第56話 「旅立ちの前」
「アレクっ、そっちにもう1匹行ったぞっ! エメロンは動かず魔法に集中っ!」
「オッケーっ、楽勝だよっ!」
「うんっ! アレクは調子に乗らないっ!」
「ベルっ! 伏兵はっ⁉」
「ちょ、ちょっとまって~っ! んん~~っ……、△∮Γ⊿∂◎◆☆? ……だいじょーぶだよっ! このちかくに、ほかにまものはいないの~っ」
「……ユーキっ! いけるよっ!」
「よしっ、アレクっ! 1度下がれっ! エメロンの魔法に巻き込まれるぞっ!」
「うんっ!」
アレクが下がったのを確認したエメロンが魔法を発動する。杖から魔法陣の光が浮かび、大量の水が放出された。
魔法の標的……ゴブリンたちは一斉に躱そうと動くが、エメロンの出した水は只の水では無い。ヘビの様にのたうち、また放射状に広がる。ゴブリンたちは魔法の水に呑み込まれ、身体の自由を失う。
「よしっ! アレク、1匹ずつ確実に止めだっ。油断するなよっ!」
ユーキはそう言うが、既に大勢は決している。ゴブリンは1匹残らずエメロンの魔法に呑まれ、もがく事しか出来ない。その内の数匹に至っては身動きすら取れていない。気を失ったか、死んでしまっているようだ。
それでもユーキは慎重に1匹ずつ止めを刺していく。隣のアレクへの注意も怠らない。
やがて、全てのゴブリンを倒した。30匹を超えるゴブリンを全滅、しかもユーキたちは怪我の1つも負ってはいない。大戦果と言って差し支えないだろう。
「やったーーっ! 大っ勝利っ‼」
「はしゃぐなって。油断大敵っつーだろ?」
「そんなコト言ってもさ、他に魔物はいないのはベルが確認済みじゃないか」
「そうだね。ユーキはもう少し、肩の力を抜いてもいいんじゃないかな? それとベル、助かってるよ。ありがとう」
「ん~ん、それがぼくのやくめなのっ」
ベルの存在は、予想以上の戦力となっていた。
『精霊魔法』……。それをベルは使う事が出来る。とは言っても、直接敵を攻撃したり、魔法で身を守る事が出来る訳では無い。ベルの『精霊魔法』は「探し物」を見つける事が出来る、といったものだった。
残念ながら、その効果範囲などはハッキリとしない。ベルの話によれば『精霊』には見つけ易いものと、見つけ難いものがあるそうだ。見つけ易いものであれば、かなり遠くでも察知できる。そしてその確度はかなり高い。
ちなみに、魔物はかなり見つけ易いそうだ。どんなに小さな魔物であっても、半径100m以内であれば確実に見つける事が出来るらしい。ベルがいれば、奇襲や伏兵を多用するゴブリンなどは脅威にはならないとさえ言える。
「こりゃあ、本格的に役に立ってねぇのはリゼットだけじゃねぇか?」
「なっ、なによっ! ア、アタシには知恵と美貌があるんだからっ!」
「知恵と美貌~っ? お前のドコに、んなモンがあんだよっ?」
「ふ、ふたりとも~っ。ケンカはめっ、なの~っ」
ベルは必死になって2人の言い合いを止めるが、もちろん本気で喧嘩をしている訳では無い。この程度の言い合いはいつもの事だ。
だから1人だけムキになっているベルを見て、4人は笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「んで……? オレに内緒で魔物を狩りに行った成果がコレかぁ?」
山のように積まれたゴブリンの身体の一部。それを見てバルトスは怒気を孕みながら言った。
バルトスに内緒でゴブリン退治に行ったのには訳がある。それはベルの存在をバルトスに秘密にする為だった。
ベルの『精霊魔法』を知り、その有用性を知れば当然、実戦で確かめてみたくなる。だがアレクたちが攫われた事件以降、バルトスは修行中に3人から決して目を離す事は無くなり、そのチャンスが無かったのだ。
そうなれば当然、内緒で行こうという話になる。
しかし、内緒だった筈のゴブリン退治の成果を、これ見よがしに自慢するバカが居た。
ユーキとエメロンはバルトスの怒りを察知するが、1人だけそれが分からない鈍感なバカがいる。
「うんっ。ゴブリンなんてもう、ボクたちの敵じゃないねっ」
「バァカかテメェはぁっ⁉ もう半年前の事を忘れやがったかぁ、あぁっ⁉ 何の為にオレが居ると思ってんだぁっ⁉」
半年前……。アレクとミーア、そしてリゼットとカーラの4人が盗賊団に攫われてから、既に半年の月日が経っていた。
あの事件の後、懸念の1つであったバルトスへの罪は不問に終わった。
ヘンリーとエリザベスが穏健であったのもあるが、やはり結果論とはいえ被害者たち……、特にアレクとミーアが無事に帰ってきたというのが大きい。
