12:執事、弾丸、ゴリラ
本編約20年後。
「紘也君、お久しぶり。変わってないわねえ」
「含みのある挨拶ありがとよ。瀧宮も元気そうだな」
「お陰様でね。ウロちゃんもおひさー」
「久しぶりですね、っと言ってもSNSでは常連ですけど。そっちのワンコも久しぶりじゃありませんか。あの腹黒エセ魔術師野郎は死にましたか?」
「ワンコじゃねえし死んでねえよ!? 開口一番ろくな挨拶じゃねえな!?」
現在魔術師連盟の大魔術師と、その契約幻獣のウロボロス。
ビックネームもビックネームな彼らと梓は高校時代、梓の兄に無理やり巻き込まれる形で関わった。梓が出会った頃とほぼ見た目が変わらないままなのは何やら色々あったらしいが、友人であることには変わりがない。
梓が関わってない別件で竜胆もウロボロスとは関わりがあったらしく、和やかに(?)再会の挨拶を交わしていた。
一通りやりとりを終えたあと、紘也が困惑気味に最後の一人に視線を向ける。
「……で、それ、なんだ……?」
「……。やっと話題に出してくれて、ありがとうございます」
執事服を着せられた上でぐるぐる巻きにされ転がされていた珀疾が、憮然とした表情で返した。
「ほら、連絡したじゃない。その子よ」
「それはわかる。俺が言いたいのは、なんでそんな格好で縛られてるんだってことだ!?」
「そういう趣味な子ですか?」
「違う!?」
ウロボロスの言葉に、珀疾が叫ぶように反論する。キレのいい反論にカラカラと笑いながら、梓はちょいちょいと突いた。
「そうは言うけど珀疾少年、おおよそ君のせいだぞ」
「うっ」
「だな。何度言われても兄妹喧嘩に術を使って家を壊すのをやめないから、お前の母さんがとうとう本気でキレたってだけの話だろ」
「ぐっ」
「かつての自分を振り返って今ならこれが一番効果があるはず! って執事服コスプレさせるとは意外だったけどね」
「で、そのまま俺らに預けられて運ばれてきたんだよな」
「うぐぐ……!」
梓と竜胆の言葉が弾丸のように珀疾に突き刺さり、珀疾は見事撃沈した。紘也が呆れ顔で肩をすくめる。
「なるほど、そりゃあ自業自得だな」
「なんか昔の梓っちを思い出す話ですねえ」
「そーねえ、若気の至りよねえ」
「……梓の場合、割と最近まで喧嘩やってたような」
「なんか言った? 竜胆君」
「いや、何も」
素知らぬ顔でそっぽを向いた竜胆を横目に、梓はそろそろいいかと拘束用の魔道具を素手で引きちぎる。
「ほら、挨拶するでしょ」
「……ええ、はい」
じっとり梓を見上げたものの言葉を飲み込み、珀疾は立ち上がって紘也とウロボロスに向き直った。
「ええと、失礼しました。珀疾と申します。今日は魔力操作技術を教えていただきに参りました。よろしくお願いします」
頭を下げた珀疾の前情報と全く噛み合わない丁寧な挨拶に、紘也はややたじろいだ。
「え、えっと……魔術師連盟の秋幡紘也だ、よろしくな。……俺も堅苦しいの苦手だから、もう少し気楽な感じでいいぞ」
「さっきの姿と今の姿の差で混乱しますね……ウロボロスさんですよっと」
「あ、はい。分かりました」
頭を上げて頷いた珀疾の肩を叩きながら、梓はクスクスと笑う。竜胆も軽く苦笑した。
「ま、一応いいところのお坊ちゃんだもんな。普段はびっくりするくらいまともだよなお前」
「兄妹喧嘩と強い人見た時に見境なしに襲いかかるの以外はまともよね」
「喧嘩は少なくとも半分は俺のせいじゃないし、なんでまともだからってびっくりするんですか。それに、今は一応我慢出来てますよ。一応」
「お、そういやそうね。クスクスっ」
笑う梓に恨めしげな眼差しを向けつつ、珀疾はウロボロスと紘也に目を向けた。
「で、これは個人的な俺からのお願い事なんですけど」
