第55話 「ケジメの取り方」
リゼットを待っている間の雑談。その筈だったのだが、会話の中でカーラは号泣してしまった。
カーラが泣き止むのを待って十数分が経ち、改めてリゼットは連れてきたベルをカーラの眼前へと押し出す。
「ホラっ、アンタのせいでみんな大変だったんだから。死んだ子だっているのよ。ちゃんと謝りなさい」
「うぅ~っ、ご……、ごめんなさい~っ。あんなことになるなんて、おもわなかったの~っ」
「…………」
リゼットに促されて謝罪をするベルだが……、それを聞いたカーラの反応は鈍い。いや、カーラだけではない。その場の全員がベルの謝罪に対しての反応を返せずにいたのだ。
ただ、何とも言えぬ不快感だけが膨らむ。死人が出たというのに、幼児の様な口調が癇に障る。4、5歳くらいの外見と口調だが、ベルは自分たちよりもずっと年上の筈なのだ。
「オメェよぉ……、ホントに悪いと思ってんのかぁ?」
ロドニーはこの件に関しては殆ど部外者と言ってよい。だが、それでも口を挟まずにはいられなかった。
何年も前の事とはいえ、ベルがきっかけで起きた事件は小さなものでは無い。レックスの死は元より、カーラとシンディも今となってはロドニーの仲間だ。ユーキは、幼い頃からの親友だ。
そんな彼らを傷つける惨事を起こしておきながら、何年も謝りもせずに今更になってリゼットに連れてこられて謝ったかと思えば、幼児口調で真剣さが見えない。
「テメェがやったコト、分かってんのかぁっ⁉」
怒気を孕みながらロドニーが怒鳴る。ベルは、ただそれを俯いて聞いている。
その場の誰もが、ロドニーが何故怒っているのかを理解はしていた。ロドニーは仲間を想って、仲間の代わりに怒っているのだ。
しかし、その怒りは同時に仲間たちの心も傷つけていた。
シンディも、ベルと同じく事件のきっかけを作ってしまった元凶だ。
リゼットも、ベルと同じ失敗をした経験を持っている。
カーラも、あの時2人と離れなければ、事件は起きなかったかも知れない。
ミーアたちは、カーラを2人から引き離すきっかけを作ってしまった。
そしてユーキは……、未だに事件の原因は自分にあると思っていた。自分があの時、もっとしっかりしていれば……。選択を間違わなければ……。野犬だけでなく、周囲の全てに気を張っていれば……。
仲間を想って、力を込めて叫べば叫ぶ程、仲間たちは傷つく。だが、ロドニーはその事に気付いていない。
しかし代わりに、別の仲間が気付いてくれる。間違っても、止めてくれる。
「……そこまでにしとこうよ、ロドニー」
「そうっスよ。オイラたちは部外者なんだから、ロドニーが怒るのはスジ違いってモンっス」
「あぁっ⁉ 部外者ぁっ⁉ ヴィーノっ、テメェあん時ユーキが大ケガしたの忘れたのかよっ⁉ ダチをあんな目にあわせられて、部外者ヅラしてられっかよぉっ‼」
だが、1度怒りに火の点いたロドニーは簡単には止まらない。
「カーラとシンディもだっ‼ 2人とも、ダチを失くして……っ! それをコイツは何年も経ってから「ごめんなさい~」だぁっ⁉ テメェっ、フザっけてんじゃあねぇぞっ‼」
エメロンとヴィーノの制止も無視して、更に激しく怒りを燃やす。それに晒されるベルは、ただ震えて耐える事しか出来ない。
直情的で、仲間想いなのはロドニーの美点であり、欠点でもあった。
「震えてガマンしてりゃ、それで済むとでも思ってんのかぁっ、あぁっ⁉ それともリゼットにでも泣きつくかぁっ⁉ 「おねぇちゃ~ん」ってよぉっ! ハッ、テメェ一体歳いくつだよっ⁉」
ベルを責めるロドニーの言葉は益々苛烈になっていく。これでは当事者であるユーキやカーラが話が出来ない。
さすがに出しゃばり過ぎだと感じたエメロンは、ヴィーノと目線を合わせて互いに頷く。より強く止めようと、それでも止まらない場合は力づくでも、という覚悟を決めて。
