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三題噺  作者: 吾桜紫苑
13/16

13:あらびき、火薬、中二病

本編よりずっと未来のお話。

「はーい、んじゃ改めて──お子さんおめでとー!」

「おめでとうございますですわ」

「おめでとうー!」


「わーい、ありがとー」

「あ、ありがとうございます……」

「……」


 梓の音頭に沿って、白羽、常葉が楽しげにお酒の入ったグラスを掲げる。それに返すように、楓が満面の笑みで、悠希は若干気まずそうな笑顔で、椎奈が落ち着かない表情で応えた。


 紅晴市の個室付きのイタリアンレストラン。

 そこで遠方から駆けつけた白羽まで加わった女子会が開かれたのは、先日悠希から梓経由で伝わった、楓と悠希に子供がいつの間にやら産まれて随分大きくなっていた、という報せへのお祝いのためであった。


「全く、事情はわかりますが水臭いの一言ですわね。11年も秘密にされるとは思いませんでしたわ」

「いやー、ごめんごめん。途中からいつ言えばいいのか分かんなくなっちゃって、ズルズル来ちゃった」

 わざとらしくツンと顎をそらす白羽に、しれっと笑って楓が返す。あらびきソーセージにブスッとフォークを突き刺し口に入れている。

「同じ街に住んでるあたしでもぜんっぜん気づかなかったものね。双子の件がなければ多分入学するまで知らなかったわ」

「うっ、すみません……」

 ニヤニヤと楽しそうに笑ってからかいを口にする梓に、悠希が首をすくめる。

「私は知ってたよー! 真っ先に楓ちゃんに教えてもらった上で、絶対に内緒にしておいてねってお願いされたから、瑠依にも黙ってたけど♡」

「……あの人に伝えては、漏えいどころの話ではないかと……」

「ですわね」

 ビールジョッキを元気よく持ち上げた常葉に、恐る恐る口を開く椎奈が差し込んだ言葉には、全員が深く頷いた。伊巻の問題児については、全員が大なり小なりの関わりがあったので当然ではある。