「なんだ?」
「ウロボロスさんと紘也さん。二人とも一度手合わせをお願いしてもいいですか?」
「おいいきなり目つき変わったぞ!?」
「急に殺気ぶつけてくるんじゃねえですよ!?」
「そーゆー子なのよ」
あまりの変貌ぶりにビビる二人に、梓は改めて説明していく。
「魔術の適性はないんだけど、魔力はまあまあ多くて天性の身体強化術持ち。近接戦が大得意なのはいいんだけど、戦闘狂拗らせてて小さい頃は誰彼見境なく手合わせふっかけてたんだってさ。中学の頃はあたしが担任だったから、手合わせの相手を竜胆くんとそれぞれしてたのよ」
「そ、そういう縁だったのか……てっきり瀧宮の親戚なのかと」
紘也の口にした推測には、梓も思わず笑ってしまった。
「クスクスっ。で、こないだの春に高校生になって、そろそろ外の術者と関わりを持っても良いってご両親が判断したのよ。珀疾くん、さっきも言った通り、魔術の適性こそないけど魔力の操作はかなり器用だからさ。そういう意味では紘也くんがいい先生になってくれそうだなって」
「ああ、なるほどな。そういうことなら俺が適任だ」
納得したように紘也が何度か頷く。魔力操作は紘也が小さな頃から磨き続けてきた技術だ。かなり普通じゃない領域まで手を伸ばしているところまで含めて、専門家と言っても良いだろう。
「じゃあ早速始めるか。まずは普段使ってる身体強化術を見せてくれるか?」
「あ、はい。何なら腕相撲でも良いですよ」
「しれっと手合わせに持ち込もうとしてません?」
「ほら、早く」
「ちえっ。はーい」
ウロが突っ込むも、紘也は綺麗にスルーして急かす。唇を尖らせながらも、珀疾は全身に魔力を巡らせた。
「おお、結構しっかり魔力注ぎ込んでるな」
「まあ他に使い道もないんで……一応岩くらいなら軽く砕けます」
「ゴリラ並みですねえ」
「もうちょっといい例えありません?」
ウロの感想に、珀疾は微妙な顔でぼそっと言った。
魔術という形で魔力を使えない珀疾は、運用できるほぼ全ての魔力を身体強化に注いでいる。元の魔力量が多いのもあり、その強度は大人の術者と比べても頭一つ抜けていた。
「それにしても、これで魔術が使えないっていうのも変な感じがするな。封じられてるならともかく」
「あーよく言われますけど、なんか生まれつきっぽいです」
なんででしょうね、と首を傾げる珀疾。その理由までは竜胆と梓も知らないため、首を横に振る。
「で、こっから先がないってんで悩んでるんでしょ」
梓が水を向けると、珀疾は素直に頷いた。
「そうなんですよね。分かってはいたことだけど、もう少しこう、使い道がないかなぁこの魔力……っていう」
「なるほどな」
その悩む気持ちは紘也もかつて抱いたものなのでよく分かる。なんとなく懐かしい気持ちで続けた。
「じゃあ、とりあえず俺がお前くらいの年には使えてた技術を教えるのでいいよな」
「はい」
頷いたのを見て、紘也は自分が持つ魔力操作技術についてのレクチャーを始めた。
***
「──うん、いいんじゃないのか」
最終的に頷いた紘也は、感心半分呆れ半分の表情を浮かべていた。
「筋がいいというか、魔力操作自体は身体強化術を使う時点で無意識にやってたみたいだな。こんなすぐに魔力干渉ができるようになるとは思わなかった」
「紘也さんの教え方が分かりやすかったんですよ」
「かなり感覚的な説明になっちまったけどなあ」
苦笑混じりにそう言って、紘也は頬をかく。これまで何度か聞かれて答えた時にどの術師にも「訳がわからん」と言われ続けた身としては、あっさり掴んで実践してみせた珀疾の器用さには舌を巻かされる。
紘也の反応を見て、珀疾は少し苦笑した。
「あー。いや、ぶっちゃけちょっとズルかもしれません」
「ズル?」
