第十二話:騎士道に誉れあれ
神聖ジャスティア帝国と、秋月東國連合という大国に挟まれながらも、今日まで国を維持している霧の小国、ブリティッシュ王国。
彼らは戦争を生き抜き、国を守るための手段として単なる魔法や錬鉄の技術だけでは足りぬと考え、国土が霧に包まれ侵略を受けづらい状況を利用し、開発したのが現代で言われる蒸気機関と呼ばれるものであった。
中世の世界観を基本とするこの世界において、蒸気機関はオーバーテクロジーと言っても過言ではなく、彼らの国は蒸気機関を利用し発展していき、国の至るところから噴き出す蒸気は国特有の霧の濃さを強め、より国防に強く寄与していた。
そんな中、生まれた蒸気を利用し、魔法を使わずとも鉄の塊を着込んだ騎士が、高速で動き回る事を目的とした鎧が開発される事となった。
それがホーエンハイムが着ている管だらけの鎧、『蒸気鎧』である。
圧縮された蒸気を放出する事で、高速移動を可能とするこの鎧により、彼らは馬を必要とせず、霧の中でも敵を見失わぬ様に視力強化や探知魔法に魔力を使える様になり、『蒸気騎士団』の名は国内外に轟く事になる。
「はぁ!」
「──」
そして、その騎士団の団長であるホーエンハイムは、毒血にその身を侵されてなお強者であった。
戦いに応じた白騎士に一度、弾かれた彼であったがその後、お返しと言わんばかりに噴き出す蒸気を利用し、人間が出せる力以上の膂力で、白騎士を弾き飛ばすと彼の足が地に着くより早く、今度は腰と腿から蒸気を噴き出し白騎士へと斬りかかる。
蒸気鎧の事を何も知らず、その速度に翻弄されるだけであれば、仕留められるであろう速度と見事な太刀筋を白騎士は、完全に見切り空中でかつ、僅かでもズレれば吹き飛ばされるのは自分であるにも関わらず、完璧なタイミングでホーエンハイムの振り下ろした剣の腹をラウンズシールドで、パリィし着地までの時間を稼ぐ。
その見事な技に顔の半分をマスクで隠しているホーエンハイムは、笑みと共に褒め称えたくなるがグッと堪え、賞賛とともに鎧を着ているとは思えない跳躍からの振り下ろしを放つ。
上を見上げ、再び、僅かでもズレれば死ぬというタイミングで、右足を軸に回転しながら攻撃を躱し、勢いそのまま振り下ろした体制で固まるであろう、ホーエンハイムの首を斬り下ろそうとする白騎士。
「ははっ!」
キリキリという音共に足首の管が白騎士に向けられ、勢いよく蒸気が噴き出すとその力でホーエンハイムは、白騎士の攻撃を躱し、距離を取る。
「騎士様!」
高温の蒸気に晒された白騎士を案ずる死霊の魔女であったが、彼女の心配そうに垂れ下がった眉はすぐに安心へと変わる。
白い蒸気の向こうから何事もなかった様に白騎士が姿を現した為だ。
「私も加勢を──え?」
「──」
「貴公は何処まで……」
前に出ようとした死霊の魔女を右手で制すと、白騎士はホーエンハイムから視線を逸らさずに、頷く。
──騎士同士の一騎討ちに加勢は不要──
そう態度で示した白騎士に、死霊の魔女は困惑しつつも下がり、ホーエンハイムはその様子に歓喜する。
守る者と守られる者、その両者の間に確固たる信頼を見たホーエンハイムは同じ騎士として、今、この瞬間を守る為に戦えている白騎士を羨ましく思い、そんな清廉な騎士と己は戦えているのだと嬉しく思ったのだ。
「あぁ──全く、毒に侵されたこの身が憎くて堪らんな」
「──」
もっと満足のいく戦いをと願うホーエンハイムを叱責する様に、白騎士は剣と盾をぶつけて構える──後悔は後でしろと。
「はっはは……決めたぞ。私が勝利した時は、貴公の名を教えて頂く」
