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三題噺  作者: 吾桜紫苑
9/15

9:ダイイングメッセージ、魔術書の角、10歳

7の3年後です。

 紅晴市内、とある公立中学校の入学式。

 初々しい緊張を浮かべた生徒たちが校門をくぐり、先輩生徒たちの誘導に従い教室へと入っていく。どこかあどけない彼らに教師陣は微笑ましくも、さて今年はどんなクソガキが入ってくるのかと身構えながら迎えていた。

 体育館で行われた入学式はつつがなく進んだ。こっそり欠伸を漏らす生徒もいたが、ほとんどは大人しく真面目に話を聞く子が多かったことにほっとしながら、教師達は各クラスで挨拶を行い、解散とした。

 特段大きなトラブルなく、事前情報で密かに警戒されていた数名の生徒も問題を起こすことなく、無難な初日を迎えたことに彼らは安堵した──何せ数年前、初日から体育館のガラスを一枚残らず粉砕した問題児が二人もいたのだ──。今年はあんなことにはならなさそうだ、と思うのも無理はないのだろう。


 その安堵が、たった1日で覆されるとは夢にも思わずに。


 翌日、オリエンテーションを終えて各自昼休憩の時間。

 担当クラスの生徒たちがそれぞれ弁当を取り出し、あるいは売店へと向かうのを見送りながら、梓はうんと背を伸ばした。自分も職員室に置いてある弁当を取りに行こうと、窓に手を伸ばす。

 窓枠から身軽に飛び降りて軽やかに着地。もはやこの程度では見慣れてしまった生徒たちに声をかけられては手を振り返しながら、梓は職員室へのショートカットコースを進んでいく。

