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三題噺  作者: 吾桜紫苑
18/18

18:誕生日、ポイント、5倍

本編終了後です。

「スマホの位置情報検索アプリ、ですか?」

「アプリだったり、機種によっては備え付けの機能だったりするけど」

 珍しく患者がまばらな昼下がり。院内のコーヒーを片手に医局でひと休憩していた悠希は、先輩医師である海原雪乃が振ってきた話題に首を捻った。

「元々はうっかり落としたり無くした時に探すヒントになるサービスだったはずよ。居場所表示したり、音出したり、画面ロックしたり」

「ああー……出かける前に見つからなくなって焦ったことあるんで、助かりますねそれ。個人情報の塊ですし」

「最近じゃあお財布がわりにもしてるから尚更ね。で、うちの子は留守番多いしってキッズスマホ持たせてみたら、迷子対策としても万能ですごくありがたくてさ」

「なるほど」

 確かにそれは便利だ、と悠希は頷く。特に長男が目を離すとどこかの道場にカチコミに行く問題児なので、その便利さはとてもよく理解できた。

「もし先生んとこの一番上を思い浮かべてるなら、流石に同じにしないでほしいけども」

「うぐっ」

「最近周りに聞いたら、そこから発展して別の使い方されるようになってるんだよね」

「別の使い方?」

 おうむ返しに尋ねた悠希に、雪乃は一度コーヒーに口をつけてからニヤリと笑う。

「浮気調査よ」

「ぶっ」

 思わず咽かけた悠希にニヤニヤしながら、雪乃は振り返って専攻医の市原スミレに声をかけた。

「確か市原先生のとこ、アプリ入れてるって言ってたよね?」

「入れてますよー。すぐ看護師に手出ししようとするんで」

 にっこりと、目は全く笑っていない笑顔で応じたスミレに、雪乃は呆れ顔で肩をすくめる。

「手を出すアホもアホだけど、看護師も看護師よね。既婚者だって分かって手を出す?」

「医者って職務上指輪をはめないので、独身って平気で嘘つくんですよ」

「うっわタチわるっ」

「まあ既婚者とわかって手出しする看護師もいますけどね」

「ええーと、そのお……それで、どうしてアプリを……?」

 話の不穏さに悠希が慌てて軌道修正すると、スミレがニコリと微笑む。

「携帯しているスマホの場所がわかるということは、ラブホに行った証拠が取れるということなんですよ」

「……なるほど……」

 全く修正できていなかった。

「この間なんて私の誕生日に呼び出しがーって出て行ったと思ったら、ホテルのレストランに位置情報が出ていまして。現場押さえて釘刺して回収しました」

「捨ててしまえそんな男」

「後一回証拠を押さえると、慰謝料が最大額で手に入るので、最近少しずつ隙を見せてます」

 あまりに怖い会話に悠希が気配を消していると、雪乃がしっかりと肩を掴んだ。

「で、あんたんとこはどう?」

「はい!?」

「浮気対策にアプリ入れてんの?」

「そういえば、悠希先生の旦那様ってお医者様でしたか?」

 スミレが首を傾げて尋ねると、その場にいた医局医師──息を潜めてカルテ入力をしていた男性医師も含め──全員が振り返った。

「あれ市原先生、悠希先生の旦那まだ見てない!?」

「まじかー直近だとGWに来てたよね!?」

「あ、イレウスかなんかの緊オペ入ってたかもです。戻って来た時にそんな話聞いた気が」

「ああーマジかあの時か」

「それはもったいなかったわねー」

「まあそのうち見るでしょ」

 口々に言う先輩医師たちにやや気押されたように、スミレは顎を引く。

「えっと、有名人か何かですか……?」

「ある意味有名よね」

「うちの古参は全員知ってる」

「なんで??」

 すっかり困惑したスミレに、悠希が苦笑いで説明する。

「夫がこの病院の電カルとか、システム開発管理の担当してるんです」

「感染症流行時に来てくれたの助かったよね」

「手打ちしてた患者リストの自動化はマジで救われた」

「えっ、ここのあんまり見たことないけどやたら使いやすいカルテですか!?」

 目を丸くしてスミレが言った言葉に頬を緩め、悠希は少しだけ胸を張って頷いた。

「です。で、打ち合わせとかシステムエラーの対応とかで、ちょくちょく来てますよ」

「あと、妻が病院から帰ってこなくなって3日目になると強制回収に来る」

「うっ」

「悠希先生……」

 現院長の娘という立場に胡座をかくことなく順調に医師として腕を伸ばし、悠希は現院長とは全く違う形でスタッフの信頼を築き上げている。しかし遺伝かあるいは医師の性なのか、重症患者が来るたびに病院に泊まり込みがちなのは、現代ではあまりよろしくない見本であった。

