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第9話 「フェアリーエンゲージ」


 アレクはバーネット男爵家の第2子として生を受けた。


 父は穏和で優しく、注意はすれども怒られた記憶はない。

 母は厳しい事もあるが基本的には優しく、怒る時も怒鳴るような事はしない。

 8つ年上の兄のヘンリーは父に似て優しく、年の離れたアレクや妹の面倒をよく見てくれた。

 2つ年下の妹のミーアはお淑やかで、最近ではアレクとどっちが年上なのか分からないくらいだ。


 このような家庭環境でアレクは自由奔放に育った。

 英雄譚や冒険物語を読んでは木の棒を振り回して、泥だらけや砂まみれになっては擦り傷を作って帰ってくる。

 アレクは兄や妹とは違い、とても貴族とは思えない平民の少年のような振る舞いをしていたが、父母の教育方針なのか特に咎められる事も無く育てられた。


 正直、アレクは甘やかされて育ったと言える。

 だからこそ真っ直ぐで素直な性格に育ったともいえるが、時にそれが裏目に出る事もある。




△▼△▼△▼△▼△




「しっかし、将来の夢が英雄になりたいってのは流石にねぇよなーっ!」


 作文の発表を終えてクラスメイトに質問攻めにあっていたアレクの耳に、ユーキの声が飛び込んできた。

 ユーキの声は大きな声ではあったが教室内の喧騒に紛れて、大半の生徒の耳には入っていなかった。


「ゆ、ユーキ……っ」


 エメロンが咎めるようにユーキの名を呼ぶが、その時には既にアレクはユーキの元へと歩を進めていた。


「ユーキ、どーゆうこと? なにがないの?」


 周囲が注目する中、ユーキに詰め寄るアレク。

 無用な衝突を避けようとするならば、聞こえなかったフリをするのが正解だったのだろう。だが、アレクにはそうは出来なかった。


「い、いやだってそうだろ? 将来の夢ってのはなりたい職業で、英雄は職業じゃねぇし。大体、夢が英雄って小説の読みすぎかよ」


 対するユーキは少しどもりながらも一応の正論で返す。

 しかし子供の作文の内容にその様な事を突っ込む者は普通はいないし、この様な物言いで自分の夢を否定されて愉快な者はいないだろう。しかも最後には誹謗のおまけ付きだ。


「なんで……っ、そんなコト言うのさ……っ」


「お、俺は、別に……っ」


 しかしアレクはユーキの言葉に対して反論する事が出来ず、ただ疑問と不満を表現する事しか出来ない。


 ただただアレクは悔しかった。

 ユーキの指摘は正しい。でも、こんなに悪し様に否定されるとは思っていなかった。それも、よりによって親友のユーキから。


 アレクにとって、ユーキは常に味方だった。たまに口うるさく言ってくる事もあるが、それはアレクを思っての事であり、アレク自身もそれを感じていた。

 アレクはユーキを凄いと思っていた。自分の知らない事を沢山知っているし、あんなに不味かったパスタも練習してどんどん美味しくなっていった。

 アレクにとってユーキは『英雄』だった。それは2人が出会った時、アレクのピンチに狙いすましたかの様に現れたユーキが、まるでヒーローの様に見えたから。


 そんなユーキが、まるで悪意をぶつけるかのように自分を否定した。


 気が付けば、アレクの瞳から大粒の涙がポロポロと零れ落ちていた。それを見たユーキは言葉に詰まり、続きの言葉を発する事が出来ない。

 「俺は別にアレクを傷つけようと思ったワケじゃない」そう言おうとしたのだが、現実はどうだ。アレクの心は傷つき、涙を流している。


 ユーキは掛ける言葉を必死に探していたが、アレクはそれを待たず振り返り教室を足早に走り去ってしまう。


「……あっ⁉ アレ……っ!」


 一瞬、アレクを引き留めようとするが、引き留めてその後どうしようというのか?

 考えのまとまっていないユーキに、その一歩を踏み出す事は出来なかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 走る、走る、ただ走る。

 右足、左足、全力で。

 息が苦しくても、足が痛くても、それでも走る。

 嫌な事を忘れるように、振り払うように、ひたすら走る。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」


 教室を飛び出したアレクは当てもなく走っていた。

 なぜ走っていたのかはアレクにも分からない。分からないが、それでも走るのを止めなかった。

 足が、身体が重い。内臓が悲鳴を上げている。それでもアレクは止まらない。

 走っている間だけは、嫌な想いを忘れる事が出来るから。


 しかしそれでも、いずれ身体の限界はやってくる。


「ハァッ、ハァッ、あっ……⁉」


 身体がふらつき、足をもつれさせたアレクは盛大に転んだ。


「~~~っ‼」


 痛みによる呻きを上げ、アレクはうずくまる。しばらくの間そうして、目を開けると膝を擦り剥き、血が流れていた。

 痛みをこらえること数十秒、アレクは立ち上がろうとするが足に力が入らない。ケガによるものではなく、単純に疲労のせいだ。


 動けないアレクは、地面に大の字で寝転がる。

 日差しは暖かく、木陰にでも入れば気持ち良くて寝てしまいそうだ。

 しかし、そんな心地良さはアレクに思考する余裕を回復させてしまう。


「……っ。……うっ……くっ。……ユーキの、バカ……」


 走っていた時は忘れていたユーキとのやり取りを思い出し、アレクの瞳から再び大粒の涙が零れる。

 その時、アレクの耳元で声がした。


「泣いてるの? だいじょーぶ?」


 急に聞こえた声に驚き、アレクは”ガバっ!”と上半身を起こす。周囲を確認するが人はいない。気配も感じない。……元々、気配なんて探れはしないが。

 アレクがキョロキョロとしていると、またしてもすぐ近くから声が聞こえてきた。


「ここだよっ、こ~こっ!」


 声の主はそう言いながら、アレクの周囲をからかうように飛び回った。そして慌てるアレクの正面で静止する。

 その姿を確認したアレクは呟いた。


「よ……妖精……?」


「そだよ~。アタシ、リゼット。キミは?」


 リネットと名乗った彼女は、昆虫のような羽をもつ20cmくらいの女の子だった。


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