だが、2人が動く前にロドニーの前に立った人物がいた。
「ユーキ……」
「サンキュ、ロドニー。お前の気持ちはスゲェありがてぇよ。けど今は、俺に譲ってくれねぇか?」
「……ちっ、しょうがねえな」
ユーキが前に出る事でロドニーは渋々ながら退く。まだまだ言い足りないくらいだが、ユーキに譲ってくれと言われては仕方がない。
「始めまして、だよな。俺の名前はユーキ。リゼットのダチで……、あの事件じゃ……、お前と同じ、加害者だ」
なるべく穏やかな口調で話すユーキ。ただ、自己紹介の中でハッキリと自分の事を「加害者」と宣言した。
それを聞いた面々の多くは呆気にとられる。ユーキの発言を理解できない者。理解しつつも呆れる者。否定をしようとする者。だが誰も、声を上げる事が出来ない。
「俺はあの時、シンディを……、レックスを守ろうとした。でも、出来なかった。俺のミスが、レックスを殺したんだ……」
全員が固唾を飲んでユーキの告白に聞き入る。
ほぼ全員がユーキの気持ちを理解していた。古い友人たちはユーキが自分の力不足を責めている事など、とうに知っている。改めてそれを知ったのは、カーラとシンディ、ベルくらいだ。
「言い訳はしねぇ……。たとえ俺にそんなつもりが無くても、俺が原因でレックスが死んだ事には変わりがねぇ……。ベル、……お前はどうだ?」
「……ぼ……く、は……」
「ヒデェ事になるって分かってて、階段を出しっぱなしにしたのか?」
ベルの口から言葉は出てこない。ただ、瞳に涙を溜めながら必死に首を左右に振る。
それを見たユーキは、似合わない優しい笑みをベルに向けた。
「やっぱり、俺とベルは同じだな。俺たちは「加害者」だ。なら、罪を償わなくちゃならねぇ」
「……どう、やっ……」
自分1人だけがレックスを殺したのだと信じていた。だが、ここにもう1人の「加害者」がいる事をユーキは認めた。目の前のベルを見れば、彼が自分と同類だと、そう感じてしまったのだから。
そして、「加害者」は罪を償う必要がある。当然だ。しかし、ベルには償い方が分からない。
「……それは俺にも分からねぇ。ただ、死んだ人間は生き返らねぇ。……それにきっと、いくら謝っても残された人間は許しちゃくれねぇ」
「……ユーキ……、は……?」
だが、ユーキにも償い方など分からない。何をしようとも、元通りになどならないのだから。
ただ、死んだ人間を生き返らせる方法は実はある。リングを集め、神様に願えば死人をも生き返らせる事が可能だと、かつてエルヴィスは断言した。
しかしユーキは、あえてそれを口にしない。それは『死者蘇生』を願った者は不幸になる、と言われたからかも知れない。
「俺は……、戦争を無くす為に旅に出る。……それが償いになるのかは分からねぇ。けど戦争がなけりゃ、きっと違う運命になってて……、レックスも死ななかったって……、そう思ったから……。きっと、カーラもシンディも納得してくれねぇと思う。でも、これが俺なりに考えた罪の償い方だ」
「…………」
「まぁ、偉そうに言っちまったけど、他人の目的に乗っかっただけなんだけどな」
この時ユーキは初めて、アレクの旅に同行する決意をした動機を告白した。
かつてアレクたちに話した時の様な、「何となく、そう思った」というような曖昧な理由では無い。ユーキは、「贖罪」の為に旅に出る決意をしたのだ。
口を挟まずに聞いていた友人たちは皆揃って息を呑む。
ユーキをよく知る友人たちは、旅に出る理由がいい加減なものだとは思ってはいなかった。何か、言えない理由でもあるのだろうと理解をしていた。その理解は正しかった。ただ、こんなにもレックスの死を引き摺っているなんて、思ってもいなかったが。