 現にスミレがビビった目で悠希を見ており、慌てて周囲がフォローする。

「大丈夫だからね市原先生! ウチの病院はシンプルに忙しいけど、感染症が一番ひどかった時とか災害の時とかくらいしか先生が帰れないとかはないからね! ちゃんとその辺はスタッフで交代シフト組むようになってるから!」

「みかけブラックで中身は意外と黒くないって外の先生みんな言ってるから!」

「悠希先生は管理職を身内特典扱いしてセルフ残業しまくってるヤバい人なだけだからね!」

「むしろ市原先生も積極的に悠希先生を帰す側に回って欲しい!」

「ちょっと言いたい放題すぎませんかねえ!?」

「……悠希先生……今日はもう帰っていいんですよ?」

「早速っ?!」

 早くも使命感に満ちた眼差しで悠希を見つめるスミレ。慌てて止めようとするも、スタッフ全員が頷いた。

「そうそう、今日だって当直明けでしょ」

「直明けは午前で帰って良いルール作った本人が居残ってちゃ、下が休みにくいですよ」

「ええ……でもせめて定時までは……」

 なおも抵抗しようとした矢先、医局にノックの音が響いた。

「お忙しいところ失礼します」

『良いところに!』

 声かけと共に顔を出すなり大合唱で迎えられ、疾がやや顎を引いた。が、すぐに腑に落ちた顔で頷く。

「……回収して問題ないようで」

「はいどうぞ!」

「ちょっと!?」

「ほら悠希せんせーはやくロッカーへ荷物取りに行く!」

「問答すらさせてもらえない!?」

 流れるように悠希の帰り支度を進めさせる先輩医師たちの手際に圧倒されていたスミレは、悠希の姿が見えなくなってから我に返った。視線を一度疾に向け、ささっと雪乃に近寄り、疾には聞こえないようにごくごく小声で囁く。

