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第1話 「旅の始まりとトラブルの予感」


 暗い……、真っ暗な荒野を、ひた歩く。

 草木も生えず、己以外誰も居ない荒野を孤独に歩く。

 風の音さえ聞こえない。聞こえるのは衣擦(きぬず)れの音と、足音だけだ。

 それでも男は、ひた歩く。


 目的は何だっただろう?何処へ向かっているのだろう?

 それすら分からず、ひた歩く。


 最後の水を飲み干し、また歩く。

 食料は2日前に尽きた。そろそろ身体も限界だ。


 ――いつしか男は眠っていた。


 もう無理だ。身体の全部が、そう語る。

 諦めよう。心の全てが、そう叫ぶ。


 だけど――。

 魂だけが、己の身体と心に鞭を打つ。


 震える身体と、折れた心を支えて、男は立つ。

 そして男は、まだ歩く。思い出せない目的地へと向けて……。



『荒野の旅人』より一部抜粋




△▼△▼△▼△▼△




「アレクっ、焚火(たきび)の明かりだけで本読むなって! 目ぇ悪くすんぞ? ほら、魔法灯っ」


 日も落ちて、暗い街道沿いの野営地で本を読んでいたアレクは、仲間からの注意を受けた。


「ゴメンゴメン。でも、相変わらずユーキは「お母さん」みたいだよねー」


「だっ、誰が「お母さん」だよっ! エメロンも何か言ってくれよっ」


「……はは、仕方ないんじゃない? ユーキが世話焼きなのは事実だし」


 ユーキは、アレクの評価が不本意のようで、もう1人の仲間・エメロンに助けを求める。しかしエメロンから返された言葉は、なんとも無慈悲なものだった。


 アレクとユーキ、エメロンの3人は幼馴染であり、共に冒険者となって「インヴォーカーズ」という名のパーティを作り、旅に出た仲間だ。

 今は故郷の町・シュアープから王都・エステリアへ向けての移動中である。


「見回り、してきたわよーっ! 周囲に異常なしっ!」


「なしっ、なの~っ」


 そこへ見回りに出ていた『妖精』が2人、帰ってくる。

 リゼットとベル。彼ら2人もアレクたちの大事な仲間だ。


「ごくろーさん。もう少しで晩メシが出来っから、ちょっと待ってろよ」


「わ~い。ユーキのゴハン、おいしいの~っ」


 食事の用意の最中だったユーキが言うと、ベルが素直に喜ぶ。

 彼ら妖精は食事をしなくても問題は無いが、美味しい物を食べるのは好きらしい。ユーキとしても喜んで貰えるなら、作る甲斐があるというものだ。


「ヴィーノの姿が見えないけど? アイツ、どこ行ったのよ?」


「あー、ヴィーノはテントで休んでるよ。足が痛いんだってさ」


 リゼットが姿の見えない最後の仲間であるヴィーノを探す。が、アレクの答えを聞いてリゼットは呆れてしまった。


「軟弱ねーっ。年下で女の子のアレクは元気なのにねー」


「……聞こえてるっスよ。ずっと修行をしてた3人と一緒にしないで欲しいっス」


 そう言いながら、テントの中から気怠(けだる)そうにヴィーノが出てきた。周りは人の気配も無く静かだし、布1枚で仕切られただけでは会話は丸聞こえだったのだろう。


 ヴィーノも幼馴染だが、3人とは違って冒険者ではない。

 王都にある学校への入学試験の為に、3人と一緒に町を出たのだ。


「で、アレク? 何読んでるんっスか? ……『荒野の旅人』? 何か、アレクらしくない本を読んでるんっスね」


「ん~、「旅」の本っていうから読んでみたんだけど、よく分からないんだよねー。魔物も悪者も出てこないし、冒険って感じがしないんだもん。登場人物も主人公だけだし、どういう話なの?」


 ヴィーノは、アレクの読んでいた本に気が付いて話しかけた。その口ぶりからは、本の内容を知っているように聞こえる。

 そういう事ならと、アレクはネタバレもお構いなしにヴィーノに本の内容を尋ねた。


「あー、そういう事っスか。これは目的を忘れた主人公が、旅の末に自分の目的を思い出すって話っスからね。冒険物じゃないっスよ」


「じゃあ、旅の結末は? 主人公はどうなっちゃうの? 仲間とか、敵とかは?」


「どうもならねっスよ。旅の目的を思い出して終わりっス。登場人物も、殆ど主人公1人だけっス」


「えーっ、そんなのモヤモヤしない?」


 そう言って、アレクは読んでいた本を投げ出してしまう。

 ヴィーノの説明にアレクは落胆した。アレクは英雄物語や、冒険物語が好きなのだ。こういう文芸作品みたいなのは読まない。タイトル買いをしてしまった弊害(へいがい)である。


