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第58話 「罪人同志」


 旅立ちから2年後……。

 時は、聖歴1366年・春――。


「ベル、お前も聞いてたんだろ?」


 一見(いっけん)、他に誰も居ないように映る宿屋の客室で、ユーキは呟いた。

 だが、ユーキはそこにベルがいる事を知っている。


「……ユーキィ」


 おずおずと、まるで悪戯(いたずら)を叱られる幼児の様にベルが物陰から姿を現した。

 その態度が、アレクがユーキを追放した事を、リゼットがアレクを追って部屋を飛び出した事を見ていたと、ユーキに教える。


「っつーワケだからよ。お前ともここでお別れだな」


 ベルは……、ユーキもだが、レックスの死の責任を取るという動機で旅に出た。だがユーキはもう旅を続ける事は出来ない。だから、それはベルとも別れるという事を意味していた。


 ユーキの言葉を聞いたベルの表情は暗い。

 同じ動機を持つユーキのリタイアは、ベルにとって辛いものだろう。それを抜きにしても、2年間共に旅をした仲間だ。ユーキとしても心苦しい。


「……だめ。……だめなの。だって、それじゃ……」


「ダメっつっても仕方ねぇだろ? 他のヤツらも居るし、アレクならきっとやり遂げられる。……ベルも、アレクを手助けしてやってくれ」


 グズるベルを、ユーキは(さと)す。ユーキの離脱は既に決定したのだ。リゼットがアレクへ文句を言いに行ってはいるが、(くつがえ)る事は無いだろう。何よりも、ユーキ自身が既に受け入れてしまっているのだから。

 だがユーキはそれほど悲観はしていない。アレクは1人では無いし、こう見えてベルも頼りになる。

 ……役立たずの自分が無理に同行して、アレクの邪魔になる事の方がよっぽど問題だ。


「だってそれじゃ……、やくそくがまもれないのっ。つぐなえないの……」


「償い……? それと約束って何だ? 誰との約束だ?」


 「償い」と聞いて、真っ先に浮かぶのはレックスの事だ。しかし、レックスの件の償いをするのならアレクと一緒に行けばいい。償えない理由にはならない。

 そして「約束」というのは初耳だ。誰と、何の約束をしたというのか?……少なくとも、レックスではあり得ない。ベルはレックスと面識が無かった筈だ。


 疑問の続くユーキの詰問(きつもん)に、ベルはすぐには答えられない。だが辛抱強く待つとやがて、ベルは重い口を開いた。


「……カーラ」


「……カーラ? カーラって、あのカーラか?」


 それは、ユーキの予想しない人物の名前だった。その為、何度もベルに向けて確認をする。もちろんカーラの事を忘れた訳では無い。

 ただ、旅に出て2年も経つが、その間久しく口にも耳にもしなかった名前が出た事に意表を突かれたのだ。


 だいたい、ベルとカーラが何の約束をしたというのだろう?

 ベルはカーラに負い目があるし、カーラが頼み事でもすれば断る事は出来ないだろう。だが、カーラがベルに頼み事をするイメージが湧かない。カーラはベルを許してはいない筈だ。……少なくとも、ユーキの目にはそう映っていた。


「カーラと、一体何の約束をしたってんだ?」


 ユーキは、恐る恐るベルに尋ねる。

 最終的にいくらか落ち着いたとはいえ、確執のある相手との約束だ。無理難題を吹っ掛けられてはいないかと、不安にもなろうというものだ。


「……「にいさんを……、みまもって」って……」


 ……言葉の意味が理解できない。

 「兄さん」とは、誰の事だ?「見守る」とは、誰が誰をだ?……自分、か?……ベルが、自分を見守ると?


「な、んだよ……。意味、わっかんねぇぞ……?」


「カーラは、「にいさんは、ぜったいムチャするから」って、「大ケガするかもしれないから」って……」


 ユーキは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 ユーキにとって、ベルと自分は同じ立場だ。カーラたちへの償わなければならない罪を持つ同志だ。

 だから、同じ目的を持って旅を続けてきた。「戦争を無くす」、その為に……。


「そんな……こと……」


「カーラはっ、ユーキをしんぱいしてたのっ!」


 ユーキには、にわかには信じ難い。カーラがベルに確執があるのなら、それは自分に対しても同様だと考えているから。

 それが心配……?カーラが自分を気に掛ける理由など、どこにも無いというのに……。

 混乱するユーキに構わず、ベルは続ける。


「さいごには、ぼくにも「ちゃんと、かえってきなさいよね」って、いってくれたのっ! カーラは、やさしい子なの……。なのに……、ぼくは……」


 もはや、ベルの言葉は独白に近い。最後には涙を溜めて、言葉に詰まってしまった。

 必死に涙を(こら)えるベルを見て、ユーキは平静を取り戻して冷静に考える事が出来た。


(そうだ……。カーラは優しい、いい子だ。たぶん……、カーラはとっくに俺たちの事を許してくれてたんだ……)


 今更になって、ではあるがユーキはようやくその事に気が付いたのだ。

 しかし、その事実に気付くまで2年以上……。しかも本人の居ない場で気付くなど、なんと失礼な話だろうか。


「うっ……ひくっ……。ぼくはっ……、ぼくはね……っ」


 ユーキは泣きじゃくるベルの頭に、そっと優しく左手の指を乗せて()でた。

 自分の知らない所で、自分を見守ってくれていた小さな妖精を(いた)わる様に……。


「……もういいよ、ベル。お前のおかげで、大事な事にようやく気付いたから……」


 実際、この場に居ないカーラの本心は分からない。だけどきっと、カーラは許してくれている……。でなければ、ベルにユーキの安否を見守れなどと言うものか。


 だが……。だがしかし、被害者が許してくれたからと言って、加害者がそれに甘んじる訳にはいかない。それが許されるのは罪を償った時……、少なくとも、そうできたと思えるだけの事を為した時だ。

 ……ユーキは、まだ何も成し遂げてはいない。


「……シュアープには、まだ帰れねぇな。……ベル、俺に……、付き合ってくれるか?」


 ベルには、カーラと交わした「約束」がある。ユーキと離れる訳にはいかない。

 だが、アレクと一緒に行く事も出来ない。アレクの邪魔は出来ない。

 そして、何かを成し遂げるまではシュアープに帰る訳にはいかない。


 ならば道は1つしかない。アレクとは別に、旅を続ける――。


 ユーキとベル。2人に課せられた十字架は重い。まだ、「これくらいの事」で投げ出す訳にはいかない。その事を、ベルとカーラが教えてくれた。思い出させてくれた。

 だからユーキは、同志のベルに向けて手を差し出した。


「――うんっ」


 小さな妖精は、同志の……ユーキの向けた指先を躊躇(ちゅうちょ)する事なく掴んだ。

 きっと、これからの旅は過酷なものとなるに違いない。だが、決して孤独ではない。なぜなら2人は同じ道を()く同志なのだから――。


 これにて、第3章の完結とさせて頂きます。

 ここまで読んで頂いた読者さま方には、本当に感謝の念に堪えません。


 第4章からの更新予定ですが、あらすじにも書いた通り週1回、土曜日に投稿させて頂きます。(ただし「1章~3章のあらすじ」を投稿しようと思いますので、次回のみ2話投稿します)

 更新ペースが一気に落ちて、読者さまに離脱されないかと心配ですが、変わらず読み続けて頂ければ幸いです。

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