「梓」

 梓が声をかけられて振り返ると、作業着姿の竜胆が片手を上げていた。

「お、お疲れ竜胆くん」

「お疲れ。新しいクラスはどうだ?」

「んー、まだ様子見じゃない? 今んところは大人しいけど、初日だしね」

「まあ──」

 それもそうか、と言い切るより前に、竜胆は梓の背後に見えた光景に目を見開いた。


 学ランを着込んだ大柄な男子学生が拳を握り、梓をまっすぐ見据えて──笑う。

 どこか見覚えのある、心底楽しそうな、その笑顔に。


「梓!」

「んー?」

「ははっ!」


 警告に梓が振り返るより早く、少年が間合いに踏み込んだ。


***



 バタバタと慌てたような足音が次第に近づき、ドアが勢いよく引き開けられる。入ってきた人物は、中に待つ三人を見て。


「うちの子が大変なご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません!!」


 開口一番、謝罪の言葉と共に腰を直角に折った。

 一切の無駄がない流れるような謝罪に、中で待機していた梓と竜胆は顔を見合わせた。

「うーん、もはや見慣れた光景。懐かしいわねえ」

「完全に同意だけど、これに懐かしさを覚えるのはどうなんだろうなあ……」

「うっ……ほ、本当にごめんなさい……!」

 二人のやりとりに半ば涙目になった謝罪の主──悠希は、重ねて頭を下げた。その様子に、梓も竜胆も苦笑する。

「まあ落ち着きなって悠希ちゃん、今回の件はあたしらでサクッと収めちゃったから安心してちょうだい。大丈夫大丈夫、双子と比べればこの子は可愛いもんだって」

「そうそう、ちょっと勢いよく背後から殴りかかっただけだかんな」

「入学二日目から教師に殴り掛かってるのは、普通に大問題なんですよ……!」

 二人のフォローに尚更落ち込みそうな悠希の様子に、梓たちは苦笑を深める。

「いやあ、まあ……話には聞いてたしね」

「だな」

 もう一度顔を見合わせた梓と竜胆は、示し合わせたように視線を落とした。つられたように悠希も目を向ける。

「というわけで、お疲れ様。迎えが来たぜい」

「……」

 梓に椅子にされていた少年が、渋々といった様子で顔だけを上げた。ばっちりと悠希と視線が合い、フイと目を逸らす。

 梓が立ち上がった。解放されてゆっくりと立ち上がった少年に、悠希が歩み寄り。


「この、おばかー!!」

「いってえ!?」


 ゴッ! と小気味良いを通り越した音が響き、少年は再び地面にしゃがみ込む羽目になった。

「ようやくちょっとは人間としての良識が身についてきたのかと思えば、この脳筋!! 先生に殴りかかる馬鹿がどこにいますか!!」

「……こ、ここにいます」

「ばか!!!」

「いっだ!!」

 二発目が綺麗に決まったところで、竜胆がまあまあととりなしに入る。

「まあ落ち着こう、な? 流石にその厚みの本の角で殴り続けるとむしろ馬鹿になると思うぞ? つうかこの本って……」

「リビングに置いてあった魔術書です!」

「やっぱりかあ……」

 なんでリビングに置いてあるのかという疑問はとりあえず棚に上げて、竜胆は引き続き怒り心頭の悠希をどうどうと宥める。

 ぜーはーと肩で息をしていた悠希は、据わりきった目で少年を見下ろした。


「さっさと立ちなさい、珀疾(はくと)

「えぇ……理不尽な……」

「珀疾」


 悠希の声が一段低くなったのを聞いて、珀疾と呼ばれた少年は素直に立ち上がって顔を上げた。大人たちの視線が珀疾に集まる。

 色素の薄い髪に、琥珀色の瞳。父親譲りの色彩だが、その割には似ている印象はないなと竜胆は思った。目鼻立ちがどちらかといえば母親譲りだからか、あるいはその顔に浮かぶ年相応のあどけない表情のせいか。


