第十話:鮮烈すぎる輝き
「……遅いぞ姫川、屯田」
「あはは、ごめんごめん。ちょっと、教会の方の仕事をしてたら寝るの遅くなっちゃって」
「ぼ、僕はひ、姫川さんをま、守るのが役目だから」
三十分ほど遅刻してきた連中とは思えないヘラヘラとした笑いと、謎の使命感に駆られているのか恨みがましい視線を向けてくる事にイラッとするが、まともに取り合った所で意味がないと溜息を一つ吐き自分を落ち着かせる。
神聖と国名に使うぐらいだから、神を崇拝しているのは分かるが王と教会で方針が違うのも面倒だなほんとに……しかも、崇拝する神の名前が『ユマ=ウソツキ』神とか原作読んでた時も思ったが、嘘吐きて……
「よしっ、揃ったな!では、これより異世界組の実地訓練を開始する。先ずは、勇者と聖女の二人を筆頭にこちらで選んだ戦闘職の者達と、先生だ。我々、騎士団からも三名付き添う……お前ら、自己紹介をしろ!」
流れ始めた険悪の空気を断つように、レムロスさんが手を叩きながら空気と意識を切り替える……スキルのお陰もあるんだろうが、流石は騎士団の団長だな。
「グリム・ローグです。レベルは13、武器は槍と盾を使います。勇者様御一行の護衛という栄えある任を受けた事を誇りに思います!」
栄えある任ねぇ……その割には視線が姫川に向いてる気がするんだが、あ、姫川の奴もそれに気がついてウィンクを送って、そんで顔を赤くすると……この国、ダメじゃね??
そんな事を考えているともう一人の騎士が、前に出てくるどころか勢いよく俺に向かって走ってきて、手を取り満面の笑みを浮かべ始めた……え、なに?
「初めまして!!僕は、あっ、私はユン・オーエンと言います!いやぁ、光栄だなぁ!パレードの時、輝いてた勇者様と一緒に戦える日が来るなんて!!本当に夢みたいですよ!!」
「お、おう……テンション高いな」
大型犬に擦り寄られてるみたいな圧を感じるぞこれ。
「オーエン!!今は自己紹介の時間だ」
「ヒェッ、す、すみません団長!えっと、あ、レベルはまだまだ駆け出しの4ですが精一杯、頑張ります!武器はこの大剣です」
くるっと背中を向けたユンは、両手の親指を突き立て圧倒的、鉄の塊の黒い大剣を見せてくる。
おぉ……ゆるふわ系の顔して随分とゴツい大剣を使うんだなコイツ。
「よし、では出発だ。目的地は此処から徒歩で、一時間ほど先の洞窟だ。道中で、モンスターとの遭遇もあり得るから気を抜かないようにな」
「えぇー、歩きなのぉー……ねぇねぇ、幸村君、おんぶして?」
「断る。渋川、オーエン行くぞ」
「あ、うん」
「はーい!」
擦り寄ってきた姫川をあしらってそのまま、オーエンを呼んでしまったが、変わらず笑顔で俺の隣を歩く辺り、気を悪くしてる風はなく、先頭を歩くレムロスさんも軽い不和には干渉する気無いようでチラリと見るだけで、なにも言ってこなかった……代わりに姫川と屯田の視線が背中に刺さるが知るか、そんなもん。
「そういや、お前はアイツに同調しないんだな」
「え、うん。まぁ、元々仲が良いわけじゃないし。それにほら、住む世界が違うというか……陰と陽というか」
あぁ……確かに渋川と姫川じゃあそうなるか。
常に三人以上は男子を侍らしてた姫川と本ばっかり読んでほぼ一人でいた渋川、苗字が一文字違うだけで随分と変わるもんだ。
「……なんか失礼な事考えてない?」
「いや、全然?」
なんでバレたし。
そういや、宮本の奴は……あぁ、姫川に絡まれてらぁ。
「宮本君、おぶってよぉ〜」
「えっ、いや、周囲の警戒もしなくちゃだし無理だよ。俺、斥候が役割だから」
「えぇ〜」
「じゃ、じゃあ僕が」
「よーし、歩こうかな!」
……屯田の奴、アレの何処が良いんだろうか?まぁ、人の好みは得てして他人からは分からないものか。
そんなこんなで、出発に一悶着あったものの道中でモンスターとの遭遇はなく、異世界特有の現代では中々見れない緑豊かな平原と、そこ抜ける風を楽しみながら歩き続け、目的地である洞窟へと辿り着いたのだが。
「思ったより発展してるというか……宿場町か?」
「地下迷宮の入り口はモンスターの出現を警戒して、騎士団で警備をするんですよ。でも、近いとは言え一々、王都から出動していたら遅れるかもしれないので、寝泊まりと衣食住に困らないようにそれぞれの仕事が出来る人を王命として派遣、そうしたらレベル上げも兼ねて冒険者が集まるようになって、彼らに武器を売る商人達も集まって……気が付けばこんな風に街になる場所も珍しくないんですよ!」
「なるほどな……」
「まぁ、全部先代の仕事ですけど!」
街とかしか描写されてなかったから、こんなに賑やかななのはちょっと想定外だったな……
すれ違う人らに勇者様御一行だ!っと手を振られて、振り返しながら街を進むと一番奥にある洞窟へと到着し、そこには在中の騎士二人がいた。
「あ、色が違うんですね」
「あぁ、赤が首都で青が外部担当を意味するらしいな」
身に付けているマントを階級の証にするのは、読んでる時あんまり興味なかったがこうして見てみると、視覚効果に訴える事がかなり優秀だと理解出来るな。
「よし、お前ら!これから地下迷宮に入る。この先は、地下迷宮第一層に繋がっている。予想されるモンスターは弱いが、それでも気を抜かずにな。目的地は第十層だ。ミヤモト、斥候として君が先頭だ」
「は、はい!」
「そう硬くなるな。俺がすぐ後ろに着く。その後ろを、ヒロ、シブカワ、ユン、そして聖女を守るようにトンダとヒロト、最後尾をグリムという陣形で進む」
レムロスさんと目が合い、頷かれる……なるほど、本来なら渋川も後方だったんだろうが、俺達の雰囲気を読んで俺の近くに配置してくれたようだ、俺も頭を軽く下げておこう。
俺にしか見えない角度、笑って礼を受け取ってくれたレムロスさんの号令により、地下迷宮へと足を踏み入れる俺達。
「……スキル、盗賊の目を使用」
松明片手に先頭を進む宮本の目の周りが薄く赤色に発光すると、何かを見ているのか地面や壁、天井をグルリと見ながら慎重な足取りで進み始める。
「そのスキルは、なんの効果なんだ?」
「これ?ある程度の透視と痕跡を見つけやすくなるスキルだよ。岩裏とかに敵が居ないかとか、罠が仕掛けられてないかとか、モンスターがこの辺を通ってないかみたいなのが分かるんだ。例えば……これ」
そう言って地面に指を這わせた宮本が見せてきた指には、何かの液体かキラキラしたものが付着していた……触っていいものなのかこれ?
