15:3分間、赤い着物、硫黄
1で楓がやらかした、「関わるなと言われてたのに気づいたらメアド交換していた」の詳細です。
「んじゃ、部屋で集合な」
手をひらひらと振りながら暖簾をくぐる兄を見送って、白羽はくるりと振り返った。
「では、白羽たちも入りましょうか」
「行こう行こう」
「はい」
少し前、兄と白羽が魔術師連盟の狸親父から受けた仕事の報酬の一部として、温泉旅館のペアチケットをもらった。それはもみじが見つけるなり狩人の目をして羽黒を連れて行ったのだが、「なかなかいい湯だったから」と羽黒が追加のチケットを手に入れたため、白羽、梓も連れて行ってもらうことになったのだった。
まあ、兄は兄で何やら目的があったらしく、(おそらく偶然ではなく)例の腹黒男と鉢合わせたようだ。白羽としては、あの性格最悪男と旅行先でまで顔を合わせる悪趣味はないので、対応は丸投げするつもりである。
「それにしても、あの傲慢腹黒男が女連れだなんて、とても想像がつきませんわ」
「白羽ちゃんに腹黒認定されるってのも、大概よねえ」
姉の梓は興味深そうだが、本人と会っていないからそんなことを言えるのである。と、白羽は一人苦い顔をした。
「本当に本当の性悪でしたわ。お兄様に負けないくらい、減らず口が達者ですのよ」
「なるほど、そりゃ大概だ」
「羽黒は楽しそうなので、私は良い出会いだったのだろうと思っています」
「白羽はもう会いたくありませんわ」
好き勝手を言いながら廊下を進む。トラブル回避のためか、温泉の入り口が男女で離されていた。スロープを降りた先に女湯の暖簾を見つけ、白羽は古めかしい引き戸をカラカラと音を立てて開ける。硫黄の匂いがむわりと白羽達を包み込んだ。
「お、空いてるじゃん。ラッキー」
「先客が一名いるようですわよ、お姉様」
下駄箱に一足だけ置かれたスリッパへなんとなしに目を向け、三人とも少し離れた場所に並べておく。
「お邪魔します、わー……」
水音が聞こえないので、もしかすると脱衣所にいるかもなと思い、一声かけながら中に入った白羽は、
「……っ!」
タオル一枚で体の前側を隠し、脱衣ロッカーに手をかけた状態の少女とバッチリ目が合ってしまった。
「あ、失礼しましたわ」
慌てて目を逸らしたものの、白羽はその少女の外見に少なからず動揺していた。
中学生も後半、あるいは高校生だろうか。クリーム色の肌に、焦茶色の瞳。猫の目のように丸く開かれた吊り目が印象的だ。
しかし、何よりも白羽の目を引いたのは、艶やかな茶色の髪。光を柔らかく弾くその色は、嫌な記憶とともに「奴」を彷彿とさせる。
「白羽さん?」
白羽の様子に気づいたもみじが覗き込んでくる。すでに旅館貸し出しの赤い浴衣をはだけており、かなり際どい姿になっていたが、それに動揺する余裕すらなかった。
「……例の、連れかもしれませんわ」
「えっ、あの子が?」
あちらに聞こえないようにこそこそと伝えると、梓ともみじが目を丸くする。白羽も浴衣を脱ぎながら、頷いてみせた。
「髪の色がそっくりですわ。顔立ちは似ていませんが」
「へえ、すごい偶然もあったもんね」
「それはいいのですが……」
梓が関心と好奇心を滲ませる傍ら、もみじは少し困惑を浮かべて疑問を口に乗せる。
「あの子、先ほどからどうしたのでしょうか?」
「「さあ……」」
話題の少女は、こちらをチラチラと気にする様子を見せながらも、何故か脱衣ロッカーの開閉を延々と繰り返していた。ロッカーは全て鍵をかけられるのだが、鍵がわりの木札を引っ張っては抜けずに扉を閉じ、また開いては金具を触り、と無意味にいじり回している。全ての扉には「扉を閉めた状態で木札横の金具を押し込むと鍵がかかり木札が抜ける」「木札を押し込むと鍵が開く」と説明書きまであるというのに、困り果てた様子で扉をぺたぺた撫で回している。
「……」
三人は無言で顔を見合わせた。白羽の本音としては、あの男の関係者とは極力関わり合いになりたくはない。だが、不審者一歩手前の少女は、割と本気で鍵のかけ方がわからずに困っているようだ。ついにグイグイと木札を引っ張り始めている。壊す気か。
