第十三話:毒血の魔女
迷いか……多分、騎士に混ざってる俺の事だろうなぁ、現代日本を生きていただけの高校生の思考や動き方が混ざっている分、騎士本来の技量を完全に活かしているとは思えないし、そこまで慢心する気にもなれない。
今回勝てたのは、ホーエンハイムさんが毒に侵されて、本来の力を発揮出来なかったから……いや、この考えは失礼か。
俺もホーエンハイムさんも、今出せるだけの全てを出し切って戦って、俺が勝ったんだ……これ以上、自らを卑下する行為は彼の誇りを貶めるのも同義だ。
「──」
剣と盾を拾い直し、死体となったホーエンハイムさんの前で傅き、祈る。
──どうか、安らかな眠りを。
「……貴女の騎士、随分と慈悲深いのね」
「とても優しいお方ですから」
「それは貴女もだと思うけどね。わざわざ、騎士達の装備から治療道具を漁ってくるなんて」
話し声に釣られて、視線を毒血の魔女の方に向ければ死霊の魔女が、彼女の足の怪我を手当てしていた。
あぁ、戦い終わった後なんか忙しなく動いてるなと思ったら、蒸気騎士団の死体から衛生兵を見つけ出して、医療道具を漁ってたのか。
手当てをされている毒血の魔女の傷が痛むのか、少し顔を歪めながらもされるがままな感じを見るに、地下迷宮に自殺しに来たわけでは無さそうだ。
ううん……彼女、微妙に出番が少ないというか何処で何をしてたのか詳細が不明瞭だから、この先の行動が読めないんだよな……
「……せめて同じ、魔女だけは見捨てたくありませんから」
「そ。強い子ね、貴女」
「──」
死霊の魔女がどれだけ善い性質だとしても、魔女と予言されてしまったこの世界では誰もがその性質を知る前に、殺そうとしてくる。
故に、他者に心を砕く優しさは、寧ろ彼女を苦しめる咎になるものであるが、俺はその優しさを好ましいと思っている……だからって訳じゃないけど。
「ふぇ、騎士様?」
「あらあら、お熱いのねお二人さん」
偉い偉いって、頭を撫でてあげても何も悪くはないだろう。
顔を赤くした死霊の魔女と、それをニヤニヤした表情で見つめる毒血の魔女、そんな空気に全く、気が付かない俺というなんともほんわかした時間が流れ、毒血の魔女の手当てが終わる。
「驚いた。回復魔法を使ってる風には見えなかったから、期待して無かったんだけど完璧だわ」
痛むかどうか確認する為に、爪先で地面を叩いたり、軽く跳ねたりするのは分かるが言い方よ。
能力が毒血だと発言まで、毒舌になるのか?
「ふふっ、良かったです。こうなる前に培った技術ですが何処で活きるのか分からないものですね」
「え、あ、ごめん」
「え?」
キョトンと首を傾げる死霊の魔女に見事、返り討ちにあう毒血の魔女の、気まずそうな顔を見て思わず声が出せないのに腹を抱えて、背を丸めてしまう。
多分、それなりにプライドが高い人物なのだろうけど、見事、天然気質の死霊の魔女に見栄張りは通用せず、挙句、魔女特有の暗い過去を引き当ててしまい、謝罪するがそれもよく分かってない彼女に気まずさが加速させられる光景は側から見て、面白いものだ……根は彼女も善いんだな。
「ちょっと、そこ笑わないの。声を殺して笑うとか器用な真似して」
「あ、騎士様は私が呼び出した死霊なので、その喋れないんです」
「え、あ、ごめん」
そう言ってまた気まずそうに謝る彼女を見て、ついに俺はその場に崩れ落ち、地面をバンバンと叩く。
「笑うなぁ!」
「ふふっ……」
顔を真っ赤にして怒る毒血の魔女とそんな俺らを見て、楽しげに微笑む死霊の魔女。
今日も推しが可愛いです。
「で、貴方達は何をしに地下迷宮に?」
深呼吸をし、落ち着きを取り戻した毒血の魔女が、近くの岩場に足を組みながら座り問い掛けてくるのを、俺も同じく気を落ち着かせ、ぺたんっと地面に座っている死霊の魔女の横で立って聴く。
こういう話し合いの時間は全て彼女に任せるしかない。
「秋月東國連合からマグドニア公国に逃げる途中です。あそこなら、最近、龍の魔女が支配下に置いたそうなので腰を落ち着かせられるんじゃないかと、騎士様が」
「え?喋れないのよねコイツ?」
「はい。でも、身振り手振りで教えてくれましたから。ね、騎士様?」
「──」
コクッと頷いて同意を示すと、むふーっと効果音が付きそうな笑顔を見せる死霊の魔女に、胸がギュッと苦しくなる……推しがてぇてぇ……
「あ、うん、なるほど」
何やら物凄く呆れ顔になっている気がするけど、気のせいだとスルーしておこう。
「それで貴女は?」
「私?そうねぇ……ひっそりと死ぬためかな」
まるでおはようの挨拶の様にスルッと言うものだから、一瞬、何を言ったのか理解が追いつかなかった。
