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三題噺  作者: 吾桜紫苑
7/15

7:お中元、オリーブオイル、開けずに聞いて

本編約20年先の未来。

やまやまさんの「ひゃくものがたり」、夙さんの「天井裏のウロボロス」からお子様お借りしています。

 紅晴市の中核病院、中西病院。

 医療の要である施設の中を複雑な経路で進んだ先にある院長室という関係者以外立入禁止区域に、堂々たる侵入者が現れた。

「おいおい聞いてねえぞ!」

「そうだそうだ、おっさんも聞いてないぞ!」

 ばーんと景気よく音を立てて扉を開けた侵入者を一瞥して、疾は溜息をつく。

「本当に来やがった、しかも狸親父まで」

「千客万来ってやつかな」

 向かいのソファに腰掛けていた部屋の主、院長である中西翔──疾の義父に当たる人物は、にこやかな笑顔のまま相槌を打った。

 その反応に、侵入者二人が顔を見合わせた。

「なんだよ驚いてねえな」

「ほんとほんと。敵襲!? って身構えてるところにクラッカー鳴らしたかったんだぁよ」

 右目に火傷、左目に十字傷をこさえた男──瀧宮羽黒と、よれよれの服を纏った老齢に差し掛かり始めた男──秋幡辰久が不満げに言うのを横目に、疾は侵入直前に閉じたノートパソコンを鞄にしまう。

「どうせ妹経由で聞いたんだろ。香宮本山はてめーは立ち入り禁止、ガキどもは車送迎となれば、俺の表の仕事先で警備も薄く、関係者がいる病院(ここ)に来るだろ。それも面識がある院長なら尚更顔を出しやすいし対応が早い。そこの狸親父と雁首揃えて来たのは予想外だが」

