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第十一話:蒸気騎士

 俺の記憶が転移でバグってなければ、死霊の魔女がアレだけの軍勢を生み出せるほどの力に覚醒したのは、魔女狩り英雄伝説の中でも後半で、確か初めて幼馴染と再開して喜びで駆け寄ろうとした瞬間、向けられた刀と共に投げかけられた言葉──


『近寄るな魔女。僕は君を殺しにきた』


 ──はっきりと拒絶を示すその言葉で、ついに彼女の心が折れてその絶望に応える感じで力に覚醒した筈。

 それがどうしてこんな早期に……まだ、地下迷宮を抜けてすら居ないのに。


「ゴブリンロードとの遭遇には驚きましたが、それ以降は平和ですね騎士様……騎士様?」


 うおっ!?推しの顔が近い!?っと、違う違う!

 コクリと頷いて、肩に座っている彼女に同意を示すと安心した様にフニャッとした笑みを浮かべる……かわええ……本当に良い子や、この子。

 あれだけの出来事があってなお、全てを吐き出す様に泣いて泣き疲れて、俺が傷の手当てをしている事にすら気付かないほどの熟睡をした後に、まるで何事も無かった様に明るく振る舞っている……良い子なだけではなく、強い子でもあるなんて何処まで、魅力的な子なんだ。

 ……駄目だな、至近距離で死霊の魔女を見るとすぐにオタクになってしまう、もっと気を引き締めないと。

 修羅に堕ちた姿なんて見たくないからな。


「今は十二層辺りでしょうか。マグドニアに到着するには、もう一層降りて南側へと繋がってる大穴を通って、そこから上に上がる……地図だとそう書かれてますね」


 俺が支えてるとは言え、両手で地図を見るのはこう心臓に悪いからやめて欲しいと思うけど、伝える術がないから大人しく、白く細い足をしっかり支えるしかない。

 

「騎士様、疲れていませんか?」


「──」


 フルフルと首を横に振って否定する。

 ゾンビの肉体は既に死んでるからなのか、どれだけ動こうが疲労感を訴えてくる事はないし、睡眠も取らなくて良いから助かる。

 俺の分も食料や寝床が必要なら、冒険者から奪う分じゃ到底足りないし……彼女が望んだ時だけだが、寝てる彼女を抱き抱えたまま進むなんていう強行も出来なかった。

 そのお陰で、思ってたより早く進んでいるが……そろそろ食料が無くなるんだよな。


「……ん?なんでしょうかこの甘い香りは?」


 どうしたものかと悩んでいると、祭りで焼きそばの匂いに思わず感想を溢す、そんな軽い感じで呟いた。

 甘い香り?そんなの全然、感じないけどな……うん、少しだけ鼻に意識を集中したけどよく分かんないな。

 

「この先からですね。騎士様、どうしましょうか?」


 死霊の魔女が指差す方向は進路方向とは被っていない為、別に其方に向かう必要はないのだが、甘い香りとやらは気になるし、このまま進んで背後から強襲されるなんて事態は避けたいか?

 甘い香りが毒であるなら、俺だけでも進んで……!?


『キィキィ!!』


「きゃっ!?こ、蝙蝠の群れ?それにしては、上手く飛べて無いようなっと、騎士様?」


 少しだけ進んで、狂った様に飛んでいった群れから逸れ、彼女を降ろしてから壁に激突し地面に落ちている蝙蝠を拾い上げる。

 ……間違いない、コイツらは洞窟蝙蝠だ、地下迷宮の至るところで確認できる蝙蝠で暗闇であっても、超音波で壁や生物などの位置情報を拾うからこんな風に壁に激突して、死に至る訳がない。

 しかも、なんだコイツ、口から泡のようなものを吹いている……まるで毒物か何かでも喰ったみたいだ……ん?毒?


