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第57話 「世界から、戦争をなくす為に――」


「…………」


 聖誕祭が終わり、自宅へと帰ったアレクとミーア。その日の夕食は、静かだった。

 兄のヘンリーも、母のエリザベスも無言で、ただ黙々(もくもく)と食事を進めている。普段はお喋りをしながら、貴族子女に似つかわしくない食事をするアレクもこれには委縮(いしゅく)してしまう。

 ミーアも異様な雰囲気を感じながらも、他に(なら)い無言でフォークを口へと運ぶ。


「ね、ねぇ。なんでみんな黙ってるのさ?」


 元々、バーネット家はそれほどマナーに(うるさ)い訳では無い。ここまで静かな食事は、アレクにとって初めてといってよかった。

 しかし沈黙に耐えかねて出たアレクの発言は、地雷だった……。


「何で黙っているのかって? アレクこそ、何故黙っていたんだい?」


 優しい口調でそう言った、ヘンリーの言葉の意味が理解出来ない。

 なぜ黙っていたのかを聞かれても、皆が黙っているからとしか答えようが無い。しかし、ヘンリーの言っている事はもちろんそんな事では無かった。


「冒険者をやっている事……、旅に出る事……。僕と母さんが何も知らないとでも思っているのかい?」


「……ぇ……えっ?」


 意表を突かれたアレクは、ただただ戸惑う。

 残念ながらヘンリーの言う通り、アレクは2人にバレていないと思っていた。


 きっと冒険者の事や、旅に出る事は2人には反対される。だからずっと秘密にしてきたのだ。

 しかし、アレクは家の外では特にそれらを秘密にする事無く過ごしてきた。冒険者となって2年……。これで知らなかったらヘンリーとエリザベスは本当の無能だ。


 ミーアは、恐らくバレているのだろうと……、今晩の2人の態度は「そういう事」なのだろうと察してはいた。しかし、自ら(やぶ)をつついて(へび)を出す事は無いだろうと、黙っていたのだ。

 だが、こうなれば黙っている訳にはいかない。


「兄さまっ、姉さまは……っ」


「ミーアは黙っていなさい。ヘンリーはアレクに聞いているのです」


 アレクを擁護(ようご)しようと口を開いた直後、エリザベスが”ピシャリ”と言い放つ。その口調はいつもよりも冷たい。

 母のエリザベスが見せるその態度に、流石のミーアも押し黙ってしまった。


「さて、何で黙っていたのか、話してくれるかな?」


 対してヘンリーの口調は普段通りの……、いや、普段よりも更に穏やかな口調だ。それが逆に、恐怖を覚える。そしてそれは、普段能天気なアレクも同様だった。


「……そ……、それは……。反対……されると……」


「それが分かっているなら、何で冒険者になったんだい? しかも黙って旅に出ようだなんて……」


 ヘンリーの指摘は正論だ。だが、アレクにだって言い分はある。

 「戦争を無くす」為に旅に出る必要があるのだ。その為には、冒険者になるのが1番だというのが、頭の良いユーキとエメロンの結論なのだ。

 ……もちろん物語に出てくるような、冒険者に憧れがあるのは否定できないが。


 だが、旅の目的を話す事がアレクには出来なかった。

 それは『リング』や『神様』の存在を信じて貰える自信が無かったから。いや、自分と違って頭の良いミーアも説得してくれれば信じて貰える可能性はあるだろう。

 しかし、それらの存在を信じて貰えたとしても、きっとその後に「なぜアレクがそんな事をする必要がある?」と言われるのがオチだ。


 説明の困難さ、そしてその先に待つ説得の難しさに、アレクは考えが(まと)まらず口籠(くちごも)る。


「本当はずっと前から知っていたんだよ? でも母さんが「自分から言い出すのを待ちましょう」って言うから黙ってたのに……。まさか旅立つ前日になっても黙ってるなんて……」


 心底呆れたようにヘンリーが語る言葉に、アレクは驚愕(きょうがく)すると共に覚悟を決めた。

 明日、旅立つ事までバレている……。もう、誤魔化しは効かない……。


「兄さん……、母さんも、黙ってたことはゴメン。でもボク、旅に出るよ」


「…………」


 言い訳をせず、淡々と語るアレク。ヘンリーは……、エリザベスも、黙ってそれを聞いている。


「ボク、やるって決めたんだ。ユーキとエメロンと一緒に……。だから……」


「だから、旅に出るのを許して欲しいって? アレクは分かってるのかい? 町の外は危険がいっぱいなんだよ? 小説なんかの主人公みたいに上手くいくと思っているのかい?」