「あの、あの方が悠希先生の旦那様ですか? 外国の有名人とかじゃなく?」

「気持ちはよくわかるけど事実よ。見て損はないし、自分が妻ならアプリ入れたくなるでしょ」

「私なら絶対に入れます」

 スミレが断言したところで雪乃はくすくすと笑い、片手をひらりと上げて疾に話しかけた。

「ところで、悠希先生の旦那様。位置情報共有アプリって知ってる?」

「一応は」

 急な話題に胡乱な顔をしつつ応じた疾に、雪乃はニヤニヤしたまま続ける。

「ここの市原先生が旦那の浮気調査にアプリ活用してるらしくってさ」

「悪用では?」

「そっちの夫婦は使ってないのかなーって」

「使っていません」

 あっさりと返ってきた言葉には気まずさや後ろめたさの響きはなく、雪乃は肩をすくめた。

「あらつまんない」

「そもそも、病院と家を往復して寝て、たまに香宮に顔を出すかどうかの生活に必要ですか?」

 二人どころか、医局に沈黙が落ちた。

「……ないわね」

「むしろ必要になるくらいには自分の時間を作れと思っています」

「ごめん、流石にそろそろ有給取らせるわ……」

「よろしくどうぞ」

 ちょうどその時、着替えて荷物を取ってきた悠希が顔を出した。疾は軽く会釈して、悠希の元へと足を向ける。

「帰るぞ」

「はい。ええと……それじゃあすみません、お先に失礼します」

「お疲れ〜」

「あとはお任せあれー」

 先輩医師たちの気楽な挨拶に続いて、スミレも笑顔で言い放つ。


「大丈夫ですよ、今日め(・)っ(・)ち(・)ゃ(・)平(・)和(・)ですから!」


 その呪文を。


『あ』

 悠希含め先輩全員が声を出した次の瞬間、スミレの端末が高らかに着信音を告げる。

「はい市原で──えっ高エネルギー外傷! すぐ行きます」

 病院において、「カップ麺に湯を入れる」「今日は平和/暇」は、急患を呼び寄せる絶対の呪文効果を発揮する。

 という周知の事実は、周知なのになぜか必ず若手によって踏み抜かれるのだ。

 先輩医師たちが一斉にブーイングをあげた。

「ほらやっぱきたぁ! 禁句だって言ったでしょうがぁ!」

「なんで言うかなあ! 連鎖的にピッチ鳴り出してんじゃん〜!」

「あ、ごめん旦那さん、気にせず悠希と帰ってね! お疲れ!」

「うわーん、あれ迷信じゃなかったんですねごめんなさい!! 悠希先生お疲れ様です失礼します!」

 悲鳴と着信音が入り混じる地獄の中、咄嗟に戻ろうとする悠希の肩を押さえ、疾は半ば引きずるようにその場を後にした。



「嘘つき」

「あ?」

 車に乗り込んですぐ、悠希は恨めしい声を出した。ハンドルを握る疾が、怪訝な声と共に悠希を一瞥する。

「さっき戻る時に海原先生と話してたの、聞こえましたよ」

「……」

 疾の視線が、するりと前方へと戻った。その横顔を、悠希はじいいいいっと見つめる。

「位置情報アプリ入れる必要ないって」

「……嘘は言ってないだろ」

「嘘つき……!」

「嘘は言ってない」

 しれっと言い切った疾が、ハンドルを切った。



***




「……ってことがあったんですけど納得いかない!」

「はいはいそうねー」

 テーブルに手をついて主張する悠希に、楓は心底適当な相槌を返してきた。

 取らされた有給に合わせて開催された女子会は、楓が希望を出した喫茶店が会場となった。地階に存在するそこは一階のケーキ屋と提携されており、本格的にスイーツが楽しめるらしいと見つけ出してきたのだ。

 香宮家当主として多忙のはずの彼女がいつそんな情報を集めているのか──という疑問はひとまず放り投げて、悠希は疾の欺瞞を訴えるのだった。

「確かに嘘じゃあないもんねー」

「疾君、嘘つかずに嘘つくの上手だねえ♡」

「そうなんですよ! わかってもらえます!?」

 ケーキを頬張りながら頷くフージュと常葉に、悠希がここぞと身を乗り出した。紅茶を一口飲んでから、楓が冷静に返す。

「そりゃあ、いくらほぼほぼ身内とはいえ、一般人がほとんどを占める病院なんだから。まさか『アプリなんか使わなくても魔術で瞬時に居場所が分かるんで』なんて言えないわよ」

「そうなんですけど……それはそうなんですけど……!」

「中西病院に関しては限りなく今更だという気もするが……、線引きは大事だからな」

 微妙な顔で椎奈がこぼすと、常葉もうんうんと頷いた。

「たまーにリハビリ関係で私も連携するけど普通に魔術系の知識バリバリだしー、魔道具使いこなして治療してるよね〜」

「まあね。だから兄さんの誤魔化しも気づいてる人は気づいてるんじゃない?」

「わざとスルーしてるってことだね!」

「まあそれはそれとして兄さんの言い分に納得してそうだけど」

 フォローなのか追い討ちなのか微妙な会話を繰り広げている四人をジト目で見ながら、悠希はタルトにフォークを刺した。洋梨のたっぷり乗ったそれを崩れるのも厭わず齧ると、みずみずしい洋梨の甘みとサクサク生地の香ばしさが口いっぱいに広がる。