「で?」

 相変わらず低い声一音を発した悠希はようやく魔術書を下ろし、腕を組んでまなじりを釣り上げた。

「あれほど、学校で余計な真似はするんじゃありませんと言い聞かせたというのに、担任教諭に殴りかかった理由はなんですか。素直にとっとと吐きなさい、この脳筋馬鹿息子」

「……いやあ、俺も流石に初日からはまずいかなーって、入学式は普通にちゃんと参加したんだけどさあ」

 ポリポリと頬をかいて、珀疾は誤魔化すように笑う。

「あんまりにも伊巻先生が強そうで、我慢出来なかった」

「へえ」

 腕を解いて魔術書に手を伸ばした悠希に、珀疾は慌てたように両手を上げた。

「っ、いやけど教室では大人しくしてたし、生徒がいなくなるの待ったから! ちゃんと外で学校の備品壊さないようにもしてたって!」

「あったりまえのこと抜かすんじゃねーですよこの脳筋!!」

「その魔術書マジで痛いからそろそろやめいっっでえ!!」

 三度目の良い音が響いた所で、梓が吹き出した。

「あはは、いい親子ねえ」

「俺はちょっと違和感があるな……」

 そこまで似ていないとはいえ、同じ色を持つ少年が母親にボロクソ怒られている姿に、竜胆はなんとなく奇妙な気分になってしまうのだった。

「さて、話を戻しましょ」

 パンっと軽く手を打って、梓が親子の注意をこちらに向ける。そっくりの動作で振り返る二人にクスッと笑って、梓は続けた。

「さっきも言った通り、今回の件はあたしと竜胆くんで片付けたから。本人の言うとおり備品は無事だし、目撃者もいないし、ピンポイントにあたしに殴りかかってきたかんね」

「しかも秒殺だったしなあ」

 もはや拳を振りかぶるより先に地面に転がされていた姿を思い出して竜胆が繋げれば、珀疾は目を輝かせて身を乗り出した。

「いや、マジで凄かったです! あの速さはフージュさんくらいしか見たことない、間合い潰したのに気づいたら地面に転がってたし! どうやったんですか!?」

「珀疾?」

「どうどう悠希ちゃん。珀疾くん、それはあたしが教えるんじゃなくて、珀疾くんが見えるようにならなきゃね」

「えっじゃあもう一回」

「珀疾」

 悠希の声が平らになったことで珀疾が口を閉じた。梓が苦笑する。

「ま、あんまりお母さんを困らせないようにね」

「……はい」

「うわ、素直……」

 思わず竜胆がぽろっとしてしまったあたりで、悠希が微妙な顔をした。

「……昔を知る人ほど同じような反応をしますねえ」

「あー……だろうなあ」

「私は成人した後からしか知らないんですけど、昔そんなに問題児だったんですか?」

「いやー……なんつーか、まあ……」

 取り敢えず、魔術や鬼狩りの世界では、問題児とかいうレベルですらなかった。

 とはいえ案外学校では静かに過ごしていたよなあ……と思いかけて、そういや転校生をガチ泣きさせていたのを竜胆は思い出した。欠席も多かったし、客観的に見るとまあまあ問題児だったかもしれない。竜胆の元契約者がアレなせいで、いまいちそんな印象はないが。

 そんなあれこれをつらつらと脳裏に浮かべた竜胆は、転校生の残したダイイングメッセージばりの恨み言を務めて忘れながら誤魔化した。

「……それは置いておいて。実際問題、備品を壊さないのは最低限のルールだぞ。それは守れるか?」

「それは、まあ。俺、別に叔父さん達みたいに目につく全てを破壊して回る趣味はないし……」

「お、双子が反面教師になってるのね」

「そりゃ、二人が香宮に遊びに来ると大人たちが「襲撃」って呼んでフル装備で準備してんの見ると、ああはなるまいというか……」

 ものすごく微妙な顔で頬をかく珀疾に、悠希はひどく複雑な表情を浮かべたままスッと顔を背けた。

「いえあの……あれでもまだかなりマシというか。香宮で発散してるだけで、最近は他所では大人しいんですよ。そういう意味では珀疾と同じです」

「同じ!?」

「問題児という意味では間違いなく同じです」

 顔を戻してキッパリ言い切った悠希にちょっとショックを受けた様子の珀疾に、梓と竜胆はなんとなくこの生徒の性格を掴んだ。

「基本は母親似なのねえ。脳筋なだけで」

「戦闘が好き過ぎるんだなあ」

「はい……本当に、そうなんですよね……」

 深く深く溜息をついて、悠希はジト目で珀疾を見やる。

「基本の思考回路は常識的なんですが、強い相手と戦いたい欲求が強すぎるというか。戦闘モードに入ると常識が消し飛んで、とんでもないお馬鹿になるんですよねえ……」

「自覚はあるけど、伊巻先生レベルは武人だったら仕方ないって……」

「仕方なくないんですよねえ……はあ。話が進まないんで、後の説教は帰ってからにしますね」

「えぇまだあんのか……」

 呻く珀疾をスルーして、悠希は二人に向き直る。それを受けて梓がにこりと笑った。

「ま、血の気が多い時代はあたしも心当たりあるからさ。今日みたいに外で、周りを巻き込まなくて、備品を壊さないってなら、日に一度までなら相手してあげる」

「えっ梓さん!?」

「マジっすか!?」

 悠希が驚愕に目を剥き、珀疾が目を輝かせて身を乗り出す。梓はからりと笑った。

「おっけーおっけー。あたしも体動かすのは好きだしね」

「でも、仕事の邪魔になりませんか?」

「一日一回なら全然平気よ。秒で片付けてやるわ」

「「か、かっこいい……」」

 母息子で声が揃う。竜胆がちょっとムッとした顔になるが、梓以外は気づかなかった。

「で、どうする?」

「よろしくお願いします!!」

「よしきた」

 勢いよく頭を下げた珀疾とそれにサムズアップを返す梓を見て、悠希は一つ息をついてから丁寧に頭を下げる。

「すみません、ご迷惑をおかけします。……いいですか、珀疾」

 そこで言葉を切り、悠希は頭を上げた珀疾の両肩をしっかり掴む。悠希は女性としては背が高い方だが、既に珀疾の上背はそれを上回っている。それでもしっかりと視線を合わせて、悠希はがっつりと言い聞かせた。