「ま、常葉さんには絶対バレるからね。だったら先にわい……手土産片手に隠蔽に協力してもらった方がいいに決まってるじゃーん」

「今賄賂って言いかけました?」

「大人の取引ってやつですー」

「楓ちゃんのレシピはいつでも大歓迎ー!」

「いえーい!」

「いえーい!」

 二人でテンション高くハイタッチするのを見て、見ていた4人は苦笑した。

「それにしたって驚きましたわよ。梓お姉様から聞いた時には危うくお茶をこぼすところでしたわ」

「嘘つけ吹き出してたでしょ」

「梓お姉様!」

「あはは……」

「笑ってるけど、悠希、原因はうちよりそっちだからね」

 場をとりなすように白羽が口にした言葉に、梓がすかさず口を挟む。苦笑しながらそのやりとりを見ていた悠希に楓がボソッと言うと、悠希は楓を振り返った。

「なんでですか。むしろ中学にもうすぐ入学するという楓の方が驚かれるはずです」

「違うそうじゃない。悠希んとこみたいな仕事が恋人どころか仕事に取り憑かれてるような夫婦が3人の子持ちというのは、一般には理解不能よ」

「えぇ……同僚にも結構いますよ……」

「医療関係者ってサイボーグか何かなの?」

 微妙に呆れたように首を傾げる楓には同意するが、と白羽は少し身を乗り出す。

「それもそうですが、楓が言うことですの? 楓だって3人育てているではありませんの。白羽の身に置き換えても相当大変そうですわよ」

「そうよね。一番上の子が産まれたの、それこそまだ香宮を引き継いでる真っ最中じゃないの?」

 梓も頷いて同意を示す。話を聞いていた時から気にはなっていたのだ。

「あー」

 納得の声を漏らして、楓は悠希と顔を見合わせる。言葉にせぬまま無言で互いに確認し合うと、うんと頷いて顔を前に戻した。

「それにはちょっとした理由もあってさ」

「理由?」

「うん。……まあここに先輩がいるのが関係してるんだけどね」

 そう言って、集まった時からずっと居心地悪そうな顔をしている椎奈を手のひらで示す。


「実は、一番のりは先輩でして」


「へ?」

「どゆこと?」

 そっくりの仕草で瞬く二人に、楓は整えた笑みで返す。


「先輩、大学4年生で産んでるのよ」


「はあ!?」

「え、まじ?」

 白羽と梓が同時に驚きの声を漏らす。その反応に椎奈は首をすくめ、楓と悠希はうんうんと頷いた。

「自分も驚きましたのでよくわかります」

「ねー。もう14だっけ。中学は私立選んだから、梓も知らなくて無理はないわ」

「まあ……その……」

「先輩には何度か言ってますけど、別にそんな顔することないんですよ? うちに就職も決まってたし、ちゃんと子育てする意思もあったんですから」


 気まずそうな椎奈に楓がさらりとフォローしたところで、白羽達はようやく我に戻った。


「じゃあ改めて……おめでとうございます、ですわ」

「おめっとー」

「あ、ありがとう」

 改めての祝いの言葉を交わしたのを見て、楓は手の中のグラスに少し口をつけてからさらに火薬を投下する。


「ちなみに三つ子ね」


「は!? 三つ子!!??」

「いやまじか!」

「はい……」

 それはまた大変だったのでは、と驚愕の視線を向ける二人に、楓は深く頷いた。

「で、言ったとおり卒業就職そのまま育休って流れを決めるとこまではよかったんだけど、三つ子と発覚してからそうはいかなくてさ」

「そりゃそうだ」

「呼んでくれたら手伝ったのにー!」

「常葉さんは常葉さんで忙しかったでしょ」

 悔しがる常葉には冷静に指摘して、楓は続けた。

「しかも先輩の大真面目ってば、最初は自分たちだけでなんとかするって言い出してさ。いや無理絶対無理、護衛が過労死しちゃ意味がないでしょーがって止めたのよ」

「一時期辞める辞めないで揉めるまで行きましたねえ」

「就職直前に出産する時点で首を切られても文句はないと言っただけだ」

 椎奈の反論に、白羽と梓が同時に眉を寄せた。

「いえ、それはどうなんですの?」

「ねえ、この時代に」

「そもそも旦那さんがいてのことでしょー? 一人で背負わなくてもだよねー」

 常葉の指摘に、楓は整えた笑みで答えた。

「もちろん、卒業前にうっかりやらかした旦那さんには、大人たちから丁寧な説教が入りました」

「妥当ですわ」

「報せを聞いた魔女さんも速攻で説教しに飛び込んできたわ」

「あの方も苦労しますわね……」

「いや、その……旭ばかり悪い訳でも……」

 椎奈の言葉に呆れ気味にため息をついて、楓は続けた。

「で、ゴタゴタ面倒臭い、もういっそ香宮で子育てしてしまえってなったんだよね」

「楓らしいと言えばらしいですが、思い切りましたわねえ」

「だってそれが一番じゃない。そもそも先輩の子供だと、魔力の心配がそれなりにあるわけよ」

「そうね」

 梓が頷く。

「で、先輩たちの実家はまあ……そもそも実家から出たいってことで香宮の護衛に入ってもらったわけだから、頼りたくないよねえって話で一致してさ」

「あー……四家の悪いところが出たんですわね」

「けど一番大きいのは、旦那の独占欲」

「えぇ……」

 白羽と梓が微妙な顔になる。椎奈はそっと目を伏せて取り皿にサラダを盛り始める。

「というわけで、居住区の一部屋、大人がよく通る動線にある広めの部屋を子供部屋にして、そこで三つ子を寝かせてかわるがわる面倒見るスタイルにしたんだよね。先輩も流石にちょっと産後の回復が遅れたし、結果的に正解だったわ」

「その節は本当に迷惑を……」

「だから迷惑じゃないってば。私も悠希もフージュも、寄ってたかって赤ちゃん可愛いーって楽しかったし。というかうちの親たちがめちゃ盛り上がってて申し訳ないレベルだったわ、たまに旦那さん影薄かったじゃん」

「……まあ、かなり勢いはあった」

 微妙な顔で頷いて、椎奈は注文していたノンアルコールドリンクに口をつけた。

「私も実習がなければもっと面倒見たかったです」

「十分見てた見てた。久々の赤ちゃんにフィーバーしたうちの母と伯母が主犯だから気にしなくてよし」

「楓の伯母様って……」

 何かに気づいたように声を上げたものの、白羽は結局何も言わずにカクテルを煽った。

「まあ、そんなわけで先輩のために育児体勢万全にした時点で、私たち悟ったわけよ」

「ですね」

 楓と悠希、顔を見合わせて頷きあい。


「「3人まではなんとかなるわ(なりますね)って」」


「思い切りがいいにも程がありますわね……」

「楓ちゃん、あたしが思ったより男前だわー」

「やだ、梓に褒められちゃった」

 わざとらしく頬に手を当てる楓に苦笑して、悠希が後を引き取る。

「自分も、研修医の頃の方が仕事を調整しやすいという話を先輩方から聞いていたので、楓とも話して体制の整っている今のうちにと」

「うちの両親も元気いっぱい、赤ちゃん見て何やら若返ってる節まであったもんね。3人連続三つ子は流石にないだろうから、年差あれば上の子が下の子見てくれたりで、なんとか回るでしょって」

