第十四話:勇者の憂鬱
帝国騎士団の兵舎には、併設される形で彼らの装備を供給するための鍛冶場が建っており、この日も天職として鍛治屋を持つ者達や、天職ではなくとも一定以上の腕前を持つ職人達が、真っ赤な鉄に槌を振り下ろしていた。
彼らは課せられたノルマをクリアしてしまえば、残りの時間を好きに使って良いので時折、変な武器が生まれる事でも有名である。
「剣を打ってくれないか?」
そんな場所に足を運んで来た勇者──幸村は目の前で、槌を振り下ろしていた煤汚れたバンダナを頭に巻き付け、若干目付きの悪いクラスメイトに声をかける。
彼の名前は、木馬 一鉄という今時の高校生にしては少々、珍しい名前をしておりその名前が影響したのか、天職は鍛治師であった。
「……あぁ、幸村か」
「相変わらず、熱心だな」
「天職だからだろうな。鉄と火の匂いが馴染むんだ……正直、前の世界でゲームをしていた時より楽しいよ」
「あー、分かる気がするなっと、雑談はしている時間はあまり無いんだ一鉄」
「そうか。折れた剣を見せてくれ」
言葉通り、職人気質なのであろう一鉄はすぐに意識を切り替えると、幸村がゴブリンバーサーカーとの戦いとの戦いで折れた剣と、練習時に折れた支給品の剣を手渡す。
「……見事に折れてるな。鑑定」
若干、眉を顰めつつも鑑定のスキルを使用すると、彼の両目に魔法陣が浮かび上がり読み取った剣の情報が、彼にだけ見える形で視覚化され、情報を読み解くと今度は明確に呆れた様に溜息を溢し、魔法陣が消える。
「お前、魔力を通したな?」
「ん?あぁ……最初に渡した方は無意識だと思うが、二本目は威力増加になるかと思って」
「どうせお前の事だ。説明を聞いていなかったんだろう、耳の穴かっぽじってよく聞け。
確かに武器の強化に魔力を通すのは方法の一つだ。けど、それは武器自体が持つ魔力許容量との兼ね合いで込めるべき魔力量を決めるんだ」
「……魔力許容量?」
そんな単語、確かに原作で見たな……よく覚えないけどと首を傾げる幸村。
幸村という男は作品を読んで楽しむが細かい部分は頭に入れず、その場その場の雰囲気や戦いを楽しむタイプの読者なので、作中用語とかになると途端に、知識不足が露呈する。
余談だが、岸本は彼と違い細かい部分も好んで覚えている為、この場にもしも彼が居れば頷きながら、解説が入った事だろう。
「先に言っておくが、完全に密閉された500 ml のペットボトルに1 L の水を注ぎ込んだら、容器が破損するだろ?それと同じ様なものと覚えておけ。聖剣や魔剣の違って、ただの剣はその製作工程に魔力を注ぎ込まれることは無いし材料もありふれたものだ。結果、魔力というものに触れていないから魔力許容量は低いんだ。そこにお前の強い魔力……恐らく、聖剣の性質から聖属性或いは光属性の魔力が注ぎ込まれた事で、剣がその力に耐えきれずに折れたんだろうな」
「なるほど」
「……お前、分かってる?まぁ、良いか。で、質問だが使う度に折れる剣と耐えられる剣、どっちが良い?」
とりあえず返事を返したとしか思えない様な軽い声に呆れつつも、好みを聞く辺り木馬の職人心の強さがよく分かる。
「そりゃ、耐えられる剣だが……出来るのか?」
完全にでは無いが、説明を聞いた幸村は提案されている内容が難しいことぐらい理解しており、木馬を心配し尋ねるがそれに対し、彼はニヤリとした笑みを浮かべる。
「出来る。伊達に寝る時間を削ってまで、鉄叩いてねぇぞ俺は」
信用出来ないならほれ、見ろっと一鉄は自身のスキルプレートを幸村に投げ渡す。
『名前:イッテツ・モクバ レベル3
天職:鍛治師
アクティブスキル:鑑定、錬金、改造
パッシブスキル:剣術、槍術、斧術、杖術、異世界言語、自動翻訳』
「おぉ……ん?お前、生産職だよな?」
「そうだが?」
「なんでレベルが上がってるんだ?」
この世界のレベルとは戦闘経験値を示すモノであり、戦わなければ上がることのない数値の筈なのだが、木馬のレベルが上がっている事に疑問を覚えた幸村は、パッシブスキルの欄を見ながら予想しつつ問いかけた。
「あぁ。試作品は全部、俺が振り回しているからな。気が付けばスキルも生えていて、楽に使えるから助かる。というか、そこはどうでも良い。錬金と改造でお前の望む武器を作ってやるって話だ」
普通の生産職であれば必要のない危険を犯している事を、どうでも良いと一蹴し、話を続けた木馬に、幸村はこりゃもう、完全に病気だなと呟きながらも、彼なら安心して託せると理解する。
「そういう事なら頼んだ。俺はこれから聖女様と、堅苦しいパーティーに行ってくる」
巨大な陸続きの大陸である為に、容易に国境が接するこの世界では幾つもの争いが絶えなかったのだが、大国としてその名を連ねていたマグドニア公国が龍の魔女の手中に落ちたのをきっかけに、漸く国家間で睨み合うのを辞め、協力し合おうという雰囲気が生まれたものの、明確な同盟を結ぶ訳ではない辺り、憎しみの感情は色濃いというわけか。
「けれどこうして、国を問わずパーティを行えるだけ明確な進歩かと」
「しれっと心を読まないでくれるかな……メイリィ」
お前、メイドとして一応配給係を……あ、こいつもしかして気配遮断使って仕事サボってやがるな!?