「──」


「へは?へへっ、あははは!!」


 殺気の様なものを感じて、視線を奥に向けて見れば狂った様に武器を振り回す、男の姿が見えた。

 背中にあるタンクに、足や腰、腕に付いてる管……あの風貌に当て嵌まるのは確か、秋月東國連合とマグドニア公国の間にある霧の小国『ブリティッシュ王国』の蒸気鎧だよな。

 なんで地下迷宮に……いや、考えるのは後か!今は敵の対処が優先だ。


「へははは!!」


 闇雲に振り回されると、割り込むのが地味に面倒なんだが……此処か。

 片手剣の大振りな袈裟斬りを、去なしてから距離を詰めて壊れている機械チックなマスクに繋がっている管ごと、首を斬り飛ばす。


「……」


 うわぁ……まだ蒸気が残ってたせいでクルクルと首がどっかに飛んで行きやがった……死霊の魔女も視線を逸らしているし、ちょっとグロいな。

 甘い香りに、正気を失った蝙蝠や人間、そして極め付けはスチームパンクの世界から出てきた様な装備と、霧の小国ブリティッシュ王国……此処まで情報が揃えば『魔女狩り英雄伝説』を読んでた奴なら、下手人が誰かすぐに分かる。


 予言にある七人の魔女の一人、その身に流れる血は生物を殺すか、依存状態にさせる毒となり、国という人間が生み出した機構を内側から容易く崩壊させる事が出来る……名は毒血の魔女。


「騎士様?」


 俺を少しだけ顔色の悪い表情で見る死霊の魔女には、別段、狂ったり毒に蝕まれている様子はない。

 ……原作通り、()()()()()()()()()()()()()様で安心する。

 何故、そうなのかは俺が読んでいた段階では明らかになっていないから理屈は分からない為、この目で見るまでは信じていなかったが、どうやら本当に大丈夫らしい。


「……大丈夫です。少し、衝撃的過ぎて驚いてますが、私は元気ですので進みましょう」


「──」


 コクリと頷き、彼女の三歩先を維持しながら進んでいく。

 道は複雑に入り組んでおらず、直線的で奇襲の心配は無さそうだが、進めば進むほどに狂った人間やモンスター達の相手をしなければならず、正気を失った敵の面倒さをたっぷりと味わった。


「へははは!」


 例えば、こちらが敢えて作った隙を狙わずに、ただひたすらに武器を振り回し突っ込んでくる敵兵だったり。


『キシシシ!!』


 壁や天井に頭をぶつけていたかと思うと、突然、我に帰った様に俺達へと飛び掛かってくるモンスターだったり。

 はっきり言って、騎士の中に蓄積された経験でも中々、予測が通用しない連中ばっかりでめっちゃくちゃに面倒だった。


 ただ、狂ってるせいか連携力は皆無で、同士討ちしてる場面もあったから一概に、全てが面倒だったとは言えないが。

 そんな事もありながら、更に進むと俺でも分かるほどの甘い香りが漂い始め、死霊の魔女に至ってはあまりの匂いに顔を顰めていた。


「凄い匂いですね……しかも、鉄の様な香りも混ざってます」


 想像するだけで嫌な匂いだな……ん?あれは。


「誰か倒れてますね……それと騎士様みたいた人が側に」


「──そうか。この毒血の中であっても正気を保つか……私はこの幸運に感謝せねばならんな」


 ……倒れてるプラチナブロンドの長髪の女性をよく見れば、足から血を流しているし、今、この瞬間も憎々しげに目の前の蒸気騎士を睨みつけている辺り、彼女が毒血の魔女だろう。


「何を──ッッ、貴女達なんで狂って……いえ、そんな事はどうでも良いわ。早く逃げて!!」


「させぬ」


「きゃっ!?」


 腰と脚部から蒸気を噴出させ、地面をホバークラフトの様に滑りながら車と見間違う速度で突っ込んでくる蒸気騎士に合わせる様に、剣を引き抜き鍔競り合う。


「──ほぅ。強いな……名をなんと言う」


「──」


 悪いが語る言葉を持ち合わせて居ないんだ。

 けど、アンタの望みは分かる気がするよ、戦って死にたいんだろ?


「はっ、ハハっ!そうか言葉は不要か!!なら、一方的に名乗っておこう!私はブリティッシュ王国、蒸気騎士団団長、ホーエンハイム!!これよりは、戦で語り合おうぞ!」


 勇ましい名乗り……騎士とはそうあるべしと俺でも思うよホーエンハイム。

 力を込めて、彼を弾き飛ばすと器用に蒸気を吹きながら、体勢を立て直し構え直される。


 ──誉れある死を叶えてやるのが、同じ騎士としてせめて手向けられる花だろう──

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