「というか、そういう悠希だって位置情報アプリなんて知りませんーみたいなリアクションしてるけど、兄さんの居場所は24時間365日把握してるじゃないの」

「うぐっ」

 大層的確に指摘され、タルトを喉に詰まらせかけた。なんとか飲み込んでそのまま紅茶を煽り、悠希はさらに湿度の増した眼差しで楓を見返す。

「……そういうみなさんはしてるんですか? 位置の把握」

 珍しくまぜっ返してきた悠希におかしそうな顔になった楓は、フージュに視線を向けた。残しておいたショートケーキの上のイチゴを飲み込んで、フージュは首を傾げる。

「うーん、ノワは特に探さなくっても分かるからなあ」

「……そうでした」

 隠蔽したって隠しきれない膨大な魔力の持ち主である。それこそ自分の空間に引き篭もるか、異世界にでも飛ばない限りはすぐに居場所がわかってしまうのだ。

「マスターのところに行ったらわかんないけど、マスターのところだなーって行けばいるし」

「それもそう」

「えっと、逆はどうなんです?」

 のっけから質問相手を間違えた感がひしひしとするものの、悠希が促す。フージュはパチパチと瞬いた。

「私、元々がノワの監視下でなら過ごしていいよが条件だったから、ノワはずっと私の居場所を把握してたよ。多分今もそのままじゃないかなあ?」

「そ、そうなんですか」

「いきなり異世界に召喚されて行方不明になったのを追いかけて、得体の知れない召喚陣に飛び込んだ実績が光るわね」

「そう! それ!」

「改めて聞くととんでもない話だな……」

「余裕で説教待ったなし案件で笑うよね」

「笑えはしないですけど……」

 悠希と椎奈がそっと互いの価値観に頷きあう間に、常葉がハイハイと手をあげる。

「じゃあ今度は私が答えるねー! 結論から言うと、瑠依は私の居場所把握してないけど、私は瑠依のスマホに位置情報アプリこっそり入れてるよ!」

「え、ちょっと意外ですね?」

 今度は悠希が首を傾げる番だった。常葉の夫と悠希はあまり接点がない。というか、疾に極力接触しないよう言い聞かされている。ただ今日は不参加である梓、その夫である竜胆が元々常葉の夫と契約関係だったらしい──つまり、疾も含め鬼狩り関係者なのだ。その繋がりで、ごく稀に三夫婦での飲み会が開催される時だけ同席している。

 そしてその時の印象として、常葉と瑠依は気心の知れた間柄のようではあったが、互いの執着はそこまで強くないように見えた。少なくとも、常葉に瑠依の浮気を警戒するような悋気を嗅ぎ取れなかったのである。

 だが、常葉はどこまでも常葉だった。

「えーだって、瑠依の居場所がわかると、疾君の居場所もわかるもん。とっても便利!」

「あ……ああー……」

「常葉さん流石すぎるわ」

 楓が呆れてるのか面白がっているのか微妙な加減で笑う。常葉は構わずニッコニコでまくし立てる。

「お仕事の時に邪魔することはしてないから大丈夫! でも、疾くんとこの辺で出くわしてるんだなーって分かれば、後々タイミングを見てストー……こっそり姿を拝んだりできるでしょ♪」

「今ストーキングって言いかけやがりました?」

「ちょっと遠慮した!」

「それ遠慮って言いますかねえ!?」

 つっこんでもニコニコと笑うだけの常葉に、悠希は頭を抱えた。どうやら高校時代から続くらしいストーキングは、疾が手を替え品を替えついでに手足を出してもなお止める気はないらしい。