ただやはり、ギルド内でのバルトスの評価は下方修正されたらしい。これにはユーキたちも抗議をしたのだが、結果は覆らなかった。
元々のバルトスの評価が高かったからか、仕事を失う程では無かったのが不幸中の幸いではあるが。
そんな理由もあるからか、口調に似合わず過保護気味であったバルトスは、3人の動向に以前より過敏になっていたのだ。
「そんなコト言っても、半年前だってシショーと一緒だったじゃん」
「……ぐっ。テ、テメェ……っ!」
アレクの心無い言葉がバルトスの心を抉る。
確かに……、確かに半年前、バルトスが一緒だったにも関わらずアレクとミーアは攫われてしまった。それは紛れも無い事実だ。だが事実でも……、事実だからこそ、言ってはいけない言葉というものがある。
「そ、そういえば……。師匠のお子さん、もうすぐ生まれるんですよね? おめでとうございますっ」
「……そういや、そういう話だったよなっ。いやホント、オッサンの嫁さんが受付の人だなんてな。本人から言われなきゃ、絶対信じられねぇぜ」
少し強引なエメロンの話題の変更に、ユーキも合わせようとする。
バルトスは既婚者であり、妻は冒険者ギルドで働く受付嬢だった。アレクたちが初めてギルドへ行き、登録の担当をしてくれたお姉さんだ。
思い返せばバルトスと初めて出会った時、「ユーキたちの様子を見るように受付嬢から依頼された」と言っていた。それは「依頼」というより、妻から夫への「頼み事」だったのだ。
彼女にはそれだけではなく、冒険者となってからの2年の間色々と世話になったものだ。
それが1ヵ月程前、「しばらくギルドの仕事をお休みする」と宣言されたのだ。事情を聞くと、子供が生まれる為に産休を取ると言う。
受付のお姉さんが既婚者である事にも驚いたが、その相手を聞いた時にはさらに驚いた。バルトスからは、そんな話は1度も聞いていなかったのだから。
「あぁ。テメェらが出発するのは聖誕祭の後だろ? その頃には生まれてる筈だからよぉ、見たけりゃ顔を見に来てもいいぜ。……ウチのも、喜ぶだろーしなぁ」
3人の出発は『聖誕祭』の翌日を予定している。旅に出る前に『願飛ばし』で願掛けをしようというエメロンの提案だ。
神様に会って願いを叶えて貰う目的で旅をするのに、旅の前に神様に『願飛ばし』をするというのも変な話だが。
そして、バルトスの子供の出産予定日は聖誕祭よりも早いようだ。
嫌々、といった雰囲気で「子供を見に来てもいい」などと言ってはいるが、内心では自分の子供を見せたいのがバレバレだ。そろそろ付き合いの長いので、バルトスのそういった面倒臭い一面も理解している。
「いいのっ⁉ シショーの赤ちゃん、楽しみだなーっ」
「オッサンに似なきゃ、いいけどな。女は当然、男でもこの顔は悲惨だぜ?」
「テメェっ! テメェも人の事をどうこう言えるツラかよっ! ……だいたいオレぁ、これでも女にゃ結構モテんだぜぇ? 昔は何人もの女を泣かせたモンよぉ。テメェみてーなクソガキにゃ、無縁だろうがなぁ?」
「お、俺だってモ……テ……。……やっぱ、この話題は止めよう」
バルトスの挑発に対抗しようとするが、途中で言葉に詰まり話題を切り上げようとするユーキ。
自分で言うようにユーキも一部の女子には人気があるし、慕ってくれる女の子もいる。だがユーキはクラスでは年長組だし、クラス以外の女の子の知り合いといえばミーアや、孤児院の子たちのカーラやシンディたちである。全員、ユーキよりも年下だ。
「ユーキ……。ロドニーに「妹ハーレム」って言われた事、気にしてたんだ」
そんな、エメロンの呟きと共に平和な日常は流れて行く……。
『聖誕祭』の……、そして3人の旅立ちの日は近い……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして時間は流れ、『聖誕祭』の日はやって来た。
ユーキたちは朝から友人たちと合流して祭りを楽しみながら、旅立ちの前の最後の……、友人たちとの交流を深める。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、『願飛ばし』をする為に町の中央広場へと向かっていた。
そんな道すがらでクララが話しかけてきた。
「それにしてもユーキくん、カーラちゃんとシンディちゃんは良かったの? わたしは一緒でもよかったのに」
「あぁ、「友達との別れの邪魔はしない」ってよ。……んな気にする事ねぇのになぁ」