「いまだに香宮の住居区域には立派な子供部屋があるんですよね」

「上の子に個室与えたのに、あそこで下の子達の面倒見ながら宿題やってて和むよね」

「えー、可愛いー見たい〜」

 常葉がニコニコして言う。白羽は呆れ顔で肩をすくめた。

「なんだか昔の大家族のようですわね」

「というか開き直って保育園化した。流石にうちの子たちとはスペース分けたけど。家人は子ども連れ込み可、資格持った保育士24時間常駐、費用は一部負担でOK。いやあ、古いお家ってやたらめったら部屋が広くて有り余ってるし、いい使い道よね」

「香宮は閉鎖的なのか開放的なのかはっきりしてくださいまし、当主様」

「うふふ、やだ瀧宮当主様ってば。どっちつかずのマイペースに決まってるじゃない」

「開き直りやがりましたわ……!」

 しかも「うふふ」の部分は無駄に取り澄まして、もといやたらと上品だった。地味にイラッとした白羽は、ヤケクソのようにカクテルを一気飲みする。それをみて楓が楽しげに笑う。

「あはは。まあ、そんな感じで実家の太さに物言わせて育児してるよ」

「蓋を開ければ白羽ちゃんと似たような体制ね」

「それもそうですわね」

 納得したように頷いた2人を見て、楓も頷き返した。

「まあ実際、それしかないでしょ。悠希なんて、感染症大流行の時は病院が住処になりかけてたからね。しょっちゅうこっちに来て、うちの子達や先輩の子達と一緒に大はしゃぎしてたわよ」

「あれは助かりました……」

「お陰で中二病ネタも大量にゲットして、反抗期入りかけの今や大変良いおど……言い聞かせの材料よ」

「脅しって言いかけました?」

「反抗期対策には小さい頃のやらかし動画が効果的って教えてくれたの悠希じゃん」

「あれはせんせ……母の受け売りです!」

「白羽も、可愛い頃の動画はしっかり撮っておくと良いわよ。色々使えるから」

「どういうアドバイスですの……」

 白羽が物凄く呆れた顔をしているが、こればかりは楓と悠希の意見は一致している。やんちゃな子供を腕力以外で抑え込むには、時には手段を選んでいられないのだ。

「ところで、今の話にお二人の旦那さんたちが出てこなかったけど、どうしてるの?」

 薄めのサワーをちびちびと舐めつつ梓が尋ねる。楓が先に答えた。

「うちは普通に、というかがっつり育児関わってるよ。術者としての指導とか、私には出来ないことも多いし。もちろん普通の育児、夜泣き対応もおしめ交換もばっちこい。ただ、あの頃は引き継ぎ中でドタバタしてて、ある意味私よりも慧の方が忙しかったんじゃないかってレベルでさ。羽黒さん関連もあったでしょ? どうしても育児は私に、っていうか事実上うちの両親に比重が偏ってたわ」

「あー、そんな事もあったわね」

「メチャ他人事〜。ま、兄さんも同じ理由でうちに預けてたことが多かったよ」

 楓はくすくす笑ってグラスに少し口を付ける。悠希はむっとした顔で反論した。

「それ以外では、私が申し訳なくなるくらいしっかり育児してたんですからね!?」

「はいはいすごいすごい」

「……いえ、あの。今、白羽の想像力が限界を訴えましたわ」

 白羽が真顔で訴える。思わず頷いている椎奈を横目に、楓は肩をすくめた。

「まあ、兄さんは基本全般的に器用だから。やれば出来るわよ」

「家事も手際良いですもんね……というか何しても私より要領良くて……」

「その辺り比較しても何も良い事ない、というか考えるだけ無駄よ」

 キッパリ言い切って、楓はフライドポテトに手を伸ばした。

「まー最近は落ち着いてきたから、結構育児に時間かけてると思うよ。難しいお年頃にもなってきたし。白羽も育児相談あるなら乗るよ〜、経験値は結構自信あるもん」

「そうですわね……じゃあ見境なしに家の中切り倒しまくる悪ガキの止め方をアドバイス欲しいですわ」

「お、さっそく出番よ悠希」

「私ですか私ですよね! 任せてください!!」

「本当にすぐアドバイスが出てくるとは、白羽ちょっと予想外でしたわ……」

 ヤケクソ気味な悠希の勢いにドン引きしながらも、白羽はカクテル片手に耳を傾ける。その様子に苦笑しつつも、梓と常葉も身を乗り出した。


 その後の飲み会は女子会らしくあっちこっち話が飛び、楽しく姦しく盛り上がった。


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