刹那、自身の背へと向けられる管は全て背に向け、白騎士であっても捉えきれない速度で距離を詰め、右から横一直線に剣を振り抜き、それを蓄積した戦闘経験だけで反射的に白騎士は防ぐが鍔迫り合う事はなく、ホーエンハイムはそのまま駆け抜け、地面に跡が残るほどの急旋回をすると、反転し終わっていない白騎士へと上段から剣を振り下ろし──白騎士が後ろを見ずに掲げた盾に弾かれる。
目で追えている訳ではなかった。
身体も準備出来ていなかった。
けれど、短い打ち合いで、ホーエンハイムという騎士が此処ぞという時は、最も力が乗せやすい形でくると剣を打合せ、染み付いた身体の癖から白騎士は読んでいたのだ。
ガァン!という金属音が耳に届き、ホーエンハイムは何倍にも引き延ばされた時間で己へと振り返る白騎士と、自らの身体に迫る凶刃を見ていた。
魔法による防御……毒と無茶な加速により迫り上がってきた血が邪魔で不可能。
蒸気による離脱……この一撃で決めるつもりだった為に、回転が間に合わない。
故に、ホーエンハイムは全身の力を抜き、弾かれた体勢のまま勢いよく、蒸気を噴き出しグルンっと回転し、白騎士の剣を蹴り上げた。
「──」
「ぐっ!」
宙を舞う白騎士の剣を彼は取らずに、身に付けているラウンズシールドでホーエンハイムに向けてシールドバッシュを放ち、その反動でホーエンハイムから距離を取り、盾を構えながら今まで剣を持っていた左手で握り拳を作り、立ち上がるホーエンハイムを見続ける。
「剣を取りに行かなくて良いのか?」
「──」
まるで、『その隙を晒せば貴公は斬りかかるだろう?』と言わんばかりに肩を竦める白騎士に、ホーエンハイムはその通りだと笑みを溢すと、ゴトリと身に付けていた壊れたマスクが落下する。
「血が……」
「気化した私の血を吸ってるんだものね。そんな素振り見せないから忘れてたわ」
口から自らの血を溢し、真っ赤に染めるホーエンハイムだが、彼は朦朧とする意識の中、笑みを浮かべもはや、死霊の魔女と毒血の魔女の言葉など、一欠片も耳には入っておらず、生涯の敵となった白騎士だけを見つめていた。
彼に残された時間で出来る語り合いは、ほんの一合程度の時間しかないだろう。
もし、毒血にこの身が侵されていなければ。
もし、マスクが壊れていなければ。
もし、部下が毒血の魔女に傷を負わせていなければ。
あらゆる『もしも』を考えれば、今の己より体調が完璧な場合もあっただろう……しかし、そんなものは『今』のホーエンハイムにとって、思考を技のキレを乱すノイズでしかない。
あらゆる可能性があろうとも、今、この瞬間、白騎士という好敵手に認められているのは己なのだ。
であれば、他の己など想いを馳せる価値すらない。
「スゥぅ──はぁぁ!!」
毒を吸い込む事になろうと、ホーエンハイムは力の限り息を吸い込み、無手となった白騎士へと先程以上の速度を出して斬りかかる。
例え、無手であろうとも慢心も油断はせず、今の己が出せる全力で殺しかかるホーエンハイム。
そんな彼の期待に応える様に白騎士も、ラウンズシールドを放り出しながら走り、距離を詰めホーエンハイムが再び、上段から振り下ろす剣を白羽取りすると、そのまま彼から剣を奪い取り、すれ違う刹那、彼を斬り裂いた。
「……見事なり……死霊の騎士よ。もしも……次があるのなら、互いに迷いのない時を望む……」
満足げな笑みを浮かべ、血を噴き出すとホーエンハイムは地面に倒れ伏した。
毒により、何も成し遂げずに死ぬ定めだった男は、最期に満足のいく戦いと友に出会い、死んでいくのだった。