この場にカーラとシンディはいない。理由は、今ユーキが言った通りだ。
交友関係の乏しい2人が、祭りの中で寂しくしてはいないかと心配するユーキだったが……。
「お兄さま。カーラさんたちは、今日はクラスの友達と祭りを回ると仰ってましたから心配は無いと思いますよ?」
ユーキの心情を鋭く感じ取ったのか、ミーアがそう言ってくる。
カーラと同じクラスのミーアが言うには、この半年でカーラは少しずつかつての友人たちとの親交を取り戻し、今では以前と同じ……、ではないがクラスで孤独に過ごす事は無くなったらしい。
孤児院内でも、同様の様子が窺える。
「ま、アンタはこの後、孤児院で顔を合わすでしょ? その時にでも別れを言えばいいじゃない。アタシたちはもう会えないと思うから、ついでにヨロシク言っといて」
「リゼットおねぇちゃん、それはちょっとハクジョウだとおもうのーっ」
ユーキたちは、明日の朝に旅立つ。リゼットも旅に同行するのだから、確かにカーラたちとはもう会えないのかも知れない。だが、あまりにドライなリゼットの言い様にベルが苦言を呈する。
「それに「もう会えない」とか不吉すぎんだろ。ヴィーノはともかく、オマエらは帰ってくんだろ?」
「オ、オイラだって、学校を卒業したら帰ってくるっスよっ⁉」
「つっても合格すれば、だろうが。不合格ならとんぼ返りか?」
「絶対に受かるっスっ‼ 受かるまで帰ってこないっスっ‼」
ロドニーの言葉をヴィーノが慌てて訂正する。
明日、シュアープを旅立つのはユーキ・アレク・エメロン・リゼット・ベル……、そしてヴィーノの6人だ。
ただし、ヴィーノの目的は他の5人とは違い、王都にある高等学校に入学する為だ。ロドニーが言うように、入学試験に合格しなければいけないのだが。
とにかく、アレクがエルヴィスから貰った「リングを示す地図」には、王都・エステリアにリングの1つが在る事がハッキリと示されている。
その為、王都まではヴィーノも一緒に行く事になったのだった。
「でも、いいのかい? 僕たちに王都までの護衛を、わざわざギルドを通して依頼するなんて。友達なんだし、そんなの必要ないよ?」
ある日、冒険者ギルドで「インヴォーカーズ」に対して名指しでの依頼があった。依頼主はヴィーノの父親。依頼内容は「ヴィーノを王都まで無事に送り届ける事」。
まるで、旅に出る彼らの為に用意したかのような依頼だ。
依頼など無くても友人同士なのだし、目的地も同じなのだから一緒に向かうつもりだった。ギルドの様な中間業者を通せば、当然余分にお金がかかる。しかも報酬は相場よりも随分高額だった。
エメロンが気にするのも当然と言えた。
「いいんっスよ。パパと兄ちゃんからの餞別みたいなものっスから」
役人であるヴィーノの父は、アレクの父・レクターや兄・ヘンリーとの関係が深いらしい。
そしてヴィーノの兄・ブローノは、ユーキの父・サイラスとの親交が深かった。どうやら、その2人の心遣いらしい。
自分とは関係の無いエメロンは少し心苦しくも思うが、これ以上の言葉は無粋だろう。
「ねぇっ、みんなっ! 早く行かないと『願飛ばし』終わっちゃうよーっ!」
ゆっくりと会話をしながら歩く一行に、1人で先に進んだアレクが振り返り叫ぶ。
そんなに急がなくても、まだ時間はある。が、アレク1人を放っておく事も出来ない。心を1つにした一行は歩く速度を速め、アレクの元へと追いつくのだった。
そして『願飛ばし』の会場に辿り着いた一行は、それぞれが思い思いの願いを紙に書き、それを台座に乗せて風の魔法陣で上空に飛ばす。
高く――、高く飛んで行く紙を見上げる――。
「お兄さまは、どんな願い事をしたのですか?」
「そりゃ、「旅の無事と成功」だな。ってか、他にねぇだろ? ……ミーアは?」
「もちろん、わたしは「お兄さまたちが早く帰ってきますように」って書きました」
2人とも、分かり切った質問をし合った事に気付いて笑い合う。
きっとアレクもエメロンも、同じような願い事をしたのだろう。ロドニーとクララもそうかも知れない。ヴィーノは、きっと合格祈願だろうか?リゼットとベルも何かを書いていたが、あの2人はちょっと予想がつかない。
いつか、この様な行事ではなく、本当の願い事を叶える――。
戦争が無くなるように――。世界が平和になるように――。自分や、カーラやシンディ……、そしてレックスのような孤児が居なくなるように――と。
アレクとエメロンと共に、2人の妖精と一緒にやり遂げてみせるのだ。