「そんなコト……っ!」


 分かっている。分かっているからこそ、バルトスの弟子になったのだ。ユーキやエメロンみたいに要領良くは出来なかったが、仕事だって経験した。現実が物語とは違うという事くらい、分かっている。

 兄さんの方こそ知っているのか?自分が……、ユーキとエメロンがどれだけ強くなったのかを。盗賊にも魔物にだって、3人が揃っていれば絶対に負けはしない。


 そんな反論が次々に浮かぶが、アレクの口からは出てこない。アレクは分かっているのだ。そんな事をいくら言っても、兄を説得するのは無理だという事を。

 なぜならヘンリーが怒っているのは、アレクの身を案じての事なのだから。いくら「大丈夫」だと言葉を尽くしても、町の外が危険な事実に変わりは無い。

 ヘンリーは、危険に身を置こうとする妹を黙っているような兄では無いのだから。


「半年前にだって盗賊に(さら)われただろう? あの時だって、どれほど心配したか……。アレク、旅なんて()めるんだ。冒険者も、もういいだろう?」


 もういい?何がだろう?まだ、冒険者になった目的は何も果たせていない。だってそもそも冒険者になったのは、旅の路銀(ろぎん)稼ぎに都合がいいからだったのだ。旅に出てもいないのに、冒険者を辞めるなんてあり得ない。


 だが、それでもアレクの口は開かない。ヘンリーが、心からアレクを心配して言っているのが分かるから。

 でも、旅を止める事は出来ない。それ以外に、戦争を止めようとした父の遺志を継ぐ方法が分からないから。


 ヘンリーを説得するのは不可能だ。きっと何を言っても、妹想いの兄の考えを変える事は無いだろう。

 だから仕方ない。明日は黙って出て行こう。明日が無理なら、明後日でも明々後日でもいい。四六時中、監視をするなんて不可能なのだから。ミーアという協力者だって、こちらには居るのだ。


 アレクはヘンリーの説得を諦め、反対されたまま家を出る決意を固めていた。

 出発が遅れた場合、ユーキとエメロンは怒るだろうか?入学試験に遅れたらヴィーノはきっと怒るだろう。と、そんな事をすら考え始めていたのだ。


「……アレク。あなた、黙って家を出る気でしょう?」


「ふぇっ……⁉」


 そんな時、意表を突いたのは母・エリザベスだった。

 まるで考えを見透かしたかのような母の発言に、アレクは素っ頓狂な声が出てしまう。


「やっぱり……。本当に困った子。一体誰に似たのかしら?」


「か……母さん……。その……」


 心底困ったように呟くその姿は、しかし多分に演技が含まれている。その事をミーアは目聡(めざと)く感じ取っていた。

 本当にアレクを引き留めようとするなら……、その為に実力行使をも()さない覚悟なら……、この様なセリフは言わない。もっと激昂(げっこう)するか、逆に冷淡に、アレクを軟禁なり監禁なりするだろう。


「あの、母さまは姉さまを……?」


「……ふぅ。……ヘンリー、ダメね。アレクは何を言っても聞かないわよ?」


「でもっ、母さんっ!」


「なら、諦めるまでずっと監視をする? それとも牢屋にでも閉じ込める? いっそ歩けないように、足の(けん)でも切ってしまおうかしら?」


 次々と出される極悪非道な提案に、アレクとミーアは身震いをする。まさか本当にはやらないと思うが、想像しただけで恐ろしい。足の(けん)など切られてしまえば、冒険者どころか日常生活だってまともに送れなくなってしまう。