「ちなみに梓ちゃんところもアプリ入れてないと思うよー」

「あそこも入れる必要ないもんね」

「瑠依はぜーんぜん使いこなしてなかったけどねー」

 契約者は互いの居場所が常に分かるのだ。これまた不要な機能であった。

「さて、常葉さんがヤバいのは今更として」

「えー照れるー」

「いや実際兄さんにあそこまでしつこく絡んで生きてるの、普通に人外案件なので照れてもらってもいいんだけどさ」

「良くねえです」

「それではこの中で一番執着されてそうな人に移りましょうか」

 楓の言葉を聞いた三人の視線が一斉に椎奈へと向く。椎奈が目を丸くした。

「私か!?」

「驚くことある??」

「流石に私でも旭さんの執着心には敵わねえですよ」

「ずーっと目で追ってるもんね!」

「メロメロだし、近づく男の人みーんな牽制してるもんね♡ 瑠依にも牽制してたの流石に笑っちゃった〜」

 椎奈が両手で顔を覆った。それを見た楓が呆れたように肩をすくめる。

「今更照れることでもないでしょうに。それで、位置追跡の魔道具はいくつつけてるの?」

「つけてる前提……」

「護身の魔道具が私より多いんじゃないか説まであるので、絶対あるだろうなと」

「……桁は、超えない、ので」

 か細い声の返答に、しばし沈黙が降りた。

「……前にも言ったけどさ、困ったら香宮の権力と伝手フル回転でどうにかするからいつでも言いなよ?」

「いざとなったら管理人に頼んで緊急避難すれば確実です」

「ノワの空間に逃げ込んじゃえ!」

「梓ちゃんに頼んで月波に行くのもありだよ」

 四人にかなり本気で心配され、椎奈はそろっと両手の間から目を開ける。

「いや、その……アプリはアプリで子供たちの迎えなど便利なんだが、やはり、異世界転移など突発的事態に対応が遅れることは避けたいと、言われて……」

「ごめんなさい」

 異世界転移に心当たりしかない楓が、真っ先に頭を下げる。

「あとは、……多勢に無勢の事態になった時にすぐ駆けつけたいと」

「本当にごめんなさい」

 かつて兄が敵対した組織に波状攻撃で襲われた経験がある楓が、重ねて謝罪する。

「あとは、その……楓が逃亡した時の、捜索の手立てにしたいと」

「……」

 楓が無言で椎奈のスマホを取り上げた。伏せてあったスマホをくるりとひっくり返すと、慧から鬼のようなメッセージが届いている。椎奈からは、ケーキの写真だけが送信されていた。

「慧がごめんね……」

「……楓。流石に、旦那様のせいにするのはどうかという気がします」

「楓の護衛は大変だねって話だね!」

 悠希が冷静に指摘すると、フージュが元気よくまとめた。むぐぐと詰まった楓が、先程の悠希のような勢いで言い返してくる。

「それはそうとちょっと信頼なさすぎない!?」

「信頼も何も、今回の女子会すら無許可じゃねえですか」

「無許可だとは知らなかった〜楓ちゃん相変わらずだね〜」

 常葉がケラケラと笑う中、楓は自分のスマホを取り出す。大量の通知は無視してアンロックし、ホーム画面を四人に見せつける。そこに出ているアプリを指差し、高らかに言う。

「さて、私だけダンマリも良くないのでお答えするわね。もちろん位置情報アプリ入れられてます!」

「逃亡時の探索用じゃねえですか」

「……のんびりしてていいのか? 写真も送ったからケーキから見つかるぞ」

 椎奈のもっともな指摘に、楓はにっこりと笑う。

「ここ地下だからか、位置バグるのよね。そしてその写真とバグった座標から見つけられる喫茶店はここから3本向こうの通り。会計して見つからないようこっそり帰るだけの時間はあるわ」

「……本当だ、座標ずれしている」

「それでここを指定してんですか楓……」

「アプリを逆に活用する方法もあるんだ〜勉強になっちゃった☆」

「まあ一回やったら次対策されるけどねえ。あとここを選んだのは、ポイント5倍デーだからよ」

 三者三様の呆れと関心を浴びながら、楓は済ました顔で残っていた紅茶を飲み干した。

「じゃあそろそろ解散かな?」

 フージュがこてんと首を傾げる。楓が頷く。

「そうね。すみません、お会計おねが──」

 店員に手を挙げかけた楓が、ビシッと動きを止めた。いきなり彫像と化した楓の視線を追うと、全く目が笑っていない笑顔の慧が歩み寄ってくるところだった。

「支払いは済ませておいたよ。帰ろうな?」

「……えーマジかー……」

 楓が引き攣った笑みを浮かべて、上目遣いで慧を見上げる。

「あの……アプリで追いかけたにしては、早くない?」

「使ってないよ」

「え」

 両肩に手を置いて、慧はたいそう麗しく笑った。椎奈がぼそっと「高校時代のような顔をする……」と呟くのを聞きながら、悠希は続く言葉を待つ。

「あれは本当に便利な機能だけど、甘えすぎると鈍るかなと思って。たまには直感で探してみたんだけど、正解だったみたいだね」

「わ、ワア……」

 ちょっとかわいそうな声を上げながら連れて行かれる楓を見ながら、悠希はぼそりとつぶやく。

「なんだかんだ、あそこが一番執着強いのかもしれませんね……」

 三人とも、黙って頷いた。


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