第二話:状況整理
「……おね、がい……私を守って……」
「──」
死霊の魔女によって呼び出された騎士は、声が出せぬ身でありながらも右手に装備されていたラウンズシールドを外し、雨を凌ぐ傘として涙を溢す死霊の魔女の頭上に持っていく。
騎士によって雨が防がれてもなお、彼女の顔をツゥーっと水が線を作っていくのは不安と安堵から溢れた涙の為だ。
「守って……くれるの?」
肯首を持って言葉への返事とする騎士を見て、死霊の魔女は反射的に硬く、錆による汚れもあるというのに抱き着きにいき、それを騎士が優しく受け止めラウンズシールドを傘にしたままゆっくりと立ち上がる。
暖かさを感じる事は出来ないが、自らを気遣っていると分かる優しい揺れに心身共に疲れ果てていた死霊の魔女の瞼は落ちていき、騎士の腕の中で安心しきった寝息を立てるのだった。
「──」
騎士は言葉を発さずに、自らの腕の中で眠る魔女が少しでも濡れない様に盾の傘に加え、自らの背を曲げ丸くなりながら近くの洞窟へと優しく彼女を護衛するのだった。
何故、魔女が魔女として迫害を受ける事になったのか。
この世界は地球でいうパンゲア大陸と呼ばれる全ての陸地が繋がっている状態と同じく、全ての陸地が巨大な円を描いており、その中央に君臨し武力においても一番である巨大な国、『神聖ジャスティア帝国』お抱えの預言者が魔女の危険性を口にしたという事が始まりだが、それより深く人々に魔女への恐怖を植え付ける出来事が起きたのだ。
それは予言が世界中に知れ渡って僅か、一時間後の事であった。
「私は私の安全を確保する為に、この地に龍の国を建国する!」
大陸の南端に位置する溶岩の国、『マグドニア公国』は龍の魔女により休眠状態であった『火山龍ボルカニオン』が目覚め、彼女の支配下に置かれた結果、無数の飛竜達と共に一気にマグドニア公国の軍を滅ぼされ、守りを失った公王が殺され支配下に置いてしまった。
これにより、全ての国は明日は我が身と魔女を殺す事に躍起となり、死霊の魔女の故郷である東の国、どう見ても日本や中国をモチーフにごちゃ混ぜしたと思われる『秋津東國連合』もそれは変わる事なく、八百万の神に仕える巫女見習いであった彼女を容赦なく、殺そうとし彼女の身内がどうにか彼女を逃し……その後の事は語るまでもないだろう。
「(俺が分かる範囲ではって条件がつくけど)」
そもそも読んでいた『魔女狩り英雄伝説』は完結にはまだまだで、魔女も名前とか能力は分かってても容姿や性格まで明らかになってるのは、七人中五人だ。
まさかあるあるの異世界憑依をあの作品でする事になるとは思っていなかったけど、だとしてもこれは一体全体どういう状況だ?
「(呼ばれたシーンの感じからして死霊の魔女が死にかけたところだってのは分かる。この先、幾つも待ち受ける災難の始まりだ……推しキャラの原点とも言える部分だし、ちょうど幸村の奴と話していたから記憶に新しい)」
問題はなんで俺がこの騎士に憑依してるかって事だ。
教室に魔法陣が浮かび上がってたって事は、恐らくクラス転移のアレでセオリーを走るのなら俺も召喚主が居る場所に行くはずだ。
王宮とか教会とかなんかそんな感じの凄いところに現実の肉体で転移する筈……まぁ、王道から外れるのはちょいちょいあるが……そんなシーン作中にあったか?