最初に動いたのは、ある意味予想通りというべきか、梓だった。
「あのー、すみません」
ひょいと距離を詰めて声をかけた梓に、少女はピャッと飛び上がった。足をもつれさせながら後ずさりまでしている様に、白羽は毛を逆立てやんのかポーズを取る子猫の姿を幻視した。
「もしかして、鍵のかけ方がわからない感じかなあ? あたしやりましょうか?」
少女の挙動不審を気にする様子を見せず、梓はニカっと笑ってそう言った。しかし、少女は困った顔をして首を傾げるだけで、何も言わない。
「あ、私物に触られたくないなら、近くで見ててもらっていいよ」
その気になれば少女の目に止まらない速さで失敬することも可能な姉が、しれっと嘯いた。そんな裏事情は知らないだろう少女は、それでも困り顔のままだ。
なんだこいつ、人見知りすぎないかと白羽がちょっとイラッとしたところで、少女がようやく口を開く。
「Excusez-moi…… je ne parle pas japonaise」
「えっ?」
「なんて?」
「あら……」
三人で戸惑いの声が揃ってしまった。少女の口から出てきたのは、聞きなれない響きの言語だったのだ。思わず三人が顔を見合わせる。
「英語じゃなかったよね、今の」
「ですわね」
「この響きだと、フランス語かもしれません」
もみじが自信無さそうにそう言う。この中では一番勉強家なもみじに学習歴のない言語となると、白羽にも梓にもお手上げである。
「白羽ちゃん、意思疎通の術式って使えたっけ」
「二重の意味で使えませんわよ……」
いきなり術を使おうとする姉の豪胆さに少し呆れつつ、さてどうしようかと頭をひねる。
「英語はいけるのかな」
「試してみましょうか……Do you speak Japanese?」
もみじが早速声をかけると、少女は困った顔で首を傾げた。
「uh…I speak, I do not speak japonaise…Japanese」
「お。カタコト行けそうですね」
「こちらも片言ですけれど。Do you know how to lock this locker?」
「How to……sorry?」
「ダメっぽいですわねえ」
「まあ英語ペラペラなんて、もみじさんはともかく、あたしらも無理でしょ」
梓がそう言いながらスマホを取り出した。白羽が見ていると、何やらアプリを開いて操作してから、少女の方に向ける。
「Dois-je vous montrer comment fermer votre casier ?」
機械の音声が何やら口にすると、少女はパチパチと目を瞬いて、こくりと頷いた。
「……merci」
梓のスマホ画面を覗くと、「ありがとう」と翻訳文が浮かんでいた。
「よっし。宇井ちゃんから聞いてたけど、翻訳アプリって本当に便利だねえ」
「本当ですわね」
感心しながらも、白羽は少女の様子を横目で観察していた。梓がロッカーの使い方を身振り手振り付きで説明するのを聞く少女の身のこなしは、まるっきりの素人である。白羽達相手に少しばかり警戒しているものの、隙だらけだ。刀を出すまでもなく、身体強化だけで首を折れるだろう。
こんな一般人が、あの口の悪く建物の爆破に一切躊躇いを持たないような人でなしと、果たして付き合えるだろうか。髪色が似ているので親戚の可能性もあるが、それだって関わり合いになりたくないだろう、あんな奴。
それとも、フージュを「優しい」と言われるレベルで綺麗さっぱりだまくらかしていたように、少女の前では化けの皮をかぶっているのだろうか。それはそれで気持ち悪い。
「で、開けるときはこれを差し込めば開くから。レッツトライ?」
「OK」
どうも姉の説明は八割型身振りで、せっかく出した翻訳アプリもろくに使っていなかったのだが、なんとか通じたようだった。ぎこちない手つきながらも、少女は無事ロッカーに鍵をかけられたようで、ホッとした顔でお礼を言っていた。
「Merci」
「どういたしまして〜」
にっと笑った梓に少しだけ笑い返して、少女は浴場へと歩き出した。やれやれと一仕事を終えた気分で、白羽達がロッカーに向き直ったその時。
びったーん!