「なかなか深くて良い作品なんっスけどねぇ。目的を忘れた理由とか、主人公の心情とか……」


「ムリムリ。アレクはお子様なんだから、「仲間と力を合わせて強大な敵を倒す」っていうような分かり易いのじゃ無いと読めないのよ」


「ほらっ、お前らくっちゃべるのもいいが、晩メシ出来たぞっ」


 アレクの本を話題に喋っている所に、ユーキが声を上げた。そして鍋から器へと料理をよそって配って回る。

 手渡された器は温かくて、良い匂いが立ち込めてきた。


「なにコレ? 雑炊?」


「そうだよ。ヴィーノが疲れてるみてぇだし、消化の良いモンの方がいいと思ってな。パスタとも迷ったんだが、こっちのがハラに優しいと思ってな」


 器の中にはたっぷりのスープとお米、いくつかの葉物野菜、そしてベーコンが入っていた。


「ホントはベーコンよりも魚介類とかの方が好みなんだが、まぁ日持ちの関係でな」


 誰も聞いてもいないのに、ユーキは料理の説明を始める。

 王都までの食料は十分に用意してあるが、それでも腐りやすい物から消費していく事に越した事は無い。ユーキの料理の腕も、誰も疑ってはいない。だが、その説明は誰も聞いてはいなかった。


「んっ、おいしいよユーキっ」


「沢山作ったから遠慮せずにお代わりしろよ。ほらっ、エメロンも」


「う、うん……。ありがとう」


「……ユーキの気遣いが身体に()みるっス」


 素直においしいと言ってくれるアレク。少し遠慮がちなエメロン。感謝の言葉を言ってくれるヴィーノ。そして妖精の2人……。

 かつて目指していた料理人の道を諦めたユーキだったが、不満は1つも無かった。だって、料理人でなくても自分の料理を「おいしい」と言ってくれる彼らと一緒に居るのだから。


「おか~り~っ!」


「アタシもっ!」


「……お前ら、身体が小せぇクセによく食うなぁ」


「ボクもっ!」


 不満どころか幸せと言っても良い。……ただ、身体の小さい者から順にお代わりを要求するその姿に、ユーキは疑問を抱かずにはいられなかった。


 そしてアレクも、先程読んでいた本の主人公とは違い、仲間たちに囲まれて行く旅に幸せを感じていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その日の晩、夜番(よばん)として1人起きていたユーキは焚火(たきび)を前に「ある作業」を行っていた。

 ちなみに夜番(よばん)はアレク、ユーキ、エメロンの3人の交代制だ。一応、護衛対象であるヴィーノは含まれていない。……まぁ、ヴィーノと妖精の2人は戦闘能力が無い為、結局は3人の誰かが起きていなくてはならないだろう。


 ユーキは座ったまま2枚の紙を手に持ち、慎重に魔力を練る。

 魔力はゆっくりと魔法陣の描かれた紙へと流れて行き、魔法陣が淡く光ると火が着いた。


「……よし」


 順調に進んでいる事を確認したユーキは、もう1枚の紙を取り出して元々の2枚と重なるように合わせる。

 そして同じように自身の魔力を流し込む。


「……んっ、……ぬっ、……くっ」


 魔法の効果は想定通りだ。だが、こんなに不安定では実戦では使えない。もっと練度を上げて、完成させなければ……。

 ユーキが魔力の制御に苦心していたその時、いきなり声がかけられた。


「……ユーキ? 何してるんだい?」


「エ、エメっ……⁉ わっ、あっ⁉」


 全く予想していなかった不意打ちで、集中が乱れてしまった。ユーキが持っていた紙は、瞬く間に燃え尽きて夜闇に消える。

 ……本当に完成までは、まだまだだ。


「……もしかして、邪魔しちゃった?」


「いや、それよりエメロンの番まではまだ時間があるぜ?」


「うん……。少し……、寝れなくてね……」


 エメロンは華奢(きゃしゃ)な見た目をしているが、ユーキたちと共に師・バルトスの下で鍛えられた。ヴィーノのように旅疲れで眠れない、などという事は無いだろう。

 恐らくだが……、精神的な問題だと思われる。


「そういや、旅に出てから元気が無いように見えっけど、何か心配事でもあんのか? ……それとも、何かあったのか?」


 きっとエメロンは隠しているのだろう。ユーキだって、違和感を感じただけで確信なんて無い。

 ただ、もし自分がエメロンの力になれるなら、何だってしてやろうと思う。だって、エメロンもかけがえのない親友なのだから。


「……その事、アレクには?」


「言ってねぇよ。アレクの事だから、きっと何にも気付いちゃいねぇだろ」


 アレクも親友ではあるが、そんな事を言える筈が無い。だってエメロンは、アレクの事が好きなのだ。男は、好きな女の子には格好をつけたがるものだ。恋愛に(うと)いユーキだって、このくらいの気遣いは出来る。

 そしてエメロンの反応から、何か問題を抱えているという事を確信した。だが……。


「……それより、さっきの『象形魔法』? 苦戦してるみたいだけど、何をしようとしてるか聞いていいかい?」


 あからさまな話題()らしだ。エメロンの抱える問題……、それに触れて貰いたくないという意図(いと)がミエミエだ。

 エメロンにしては、あまりにも杜撰(ずさん)なはぐらかしにユーキは呆れる。と、同時に己の無力を嘆いた。


 自分は、エメロンの為になら大概の事が出来る自信がある。もちろん物理的に不可能な事はあるだろうが、意思次第で何とか出来るものなら何でもやる気概はあるつもりだ。

 だが、それでも話してくれないという事は、きっとエメロンのユーキに対する信用が足りないからだ。ユーキに話しても問題は解決しないと、迷惑を掛けるだけだと思われているに違いない。