 もちろんエリザベスにそのような事をする気など全く無い。これはヘンリーに「こうでもしなければアレクは止められない」と、(あん)に伝えているのだ。

 そしてヘンリーは、母の意図(いと)を正しく理解する。理解は、するが……。


「……でも、……そんなのはっ」


 納得は、出来ない。

 だってこれでは「可愛い妹を守る力はお前には無いのだ」と突き付けられている様なものだ。それを素直に納得して受け入れる事の出来る兄が……、男がいるものか。


「アレク、よく見なさい。今あなたは、こんなにもヘンリーを苦しめているのよ? あなたの旅は、それでもしなければいけないものなの?」


 エリザベスに促され、アレクは兄・ヘンリーを見る。その顔は苦悶(くもん)に歪んで、普段の穏やかな笑みはどこにも無い。


 自分の行動が、兄を苦しめているのだ。いや、兄だけではない。態度には出さないが、きっと母も……。ひょっとすると、理解者だと思っていたミーアですら同じような想いをしているのかも知れない。

 だが……、それでも……。


「みんな……ゴメン……。ボクは、行くよ……」


 自分のワガママが家族を苦しめ、悩ませている。心配をかけている。……そう再認識するが、それでもアレクは改めて、そう断言した。

 その決意は固い。なぜならユーキとエメロンも、既にアレクのワガママに巻き込んでしまっているのだから。エメロンはともかく、ユーキはきっと、仮にアレクが旅を()めたとしても1人で行ってしまうだろう。そんな事は許されない。


「アレク……」


 ヘンリーが変わらないアレクの意志を感じ、力なく妹の名を呼ぶ。

 もう何を言っても考えを変える事は出来ないのだと、そう察してしまったのだ。


 アレクもヘンリーも互いに言葉を尽くし、沈黙が訪れた所に突然”パンッ”と、手を鳴らす音が響いた。


「ヘンリーも諦めたようだし、母さんからもアレクに言っておく事があります」


 予期しないエリザベスの言葉に緊張が走る。

 先程までアレクの後押しをするような事を言っていたのに……。ここにきて一体何を言われるのだろうか、と。


「まずは、定期的に手紙を書く事。それと、何があっても目的をやり遂げる事。……何か、旅に出る目的があるんでしょう?」


「……う、うん」


 筆不精(ふでぶしょう)のアレクは手紙を書くのは面倒くさいと思うが、そのくらいは仕方がない。いざとなればユーキかエメロンに代筆を頼もう。

 2つ目は問題ない。元々そのつもりだし、ユーキたちが一緒なら絶対に達成できる。


「そして最後に、必ずここに帰ってきなさい。目的の途中でもいい……。またすぐに旅立ってもいいから、絶対に帰ってくる事。いいわね?」


 どんな条件を付けられるのかと、警戒をしていた。一晩中のお説教だって覚悟をしていた。なのにエリザベスの……、母のここまでの言動はアレクの理解を超えていた。


 子供たちの意思を尊重し、ヘンリーの詰問(きつもん)の際は多くを語らず、アレクの後押しをした後で家族の気持ちを悟らせる。そして続けた言葉は、(ひとえ)にアレクの心配をして放った言葉だ。全ては、愛する子供たちを想うが(ゆえ)の言動だ。


 アレクは母の、深遠(しんえん)なる愛情が計り知れない。母親とは皆、こんなにも子供を想う事が出来るのだろうか?自分もいつか、親になれば理解出来るのだろうか?出来るのだろうか?


「アレク、返事が無いみたいだけど帰ってくる気は無いのかしら? それなら、仕方ないから足を切っちゃおうかしら?」


「うぇっ⁉ かっ、帰るっ! 帰ってくるよっ!」


 母の深い愛に感嘆(かんたん)としていたアレクに、エリザベスは冗談めかしながら言う。本気ではないと分かってはいても、アレクは慌てて返事をした。


「という訳だけど……、ヘンリーもいいかしら?」


「納得……、はしていないけど……、仕方ないね。……それにしても、母さんには良い様に転がされちゃったね」


「あら、転がすだなんて人聞きの悪い。それにそう思うなら、もっと大人になりなさい」


 今や領主代行では無く正式に領主となり、バーネット子爵の肩書を持つヘンリーも母親が相手では形無しだ。

 とはいえ、ヘンリーもまだ22歳。エリザベスから見ればまだ半人前だが、それは逆に成長の余地があるとも言える。いつか父親の……、レクターのような立派な領主に成長して欲しいと願うものだ。