レックスが死んでからもユーキは、笑い、怒り、呆れ、聡明に、快活に過ごしてきた。忘れてはいなくても、吹っ切っているものだと思っていた。
ユーキは何も吹っ切ってなどいない。ただ知っているだけだ。
自分がどんなに落ち込んでも、泣き喚いても、自己嫌悪に陥ろうとも、……死のうとも、何も変わらないという事を。
自分がいくら楽しんでも、笑っても、自愛しようとも、生きようとも、世界は何も変わらない。
……何をしても、しなくても、戦争ばかりの世界は変わらない。父・サイラスを殺し、自分たちを孤児にした戦争は、きっとまた世界の中で起きる。
ただ1つ、ユーキは世界を変える術を知っていた。そしてユーキの決意よりもずっと早くに、世界を変える決意をした親友がいた。
それに気付いた時、ユーキの心に迷いは無かった。
「……でないっ」
「カーラ……?」
「あたしはっ、そんなコト頼んでないっ!」
その時突然、カーラが叫んだ。
「兄さんが旅に出て、戦争が無くなるの? 戦争が無くなったら、レックスは生き返るの? 喜ぶの? ……全部っ、兄さんの妄想じゃないっ!」
リングや神様の存在を知らないカーラが、そう思うのは無理もない。最近は和やかな関係になったとはいえ、仇と憎んだ相手が夢物語の様な事を語っているのだ。激昂するのも無理はない。と、そう思ったが……。
「だって……、兄さんだけが……、兄さんが悪いワケじゃないって分かったのに……。旅に出るのだって、兄さん自身の意思だって思ってたのに……」
大粒の涙を流しながら訴えるカーラ。
誤解の解けたカーラは、急速にユーキの事を理解していった。口は少し悪いが世話焼きで、料理が趣味の冒険者。いつも他人の事を気に掛けてばかりの不器用な男の子。
知れば知るほどユーキへの好感が増してゆく。しかし、ユーキはあと半年ほどで学校を卒業してシュアープから旅立つ。寂しい気もするが、仕方がない。
そう、割り切っていた筈だった。
「あたしは、そんなコト望んでないっ! レックスだって、きっとそうよっ! シンディっ、あんたはどうっ⁉ 兄さんがずっと一緒の方がいいでしょっ⁉」
だが、それがレックスへの償いだというのなら話は別だ。あれはきっと、ユーキに責任は無い。償いなど必要ない。自分の為の旅ならともかく、償いの旅だなんて、する必要はない。
それより、3人で一緒にいよう。シンディと2人きりの所に出来た、家族なのだから。シンディもきっと賛成してくれる。3人で本当の兄妹のように暮らしていこう。
「カーラちゃん……、めっ……」
シンディの返事はたった一言だった。
たった一言の叱責……。それだけでカーラの視界は歪み、地が揺れる思いだった。
「シンディ……? なんで……?」
「カーラ、気ぃ使わせて悪いな。でも、もう決めたコトなんだ。それに、さっきも言ったろ? 「償いになるのかは分かんねぇ」って。たとえ償いにならなくても、やらなきゃならねぇ。それが俺の、責任だ」
「責っ……任なんて……っ」
ユーキには背負わなければならない責任など無い。そう言いたかったのに言葉が出てこない。ユーキの、強い決意を感じたから。きっともう、自分が何を言ってもユーキの意志は変えられない。それを悟ってしまったから。
言葉に詰まり嗚咽を漏らすだけのカーラの頭を、ユーキが慰めるように優しく撫でる。まるで、本当の妹をあやす兄のように……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ~っ。なんかあたし、今日は泣いてばっかり。やんなっちゃう」
しばらくして泣き止んだカーラはスッキリした笑顔で顔を上げた。
「カーラちゃん、もういいの? 辛い時は、いっぱい泣いた方がいいって言うわよ?」
「ありがと、クララさん。でも大丈夫。シンディに……、妹にあんまり情けない姿を見せらんないもんね」