ユーキの「誓い」は決意となって、遥かな空へと消えて行った――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夜、孤児院へと帰って来たユーキを待っていたのは、孤児の弟妹達とケイティ先生だった。
明日に旅立つユーキの為、ささやかながらもいつもより豪勢な夕食が用意され、弟妹達からの別れや励まし、感謝の言葉を贈られる。
一時と比べ、より打ち解けた孤児たちとの賑やかな夕食を終え、食事の後片付けをしようとした時だった。
「ユーキ君、片付けは置いておいて下さい。明日は出発なのだから、他の子たちの所に行ってあげなさい」
「ケイティ先生……。すんません、自分で片付けないと落ち着かなくって。それにあいつらだって、いつかはココを出て離れ離れになるのは分かってんだから、そんなに気にしてませんよ」
「あら、そんな事は無いと思いますよ? ……ほら」
ケイティ先生に促されて指す方を見てみると、そこにはカーラとシンディの姿があった。
きっとユーキの片付けが終わるのを待つつもりだったのだろう。邪魔にならないように、部屋の外からこちらを窺っているいるのが見えた。
「……ふぅっ。すんません、行ってきてもいいですか?」
「えぇ、行ってあげなさい」
「ありがとうございますっ。……それと、ケイティ先生。今まで……、学校でも、ココでも、お世話になりましたっ!」
ケイティ先生はこの後、教会の方へと帰ってしまう。きっと明日も教会での仕事が忙しい筈だ。今までの感謝を告げるには、今しかない。
そう思ったユーキは、深く頭を下げた。
「ふふっ。卒業式の時も言いましたが、それが私の仕事ですから感謝は不要です。……それでも」
教会学校で言った言葉を、ケイティ先生はこの場でもう一度口にする。
ほんの数日前に聞いた言葉だ。忘れてはいない。もちろん、続きの言葉も……。
「「それでも恩に感じるなら、身も心も健勝でありなさい。それが最大の恩返しです」だろ?」
「……。えぇ、そうです。覚えていてくれたようで教師冥利に尽きますね」
そう言いながらも、セリフを取られたケイティ先生は少し不服そうにも見えた。そんなケイティ先生は、ずっと年上なのに可愛く見えてしまう。もしそんな事を言えば、きっとお説教だろうが。
「ただ、その言葉は生徒の皆に伝えた言葉です。折角ですし、ユーキ君に1つだけ言葉を贈りましょうか」
「……へ? んなコト言われると、何だか緊張するっすね」
もしや心の声が漏れたのでは?と、ユーキは警戒をする。もちろん、そんな事は無いのだが。
「ユーキ君、あなたはもう少し我儘になりなさい」
「……は?」
薫陶か、励ましか、それとも説教か、と身構えていたユーキに予想外の言葉が贈られる。
ワガママになれ、とはどういう意味だろうか?言葉通りに受け取って良いのだろうか?
自分で言うのもなんだが、エメロンなんかよりはずっと自分勝手に行動している自覚はある。さすがに、アレクほど奔放では無いが……。
「きっと、これから先の人生で悩む事は沢山あります。そんな時、「最も良い方法」ではなく「自分が1番望む方法」を選びなさい」
「……はぁ」
ケイティ先生の言葉に、曖昧な返事をするユーキ。
ユーキには、ケイティ先生の言っている事が良く分かっていない。自分はいつも「最善の方法」を「1番に望んできた」。だから、その2つはユーキにとって同じものだ。
その反応を見たケイティ先生は、ユーキが何も理解していない事が分かった。
内心で溜息を吐きながらも、それでも良いのだと自分に言い聞かせる。なぜならケイティ先生の1番の望みは「生徒に最も良い方法を選ばせる」事では無く、「生徒が最も望む道を選ぶ」事なのだから。
「さぁ、もう行きなさい。カーラさんとシンディさんが待ってますよ?」
だからケイティ先生は、これ以上の言葉を語らない。
あまり多くを語り過ぎれば、自分の考えを生徒に押し付ける事になってしまうから。出来れば、生徒たちには自分自身で答えを見つけて欲しい。
「は、はいっ。ケイティ先生、本当にありがとうございましたっ!」
最後にもう1度、そういって頭を下げてから去っていくユーキ。
彼が今後、どういった答えを出すのか?今のやり取りが、何かの糧になるのだろうか?それとも何の意味も無かっただろうか?それは誰にも……、ユーキ本人にも分からないだろう。
ただ、学校から、孤児院から、そして町から旅立つ教え子の背中を、ケイティ先生は優しく見つめるのだった……。