「ここまでご好意に甘えておいて、今後約束事を破ったり、他に問題を起こしたりしてみなさい。次の謝罪では、私──()()()()を持っていきますからね」


「!?」

 珀疾の顔が、思い切り引き攣った。悠希はにこりと笑って言い募る。

「もちろん、使()()()()

「羞恥心死んでるのか……!?」

「そんなもの母親になったら二の次です。さあ、恥ずかしいのはどっちですかねえ?」

「分かった分かりました! だからそれだけは勘弁してマジで!!」

 悲鳴に近い声で了承した珀疾の切実な表情を前に、悠希はよしと頷く。やりとりから意図を察した梓と竜胆は、顔を見合わせて苦笑した。

「なかなか新しい脅しね」

「効果はあるだろうなあ……」

 お年頃の男の子には、どんな体罰よりも精神的にくるものの方が効果は高いかもしれない。昔それが話題になると真っ赤になっていた悠希本人をちょっと思い出したところで、ふと竜胆は疑問を口にした。

「つか、お前それで父親から叱られないのか?」

 よく考えなくても心を折るなら適任以上の適任者が直ぐそこにいるはずなのに、珀疾のこの自由ぶりはどういうことなのか。いや、双子も疾に何度もしてやられている割にはめげないが、あれは重度のシスコンを支えに意地を張っているというのが正しい。身内としての甘えか、いやでもあの疾が息子に甘いとかまずありえないはずだが、と不思議に思ってしまったのだ。

 それを聞いて、梓も確かにと首を傾げる。二人が視線を向けると、珀疾も軽く首を傾げた。

「まあ、叱られないわけじゃないですけど。母のようにえげつない脅しをかけてくるわけじゃないですし……あと言い方悪いけど、俺より弱い奴の言うことっていまいち聞けないっていうか」

「……は?」


「だって俺の父、正直雑魚でしょ?」


 竜胆と梓の時が止まった。瞬きすら忘れて、珀疾をまじまじと見る。

「……え、何ですか」

 思わず顎を引いた珀疾の顔に、自分の発言に対する疑いは一切ない。何故こんな反応をされるのかという疑問だけがあった。

 たっぷり10秒動きを止めていた二人は、ゆっくりと視線を悠希に向けた。顔を思い切り背けている当人に、梓がゆっくりと声をかける。

「……悠希ちゃん」

「な、何ですか?」

 やや震え声での応えに、竜胆と梓は真顔で同じタイミングで聞いた。

「こいつ自殺志願者か?」

「どういう状況?」

「いやあの……何というか色々ありまして……」

 頑なに顔を背けたまま口ごもる様子に、梓は竜胆ともう一度顔を見合わせた。一拍おいて頷きあう。

「……よし。えっと、波瀬って呼ぶと混乱するから、珀疾でいいか?」

「ああ、はい。良いですよ」

「んじゃ珀疾、今日の梓との手合わせは終わってるわけだけど、俺はまだやってないだろ。今からちょっとやってくか?」

「えっ良いんですか!?」

「さっきの場所なら人もいないだろ、行くぞ」

「はい!!」


 目を輝かせて竜胆に連れられ出て行ったのを見送ってから、悠希は深々と息を吐き出した。


「いや……なんか本当にすみません……」

「何がどうなったらあんな誤解するの?」

 呆れ気味に首を傾げる梓は、鬼狩り局に顔を出していた頃に疾と何度も手合わせをしているため、その実力は知っている。梓や竜胆の力量は見て取れているので節穴というわけでもなさそうなのに、疾だけどうしてそんな認識になっているのだろうか。竜胆などあからさまに引いていた。

