第十六話:愛しき懐古と苦しい追憶
よっ、ほっ……次はあの飛び出したところに手を伸ばして、背負う彼女に負担が行かない様にゆっくりと足場を移して……よしよし、意外と順調に登れているな。
これを山登りなんて称して良いのかは分からないけど、覚えている限り、中学の時ぐらいに行った林間学校以来の登山いや、やってる事は崖上りなんだけどさ。
やっぱり、この身体が記憶しているのかそこまで意識しなくても、次の動作が自然に取れる。
「貪食蛇が落ちてきたので、上へと繋がっているとは思いますが……その、私、重くないですか?」
「──」
恥ずかしいのだろう、消え入る様な声で囁かれて、耳が心地よく全身にゾワゾワっとした感覚が走るのを、我慢して首を横に全力で振ると、ホッと吐息がかかる……不味いな、俺、だいぶキモイぞ??
よし、とりあえず耳の心地よい感覚を忘れる為にクソ真面目な事でも考えるか……そうだなぁ、本来なら通じている筈の通路が埋まっていたという事は、少なくともこの道を使うマグドニア公国の外交ルートは、使われていないって事だろう。
つまり、龍の魔女が公王を殺して国のトップに成り変わってから起きている事はまず、原作通りと考えた方が良いだろう。
マグドニア公国は、山岳地帯に形成された国家という事もあって他国に比べて食料自給率は低く、確か魔女狩り英雄伝説内でも、彼女が統治する様になった国内は少々、食事と水に制限がかかっていた。
食料は龍の魔女によって、使役された龍達が肉を持ってくる為、『彼女に友好的な国民』は獣肉料理だが、食事を摂る事が出来ていたが、反対する国民は政策の一環として完全な自給自足を強いられていたんだよな。
「(もし、上手くマグドニア公国に居着く事が成功すればそこを改善させよう)」
魔女を有しているという事は当然、戦いもセットになるのがこの世界だ。
マグドニア公国も例に漏れず、時期は不明だけど各国の連合軍との戦争を強いられ……国民が一枚岩でなかった事から、内側に敵を入れてしまいそれがその時、居着いていた死霊の魔女の死因にも繋がっているのだから。
自分の国じゃないのだから、放って逃げ出してしまえば良いのに恩義があるからと参戦した彼女は、そのまま同じく参戦していた幼馴染と戦う事になり……心が折れてしまった。
「騎士様……すみません、そろそろ手が限界です……」
っと、考えたら考えたで気が回らなくなってしまったか。
えーと、何処かに良い感じの場所は……お、あそこに少しだけ穴が空いてるな、んじゃそこまで移動してっと。
「──」
死霊の魔女が落ちない様に、お腹の方へと向けていた食料達が入った鞄を、腰に回してそこへ少しだけ軽く腰掛けてもらい、俺は右手で岩を掴んだまま、左手で穴に向けて軽く剣を振り、穴を広げる……ほんとこの騎士、スペック高いよな。
広げた穴の中に入り、軽くボコボコした地面を均しつつ、マグマが流れ込んでこないか壁を叩く……ヨシッ、これといって脆い箇所なし、今回はここで休憩しよう。
死霊の魔女を洞穴の奥の方に座らせてから、入り口近くに焚き火を作り寝る必要のない俺が、それを仰ぐ事で簡易的な虫除けと食事所とする……さすがに手慣れてきたから、ぼーっとしながらでも一連の流れが出来ちゃうな。
「今日のご飯は……あ、これは懐かしいですね。騎士様、これ知ってますか?」
えーと……何やら缶詰を見せられているのは分かるけど、この世界の字が読めない……ん?これ、アレだな日本語を上下逆さまにしただけだなもしかして。
秋月東國連合で使われている文字がどんなものか作中で描写されてなかったけど、元ネタの日本をちゃんとモチーフにしてたんだな……となるとこれは『鯖の味噌漬け』だな?
