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三題噺  作者: 吾桜紫苑
10/17

10:録画中、瞳の奥、磁化

「そういえば、この間また悠希さんがステッキを使っていましたよ」

「…………」


 香宮に届いた物の仕分け作業の矢先。慧が思い出した様に放った発言に疾は目を据わらせ、修哉は肩をすくめた。

 季節の折、中元にと送られてきた物の大半は当主の嗜好に合わせて焼き菓子や和菓子や茶葉の類なのだが、一部祈念用の術具なども混じっている。神社同士の幸いを願う様なものなので断れたものではないのだが、稀に悪意を込めた呪物を紛れ込ませる愚か者もいまだにいる。子達の存在も公表したので、うっかり触ってしまうなどの事故を期待する輩もいるだろう。

 これらの仕分けは本来家人に任せるものだが、何せ呪う対象が世界的に名を馳せた漆黒と災厄だ。気合の入った極悪な罠だらけであるため、下手な術者に触らせるわけにもいかずに男三人で作業することになっている。


 保護手袋に手を伸ばしていた疾は、げんなりと溜息をついて相槌を打った。

「今度はなんだ」

「珀疾と碧羽(あおは)の兄妹喧嘩に慧斗まで巻き込まれて、術アリの乱闘戦に突入、下の子達が巻き込まれそうになったところで」

 ほら、と見せられた端末の動画に一瞥をくれ、疾は目を据わらせた。

「……なんでいちいち撮影してんだてめえは」

「ちょうど楓花(ふうか)を録画中だったので、つい」

「ついじゃねえ、消せ」

「楓花まで消えるから嫌です」

「お前な……」

「嫌です」


 真剣な顔で却下してくる慧に疾は冷ややかな眼差しを浴びせた。が、慧も引かない。一番下の末娘をやたらと溺愛している慧は、最近なかなかに図々しい。あとでデータ丸ごと消してやろうと頭の片隅にメモしつつ、疾は作業に取り掛かった。


「にしてもあいつ、どんどん自重なくしてやがるな……」

「昔は話題になるだけで穴があったら墓場にしそうな勢いでしたよね。で、疾さんはそれを面白がっているというひどい話でしたけど」

「今は違うのか」

「年考えろ」

「またそんな、全ての女性を敵に回しそうな事を……」

 微妙な顔を向けてくる慧を無視して、疾は魔道具の一つを取り上げる。

「呪物だ。触れたもの全てを磁化させる……また妙な呪いだな」

「一時期流行った、磁石がくっつく人間じゃないですか。あれはデマでしたけども」

「あれを信じてる輩がいると聞いた時、こんなに馬鹿が大量繁殖していてよく社会が曲がりなりにも回ってるなと思ったな」

「はは……」

 さらりと吐き出された毒の相変わらずさに、慧は引き攣った笑いを浮かべる。ここ最近は子どもたちの前だと自重しているが、中身の鋭さはなんら変わっていない。


「そ、それはそうと。疾さんは悠希さんのあの……あれはどう思ってるんですか?」

「適切な表現が思いつかなかったな」

 慧の誤魔化しを修哉がさらりと指摘したが、慧は聞こえないふりをした。

「悪趣味」

「直球ですね」

「外見年齢が戻るから許されるとかいう訳の分からん言い訳をしているが、悪趣味以外にあるか」

 呪物をポイっと処分用の箱に放りながら、疾は一切の手心なく言い切る。

「そろそろ思春期に突入してる上二人も、やめて欲しいと言う割には喧嘩するだの隙が多いが。……悠希は生育環境のせいか、暴れる奴は力づくで成敗するしかないという認識を刷り込まれてるみたいだな」