「(記憶にねぇ……というか喋ろうとすると唸るのどうにかなんねぇかなぁ……今はあの子寝てるから良いけど)」
不便すぎるぞこの身体……声に出した方がなんか纏まる気がするからちょいちょい癖で喋っちまう。
……駄目だな、少なくとも今わかる情報じゃなんで俺が転移せずに憑依という形になったのか皆目見当も付かん。
じゃあ、次に何を考えるかって?そんなの決まってるんだよなぁ。
「(死霊の魔女の死をどうやって回避するかだ)」
「んんっ……」
不味い起こしたか?……いや、大丈夫みたいだな、単なる寝言みたいな奴だ。
死霊の魔女は自身が死にかけているというのに、ギリギリまで戦う事を選べない優しい子で悪く言ってしまえば、本編中最後の最後まで覚悟を持てなかった弱い子だ。
しかも、死霊を呼び出して使い魔に出来る力は戦場においてかなり強いが、これもまたお約束で神の加護や清廉なる者達の祈りにめちゃくちゃ弱く、俺というかこの騎士も最期まで抗っていたが結局、聖女の前にその身を崩してしまった。
『いや……いやぁぁぁ!!』
挿絵付きだったから読んでいた当時は、自分をずっと守ってくれてきた騎士の消滅に大粒の涙を溢し、目の色が失せた死霊の魔女を見て胸の奥が形容し難い痛みに襲われたんだよな……なんなら今も思い出すだけで心が痛い。
そしてこれが肝心だが、彼女を殺す英雄は彼女の幼馴染であるレン・ヒイラギという奴で相手が分かっているというのは対策を立てやすくて、助かるな。
「(……改めて考えるとこの世界、ブラック過ぎんか?)」
幼馴染であっても、魔女と英雄に別れてしまえば殺し合うしかない世界かぁ……正直、憑依するまでただの高校生だった奴に何かが出来るとは思えないのだが、この騎士と混ざった影響だろうか殺人に対する拒否感はないし、技量も身体が勝手に動く感じで使えるし何より──
──苦しい顔で眠っているこの子を守ってやりたいって、思いが止められない以上、覚悟を決めてやるしかないんだろうな。
「(……幸村、お前は今、何処にいる?)」
眩しい光が収まり、視界に飛び込んできたのははっきり言って趣味が悪いと断言できる黄金、黄金、黄金!どこまで行っても煌びやかに輝く、黄金の場所だった……こんなもん、異世界ですって認めるしかねぇ光景だな。
「おい、岸本!見ろよこれ……あれ?岸本?」
興奮そのままに呼びかけたが、周りにいるのは困惑気味のクラスメイトと授業をしていた教師だけで、俺と同じ熱量を返してくれると期待していた岸本の姿はなかった。
「……まさかあの野郎、俺を差し置いて例外のポジションについたか?くー、羨ま心配だな」
「ね、ねぇ、幸村君……よ、余裕そうだね?」
この妙に媚びてるってのが分かる声に、いかにも私可愛いです!ってアピールのツインテは、姫川か……その媚び売りの才能はスゲェよ、クラスの中で教師よりも落ち着いてる俺を即座に拠り所としてきやがった。
「余裕って訳じゃねぇよ。本で見た展開と全く同じで、テンション上がってるだけのオタクさ。落ち着けばその辺の奴らと同じ感じに怯えるかもしれないぞ」
まぁ、嘘だけど。
異世界転移の王道ってくれば、何かしらの力が既に授けられている筈だ、さっきからなんか身体に力が漲ってるのを感じるしな。
そんなもん、自由になったら試したいに決まってんだろ!!爆速で外に飛び出して色々試してやる。
「そうかなぁ……幸村君、他のみんなの違って格好良いからきっと」
姫川がおべっかを言い終わる前に、視線の先にあった豪華な扉が勢いよく開かれそこから如何にも中世の騎士ですって格好の連中と、彼らに守られる様に豪華なこれまた黄金の服に身を包んだふくよかな男が現れた。
……気に食わねぇ視線だな、俺達を家畜か何かとしか見てねぇ。
「ようこそ、異世界の英雄達よ。此処は神聖ジャスティア帝国!我、フール・ジャスティア四世が治める武と黄金の国だ」
「……は?マジかよおい」
無自覚の内に口角が上がっていくのを俺は抑えられなかった。
なんでお前が隣に居ないんだよ、岸本!この興奮を語り尽くせる相手はお前ぐらいだってのに!!