浴場から、そんな擬音がつきそうな音が聞こえてきた。
「「「……」」」
三人、無言で顔を見合わせる。迷ったものの、白羽が恐る恐る浴場の扉を開けた。
そこには案の定、両手バンザイうつ伏せ姿で倒れている少女がいた。
「うぅ……」
呻き声は日本と同じなんだなあ。と、白羽は現実逃避気味に思った。
***
「はーい、右ー左ー、ライトーレフトー」
「Attendez……w, wait……!」
「don’t wait、let’s go! ゆっくり過ぎも危ないからねー」
「うわあ……」
梓に手を引かれている少女の足取りの危うさに、白羽はただただ呻くしかなかった。
あの後、真っ赤になってすぐ起き上がろうとした少女は、しかし濡れた岩場という不安定な足場相手に大苦戦であった。立ち上がろうとしてはすっ転ぶを繰り返し、流石に見るに見かねて三人がかりで助け起こした。
が、そこから一歩でも歩けばまたすっ転びそうな気配がひしひしと伝わってきたので、梓が遠慮させる間もなく手を貸し始めた。それも片手つなぎではまた膝をついたので、両手を持って引いている。本人は必死の表情で、仔鹿のようなプルプルした足取りをじわじわと進めている。
本当にあの男の身内なのか? 白羽は自分の予測に強い疑いを持ち始めていた。
「はーい洗い場到着。洗い方はわかるかな? Can you wash yourself?」
「Yes, mer……thank you」
「どーいたしまして」
三分ほどかけてやっとこさシャワー場にたどり着いた少女は、ヘロヘロと椅子に誘導され(普通に座らせたら後頭部を打ちそうである)、消耗し切った顔でシャワーに手を伸ばした。幸いというか流石にというか、洗う方は問題がなさそうなので、梓も苦笑混じりに白羽達の近くの椅子に座って髪を流し出す。
「いやー、流石にちょいびっくりしたわ」
「ちょっとじゃないですわよ……」
「不器用な訳ではないようですけれどね」
長い髪を丁寧に洗う様子を横目に、シャワーの水音で紛れる程度の小声で囁きあう。どうも日本語はてんでダメのようなので、大声でもわかりはしないだろうが、流石に感じが悪い。
「白羽、本当にあの男の連れなのか、疑いつつありますわ」
「魔術師とは聞いてるけど、腕っぷしも良いって話だったもんね。ま、血筋で全く同じ能力を持つって訳じゃないけどさ」
「それは少しばかりデリケートな話題ですよ、二人とも」
もみじにやんわりと注意されてしまい、二人とも口を閉じる。そのまま黙々と身を清めていた三人だが、髪の長さ順に、かかる時間には差が出てしまう。梓があっという間に体まで洗い上げた時、もみじと白羽はやっとシャンプーを流し終えたところだった。
「おっさきーい」
「こればかりはショートヘアが羨ましいですわあ」
意気揚々と湯船に向かう梓を見送りながら、白羽は丁寧に後ろ髪へトリートメントを馴染ませていく。浴場には複数ブランドのヘアケア商品が勢揃いしていて、まだまだ美容に興味がない白羽でもちょっと試してみようかな、とミーハー心が疼いてしまう。
普段はコンディショナーをざっと髪につけて流すだけだが、こういうのも悪くない──などと思いながら洗い終えた髪を束ね上げ、体も洗い上げると、タオル片手に白羽は立ち上がった。
「お先ですわ」
「私は気にせずごゆっくり」
白羽よりさらに髪の長いもみじも、流石に体を泡だらけにしている段階だ。そう時間はかからないだろう。そう判断して一人外湯へと向かう。
ひんやりと冷たい空気の中、湯気がもうもうと立ち昇っていた。竹垣で仕切られた日本庭園風の作りの中、大きな岩造の露天風呂がどんと設けられている。もう少し暖かい時期用にベンチもあつらえられていた。
さらに濃くなった硫黄の匂いに少しばかりワクワクしながら、白羽は露天風呂へと足を進めた。