首を傾げた紘也に、珀疾が答える。
「結界破りについては、多分俺、無意識に近いことしてたっぽいです」
「え、そうなのか? なんで?」
結界を破るなんて、紘也も差し迫った事情で覚えた技だ。それを無意識に身につけるだけの機会が、これまで外に出る機会もなかった高校生なりたてほやほやの少年にあるとはどう言うことなのか。
不思議そうにする紘也に、珀疾は若干笑ってない目でにっこり笑顔を浮かべて答えた。
「妹と喧嘩する時、いかに効率的に結界叩き割ってやるかに心血注いでたんで」
「何て血の気の多い喧嘩だ!?」
「だってあいつ、結界に反射だけじゃなく衝撃波とか色々付与してきやがるから……攻撃用に展開される前にかち割って沈めないと勝ち目がないし」
「衝撃波!? そりゃ怒られて当たり前だろ!?」
衝撃波を飛ばす妹と、岩も簡単に砕く身体強化の兄。そりゃあ家だって壊れるし、親は怒って当然というものである。というか、屋内でやる喧嘩ではないだろうと紘也はドン引きだ。
その反応を見て珀疾が不満げに言い返した。
「言っときますけど、毎回毎回喧嘩ふっかけてくるのは妹の方だし、結界仕掛けてくるのもあいつの方ですからね。俺は応じてるだけなんで、大体あいつのせいです!」
「なんでお前はこれだけやたらと譲らねえんだよ……」
竜胆が呆れ声で突っ込むも、珀疾は譲らない。むうっと唇を尖らせ続けた。
「というわけで、妹の結界破りで気づかず魔力干渉をしてたっぽいです。でもちゃんと一通り教わったんで、もっと効率的にかち割れると思います」
「その格好でそれ言えるの、いっそ凄いですねえ」
「全くもって反省してないっていうのがめちゃくちゃ伝わってくるな」
ウロとここまで意見が揃うのも珍しいが、紘也は同時に納得もしていた。土台が出来たところにある程度系統だった説明を聞いたからこその習熟度というわけである。
それにしたって、珀疾の魔力操作技能は、同時期の紘也と比べても遜色ないレベルであることには間違いない。これで何故魔術が扱えないのか本当に不思議だ……と、そこまで考えて紘也はふと気になったことがあった。
「そういや、両親は魔術師じゃないのか?」
紘也が問いかけると、珀疾はビクッと肩を揺らした。これまでの強気な態度が一気に萎む。
「え、ええっと……母は魔術師ではありません。一応は一般人……一般人? です」
「なんですか、今の間は?」
ウロボロスが怪訝そうに問いかけるも珀疾は答えず、勢いのままに続けた。
「で、父が魔術師……多分、魔術師、です」
「夫婦で何なんですか、はっきりしませんね」
「何か事情でもあるのか?」
「あー……うー……」
めちゃくちゃ困りきった顔で黙り込む珀疾をよそに、堪えきれずに梓がクスクスと笑い出す。竜胆も微苦笑でやりとりを見守ったままだ。その反応を見てウロボロスが問いかける。
「梓っち、ご両親とも知り合いなんでしょう? この煮え切らなさは何なんです?」
「んーそうね。あたしは二人とも顔見知りだけど、どっちかと言えばお母さんと仲良しかな。で、竜胆くんはお父さんと仲良しね」
「仲良しと言われるとめちゃくちゃ違和感があるんだが……」
竜胆が酸っぱい顔をするのを見て、ウロボロスがいじりがいがあるとニヤリと笑う。
「なんですかワンコ、男同士の友情が一線超えたパターンですか?」
「なんっつうことを言い出すんだ!? 鳥肌立ったわ!!」
「流れ弾で俺まで鳥肌立ちましたけど!?」
竜胆に続き珀疾本人からまで猛烈なクレームが上がるのをケタケタと笑うウロボロス。紘也がため息をついて、梓に視線を向けた。
「俺の知らない人か?」
「紘也君はクソ兄貴の一件でちょっとだけ顔は見てるかも。ウロちゃんも面識あるわよ?」
「へ?」