「……あぁ、新技の開発をしてるんだけどよ。エメロンの意見も貰えりゃ助かるんだが」


 だからユーキはエメロンの意思を尊重して、無理に聞き出そうとはしない。

 何故ならエメロンが望んでいないから。きっと無理に聞き出しても、迷惑にしかならないだろうから。


「なるほど……、「あの時」の再現しようとしてるんだね?」


「だけど、やっぱ魔法を3つも同時に使おうとするとよ……」


 今回の問題には力になれないかも知れない。

 でも大丈夫だ。エメロンなら、自分の力なんて無くてもきっと乗り越える事が出来る。


「……こういうのはどうかな? 3つの魔法を導線で繋げるんだ。すると……」


「おぉっ? 魔力の制御が楽に……っ⁉ あっ……、ダメだ。火が消えちまった」


 だけど、次の問題が起きた時には自分の力を必要としてくれるかもしれない。

 その時の為、エメロンの信用に足る男になってみせる。そう決意をしつつ、今は己の研鑽(けんさん)(つと)めよう。


「個々の魔法陣の制御にバラつきがある所為(せい)じゃないかな? でもそれなら、魔法陣の調整で……」


 そうしてユーキとエメロン、2人の夜は()けていく。大事な話を置き去りにしたまま……。


 ユーキは、自分が間違えてしまった事に気付いていない。

 もしこの時、無理にでも聞き出していたならば……。彼らの運命は大きく変わっていたに違いないのだから――。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「とうちゃ~くっ!」


「言っとくけど、まだ王都まで3日ほどあるからな?」


 それから4日、一行は王都・エステリアへの街道沿いにあるレダという名の村に到着した。シュアープを発って1週間、特にトラブルなくここまで来た。だが王都まであと少しとはいえ、最後まで油断は禁物だ。

 嬉々として到着を宣言したアレクに、ユーキが釘を刺す。


「……何でもいいっス。……今晩はベッドで眠れるんっスよね?」


「大丈夫かい、ヴィーノ? 辛いなら2、3日滞在しても……」


「だ……、大丈夫っス……」


 予定では、レダの村に滞在するのは一晩だけだ。

 しかしヴィーノの疲弊した様子にエメロンが滞在を延ばす提案をする。アレクたちの旅に期限は無いし、ヴィーノの入学試験にさえ間に合えば良い。それも1週間程の余裕があった筈だ。


 しかし、ヴィーノはエメロンの提案を突っぱねた。あまり大丈夫には見えないが……、まぁ様子を見ながらで良いだろう。


「それより、リゼットとベルは顔を出すんじゃねぇぞ? 声を出すのも極力無しだ」


「分かってるわよ」


「は~い、なの~」


 かつてエルヴィスに指摘されたのにも関わらず、シュアープではリゼットの隠蔽(いんぺい)が雑過ぎた。その結果が、半年前の誘拐事件だ。

 もちろん、リゼットの存在が露見していなくても他の2人が誘拐されていたのは間違いないだろうが、それでもリゼットが誘拐されたのは事実だ。


 だからユーキは、妖精の2人に荷車の中に隠れているように念を押す。

 まぁ、この村に長期滞在する予定は無いし、万一の時は大事(おおごと)になる前に立ち去れば良いだけだ、とも思ってはいるが。


「とりあえず、宿を探そうか?」


 エメロンの提案で宿を探して歩き回る。小さな村ではあるが王都近くの街道沿いにある為、宿が在る事はリサーチ済みだ。程なくして宿の看板のある建物を見つけ、中に入るが……。


「ごめんくださ~いっ」


「……誰も、居ねぇな」


「ごめんくださ~いっ!」


 2回に(わた)り、アレクが声を出すが反応が無い。留守なのだろうか?

 しかしユーキは、トラブルの予感を感じ始めていた。伊達に幼少の頃から修羅場を(くぐ)ってはいない。


「なぁ、誰かここに来るまでに村の人を見かけたか?」


「「「…………」」」


 ユーキの問いに誰も答えない。沈黙が、その答えを物語っていた。

 更にどんどん嫌な予感が増していく。


「村には泊まらずに、このまま王都へ向かった方がいいかもな……。とりあえず荷車まで戻ろうぜ」


 何が起きているのか分からない。……何も起きていない可能性もあるが。

 どちらにしても仲間内での相談は必要だが、外に荷車を放置しておく訳にもいかない。だから一旦、荷車のある場所まで戻ろうとした時だった。


「アンタっ! 人の荷物に何しようってのよっ!」


「めっ、なの~っ!」


「ぅわあぁぁっっ⁉ なっ、何だ~~っ⁉」


 宿の外から、そんな声が聞こえた。

 聞き間違えようの無いその声に、ユーキはこめかみを指で押さえながら外へと向かったのだった。


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