無いと出来ねぇよ。俺との距離も、そこそこ離れてたしな」
「それに、ユーキの足元をピンポイントで狙ってたからね。あの一瞬じゃ、僕でも少し難しいかな」
「エメロンでも? それじゃ、あの子スゴイ魔法使いなんだっ?」
魔法使い……。アレクの表現に2人は苦笑いが込み上げる。
確かに魔法の使い手という意味では間違ってはいないのだが、魔法陣さえあれば誰でも使う事の出来る『象形魔法』の使い手を、わざわざ魔法使いと呼ぶ人間はいない。というより、魔法使いという名称自体が小説などの物語特有のものだろう。
「それよりあの子、逃げちゃったわよ? 追いかけなくていいの?」
「いけねぇっ! エメロンっ、アレクっ! また俺が前に出るが、今度は何かあっても構わず確保だっ!」
先程もこう指示しておけば少女を捕まえられたのだが……。しかし、あの時点では少女が魔法を使うなんて思ってもいなかったのだから仕方が無い。
それに……、先程の接触で分かった事もある。
きっと少女は悪人や犯罪者では無い。少なくとも、人を殺して何とも思わないような極悪人では無い。
あれだけの魔力量と、魔力制御の技術を持っているのだ。地面を盛り上げて転ばすなんて手段を取らなくても、もっと簡単で殺傷力のある魔法なんていくらでもある筈だ。……単に、他に魔法陣の持ち合わせが無かったという可能性もあるが。
「ユーキっ! あれっ!」
「イヤっ! あっち行ってよっ!」
アレクの指す先には少女と、無数のハチの群れの姿があった。遠目からでも見えるハチの眼は紅い――。ベルの言った、小さく沢山の魔物とはこのハチの事に違いない。
少女は魔法で石板を宙に浮かせて身を守りながら、その石板でハチを払うが効果は薄い。やはり他にも魔法があったようだが……。小さく、大群のハチが相手では相性が悪い。
「何でっ⁉ 巣に近づいてもないのにっ!」
少女はそう叫びながら必死でハチを追い払おうとする。しかし、いくら石板を振り回してもハチが引き下がる事は決してない。
……少女は魔物の特性、「人を目にすれば問答無用で襲い掛かる」という事を知らないのか?魔物から生き延びるなら、逃げ切るか、倒すしか方法は無いのだ。
「エメロンっ!」
「うんっ!」
ユーキの合図でエメロンが力強く頷く。そして少女に群がるハチへと杖を向けた。
「っはあぁぁぁっ!」
エメロンの杖の先端から魔法陣が浮かぶ。そして、強風が渦となって吹き荒れた。
ハチの群れは1匹残らず風に呑まれ、上空へと吹き飛ぶ。しかし、これではすぐに戻ってくるだけだ。
「ユーキっ!」
「任せろっ!」
今度はエメロンの声にユーキが応える。ユーキはグローブを嵌めた左手をエメロンの杖の先端に添えた。
エメロンの風の魔法はまだ消えてはいない。そこにユーキの火の魔法を重ねる――。
「いっけぇーーっ‼」
ユーキのグローブから魔法陣の光が眩く輝く。そこから生み出された炎は、エメロンの風に呑まれて炎の渦へと変わった。
エメロンの風に呑まれていたハチたちは、当然回避する術も無くユーキの炎に呑まれる。
「……やったか?」
「うん、あれで全部だと思うよ」
魔物がいくら普通の動物よりも身体能力が高いとはいっても、これではひとたまりも無いだろう。まさしく、一網打尽というやつだ。
「アンタたち、やるじゃないっ」
「スッゴイよねっ⁉ 2人とも、いつの間にあんなの練習してたのさ?」
「してねぇよ。即興だ」
アレクとリゼットが2人の健闘を称える。
「思い付きだけど、上手くいって良かったよ。ユーキも息を合わせてくれたからね」
「でも、2人ばっかりずっこくない? ボクとも合体魔法とかしようよっ」
「……いや、お前とは勘弁してくれ」
アレクの魔法制御は下手クソだ。そんなアレクとの合体魔法など、絶対に成功する気がしない。
それに本来は合体魔法など、とても実用的とは言えないのだ。どちらか片方が失敗すれば大惨事にもなり得るし、互いのタイミングを合わせる必要もある。それに対して得られるメリットは決して大きくは無い。
今回の件だって、魔力が少なく射程の短いユーキの魔法を、エメロンの魔法で補った形に過ぎない。その気になれば、エメロン1人でも同じような魔法を使う事が出来ただろう。もちろんその為には、同じような現象を起こす為の魔法陣が必要ではあるが。
「っと、あの子を保護しねぇとな。……おい、大丈夫か?」
「…………」
ユーキは、その場でへたり込んでしまっていた少女に声をかける。逃げ出したり、抵抗したりする素振りは無いが、話しかけてきたユーキを黒い瞳で睨みつけてくる。
「何か訳アリっぽいが、俺たちは敵じゃねぇよ。さっき言ってた「アイツら」ってのにも心当たりはねぇしな」
「……じゃあ、何で追っかけてきたのよ?」
「そいつぁ逆だろ? 何で村から逃げたんだよ? 俺たちは、村の人から女の子が行方不明になったって聞いたから探しに来たんだよ」
長い黒髪を2つに結えた彼女の容姿は、釣目がちだが幼いながらも整っていると言える。ただ残念ながら、ユーキは彼女の事を可愛らしいとは全く思わない。
他人に迷惑を掛けて、自分勝手に振る舞う姿に好感は持てない。たとえ、どんな訳があろうとも。
「……とりあえず村に帰るぞ。荷物も無しでうろついてちゃ、今度は行き倒れじゃ済まねぇぞ?」
「…………」
「ボクたちと一緒に行こうよっ。ユーキはこう見えて女の子には甘いから、悪いようにはならないよっ?」
「おいっ!」
とんでもない風評被害を引き起こしかねないアレクの発言にユーキが突っ込む。だが悲しい事に、決して間違った事を言ってはいない。それはユーキの過去が物語っている。
そんな2人を見てエメロンが笑う。アレクも笑う。ユーキは……、憮然とした表情だ。
少女はそんな彼らを見て、呆れたように溜息を吐いた。
「……わかったわよ。追手じゃ無さそうだし、とりあえずは言う通りに……」
「ユーキっ! おっきぃまものが、ちかづいてるのっ!」
少女が諦めたように言いかけた時、ユーキのポケットの中のベルが叫んだ。
一難去ってまた一難……、いや、これで今日は何度目の災難だろうか?
「ベルっ、逃げられそうっ?」
「むりっぽいの~っ。すごいスピードなの~」
エメロンが逃走の可能性を尋ねるが、ベルはそれを否定する。
逃げられないのなら迎え撃つしかない。大丈夫だ。大亀の魔物も、帝国の人形兵器も倒してきたのだ。少し大きいだけの魔物など、恐れるに値しない。
「迎撃するぞっ! エメロンは魔法の準備っ、アレクは前に出過ぎるなよっ! ……お前は、後ろに下がってろ」
「あたしに命令しないでっ!」
ユーキは素早く仲間に指示を出す。ついでに少女にも下がる事を伝えるが、素直に聞く様子は無い。
そんな事をしている間に、魔物は姿を現した。
「……ゲ」
ユーキがそんな声を漏らしたのも無理は無い。現れた魔物は、翼長10mにも迫る巨大な怪鳥だった。
空を飛ぶ敵……。それは遠距離攻撃の乏しいユーキにとって、最悪の相性だったのだから……。




