第十五話:貪欲蛇
毒血の魔女と別れ、目先の問題であった食料も手に入った俺達はいつもの様に、死霊の魔女を抱き抱え俺が歩き続けるという睡眠要らずを最大限に活かした移動方法で、目的地であるマグドニア公国目指して地下迷宮を進んでいた。
それなりの距離、毒血の魔女の毒に犯され、死んだモンスターか溶け腐りながらも動いていた今の俺の親戚みたいな連中を倒し進んで来たのだが……どうするかなこれ。
「マグマ、ですね」
まだ川の様に流れているマグマの近くには寄っていないのに、伝わってくるこの熱気……恐らく、俺は既に死んでる身体だから関係ないとしても、彼女がこの暑さに耐えられるとは思えない。
水筒の中の水もたっぷりとある訳じゃないし、下手すりゃ熱中症になって身動きが取れなくなる未来が見えるぞ。
「アレは……溶岩蜥蜴ですね。んー……足場も不安定そうですし、一旦、別の道探してみますか?騎士様」
「──」
「分かりました。では、私はマッピングしておきますね」
何処か楽しげに紙とペンを取り出す死霊の魔女は大変可愛いです……って、そうじゃなくて。
こうして目に見えてマグマがある場所まで来てるって事は、マグドニア公国が近いと考えて良いだろう。
マグドニア公国は、活火山が密集している山地にある国で、その過酷な環境に適応する様に進化した竜や龍との生存競争が過酷な国だ。
はっきり言って俺だったらそんな所に住みたくないんだが、山岳地帯という事もあって鍛治師や宝石商からしたら涎が出るほどの鉱石や宝石が出るし、竜の鱗は防具としても極めて高い性能を誇るというのもあって、恐怖心より欲望や知的好奇心が勝った人間達が集まって形成された国……ってのが原作情報だったな。
「えっとさっきの道を右に曲ったからこうで……こっちは行き止まり……」
龍の魔女が王を殺すまでの間、他国との貿易は行われていたらしいし我が物顔で空を飛び回る連中を避けるのなら、この地下迷宮を使っていてもおかしくないから、どっかに出入り口はあると思うんだけどなぁ。
……いや待てよ?今俺達が居る階層より、上が繋がっていればわざわざ降りてくる必要もないから、下からの道が繋がっていない可能性があるのか?
「……大変です騎士様。道が……ありません!」
「──」
当たって欲しくない予想が当たってしまった……うーん、どうしようかな。
『キシャァァァァ!!』
「──」
なんだこの甲高い鳴き声と上を見上げてみれば、大口を開いた人間など容易く巻き付いてへし折れそうな巨大な蛇が俺達に向かって落下してきて……こんな事を考えている場合じゃないな!?
「きゃああ!?」
彼女を頭から抱き抱える様にして、巨大な蛇の落下地点から飛び退くと、少しして重たい肉の鈍い落下音が辺り一帯に響き渡り、砂埃を巻き上げ、その向こうから爛々と滾る金の瞳で睨みつけてくる。
『キシュルルル』
「なにを食べたらあんな大きさに……」
気にするところそこなの?
アレは多分、貪食蛇というモンスターだと思う……コイツら、兎に角食べる事に特化してて、その貪食さ加減は時折、竜すら喰らっている姿が目撃される程の規格外らしく、溢れる生命力でどんな環境であろうと適応するとも言われている。
「──」
「今回は私も戦います!良いですよね、騎士様?」
この戦いは一騎打ちではなく、純粋な生死を賭けた殺し合い……なら、戦力を遊ばせておく理由はない。
こくりと頷くと同時に、死霊の魔女から発せられる空気が地の底から、発せられている様に冷たく、生命そのものにとって冷えを齎すものへと切り替わり、全身に赤黒い幾何学模様が浮かび上がる。
『キシュルルル!』
太く、巨大な身体でトグロを巻きその状態ですら俺達を遥か上から、見下ろす程の大きさって、コイツ、どんだけデカいんだよ。
トグロを巻くってことは蛇にとっての防御体勢……死霊の魔女が発する生命にとって異物でしかない気配に、警戒心を跳ね上げたってところか?さすがは、竜の多いマグドニア付近で生き残っている貪食蛇と言ったところか。
「── 我は願う。慚愧の魂よ、その慟哭の叫びを我は聞き届けよう。肉体が滅んでなお、怨嗟に呻く魂達よ。我が汝らを繋ぎ止める杭となる。一時の時間だけ、この世に舞い戻り慚愧を怨嗟を晴らし給!」
今回は完全に肉体を失っている者ばかりなのか、半透明で蠢く黒い影の様な者達が、駆け抜けた赤黒い波動に呼応する様に姿を現し、目に該当する部位に蒼い火が灯る。
俺も負け事と抜刀し、貪食蛇との戦いが始まる。
先陣を駆け抜けるは、やはり純白の白騎士である。
剣の切先を右斜め下に向け、身に纏う甲冑の重さなど一切、感じさせない速度で迫る彼を金色の瞳で睨み付ける貪食蛇は、自身の間合いに彼が入った瞬間、その巨躯からは想像出来ないほどの素早さで身体を伸ばし、白騎士を喰らわんとする。