「「ああ……」」

 大迷惑な住人ばかりを集めているとしか思えない例のアパートの話を思い出した慧と修哉の声が重なった。


「悠希さんとしては、そういう意味で便利なものはなんでも使うって感じなんですかね?」

 背に腹は変えられないみたいな、と言い添えた慧に、修哉が少し首を傾げた。

「……別にあれでなければ止められないわけでもないだろう。代用手段はいくらでもある」

「……確かにここは魔道具生産工場みたいなものですもんね」

「俺を見て言うな」

「最近すっかり修哉さんの別名は「人工魔石生産工場」ばかりが耳に入るんですけど、作る方も得意でしょう?」

「人を工場扱いするな。……代替品の話は出したのか」

 慧の言葉に眉を寄せつつ、修哉が尋ねる。つられて視線を向けた先、疾は不本意そうに顔を顰めていた。

「これと同レベルの自衛手段があれば手放す、の一点張りだ」

「同レベル……」

「職場と家の往復でほとんどの時間費やしてんだろっつっても絶対に譲らねえ。妙なところで妙な意地張りやがって」

 微妙に顔を顰めて吐き捨てる疾がやや複雑そうなのは、悠希がそう言い張る理由がわからないわけではないからだろう、と慧は推察した。慧が楓にいくら魔道具を持たせても護衛をつけても不安になってしまうのと、きっと根本は同じだ。


 ……まあ、だからこそ「とはいえあれはやめてくれ」という気持ちも理解出来てしまうのだが。


「作る暇がないくらい忙しいなら、修哉さんに頼んではどうですか?」

「そういう問題じゃねえんだよ」

「と、言いますと」

 よくわからず首を傾げる慧に、疾は術具を検分しつつ答えた。

「外見のせいで悪ふざけが過ぎたおもちゃに見えがちだが、あれはとんでもねえ代物だ。訓練の積んでないど素人の身体能力と魔力を跳ね上げた上で戦闘を繰り広げられるだけの処理能力を与え、飛行能力を持ち、攻撃を受けても負傷しない程度に緩和され、複数の魔法陣をそれ単独で起動させられ、かつ自身の魔力でブースト可能。ついでに使用中は軽い認識阻害がかかる」

 並べ立てられた機能を丁寧に反芻して、慧は無意味に瞬きを繰り返した。

「……修哉さんや疾さん作の魔道具を見慣れてる俺でも意味不明なんですが。何なんですか、そのとんでもない代物」

「異世界、それも複数世界の技術が組み合わせて作られた代物だからな。同時期に質量のある幻想を生み出す魔道具も裏世界で少し出回り問題になったが、一番まずいのはあれだろうな」

 修哉が付け加えた解説に、慧まで溜息をついてしまう。

「ああー……作れても作ってはまずいってことですか……」

「もう手元にある状態で犯すリスクではないな」


 修哉が淀みなく補足しているところを見るに、既に疾が一度相談した後なのだろう。打てる手は全て打っているところは流石だが、それでも未だに放置されている辺り空恐ろしい。

 そう思った慧を裏付けるように、疾がさらに続ける。


「せめて外見情報だけでもなんとか出来ないかと、三日三晩挑んだことはあるんだが」

「どうしようもない時以外、徹夜は絶対にしない疾さんが……本気度が伝わってくる……」

「改変すら駄目だったのか」

 自分の専門分野だからか、少し顔を上げて尋ねる修哉に、疾は微妙に死んだ目で答えた。

「他はともかく、外見情報そこだけに異常な情熱をかけてプロテクトがかまされている」

「ええ」

「マジで強固な上に、どんな形で解除しようとその瞬間、本体回路そのものが自壊するように組まれてる」

「うわあ……」

「……製作者は何を思ってそれを作ったんだ」

「娯楽だろ……」

 疾が大きく溜息をつく。慧から見た疾は、悪戯のタチの悪さで並び立つものがいないと言える御仁なのだが、その疾が娯楽で作られた代物に振り回されているのはちょっと皮肉だなと心の中だけで呟いた。口に出したら地獄の訓練コースである。