「俺もそこは不服なんだが、すぐそこで落ち合っちまった」

「別に嫌がらなくてもよくない!?」

「9割がた、疾君の計算通りだったねえ。流石は咲希の息子だ」

「……流石にあの精度は無理だが」

「そうだね、せっかくなら10割目指して欲しいかな」

「何度も言うが、あの人と並べと言う要求には答えられないし応える気もないからな」

 翔と疾のやり取りを聞いた羽黒が、苦笑して言う。

「お前さん、義理の父親相手でもその態度なんか」

「最初は体裁程度は整えたが、当の本人が拒否した」

「形だけの敬意をもらってもねえ。俺にとっては君も身内みたいなもんだし」

「……そして身内として見ると、気持ちの悪さに敬意がなくなっていく」

 言葉の節々に見える疾を通した「誰か」への執着にゲンナリしながら疾が言葉を結んだ。羽黒は楽しげにくつくつと笑う。

「かの災厄も舅殿にゃ苦戦するか」

「義父じゃなくても普通に鬱陶しい」

「酷いなあ。そこまで言わなくてもいいじゃないか」

 苦笑した翔が立ち上がり、奥へ歩き出す。

「君たちもコーヒーでいいかな? ちょうどお中元の時期で、いいのが届いているんだ」

「お、悪いな」

「おっさんも遠慮なくいただきます!」

「一緒にもらったオリーブオイルも入れていいかい?」

「「コーヒーに!?」」

「あはは、冗談だよ」 

 羽黒と辰久が同時に疾を見る。真偽を問う眼差しに、疾は肩をすくめるだけだった。

「異世界邸に馴染んだ問題児側だぜ」

「なるほど、普通にやべえやつじゃん」

「それだけで不安になるんよなぁ」

 二人の顔が盛大に引き攣るのを眺めながら、疾は足を組み直す。

「で。一応要件だけ聞いてやる。何の用だ」

 本題を促すと、羽黒も辰久も一瞬で表情をウッキウキに戻した。

「お前さんとこに実はガキがいたっつう噂に決まってんだろ」

「そうそうそれそれ。本当なの?」

「そうだな」

「ほーおお」

 そっけない反応に、羽黒の顔がニヤァと楽しそうなものに戻った。

「いつの間にそんなことに、とりあえずおめっとさん」

「どーも」

「おっさんからもおめでとう。しっかし水くさいなあ、いつの間にやらだぁよ」

「……」

 疾が微妙な顔で閉口したところで、翔が戻ってきた。薫り高く湯気を漂わせるカップを四人分並べる。

「どうぞ」

「ちなみにマジでオリーブオイル入り?」

「あはは、まさか。冗談だって言ったじゃないか」

 笑って否定する翔をじっと見てから、羽黒は恐る恐る口にした。独特の苦味が香りを伴って広がり、酸味がわずかに後味として残る。普通に美味かった。

「お、うまい」

「ほんとだ。いいコーヒーをご馳走様」

「お粗末さま。……流石にこれには何も入れてないよ?」

「どうだか」

 カップを手にすら取らない疾に翔が苦笑する。そして羽黒たちに視線を戻す。

「いつの間にって話だったかい?」

「そうそう。あんたにとっちゃ孫になるのか。おめっとさん」

「どうもありがとう。いやあ、こちらとしても予想外だったんだけどね」

「ん?」

 顔を上げた羽黒と辰久が不思議そうな顔をしているのを見て、翔が笑う。

「うちの初孫、もう9歳だよ」

「……」

「……」

「「……はあっ!?」」

「おやまあ、本当に気付いてなかったんだ」

 楽しそうに笑い続ける翔を横目に、疾も軽く笑った。

「連盟の狸親父も老いたもんだ」

「いやいや、嘘でしょ!?」

「嘘も何も当主の方なんざ11、来年中学生だぞ」

「マジか、それで梓経由の情報なんか……あいつわざと黙ってやがったな」

「そもそもの取り決めでは、あんたと妹の関わりは絶たれることが結婚の条件だったはずなんだがな」

 疾のツッコミに誤魔化されず、羽黒が身を乗り出した。

「にしたって流石に隠しすぎじゃね? 何か問題でもあるんか」

「問題が起こるかもしれないから伏せていた。──香宮は昔、碌でもない連中にガキが目をつけられたせいで一度消えたからな」

 場が一瞬で静まり返った。表情を改めた二人を鼻で笑い、疾は続ける。

「いくらなんでも同じ轍を踏むわけにはいかねえと、一族上げて過剰なほど神経質に隠してたんだよ。代替わりの混乱でバタついているという理由があったから、外部との関わりを最小限にしても疑われにくい」

「……なるほどな」

「……ごめん、おっさんが無神経だった」

 羽黒は頷き、辰久が頭を下げる。それには何も言わずに、疾は息を吐いた。

「ま、小学校に上がるまでな」

「……ん?」

「……あれ?」

「普通に考えて、学校通い出したらどこぞから漏れると思うだろ。四家は協力体制築いていたが、一般人も通う普通の学校だからな。そこは警備を割くことで対応する気でいたのに、さっぱり反応なしときた。当主殿がなんでばれないんだと首傾げてたぞ」

「……え、ちょっとおっさんショック」

「待って、俺もそれは予想外」

 ちょっとショックを受けた様子の二人を鼻で笑いながら、疾は横目で翔の様子を伺う。ニコニコと相変わらず内心の読めない笑みを浮かべたままの様子に、内心で舌打ちした。どうも親世代は表情が読みづらい。

 おそらく関わっているのは疾たちの親とこの男だと思うのだが、具体的な動きが見えない。疾にすら全貌が見えないというのはなかなか不気味な話ではあるが、伊達にかつての紅晴で当主を押し退け代替わりを果たしたわけではないらしい。

「ま、今はそれは置いといて。んで、男の子? 女の子?」

 辰久が先に立ち直って尋ねてくる。羽黒も顔を上げた。疾は面倒そうに目を細めた。

「……あっちもこっちも男」

「ほーお。ちなみに魔力は?」

「あっちはそれなりに多いな。術式と相性が良い」

「おお、将来安泰じゃん」

「ま、順当にいけばあいつが次期だな。クソ真面目に修行してるし周囲からの受けもいい」

「へえ、性格もいいんか。まああの夫婦だもんな」

「そうだな。子供らしい純粋さで母親を守るために強くなると公言して、当主のプライドをへし折ってるくらいだな」

「お、おう」

 すでに修行を始めている慧斗は大人たちにも受けが良い。本人のやる気も十分なので、他に名乗り出る子供が出なければ確実に母の後を継ぐことになるだろう。やる気が地味に母の心にダメージを与えてはいるのだが。