「まあ……疾さん、最近ちょっと忙しいんですよね。感染症が落ち着いて、あちこちから現地での仕事を頼まれてて」

「ああ、そうだったわね」

 梓たちの結婚話をした時も確か出張帰りだと言っていたし、羽黒経由で表の仕事が忙しすぎるせいで裏の仕事をなかなか引き受けないという愚痴も聞いている。鬼狩りの仕事については相変わらずらしいが、まあどのみち多忙なことには変わりがない。

「それでここ数年は稽古の時間には間に合わなくて、戻ってから自主練だったり、慧さん捕まえて手合わせしたりくらいが精一杯なんですよ。で、珀疾も10歳くらいまでで記憶が止まっているというか……」

「……なおさらさっきの反応はありえないんじゃないの?」

 梓が怪訝そうに首を傾げるも、悠希は首を横に振った。

「私も聞き齧りなんですけど。香宮では、身体強化込みの組み手は体がある程度出来てからさせる方針をとっているんです」

「ふむ、それも一つの手ね」

「それで、珀疾は魔術の適性はないんですけど、魔力操作で無意識に身体強化をしちゃうタイプみたいで。去年から身体強化ありの組み手に参加はしてるんです。ただ、そこに疾さんは顔を出せなくて、身体強化をする前にほぼ互角? でやり合っていた記憶で止まってます」

「それもすごいんじゃない?」

「多分手加減はしていたと思いますけどね。でも、珀疾の身体能力は相当高いって言っていました。あと……珀疾は身体強化無しで一度組み手をすると、相手の魔力量や出力量から逆算して、身体強化をかけた状態での強さが何となく分かるみたいなんです」

「……読めたわ。疾くんの魔力量がネックか」

「はい」

 こくりと悠希が頷く。ここまで説明されれば、それなりに疾を知る梓にも理解ができた。

「なるほどねえ……なまじ勘がいい故の弊害ね。普通の組み手で互角、そこに魔力量から想定した身体強化を乗せても大したことはないって思い込んじゃってるわけね」

「本人が魔力操作だけのくせに岩を片手で砕けるものだから、疾さんが最近相手をしてくれないのは怪我しかねないからって思い込んじゃってて……まあ、反抗期もあると思います」