「これは粘性生物の痕跡だね……多分、スライムだと思うけど」
「ほー、なるほどな」
俺にはただの液体にしか見えねぇな……そんな感じで暫く進む俺達だったが、第三層まで進んだ時にその不思議さを最後尾を歩いていた葛城先生が突っ込んだ。
「あの、何も居ませんが……」
「それ!私も気になってた!これじゃあ、実地訓練も何も無いと思うんだけど団長さん」
「……痕跡はあるのにモンスターの気配がない。これは一体どういう……」
居た証はあるのに遭遇しない……そういや、モンスターと言えど生物である事に変わりはないのだから、こういう時は天災か……自らの捕食者が近くにいる時の行動に酷似……
『ァァァァア!!!!!』
「ッッ!?なんだ、今の叫びは!?」
「何かが奥から来る!?みんな、構え──え?」
「させるかよ!!」
腰の剣を引き抜き、宮本より前に飛び出し──ギリギリの所で、鋭く尖った爪を去なす事に成功する。
バキンッ!!
「おいおい、嘘だろ!?」
たった一撃受け止めただけで剣が折れやがった!
どうにか弾けたから良いが、これで俺が斬られてたら世話ねぇぞたくっ!
『ァァァァア!!』
「はっ、ボロボロのマントに折れた杖とか格好付けの割にはちょいとダサいんじゃねぇか!」
「アレはまさか……ゴブリンバーサーカーか!?本来なら、十層より下に居るはずのモンスターがどうしてこんな浅いところに!!」
ゴブリンバーサーカー……なるほど、確かにあの蕩けた黄色い瞳にボタボタと垂れる涎はどう見ても理性がある様には見えないなっっと!?
「危ねぇな!」
もうちょっと避けるの遅れてたら、首がザクっと逝かれてるところだったぞ!
『ァァァァア!!』
「ヒロ!」
ウルセェな一々、叫ぶんじゃねぇ!そんなに俺に攻撃を防がれたのが気に食わないか?
ちょうど良い、俺もストレスが溜まっていたところだ!!
「屯田ぁ!皆んなを守れよ!!」
「い、言われなくても!!」
「んじゃ、気張れよ。来い、エクスカリバー!!」
──この剣は俺が、宝物庫に入った瞬間、まるで意志があるように俺の目の前に現れ、惹かれる様に触れた瞬間、体内へと吸い込まれた、正真正銘、俺の相棒と呼ぶに相応しい聖剣。
神の祝福、精霊の祈り、星の加護、人々の願いを集約して生まれたという一振り。
銘を呼ぶと同時に右手に現れた黄金の聖剣を両手で握り締め、ゴブリンバーサーカーへと振り下ろすと、俺の魔力を糧に眩い極光が放たれ、真っ直ぐに突っ込んで来たゴブリンバーサーカーを飲み込み──直線上にあった岩も全て消し飛ばした。
「──ふぅ、スッキリした!」
今の俺はめちゃくちゃ良い笑顔を浮かべていると断言できる、何故なら改めて確信したからだ。
この剣が俺の手元にある限り、負けはないと。
「……綺麗」
暗い地下迷宮を、光に満たした聖剣でもなく、私は聖剣を握り締め満面の笑みを浮かべる幸村君の表情が今まで見てきたどんなものよりも、煌びやかに輝いて見えた。
『──!!』
『─!──!!』
「うん……私もそう思う……本当に勇者なんだね」
精霊達もまるで、幸村君を賛美する様にクルクル回って大はしゃぎをしているから、私の胸を熱くするこの気持ちはきっと何も間違っていない。
本当にいたんだ……物語の中でしか会えなかった勇者が!!
神話に語られる英雄が好きだ。
胸を熱くする冒険譚が好きだ。
彼らの物語を読む度に、心が躍り自分が彼らの様に戦ったり、彼らの横でサポートする想像を何度も数えきれないほどして、その度に現実の私の変わらなさに夢心地な気分を奪われてきた。
「でも、この世界なら……こうして勇者のすぐ近くに居られるこの世界なら!」
──きっと、私も特別になれる!!
私の胸に決して消えることのない熱が宿った日で、私──渋川 芽依──が生まれ変わった日だ。
感想など待ってます。