「ミーア、もう口を()いてもいいわよ。ごめんなさいね、貴方がアレクの肩を持つとややこしくなりそうだったから」


「……む~っ。母さまっ、だからって私の扱いは酷くありませんかっ?」


 殆ど会話に参加する事の無かったミーアが、エリザベスの許可を得て口を開く。が、開口一番に出てきたのは母親への文句だ。

 とはいえ、エリザベスに何か考えがあったのだろうとはミーアも理解していた。だからこそ、余計な口を挟まなかったのだ。


「だって貴方、いざとなったら脅迫だってする気だったでしょ? そうなったら、私だって本気を出さなきゃならないし……」


「そんな、脅迫だなんて……。少し、デモの扇動(せんどう)でも(ほの)めかそうとしただけですよ?」


「……それを脅迫というのよ?」


 アレクの意志は固い。それを阻もうとするのなら、きっと力づくで監禁でもする事になる。それは子爵家にとってはスキャンダルだ。

 それを問題視して、子爵家の一員であるミーアが先頭に立って扇動(せんどう)すればデモの1つも起こせるだろう。だが……。


 だが、何と恐ろしい話をしているのだろう。隣に座るヘンリーは戦慄(せんりつ)した。

 本当に、そんな話にならなくてよかったと胸を撫で下ろす。対抗する母の本気とやらも知りたくない。

 悲しいかな、バーネット家で唯一の男性であり、子爵位を持つヘンリーだが、家族の中で最も弱い立場の存在だった。


「すっかり食事が冷めてしまったわね。温め直すから少し待ってなさい。ミーア、手伝ってくれる?」


「はいっ、母さまっ」


 2人がテーブルを立ち、アレクとヘンリーが顔を見合わす。ヘンリーは少し困った様な、優しい笑みをアレクに向けてくれた。

 きっと、全部を納得してくれた訳では無い。それでもアレクの旅立ちを許してくれたのだと、その表情が物語っていた。


「兄さん、ボクみんなが大好きだよっ。絶対帰ってくるから、そしたら……」


 そうしたら、世界から戦争は無くなり平和になる。きっと大好きな家族たちも、それを喜んでくれる。神様の所にいる父も、きっとそれを望んでいる。

 みんな……、みんなが幸せになれるのだ。


 家族たちへの愛。家族たちから向けられる愛。

 それらを再確認しながら、アレクの旅立ち前の晩餐(ばんさん)一悶着(ひともんちゃく)を起こしながらも(なご)やかに過ぎて行った――。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 そして翌日、旅立ちの朝――。


「アレクっ、遅いっスよっ!」


「ゴメンゴメンっ。昨夜(ゆうべ)、興奮して中々眠れなくってさー」


「アレクは、ホンット寝起きが悪いのよねーっ。ユーキとエメロンも覚悟しておいた方がいいわよ?」


「なの~っ」


 集合場所に予定時刻よりも10分ほど遅れてやって来たアレクに、ヴィーノが文句を言う。もう少し待って来なければ、家まで迎えに行こうかと相談していた所だ。


「まぁ、とにかくこれで全員集合だな。みんな、忘れモンはねぇだろうな?」


「そんなの、2日前には終わらせてるっスよ。昨日も確認したし問題ないっス」


「ボクもダイジョーブっ! カンペキだよっ!」


 音頭を取るユーキの姿は、まるで引率のようだ。

 ヴィーノはともかく、やたら自信満々のアレクは怪しい……。こんな事を言っておきながら忘れ物をしている様な気がしてならない。もし、何日も進んでから忘れ物に気付いて引き返す、なんて事になれば目も当てられない。

 ……なんて考えていたのだが。


「何言ってんのよっ。共有の荷物はほとんどユーキとエメロンが準備したし、アレクの私物だって確認したのはミーアじゃないっ」


「ミーアが確認したなら安心だな。んじゃ、必要なモン以外は台車に乗っけて……と」


 アレクの態度に突っ込むリゼットが、ユーキを安心させる。アレクとミーアに対しての信用の違いが悲しい。


 それはさておき最低限の物だけを身に着けて、他の荷物は手押しの台車へと積み込む。この台車は事前に用意した物だ。

 これから何日間も歩き続けなければならないのだ。必要な荷物の量は、とてもリュックなどには入りきらない。無理矢理詰め込んだとしても、そんな状態で歩くのは大変だし、戦闘なんて出来ない。