「勇者様なのですから、もう少し聖女様の様に愛想を振りまいてください。豪華な会場で壁に凭れ掛かり、物鬱げな態度を気取って人避けなどせずに」
愛想振りまけって言ってもなぁ……
「聖女様!こちら、我々、オーパール商会が特別な花から抽出して製作した香水なのですが」
「あら……とても甘くて良い香りですね!ですが、ごめんなさい。教会の方針でそう言った商業のお手伝いは禁止されていまして。あ、でもそっと宣伝していただく分には、私の名前好きに使って頂いて大丈夫ですよ♪」
「本当ですか!?ありがとうございます!!それとぜひ、今度、内々でお話でも……」
「そう言った話は我々、聖女騎士団を通してください」
視線の先で笑顔を振り撒く姫川と、すっかり護衛の立場を確立してマネージャーの様なことをしている屯田と集まる男達を見て、ため息を吐く。
……ただでさえ、勇者RPで精神擦り減ってるのにあんな真似は無理だろ。
「花形になるのも勇者様の役割ですよ」
「……俺はもっとこう、心躍る冒険とか戦いとかの方が好みなんだけどな」
岸本の奴が居れば、アイツ変なところ真面目だから勇者という天職を黙って受け入れろとか言いそうなんだよなぁコレが……あー、本当に何処に召喚されてんだアイツ?
「──ならば我々の国に来るか勇者様?」
「ん?」
この国では中々聞かない凛とした女性の声だな……ん?この浅黒い肌に、傷のある右目を隠す眼帯はまさか!?
「西の三国同盟の一つ、ソンガール軍閥の女将軍……」
「ほぅ、この私、カマル・ディルガームを知っているとはな。全くの無知という訳でも無さそうだ。そこのメイドにも教えて貰ったか?」
気配遮断で隠れてるメイリィの事に気がつくとは……やはり、力でのし上がった一族なだけあるか。
「……勇者様は勉学にも励む勤勉さをお持ちですから」
「であれば話が早いな。勇者よ、お前が力を望むというのであれば、我が国へ来い。あの様な権力だけの愚王に従い続ける理由など無い。我が父が民を虐げるだけの王を、民と共に殺し大国と張り合えるまで成長した我が国であれば、お前が望む通りの世界を与えられるぞ?」
確かに彼女の国は、帝国に比べれば少数精鋭でありながらもその精強な軍隊は例え、ドラゴンの群れであろうと太刀打ち出来ると原作で語られていたほどの力がある軍だし、辺り一体が砂漠だから国民の為に周辺の国と同盟を結ぶ賢さもある……控えめに言ってもフール王より圧倒的にマシだなこの人。
「お断りします」
「ほぅ?」
まぁ、だからと言って提案を受けるかは別問題なんだが。
「俺はこの国に召喚された勇者で、同じ世界から来た仲間達もこの国にいる。だから、そう簡単に離れる選択は取れないですよ。魅力的な提案だとは思いますがね……っと、それでは失礼します」
このまま話をしていると丸め込まれる気がしたので、死ぬほど行きたくないが聖女として愛想を振りまいている姫川の元へと向かう。
「……」
背後から視線を貰っている気はしたが、無視して人混みに突っ込み彼女の背後から、尻の辺りに手を伸ばそうとしている男の手を掴み取り捻り上げる。
「イテッ!?」
「……変態行為はあまりオススメしませんよ」
「ぐっ……」
「幸村君!!」
あぁ……もう、これだからコイツに近づきたくなかったんだよ……
ギュッと分かりやすく俺の腕に抱きつく姫川の姿に、周囲が盛り上がると共に警備の兵が俺の捕まえた男を連行していく。
「パーティに同席してくれるの?」
「聖女様のご要望とあれば喜んで」
勇者としての仮面を貼り付けて、どうにかこの場をやり過ごしたのだが、その間ずっと恨みがましい視線を向けてくる屯田が鬱陶しかった。
数日後、木馬からの呼び出しを受けて鍛冶場に辿りついた俺の前には、この世界には似つかわしく無い真っ黒の日本刀が置かれていた。
「これは?」
「聖属性や光属性の魔力を吸収するとされ、東の秋月東國連合領海の深海で採れる黒鉄鉱石を基本材料に、日本刀の技術を使って打った代物だ。改造のスキルで、吸収した分の魔力を切れ味に変換する様にしておいたが、お前の全力に耐えられるかは分からん」
「ほー……良いなこれ、軽くて振るいやすいし、見た目が格好いい」
軽く振っただけで手に馴染む感覚と、風切り音が心地よい。
「銘は?」
「お前の武器だ。お前が決めろ」
普通は職人が決めるもんじゃ?まぁ、鉄打ててれば良いやみたいな態度だし、出来上がった物にそこまで興味がないんだろうな。
「……『黒漆丸』にしよう。確か、似た様な名前の刀が俺達の世界にあったはずだし」
「良いセンスだ」
鞘に入れて腰にぶら下げてみれば、心地の良い重さを感じられ俺は差し出された木馬と握手を交わす。
「あれ?それって日本刀!?」
「ん?あぁ、渋川か。木馬に頼んで造って貰ったんだ」
「へー!格好いいね!!」
……テンション上がるのは良いが、その格好でピョンピョン跳ねると……あー、鍛冶場の人らの視線が胸に集まってらぁ。
暫くして落ち着いた渋川と共に鍛冶場を離れ、彼女と一緒に街中にある甘味処に行ったのだが、とても美味かった。




