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第八話:死霊の魔女

『ギッ?』


 流れ出した不穏な空気にいち早く気が付いたのは、群れの長であるゴブリンロードであった。

 太陽の光が差し込まない地下迷宮において、寒さは常のものであり今、この場においても白騎士が点火した焚き火が無ければ、慣れた暗闇と寒さがある筈であり、何も気にかけるものではないモノを今、ゴブリンロードは気にしていた。

 一度でも気になった寒さは、無視しようと思っても出来るものではなく、自らの体温を奪う寒さの根源を見つけようと、視線を彷徨わせ──今この瞬間にも、配下に犯されそうな女へと視線が止まる。


『……ッッ、ギギァァァァ!!』


 群がる配下共にそこを離れろと叫ぶゴブリンロードであったが、遅く死霊の魔女の冷き祈りは聞き届けられる。

 

『ギ?』


 ポンっと肩に手を置かれたような感覚に、最後尾のゴブリンが振り返るとそこには、血も肉も失いこの世への強い未練だけで、再び現世へと蘇った人の骸骨が立っていた。


『ギッ!?』


 慌てながら錆びた短剣を引き抜こうとしたゴブリンより早く、骸骨の白く細い腕が眼球から脳を貫通し、絶命させると復讐が叶ったと言わんばかりに、その身をカラカラと震わせ何も映し出すものがない伽藍の瞳から血を流し、()()()()()()()()()まだまだ沢山いるゴブリン達へと襲い掛かる。

 捕えた獲物を甚振り、犯し、快楽に浸る筈だったゴブリン達の宴は冥府の底より蘇った『かつて同族が殺した』骸による凄惨な復讐劇へと切り替わる。


『ギィィ!?』


 脆いゴブリンの身体が拷問の様に、指から丁寧に折られていき激痛から悲鳴を上げるたびに、カラカラと骸骨の愉しげな笑い声が響き渡る。

 

──あぁ、タノシイ!!あの日、自分達を塵の様に殺したゴブリンを、今度は自分が塵の様に殺せる!!あぁ、なんという歓喜か!!もっと、もっとこの快楽を味わいたい!!


──しね!しね!しね!汚らしいモノを、潰されてシネ!!それがワタシの苦しみだ!!アハハハ!!!


 カタカタ、カタカタと骨は震え、凄惨な復讐劇を讃美するその光景は、本来、熱を宿さない筈の彼等に燃える火の如き、熱が宿ったと錯覚させる。

 

『ギ、ア……』


 配下の悲鳴を聞きながら、ゴブリンロードは後ずさる。

 彼の瞳は左右に大きく揺れ動き、口から溢れる呼吸は短く誰がどう見ても過呼吸を起こしているのは明らかであり、ロードを冠するほどに進化した者が恐怖に支配されている証と言える。


「── 慚愧の魂よ、その慟哭の叫びを我は聞き届けよう」


『ギッ……ァァァ……』


 全身に赤黒い幾何学模様を浮かべながら、淡々と冷たい声で詠唱をしながらゴブリンロードへと歩みを進める死霊の魔女。

 彼女の全身を包む様に、白く冷たい魔力が生じ半狂乱になりながらも、本能で女へと襲いかかるゴブリンの命を吸い上げ、絶命させる。

 ……ぼとりと地に落ちたゴブリンは、一度その身体をビクッと震わせると、恐怖に心が折れそうになっているゴブリンロードの目の前でフラリと立ち上がり、急速に腐りながら死霊の魔女に付き従う様に歩き始める。


『ギッ!?ギギッア!ギギ!!』


 焦りながらも狙いはその女だと指示を出すゴブリンロードだが……


『……』


『ギッ!?』


 ゾンビの様になったゴブリンは、その指示に従う事なく歩き続ける。

 もはや、一度死に魔女の力で蘇ったゴブリンにロードの命令は届かない……理解する脳が動いていないのだから。


「──」


 死霊の魔女が発する空気に呑まれたのは、ゴブリンロードだけではなくチャンピオンの二体も同様であり、顔を青くしながら愚かにも視線を魔女に向け、目の前の騎士への警戒が疎かになってしまった結果、白銀が二閃振るわれ二体仲良く、頭部を失い巨体が崩れ落ちる。