「──」
人の身ほどの大きさがある鋭い牙が、白騎士に迫る刹那、渾身の力で振るわれたラウンズシールドが、牙にぶつかり甲高い音を響かせながら、顔が真横に逸れ虚空を喰らう。
その隙に白騎士は剣を振り下ろし、頭部を切断しようとするが貪食を繰り返した蛇がそう易々と切断されるのを受け入れる訳がなく、伸びてきた時より早く頭部が引き戻され、地面に一筋の線を作る。
『シュルル……』
先端が割れた蛇特有の舌を出しながら、ラウンズシールドを構え直す白騎士を睨み付ける貪食蛇であったが、次の瞬間、身体に衝撃が加わり何かと視線を走らせれば、黒い影が突き出した両手に無数の黒い礫を生み出しながら、自らの身体に攻撃を行っているのに気がつく。
『キシャァァァァ!』
衝撃がくるだけで、自らの緑色の鱗に弾かれていくその攻撃は無視しても良いのだが、数が数である為に非常に鬱陶しく、腹が立った貪食蛇は苛立ちと共に黒い影を喰らおうと頭を噛みつき……なにも手応えを感じなかった。
『シュルル?』
疑問からか緩慢に頭を持ち上げる目の前で、散った黒い影が再集結し、再び同じ形を作り弾幕を放ち始める。
「肉体を失った彼らは、私を楔に現世に留まる純粋な魂……物理攻撃で排除出来るとでも?」
魔法か祈祷、或いは神に準じる力があれば魂である黒い影を倒す事も出来るが、そんな力をただ肉を喰らうその一点だけで進化したモンスターである貪食蛇に備わっている訳がなく、死霊の魔女の冷たい視線の先で、ただ黒い影を吹き飛ばしては再集合されるという光景を繰り返すのみであった。
「──」
金色の瞳が黒い影に夢中となっている間に、接近していた白騎士の一閃が貪食蛇の身体の一部を容易く切断する。
『キシャァァァァ!?』
鋭い痛みに我に返った貪食蛇は、無理やり白騎士を吹き飛ばそうと噛み付きではなく頭突きを放ち、一度、彼を剣の間合いから離すと切断された部位に力を込めていき──
ズルンッ!
──溢れる生命力でもって、傷を回復させた。
その光景に思わず、呆気に取られる白騎士に対し、勝ち誇った様に金の瞳を細め、トグロを巻いた状態を解除し、長くなった尻尾を振り回す。
「──」
その間合いの広さに、白騎士は慌てて死霊の魔女を抱き抱え壁すらも破壊しながら、迫る巨大な尾を跳躍し、壁に剣を突き立てる事で落下しない様に自らの身体を固定し、回避する。
空中にぶら下がる格好の獲物となった彼らを見上げる貪食蛇が、大口を開き彼ら目掛けて身体を伸ばして迫る。
例え、剣を手放したとしても彼らが地面へと落下する速度より、早く誤差を修正し喰えると踏んだ貪食蛇の目の前で白騎士は剣を手放し、落下していく。
『キシャァァァァ!!』
獲った!!
そう確信したであろう瞬間、目の前で白騎士は身体を丸め、寸前のところで噛みつきを避け、あろうことか頭部を足場に跳躍、壁に突き刺さったままとなっている剣を手に取り、振り下ろすという軽業を披露する。
『キシャァァァァ!?』
反応が遅れた貪食蛇の左目がバッサリと斬り裂かれ、激しく血を撒き散らす。
その間に白騎士は地面へと着地し、死霊の魔女を降ろすと再び、再生しようとしている隙をついて、勢いよくその身体に剣を突き刺し抜かずに、貪食蛇の周囲を走り、その身体を切り開いていく。
『キシャァァァァ!!!!!』
「──」
だが、負けじと痛みを堪えながら、その身を丸め白騎士の逃げ場を奪うと一気に白騎士に巻きつき締め上げ、始める。
貪食蛇は獲物を仕留める為の毒を持たない。
この蛇にとっての捕食行動は、その巨躯に敷き詰められた筋肉を使い、獲物を絞め殺し動かなくなった所を丸呑みに喰らうというものだ。
つまり、この形は貪食蛇にとって、必殺の形であり剣を振う為のスペースすらない白騎士には、どうする事も出来ない状況であった。
影が放つ攻撃は自らを傷付ける事はないからと、忌々しく目の前の存在によって傷付けられた身体を溢れる生命力で再生させていきながら、抵抗する白騎士の動きが止まるまで待つ貪食蛇の身体は突如として崩壊を始める。
『!?』
崩壊に抗おうと再生しようとすれば、何故か崩壊は更に加速していき、焦る視線の先でどんどんと自らの身体が黒く染まっていく事に気が付く貪食蛇だったが、もう遅い。
白騎士を拘束していた部位すら、黒く染まり砂の様に崩れ落ちていってしまう。
「呪いは気が付かぬ内にその身を蝕むのです。さぁ、土に還りなさい」
倒すべきは、白騎士でも黒い影でもなく、貪食蛇が警戒はしつつも、食える部位が少ないと捨て置いた死霊の魔女であった事に漸く気がついたが、その頃には美しい金色の瞳すら黒に染まり、自らが食い散らかしてきた者達の呪いに蝕まれ、消えていくのだった。
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