何せ、毒血の魔女に暗い表情は見えずある意味で、達観している様なそんな美しい顔を浮かべて言うのだから、この短時間で察したプライドの高さ的に逆転の一手でも打つ為に来たんじゃないかと思っていたところに、石を投げつけられた気分だ。
それは死霊の魔女も同じ様で、口をパクパクとさせながら必死に投げる言葉を探していた。
「……冗談よ。私ね、人が住んでない様な未開の地か、忘れ去られた廃墟みたいな場所を探してるのよ。ほら、ここまでくる間に見てきただろうけど、私って擦り傷程度の出血でも多くの命を奪える怖い魔女だから」
揶揄いが成功した悪戯っ子みたいにクスリと、口元に手を当てて笑う表情には影は無かった……それを信じるかどうかは別だけど、俺の隣にいる彼女は信じる事にした様で安心からホッと息を溢す。
「言っていい冗談と悪い冗談がありますっ」
「あはは!ごめんなさいね、貴女って揶揄い甲斐があるから。ねぇ、騎士さん?」
それには同意する。
どの表情も可愛いから、色んな反応が見たくなる。
「騎士様!?私のこと、そんな風に……」
「──」
プイッと外を向く彼女に慌てて、ガチャガチャと周りをウロウロとしながら、一瞬だけ毒血の魔女の方へ顔を向けると、僅かに驚いた様に眉を上げて、優雅に微笑まれた……はぁ、どうせ発する言葉は持ち合わせてないから俺の胸の内に秘めておきますよ。
「ほらほら、仲良く遊ぶのも結構だけど、貴女達は行くべきところがあるんでしょ?彼らが持って来た食料とか持って行って良いから、旅を続けなさい」
「全部は流石に持てませんから、貴女の分も残していきますね。騎士様、私、食材を見てくるので此処をお願いします」
何をどうしろと?とは思ったけど、こくりと頷いてバックを持っている死体を漁りに行く死霊の魔女を見送り、毒血の魔女を見る。
「……全部が全部、本気じゃないわよ。ただ、夢も何もかも失った身としてそれもアリかなってだけ」
「──」
「そう。頷いてくれるのね、良い騎士よ貴方は。自分が守れる領分ってのをちゃんと理解している……良い子だもの、しっかり守ってあげなくちゃね」
……今の俺に二人を守れる自信はないし、彼女の選択に介入するだけの理由も言葉も持ち合わせていないのが、心苦しい。
だから、せめてもの償いとして剣で地面に蝙蝠の絵を描いていく。
突然の奇行に目を丸くする彼女だったが、暫く、俺の動きを見ながら無言の時間が続き、そして完成した絵を見て笑った。
「ふっふふっ!随分と可愛らしい絵を描くのね貴方」
出来上がった絵は辛うじて、蝙蝠とは分かるものの全体的に丸っこくて絶妙に間抜けた顔をしているという、自分の絵心の無さに泣きたくなる。
「どうしてそんな絵を描いたのかは分からないけど、覚えておくわね優しい騎士さん」
「終わりました!はい、こちら貴女の分ですよって?わぁ……これ、騎士様が描いたんですか?可愛い!」
「あら、丁寧にありがとう」
騎士達が持っていたバッグを毒血の魔女に手渡し、俺の描いた下手くそな絵を見て笑う死霊の魔女。
もう少しだけこの楽しい時間を続けていたいと思うが、はしゃぐ死霊の魔女を抱き抱えいつものポジションに座らせ、毒血の魔女に一礼をする……これ以上は互いに別れが辛くなるだけだ。
「さようなら、優しくて可愛いお二人さん」
「……さようならじゃないです。また、会いましょう!毒血の魔女さん!」
「……えぇ、そうね。また会いましょう、死霊の魔女」
右手を小さく上げて、控えめに手を振る毒血の魔女に背を向けて来た道を引き返していく。
その間も、死霊の魔女は振り返り、ブンブンと大きく手を振り続け、やがて完全に彼女の姿が見えなくなると、少しだけ元気を無くした表情で前を向く。
「また、会えるでしょうか」
「──」
寂しげに零れ落ちたその言葉に力強く頷く。
きっと、大丈夫、俺達との出会いってイレギュラーはあったけど、彼女は俺が読んでいた『原作』の段階でもまだ死なないで神出鬼没に登場していたキャラクターだ。
きっと──
「……はぁ、行ってしまったわね。ほんの少しだけど元気が貰えたわ。この貰ったご飯が尽きるまでは、生きてみようかしらね」
「──それは困るな!」
「誰!?って、蝙蝠が集まって……」
「貴女は我輩の伴侶になるべき人だ!生きて貰わねば我輩が泣いてしまうぞ!」
──俺が死霊の魔女と出会った様に、彼女も自らの運命に出会う筈だから。
「我輩の名はヴァンパイア・ドラクル!!美しき血の魔女の伴侶にして、蝙蝠の王!」
「……いや、同意した覚えないんだけど」
感想待ってます