 よくある物語の様に、異空間へ荷物を放り込めれば楽なのだが……。


「エメロン? 返事が無かったが、お前も寝不足か?」


「えっ……、あ、うん……。僕も、あんまり寝てなくて……」


 アレクに続いてエメロンまで寝不足とは……。

 しかしまぁ、エメロンならば大丈夫だろう。本当に辛ければ言ってくるだろうし、こちらからも注意して見ておけばいい。何より、あまり気を遣い過ぎると逆にエメロンも居心地が悪くなるだろう。

 どちらかというとアレクの方が、途中でバテたりしないか心配だ。


「……それにしても、見送りの1つも無しとは。……寂しいっスね」


「聖誕祭の翌朝だからな。ほとんどの人は昼まで寝てんじゃねぇか?」


 聖誕祭の翌日は休日となっている。とはいってもただの休みではなく、この日に祭りの後片付けをするのだ。ただ、前日は深夜まで酒を飲んでいた大人も多く、町が本格的に動き出すのは昼前になってからだろう。


「んなコトより、準備が出来たならさっさと行くか?」


「うんっ! これから大冒険の始まりだよねっ!」


「……俺は目的が達成できりゃあ、別に冒険とかしたくねぇなぁ」


「えぇーーっ⁉」


 そんな会話をしながら一行は町の外へと向かって進む。途中の景色を、見慣れた風景を目に焼き付けながら……。旅を終えたら、必ずこの町へと帰ってくる。その時までは、これが愛する町・シュアープの見納めとなってしまうのだから……。


 そうして感慨に(ふけ)りながら歩いていると、進行方向からガヤガヤと人の気配がしてくる。こんな朝っぱらから何の集まりだろうか?もしかすると夜通し酒を飲んでいた酔っ払いかも知れない。

 道を変えた方がいいかも、と思ったその時だった。ガヤガヤとした雑音は、いきなり大歓声へと変貌した。


「なっ、なん……っ⁉」


「アレクくーんっ‼」「元気でなーーっ‼」「土産たのむぞーーっ!」「ヴィーノーーっ!」「勉強サボんなよぉーっ‼」「体に気をつけてなーーっ‼」「ドカンと行ってくるっスーーっ‼」「ユーキィーーっ‼」「ちゃんとメシ食えよーーっ‼」「エメローーンっ‼」「どこいっても友達だぞーーっ‼」「彼女作れよーっ‼」「ちゃんと帰ってこいよーーっ‼」


 数十人の人間が一斉に声を張り上げる。

 同じクラスだった皆……、ロドニー、クララ、ミーア。孤児院の皆……、ケイティ先生、カーラ、シンディ。バルトスに、ギルドで知り合った人たち。ヴィーノの家族やロドニーとクララの家族、ヘンリーに、エリザベスまで……。

 シュアープで知り合った人たちが集まって、見送りに来てくれたのだ。


 彼らは道を開け、通り過ぎるアレクたちに歓声を……、激励を送り続ける。


「……ったく、こんな朝っぱらから……何やってんだよ……。近所……迷惑、だろ……」


 小さく呟くユーキの声は歓声に()き消される。震える声は、誰の耳にも届いてはいない。鼻をすするのも、誰にも気づかれていないだろう。

 自分が、出会いに恵まれている事は自覚していた。不相応にも、彼らから愛されている事にも……。だが身寄りのない孤児の自分が、こんな風に……、こんなにも盛大に送り出されるなんて、思ってもいなかった。


 アレクは誇らしい気分に(ひた)っていた。

 自分は、自分たちはこんなにも大勢の人に愛されて、期待されているのだ。『英雄』の出立(しゅったつ)とは、こうでなくてはいけない。

 今はまだ、万人に認められる英雄とは程遠い。だが旅を終えて帰ってくる頃には自分は、いや「インヴォーカーズ」は、きっと大陸中に認められる『英雄』となるのだ。


「……みんなっ! 行ってきますっ‼」


 だからアレクは大声で声援に応える。ユーキたちもそれに続く。

 愛する家族に、友人に、恩師に、隣人に見送られて、若者たちは故郷を後にした。

 世界から、戦争をなくす為に――。


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