「クスクスっ。可愛いものじゃない」

 楽しげに笑って、梓は真顔に戻った。

「とはいえ、あのまま放置はお勧めしないわね。自分の目を過信して危ないところに首突っ込みかねないわよ」

「ですよね……」

「あたしが担任の間は目を光らせておくけね。ちなみに疾くん、あの態度についてはどんな感じなの?」

 竜胆の話を垣間聞くに、若い頃はこの手の侮りをしてくる相手には確実に目に物を見せるタイプだったようだ。今はどうなのだろうと尋ねると、悠希は苦笑した。

「なんか、ちょっと面白がってますね」

「そう来たか」

「ただ認識をあのままにするつもりはないみたいで、私の手に負えなくなったら回せって楽しそうに言われました」

「なるほど、面白がってるわね」

「あと反抗期は反抗期で大事な時期だし、ある程度は尊重してやれとか何とか」

「時間をおいて伸びた分だけ思い切り鼻っ柱へし折ろうとしてない? 大丈夫?」

「……まあ、いっぺんへし折れたほうがいいとは思いますけど。やりすぎて心を折らないように、なんて話は大人同士ではしてます」


 苦笑を交わし合ったところで、半笑いの竜胆とご機嫌な珀疾が戻ってきた。


「竜胆先生もめっちゃ強いですね! 学校生活が楽しみです」

「中学校ってそういう場所じゃないからな?」

 軽く釘を刺してから、竜胆が梓の隣に歩み寄った。

「……マジで運動神経は父親譲りだな。咄嗟の反応がすげえ良い」

「間合いの詰め方も上手かったもんね。鍛え甲斐がありそうじゃない」

 小声で言い交わしてから、梓は興奮気味の珀疾の肩に手を伸ばした。

「さて、珀疾くん」

「はい」


「あたしの申し出に、条件もう一つ。オカルト研究会入って」


「……はい?」

 怪訝な表情を浮かべる珀疾に、梓はにっと笑う。

「君の叔父さん達が始めた部なんだけど、毎年自転車操業なのよね。今年も新入生入らないと廃部の危機だから、入って」

「えっと、名前を貸して幽霊部員になれってことですか?」

「ううん」

 しっかりと肩を掴み、梓は笑みを深めた。

「元々の始まりからそうなんだけど、あの部活は霊感はあるけど身を守る術のない子達の拠り所みたいな部分もあってね。あとは霊感はないけどオカルト大好きな、無謀者の集まり」

「後者の方がオカルト研究会らしいですけど」

「そうね。で、その子達の肝試し他トラブル対応、今まであたし一人でほとんどやってたのよ」

「……待ってください、今かなり嫌な流れですかこれ」


 珀疾が顔を引き攣らせる。咄嗟に距離を置こうとしたが、しっかりと肩を掴まれてその場から一歩も動けない。


「紅晴ってなかなか血の気の多い妖や怪異が多いわよねえ。でも住んでる人の大半が一般人……正確には、弱い異能や少ない魔力を持っていても自覚をしていない人がかなり多いの。ぶっちゃけ妖には良い獲物よね」

「え、えっと、だからこそ、治安が悪いから夜歩かないようにって言い伝えてるんですよね」


 視線を彷徨かせながら珀疾が何とか逃げようとするが、梓はしっかりと目を合わせて逃さない。


「そうねえ、けどさっき言ったみたいなクソガキたちには効果ないでしょ? 実際あたしはこっちにきてから、両手足の指でも足りないくらいには助けてきたわ」

「……」

「本来なら君たちのお家だったり、他の術者のお家だったりのお仕事なんだけど、まあドブさらいはあたしらの領分よねって感じでボランティアしてたのよ」

「……えーと、はい」


 スッと手を上げて、珀疾は決死の表情で訴えた。


「ここまで来ると「家」同士の問題になってると思うんで、当主と相談して欲しいです!」

「お、つまり当主の許可があればオッケーってことね? じゃあはい、入部届。記入よろしく」

「えっ」


 ピラ、と渡された紙に愕然とした珀疾は、にっかり笑った梓が見せた携帯端末の画面の文字を追って項垂れた。


「当主様からは、入学一週間以内に問題起こしたら君を貸し出しますって許可もらってるよん。悠希ちゃんも良いよね?」

「あはは……はい」


 悠希はそこに裏取引の気配を察したが、まあ梓なら悪いことにはしないだろうと苦笑まじりに頷いた。


「母さん!?」

「珀疾の自業自得です」

「ちなみに断ったら今日の件、伏せずに校長に持ってっちゃうからね」

「は!?」

「今のところ伏せてるだけだもの。余裕で停学処分からの問題児コース確定だぜい?」


 ニヤニヤと笑う梓と苦笑するだけで止めない竜胆と梓を見て、珀疾は声を絞り出す。


「お、大人って汚い……!」

「クスクスっ、失敬な」 


 楽しげなやりとりで手玉に取られている珀疾がこぼしたその言葉に、竜胆は少しだけ目を細めた。

(……ちゃんと、子供に子供らしい生活送らせてやってんだなあ)

 高校時代の疾は、あまりにも殺伐とした現実に身を置いて、それを当たり前とする発言が多かった。捨て身にすら見える言動に心配することも多かった竜胆だからこそのそんな心情はそっと押し隠して、悪い大人の顔をする梓に合わせて笑った。













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