「──」
「わぁ、知ってるんですね!あの地で眠っていましたし、もしかして騎士様も生まれは秋月東國連合だったりします?」
どうなんだろう?日本って意味なら間違ってないけど、さすがに否定しておくか。
詳しい話をされたらさっぱり分からないしな。
「──」
「あぅ、そうですか……これ、私の居た村では良く採れてきた魚なんです。結構、食卓にこれが並んでいる家も多かったんですよ……懐かしなぁ……」
……帰れる保証のない故郷を持つってのはどういう気持ちなのだろうか。
俺も同じような立場といえばそうだが、俺の場合はもしも帰る方法を見つけ出せれば帰る事が可能だ、彼女と違ってもう故郷にいる者全てが敵になった訳ではないのだから。
「……あ、ご、ごめんなさい騎士様!!暗い気持ちにさせてしまいましたね!!……故郷への気持ちはもちろんありますけど、こうして騎士様と一緒に居られる時間も私……す、好きですから……」
それは嬉しい事を言ってくれる。
「あっ……えへへ」
反射的に頭を撫でてしまったけど、心地良さそうに目を細めているのを見る感じ、行動は間違っていないようだ……とは言え、魔女認定されてからまともに関わり続けているのが俺一人だから、かなり依存されている気がするが、これって良いんだろうか。
「んっしょっと……開きました。スンスン……美味しそうな匂いですね」
フォークで器用に、鯖の味噌漬けを穿って食べている死霊の魔女の顔に、笑顔が戻っていくのを見て一安心する。
やっぱり、美味い飯というのは世界が違っても人を笑顔にするものだな。
「ふわぁ……食事をしたら眠くなってきました……」
「──」
眠っても大丈夫という意味を込めて、彼女を見ながら頷くと少し、ぽやんっとした目でこっちを見ながら、近づき硬いだろうに俺の膝を枕に横になった。
「ふふっ……おやすみなさい騎士様」
退かして荷物の山を枕代わりにした方が、まだ気持ち良いだろうなーとは思うんだけど、この信頼しきってますって感じの安らかな顔見てると、どうにもこのままにしてあげたくなるんだよな、正直、めっちゃ可愛いし。
「──、───、──」
全く、歌えてる気はしないけど、せめて夢の中でくらい好きな人達と、好きなように過ごせると良いなって気持ちを込めて、子守唄を歌う。
まぁ、ほとんど空気の抜けたような音か唸り声でしかないんだけど……これ逆にうるさくないかなぁ。
雨が降っていた。
敗戦が濃厚となり、近衛騎士である筈の『私』すら駆り出された戦いから、どうにか生きて再び、◾️◾️の居る城の近くまで戻って来れた。
此処に戻ってくるまで奇跡の連続で、何度も自らの死を覚悟した……けれど、その度に◾️◾️との約束を思い出し、崩れ落ちそうになる身体を気合いで奮い立たせ、漸く戻って来れたのだ。
帰りが遅くなった事を◾️◾️は怒っているだろうか?拗ねているだろうか?……泣かせてしまっただろうか?
もしそうなら、とても困る。
今回はなにも土産もない、慰める為には言葉を尽くすしかない……そうだな、目一杯、謝罪の言葉を尽くして、癇癪を受け止めて、また共に笑い合おう。
──そんな、現実は何処にもなかった。
敵国である秋月の旗を掲げる見慣れた装備の者達が、城に火を放ち、逃げ出した執事やメイド達を斬り殺して高笑いを浮かべている。
「──あぁ……ァアアアアア!!!!!!!!」
燃え盛る城を背に、胸から血を流し磔にされた『彼女』が居た。
守れなかった護れなかった守れなかった護れなかった守れなかった護れなかった守れなかった護れなかった守れなかった護れなかった守れなかった護れなかった守れなかった護れなかった守れなかった護れなかった守れなかった護れなかった守れなかった護れなかったマモレナカッタマモレナカッタマモレナカッタマモレナカッタマモレナカッタマモレナカッタ───
「今度コソ、私ハ、オレは、マモッテミセル……このイノチに変えてモ……ダカラ──」
「……うへへ……騎士様」
「──」
焚き火が消えてる……もしかして、俺も寝ていたのか?
じゃあ、さっきの妙にリアルなのは夢?……いや、違う気がする……アンタの記憶なのか?騎士。