と──気づかぬまに、梓だけでなく例の少女も湯に浸かっていた。
「お、白羽ちゃんやっほー。この子も誘っちゃった」
「へえ、そうですの……」
若干オロオロしている少女を見るに、洗い終えた途端に有無を言わさず連行したと見た。水音で騒ぎに気づかなかったが、確かにあのまま洗い場に放置したら、凍え死ぬまで座っているしかなかっただろうし。と白羽は曖昧に頷く。
「では白羽も失礼しますわ」
「はーい」
水面を揺らさないように、足先から湯に入る。少女を見てみると、首までしっかり浸かり、やや恥ずかしそうにしながらも、温泉の気持ちよさに目を細めていた。日向ぼっこしている猫を思い出せる姿である。
このまま無言も気まずいなあと思っていた白羽だったが、そこは梓のコミュ力が遺憾無く発揮された。
「日本は初めて? Is this the first trip to Japan?」
「Ur……Yes. First time to Japan」
「そっかあ。何が好きかな? What do you like in Japan?」
「Food」
「おっ、ご飯かあ。良いねえ。じゃあ今日のディナー楽しみだね」
「Dinner, I’m happy」
「あはは、ほんとに好きそうじゃん」
「さすが梓さんですね」
ちょうど合流したもみじが、日本語とカタコト英語混じりのやりとりをしている梓達を見て、苦笑しながら入ってきた。少女はチラッとそちらを見たものの、梓とのやりとりにすぐ戻っていく。
「ふーむ」
「どうしましたか?」
思わず白羽は小さく唸る。もみじが耳ざとく聞きつけた。
「いえ、もみじを見てもこの反応の薄さというのは、珍しいですわねと」
「あら」
もみじはくすくす笑っているが、風呂場でもみじと居合わせて全く動じないというのがどれだけレアなのかは白羽にも分かる。見惚れたり顔を赤くするどころか、ほとんど見ることもなく完全スルーというのは、そうあることではない。
「……美形を見慣れている可能性は、ありますわねえ」
あの男、顔だけは人間離れしていた。あれを見慣れていれば、もみじの人外じみた顔にも反応が薄い説明はつく。いやそれでも、少女があの男と関わっている可能性は、白羽には限りなく低い気がする。
「えっ、twelve? 12歳!?」
その時、姉の驚き声が響く。一応他に客はいないものの、ともみじが軽く嗜める。
「梓さん、あまり大きい声は良くありませんよ」
「あ、ごめんなさい。いやでも、この子12歳だって」
「え゛」
「あらまあ」
それは驚く、と白羽ともみじは顔を見合わせた。
身長はそれなりだが、体つきはかなり女性らしさが出ていることから、そろそろ高校生に差し掛かる頃合いかと思っていた。
「欧米人は大人になるのが早いと聞きますが」
「この子、本当にフランス人なんですの?」
ますますよく分からなくなってきた、どこの誰だこいつは。白羽の混乱が深まる。
驚く三人を見ながら、少女はきょとんとしていた。梓が慌てて聞く。
「Are you French?」
「Ur……」
これには困った顔で首を傾げた。絶妙に会話ができないのがもどかしい。
「さて、あたしはそろそろ上がるんだけど……まだここにいる?」
梓が自分を指差して外を指し、少女を指差して湯を指差す。ギリギリ通じたようで、少女は首を横に振って、慌てて立ち上がろうとし──見事に足を滑らせて沈んだ。
「うわちょ、まじか!」
しかもバシャバシャブクブクと水面が波立つばかりで、なかなか上がってこない。底で沈みかけているらしい。梓が慌ててグイッと持ち上げた。
「だ、大丈夫?」
「……Je suis désolé」
「あらあら。大変ですねえ」