「ま、まあ香宮家が安泰なのは何よりだぁね」

「で、お前さんとこは?」

 辰久のフォローをそっちのけで追求してくる羽黒に、疾は溜息をついた。

「根掘り葉掘り面倒臭え」

「まあそう言うなって。これでも下調べせずに来てやってんだぜ?」

 丸裸にするほどの情報収集されたくなければ話せという半ば脅しのようなそれに顔を顰めながらも、疾は当たり障りなく答えていく。

「魔力はそこそこある」

「おお、魔術師有望? 連盟(うち)にくる?」

「が、魔術適正が一切ない」

「……えー」

「そらまた珍しい」

 辰久のワクワクした顔が一瞬でしょぼくれた。羽黒も戸惑ったように瞬く。疾は肩をすくめた。

「じゃあお前さんみたくなりようはないのか、世界にとっちゃ朗報だな」

「君、正体不明の贈り物は中身を開けずに聞いただけで判断するタイプかい?」

 これまでニコニコとやり取りを見守っていた翔の一言に、羽黒と辰久が微妙な顔になる。

「まず正体不明の贈り物ってそうそう来なくね? 面白そうなもんって聞いたら開けるけど」

「おっさん、開ける時は中身聞かずにワクワクと開ける方が好きだなあ」

「二人とも開けるのか、私は怖くて開けられないなあ」

「よく言う……」

 溜息をついてから、疾は足を組み替える。

「基本は母親似で素行はいいんだがな」

「そこで自分に似たと言わんあたりが正直だぁね」

「だがってなんかあるんか」

 余計な一言を言う辰久は無視して、疾は羽黒に視線を向けた。少し間を置いて、微妙な表情を浮かべて答える。

「……あんたやあんたの妹を見たら、大喜びで殴りかかる可能性が高い」

「は?」

「何がどうなったのか、戦闘狂なんだよ」

「あれはなかなか凄いよねえ」

 ニコニコ笑う翔が元凶じゃないかと疑われているのだが、それはともかく。

「香宮の道場でも覚えが良い体術をメインに教えてんだが、とにかく自分より強い奴と延々戦いたがる。なまじ筋がいいもんだから、もう同世代に相手できる奴はそうそういなくてな。香宮だけに飽き足らず街中の道場に放課後駆け込んで、道場破りの真似事してやがる」

「ガチじゃん」

「入学当初は文字通りの相手構わずだったもんで、学校じゃ既に問題児認定されてる。聞く話じゃ双子卒業した後もあんたの妹に異動命令出ないのはそのせいらしい」

「いや普通に問題児じゃん」

「おっさんの感覚でも素行悪いってなるんだぁよ」

「学校には雑魚しかいないと気付いてからはやめたし、もう2年以上は大人しくしてるがな。……中学に上がったら教師()校務員(竜胆)に殴りかかる問題児になる可能性は高いが」

「お前さん問題児に縁があるなあ」

「その言い方はマジでやめろ」

 羽黒の言い回しに双子のみならず瑠依まで暗喩する言葉に疾が思い切り顔を顰めた。

「……ま、それも関係して、あんたの妹に相談がてらの報告を回した。そろそろ公開しどきだという判断でもある」

「なるほどなあ」

 羽黒が含みなく頷く。その様子を見るに、梓は晴哉の体質についてはまだ言っていないらしい。少し意外に思いながら、疾は立ち上がった。

「気が済んだなら帰れ。こっちは忙しい」

「お前さん表の仕事そんなに詰め込んでるんか、外での活動は減ってるだろ?」

「表は調整してる」

 やや含めた言い回しに、羽黒が苦笑する。

「そうは言うが、当主殿がお前さん達を揃えて「ワーカホリック夫婦」と言ってるって聞いたぞ」

「何それおっさん知らない、奥さんもお忙しい人なの?」

「……72時間連続勤務は流石に止めた」

「「ガチじゃん」」

 羽黒と辰久の声が揃う。疾が呆れ顔を隠さず肩をすくめた。

「医療界、それより酷いのがゴロゴロいるからな……」

「私たちが若い頃は普通だったけどねえ」

「闇ふっか」

 その業界に関わってる疾の基準もややおかしくなっているのだろうなあ、と羽黒は正解を引き当てつつ、口には出さずに立ち上がる。

「そんじゃ、今日はこんなところで。お前さんの息子がチャンバラごっこしたいなら、俺でも紫でもいつでも相手するぜ」

「本気ですっ飛んで行きかねねえな……」

 想像したのか顔を顰めるその反応が父親のそれで、羽黒はおかしくなって笑う。辰久がハイハイと手を挙げた。

「もし魔術師向きの弟か妹が生まれたら、ぜひおっさんに紹介してほしいなあ!」

「絶対に断る」

「ひどくない!?」

 最後まで騒々しいやり取りをしながら、二人は出ていった。

 はあっと溜息をついた疾に、翔が笑う。

「良いのかい、後四人のことは?」

「……小学校上がりたてと幼児だからな。あの二人は胡散臭い繋がりも多いからどう巡り巡るかわからない。とはいえ、流石に次は直ぐに気づくだろうが」

「本音は?」

「あの根掘り葉掘りをあと四人分もやってられるか」

 翔が吹き出したのを横目に、疾は仕事に戻るべく、鞄のパソコンに手を伸ばした。

 


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