カーラは気付いたのだ。ユーキは自分たちの為に旅に出ようとしている。たとえそれが自分たちの望みでは無かったとしても……。
それを、ただ一緒に居たいからと引き留めるのは、ただのワガママだ。そしてその事を、シンディは理解していた。だからこその叱責だ。
妹分に後れを取ったまま、カッコ悪い姿ばかり晒してはいられない。
「さて、ロドニーのおバカとユーキの所為で後回しになっちゃったけど、アンタもベルには言いたいコト、あるでしょ?」
カーラの回復を見て取ったリゼットが、そう言いながらベルをカーラの眼前に突き出す。
ロドニーはともかく、そもそもベルに会いたいと言ったのはユーキだったのだが……。
「……あのっ、……その、ご、ごめんなさい……。ぼ、ぼくにできるコトなら、なんでも……します……」
ロドニーに指摘されたからか、幾分かしっかりとした口調で謝罪をしたベルは、しかし見た目相応に、まるで悪戯をした幼児が母親に叱られる時のように身体を震わせて己に下される裁きを待つ。
殺したいくらい……、八つ裂きにしても足りないくらい憎んだ妖精が、目の前にいる。……だというのに、カーラの心には不思議と憎しみも殺意も湧かなかった。
「……いらない」
しかし謝罪を受け入れる事も、許す事も出来ない。まだ、そこまで寛容な気持ちにはなれない。
そして「これをすれば許してやれる」なんてものも無い。何をしようとも、許す事なんて出来ないと思う。
「あんたにして欲しいコトなんてなんにも無い。謝罪も、もういらないわ」
カーラの突き放した物言いに、ベルは瞳を潤ませる。しかし、この場にベルの味方をする者は誰1人として居ない。何とかしたければ、ベルは自分1人の力で何とかするしかないのだ。
「で、でも……」
「くどいわね。あたしのコトは気にしないで好きにすればいいじゃない。……兄さんみたいにね」
まるでユーキを皮肉った様な、突き放した物言いだった。そういった気持ちがあったのは事実である。
憎しみが消えたとはいえ許した訳でも、ましてや好意を抱いた訳でも無い。依然変わらずベルの事は嫌いだし、オドオドしている姿は苛立たしさすら感じる。
ユーキにしてもそうだ。レックスの死の責任が無い事は認めたが、その在り方は腹立たしい。
自分勝手に世話を焼いてきて、勝手にシンディを探しに行って、勝手に事件の責任を被って、勝手に償いの旅に出るという。
なんて勝手な男なんだろう。ユーキの行動には、カーラやシンディたちへの配慮はあっても理解は一片も無い。旅も償いも、必要ないと言っても聞きはしない。
自分勝手極まる兄に、せめてこのくらいの皮肉を言っても許されるだろう。
「……だってさ、ベル。罪ほろぼしをしたいなら何をすれば償えるか、アンタが自分で考えなさい」
「リゼットおねぇちゃん……」
そのような事を言われても、すぐに答えなど出てはこない。人を1人、死なせた責任の取り方など簡単に出る筈が無い。いや、そんなものは無いのかも知れない。
だが……、この件に関してベルは別だった。
ベルには、自分と同じような立ち位置でありながら、ベルより先に考え、結論付けた先人がいた。だから……。
「ぼくっ、ユーキおにぃちゃんといっしょにいくっ!」
ユーキの償いの旅に同行し、ユーキを助ける。それがベルの決意した償いだ。
完全にユーキの決意に後乗りする形だが、ベルには他に何も思いつかない。先ほどユーキ自身も「他人の目的に乗っかった」と言っていたのだから、いいのではないだろうか?
ベルの決意を聞いた周囲の反応は、驚きに目を見張る者、こういう結論になると予想していた者とで半々だ。
ただ、そんな中で最初に口を開いたのはユーキだった。
「とりあえず……、「おにぃちゃん」はやめろ……」