ゲホゲホ咳き込みながらも謝っている少女の涙目に、流石にもみじが苦笑いを浮かべていた。
***
「あれ、そういや名前聞いてなかった」
脱衣所まで無事誘導を終えた梓が、今更なことを言う。そしてロッカーからスマホを取り出すと、髪の毛の水分を丁寧にタオルで吸い取っている最中の少女に近づいていく。
「ねーねー、アドレス交換しよ」
「Oh, pardon?」
「あ、スマホ触れるんだし翻訳しよ。えっとー、Échangeons nos adresses」
「Ur……」
見せられた画面を見て困った顔をする少女。意味は伝わっていそうだが、と白羽が様子を伺っていると、梓は構わずぐいぐいと迫っていく。
「SNSやってるならそっちでも良いよ? もし時間があるなら日本観光付き合うぜい。だから連絡先おーしえて」
「Ur……sorry, but I……」
「butじゃなくってさー、ほら交換しよー?」
「梓姉様、それはゴリ押しすぎませんこと?」
思わず白羽は姉に突っ込んだが、梓は構わず少女にぐいぐいと迫り、最終的には半ばスマホを横取りするような形で操作を始めた。
「とりあえずあたし宛にメアドで空メール送るねー。んで、あたしが返信すれば、これでよしと」
「Ur……」
困った顔の少女へとにかっと笑って、梓は無事メアド交換を果たしたようだ。満足げにスマホをしまい、ざっと髪の水分を取って浴衣を纏う。
「そんじゃ、帰り道気をつけてー。ご飯で一緒できたらまたね〜」
「ちょ、お姉様早すぎですわ!」
いきなりスピードアップした梓に、白羽も慌ててついていく。もみじはまだ少しかかるようで、ひらひらと手を振っていた。
スリッパをつっかけ、早足で梓の後を追いながら白羽は文句を言う。
「急になんですの、お姉様」
「んー? なんか、連絡先交換だけ抵抗強かったから、つい」
「ついって」
ツッコミしつつも気になった白羽がメアドを覗き込むと、登録された名前は「波瀬 楓」。
めちゃくちゃ日本人の名前だった。
「謎が深まりますわ……」
「あれじゃない? 帰国子女っていうか、現地日本人っていうか。ちっちゃい頃からフランスで、日本語は覚えてないとか」
「あ、なるほど」
「ふふ」
後ろからもみじの小さな笑い声が聞こえた。いつの間にか追いついたらしい。全く気配がしなかった事にちょっとビビりながら、白羽は振り返る。
「どうしたんですの、もみじ?」
「いえ。先ほど帰り際に、少しあの子とお話をしまして」
「それで何かありまして?」
「一つだけ聞いてみたんですよ。『本当は、日本語が分かるのではありませんか?』と」
「え゛」
ギョッとして振り返ると、もみじはいつもの笑顔のまま首を横に振った。
「よくわからないと言う顔で首を傾げるだけでした」
「考えすぎではありませんの?」
「さあ、どうでしょう。後で羽黒の意見も聞いてみましょうか」
「……?」
なんでそこで兄が出てくるのか、と白羽は眉を寄せる。いや、あの男の関係者かもしれないならば、兄が喜ぶ話ではあるのだろう。だが、大浴場での数々のやらかしを見ていた身としては、とても関係者には見えないというのが白羽の正直なところである。
「まあどっちにせよ、どうせならメル友になりたいなあ。文章なら翻訳アプリ使いながらやり取りできるし、仲良くなったら楽しそうな子だったし」
「梓お姉様は、本当に顔が広いですわね……」
裕からは「梓軍団」などと言われるほど広いツテを持つ姉のフットワークの軽さに、呆れ半分感心半分に聞いていた白羽は、続くもみじの言葉を聞き落とした。
「もしもあれが「分からないふり」ならば……とても面白い子ですよ」
妹「あの黒髪の女の人、ほんっとーに怖かった……。多分人間じゃない、しかも人間じゃない中でもだいぶやばい感じがした」
兄「お前そういう直感は外さねーな」