「ほら、竜胆くんと同じ時に出会った魔術師、で思い出さない?」
ウロボロスが驚愕に目と口をまん丸くして固まった。
数呼吸ほどの硬直ののち、ようやく飛び出てきたセリフはこれである。
「……あんの口だけ腹黒クソ魔術師の息子!? これが!!??」
「……あー……竜胆先生、これそういうことですか?」
「そういうことだ」
「なるほどー……」
竜胆とともに死んだ目で遠くを見てから、珀疾を見る目がガラッと変わったウロボロスにペコリと頭を下げた。
「なんか、父がすみません」
「えっ!?」
ギョッとしているウロボロスに苦笑して、竜胆が口を挟む。
「どっちかっつうと、母親似だ」
「それはそれは喜ばしいですね、ついでにそのまま父親の存在ごと抹消しま(ぐさっ)目がぁあああ!?」
「子供の目の前で言い過ぎだバカウロ!! 親父に迷惑かけられ続けた俺としてもアウトだ!」
「うわ魔力干渉つき目潰しえっぐい……そして何をしたんだ父さんは……」
「まあ……うん……お前の父さんも若かったんだよ……」
死んだ目で言い交わす珀疾と竜胆にクスクス笑いながら、梓はウロボロスに声をかける。
「ちなみにお母さんはウロちゃんも知ってるよ? と言っても面識はないけど」
「へ? どういうことです?」
「ほら、ウロちゃんが昔よく読んでたラノベで、アニメ化もした──」
「だあああああああっ!?」
珀疾が絶叫した。顔を赤から青まで器用に変化させていく珀疾を横目に、梓が吹き出した。
「あははっ、こういうところは可愛いのよねえ」
「梓先生、それはマジでダメだって!? 俺ごと社会的に殺すな!?」
「意外に人間、社会的抹殺なんてされないものよ、だいじょーぶだいじょーぶ。君のお父さんや従伯父さんをご覧なさい」
「いや父さんはともかくおじさんはまあまあ社会的には抹殺されてるような……違う、そこじゃない……!」
サラッと身内に厳しい意見を口にしつつも必死で梓に取り縋る様子に、紘也が少し哀れに思って助け舟を出した。
「ま、まあとりあえずお母さんが魔術師じゃないのはわかったからさ。で、お父さんには魔力制御教わってないのか?」
「ううっ!!」
「えっ急に何だ!?」
頭を抱えてしゃがみ込んだ珀疾に、紘也が面食らう。梓と竜胆は、やれやれと顔を見合わせた。
「まーだ引きずってんのか」
「意外と気にしいねぇ」
「うぅう……」
梓にツンツンと指先で背中をつつかれながらも、珀疾は丸くなったままだ。やれやれと苦笑して、ポカンとしている二人に手短に説明することにした。
「すっごく簡単に言っちゃうと、反抗期が終わって自分の言動が黒歴史化したってとこね」
「端的すぎて刺さる……!」
呻く珀疾に、紘也は苦笑する。
「なるほどなあ」
「なんですか、封印されし左手がーとかやってた口ですか?」
「してない!?」
思わぬ方向に話が広まり、珀疾が勢いよく顔を上げて否定した。
「え、じゃあどういう話なんだ?」
「この言い方、絶対そうだと思われてたやつ……!」
「俺はある意味それより引いたぞ」
「ぐっ」
ぼそっと差し込まれた竜胆の言葉にぐうの音が出た珀疾は、はぁあー……とため息をついて顔を埋め直した。
「……えっと、聞いていいのか?」
その背中を眺めつつ紘也が尋ねると、梓はあっさりと答えた。
「あーうん、簡単にだけどね。……この子腕っ節も良くて、魔力の勘がいいでしょ?」
「え、まあそうだな。こんだけあっさりと魔力の流れを掴めるのはなかなかない」
先ほどまでのレクチャーで珀疾が非常に理解の早い教え子だったのを思い出し頷いた紘也に、梓は肩をすくめて続けた。
「そのせいで魔力量が少ないお父さんのこと、雑魚だと思って半ば見下してたのよ」
「……あー。駆け出しの魔術師にありがちだなあ」