 魔道具の一つを廃棄箱に放り投げた修哉が疾に視線を向けた。

「疾がそれほど不服に思うなら、無理矢理取り上げて破壊し、同等とは言わずとも護身用の魔道具を渡しそうなものだが」

「それが出来ていれば苦労は無い」

「と、言いますと」


 泣いて嫌がられたら逆らえないとか珍しい話を聞けるのだろうかと耳をそばだてた慧は、次の発言で頬を引き攣らせる羽目になる。


「本人が全力で抵抗する。……基本的に一般人ヅラしているが、あれは魔石の持ち主だぞ。本気で願われたらこっちは手も足も出ねえよ」


「こういうことでも発動するんですか……!?」

「もうなんでもありだな……」

「だからこそ当時は注目を集めた上に街が滅びかけたんだろ」

 「空の魔石」と言う単語は避けてはいるが、慧も修哉もかの魔石の出鱈目な万能性は過去にその目で見ている。思わず声を上げた二人に言い返し、疾は少し声を落とした。

「……その気になれば魔道具も魔石も壊せないわけじゃない、が……流石にこれの為に「その気」を出すのはな」

「あー……」

「……それはまあ、そうだな」

 疾の抱える事情を知る二人は、なんともいえない顔で頷いた。

「結果、使っている間見て見ぬ振りをして記憶を全消去するのと天秤にかけて、今に至る……」

「なるほど……」


 瞳の奥に見えるなんともいえない疲労感に、慧は労いの紅茶でも淹れようと立ち上がった。茶葉を用意しながら、ふと思い出して一人ごちる。


「そういえばフージュさんと悠希さん、この間久々のチャンバラごっこをやってましたね」

「……待て。聞いていない」

 修哉が手を止めて顔を上げる。慧が戸惑った様に瞬いた。

「あれ? えっとほら、子供達が小さい頃、悠希さんがまんま魔法少女、フージュさんが敵役で即席ヒーローショーやってたじゃないですか」

「本当に待ってくれ」

「普通に初耳だが」

「あれ、そうでしたっけ」

 疾まで手を止めて顔を上げた。慧はよく見る光景だったけどな、と首を傾げてしばし、ぽんと手を打った。


「ああそうか、お二人ともあの時期忙しかったですね。例のガダの一件の辺りで呼び出し多くて、子供達をまとめて香宮で面倒見てる間、寂しそうだってことで楓が提案したんでした」

「あいつ本当に余計なこと言いやがって……!」

「当の楓はちゃっかりアナウンサー役を確保してたんで、多分確信犯です」

「相変わらずだな……」

「てめえはなんで止めねえ」

「俺は忙殺されてました。まあ、あれがあるから余計に恥ずかしいんでしょうね、子供達は」

 クスリと笑いながら、慧は入れた紅茶を二人に手渡し、自分の分を手に座った。顔を顰めながらそれを口にした二人は、深く溜息をつく。


「…………とりあえず置いておくとして。直近のチャンバラごっこってのはなんだ」

「ああ、それはほら、フージュさんも安静解除になったからですよ。なんか予想に反して終始異様に元気でしたけど、安静がなかなか解除されずに欲求不満が積もり積もってて、けど外の人はまだ招けないでしょう? もはや戦える相手なら誰でもいいとばかりに手当たり次第切り結べる相手を捕まえてるんですよ。楓が「フウの珀疾化」って呼んでました」

「呼ぶな」

 とても心当たりのある疾が頭の痛そうな顔をしたのにちょっと笑って、慧は肩をすくめた。

「修哉さんの手が開けばいいんですけど、どっちかは側にいないとでしょう?」

「……まあな」

 修哉が無表情を少し崩しながら頷く。もう一度少し笑って、慧は続ける。

「まあそれで、悠希さんは最初は除外されてたんですけど、なりふり構わないフージュさんが半ば強引にステッキを起動させてました」

「何をやっているんだ、本当に……」

「色々と酷え光景だな……」

 自分のパートナーのやらかしをこんなところで聞かされたくなかったと深く溜息をつく二人の人間らしい仕草に、慧は肩をすくめた。何やら余裕の表情を浮かべている慧を見た二人は顔を見合わせて、頷く。


「そういえば、楓はこの間慧斗に手を引かれて雨で濡れた祈り場までを引け腰でなんとか進んだらしいな。鍛錬を怠け過ぎじゃないのか」

「その割に面倒な面会の気配を察知しては護衛を言いくるめて抜け出して友人と遊ぶ癖も相変わらずのようだが、逃亡対策はどうなってんだ」

「すいませんでした!!」


 下剋上は一瞬で、すぐに勢いよく頭を下げる羽目になる慧であった。 





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