 邪魔な壁を殺し終わり、白騎士が死霊の魔女の元へと馳せ参じた頃には骸骨達による宴も終わり、唯一残されたゴブリンロードへとユラユラと向かう様は、死霊の魔女を先頭にした百鬼夜行であった。


『ギ……ア……ガ……』


 蘇った骸骨に配下が惨たらしく殺され、僅かばかりに残された配下は腐り落ち、魔女の僕となって自らに向かってくる、そして──首を無くした巨体が起き上がるのを見てゴブリンロードの心の奥底、優れた知性を持つ脳の最奥からブツンッと何かが切れる音がした。


『ギァァァァァァア!!!!!』


 喉の奥から振り絞り、ゴブリンロードは口から涎を撒き散らしながら死霊の魔女を視界に入れない様に、この場から逃げて行った。

 あの様子を見る限り、もうあのゴブリンロードは再び群れを作ったとしても、死霊の魔女を襲おうとはしないだろうと白騎士は剣を納刀し、彼女の前で傅く。 


 守るべき、主君を危険に晒した咎を受けるために。


「──」


「……こわ、かったです。このまま、犯されるんじゃないかって……」


 白騎士の視線の先で、地面にポタポタと染みが出来上がっていく。

 彼女の震えた声と内容でソレが何かである事など考える必要もなく、ただ白騎士は己の力不足に頭を下げ続ける。


「命を奪う感覚を知りました……刺されて痛かったけど、それ以上に……命を奪う行為に胸の奥がギュッと苦しくなりました」


 彼女の全身に広がっている幾何学模様がゆっくりと消えていくと、骸骨達も崩れて消えていき、腐ったゴブリン達は液体かと見間違う速度で土へと還っていく。

 自分を守ってくれた魂達に心の中で感謝を告げながら、死霊の魔女は傅く白騎士と視線を合わせるためにしゃがむ。


「……それでも漸く、理解しました。コレが、この痛みが私に必要だったんですね。もう私はただ、小綺麗なままで居られる娘ではないと貴方は教えたかったのですね」


「──」


 カチャリと金属音を立てて、視線を持ち上げた白騎士は涙を流しながらも、気丈に振る舞わんとする死霊の魔女の強き表情を見る事になった。

 その表情は本来なら、もっとゆっくりと時間をかけて摩耗するであろう心を、どうにか癒し休ませながら辿り着かせたかった戦う者の顔だ。


「今日はゆっくり休みましょう騎士様。それで私もきやっ!?」


 肩の傷に触れない様に白騎士は、目の前の『女の子』を抱き締める。

 戦士から少女へと戻って欲しくて、白騎士はゆっくりと女の子の頭を撫でていく……確かに命を奪う覚悟を白騎士は持って欲しかったが、何も生来の優しさを捨て去り修羅になって欲しかった訳ではない。

 戦う時だけで良い。

 それ以外の時は、よく笑い蝶や花を見て美しいと思う感性のままであって欲しいと、戦い終わって尚、泣きながら戦士の顔であり続ける女の子の精神を、解きほぐしていく。


「騎士様……」


 白騎士は言葉を発せないが故に、行動で示す他ない。

 初めこそ、困惑の表情を浮かべていたが自身の頭を撫でる白騎士の優しさから、彼が一体何を思ってこんな事をしているのか理解した女の子は、白騎士へと手を回し硬い鎧へと額を擦り付け──


「騎士様……騎士様……うわぁぁぁ……ぁああ」


 ──思いっきり泣いた。

 死への恐怖心、命を奪うという行為への忌避感、改めて理解した自らに宿る悍ましき力、そしてそんなものでも頼らなければ生きていけないこの世界の理不尽さを彼女は涙と共に、洗い流していきそれを白騎士は受け止め続ける。


「(優しい騎士様……貴方様の優しさに甘える私の弱さをどうか許してください。この世界ではもう私は貴方様以外に寄る方を持たないのです……私も頑張りますが、また限界が来た時はこうして甘えさせてください)」


 太陽ほどの輝きがなくても、夜の闇に淡く輝く月明かりはそこを歩くしかない者にとって導きたり得る光なのだ。

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