魔力量で他人の力量を測ってしまうのは、駆け出しの魔術師なら一度はやらかすことだ。紘也にはそばに幻獣という規格外がいたので、あまりそういう見方はしてこなかったが。
「ぷっ、あの腹黒野郎が雑魚扱いされてやんの、ざまあですね!」
「ウロ、チョキの指は何本だ?」
「すみませんごめんなさい、けどあの野郎に関してはウロボロスさんも引けませんよ!?」
指を2本立てて振ってみせる紘也と、引け腰ながらも譲らないウロボロスに、梓はくすくす笑いながら話を結んだ。
「で、この前、春休み入って早々に、キッチリバッチリへし折られたんだと。そんで色々とこれまでの言動を振り返って、こんな感じ。父親とはまともに顔合わせられてないらしいわ」
「あー……そういうことか」
「ううー……」
納得した紘也は何度か頷いて、苦笑気味に珀疾を見下ろす。ウロボロスが微妙な顔でそれに続く。竜胆は苦笑気味に少しだけ庇ってやることにした。
「まあ、ほら……ウロボロスなら分かると思うが、父親も父親で容赦なくへし折ったみてえだからな……へこんでも無理はないっつうか」
「そうですね、心へし折った上で追い打ちかけるような輩ですし。とはいえ自分の息子相手にって、人の心がなさすぎじゃないですかね」
「いや、父さんは悪くなくて……なんかこう、なんで俺は今まで見抜けなかったんだろうっていうか、何も知らずに言っていたあれこれとか、こう……色々と辛い……!」
「重症だなあ」
年齢の割には大柄、ついでに執事服を着せられたままの高校生男子が丸まってる姿はいささかシュールだが、流石にそこまで言ってやることはしないくらいには、紘也は大人である。
「ほらほら、事情はわかりましたから。そんなでっかい図体で落ち込んでたって鬱陶しいだけですよ。執事服が破ける前にさっさと立てってんです」
「せめて執事服については触れてほしくなかった……!」
なお、生きている年数だけならこの中の誰よりも年上にも関わらず、精神年齢は珀疾を含めても一番幼い疑惑のあるウロボロスは、一切の斟酌なくその事実を突きつけた。
「はあ……」
ゲンナリとため息をついて、珀疾はノロノロと立ち上がる。憂鬱をこれでもかと顔に貼り付けている様に、大人3人はやれやれと顔を見合わせた。
「ま、ちょうど良い機会だと思えば?」
「梓先生?」
「せっかく教えてもらったこと、見せに行けばいいじゃない。アドバイスもらえると思うわよ?」
「え、あ……」
ぱちぱちと瞬いた珀疾に、紘也も笑って告げる。
「いいんじゃないか? こんなこと出来るようになったっていうのは、ちょうどいい会話の糸口だろ」
「いや、傷口に塩塗り込まれません?」
「あーいや、流石にそれはねえと……思うけど……」
「竜胆くん、そこははっきり言ってあげて」
微妙に不安にさせることをいうウロボロスと竜胆を梓が苦笑まじりに諫め、珀疾に軽めのデコピンをする。
「いてっ」
「だいじょーぶ。君のお父さんは、こんなことで君を見捨てるような人じゃないでしょ」
「……それは、まあ、はい」
「えっ本気で言っむぐぅ」
「ウロお前ほんとちょっと黙ってろ……!」
傍でウロボロスが紘也に口を塞がれ引きずられている中、梓は手を伸ばしてわしゃわしゃと珀疾の髪をかき混ぜた。
「だから、そろそろちゃんと向き合いなさい。そんでいい師匠になってもらいな」
「師匠……」
「外に出るなら、君のお父さんはきっといい師匠になってくれるよ」
そう言って笑いかけた梓に、珀疾は少し考えて、聞く。
「……梓先生も、また組み手してくれます?」
「もちろん。内緒で覚えたい技とかあったら教えちゃうぞ」
「……! はい!」
やっと表情を明るくした珀疾に、梓と竜胆はやれやれと顔を見合わせて苦笑した。