表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

第一話:転移は唐突に

「はぁ……はぁ……どうして……私が……!」


 夜も遅く、連日降り注ぐ雨はよりにもよって今日がピークらしく前日までとは比べ物にならないほど、強くまるで溜めた水をぶち撒けているみたいに降り注いでいる中、全身をずぶ濡れにしながら着ている白い真っ白な巫女服が跳ねた泥で汚れる事を厭わずに走る黒髪ボブの小さな女の子は、平時であれば愛らしいという印象を覚えるタレ目に溢れるほどの涙を浮かべながら必死に背後から迫る者達から逃げていた。


「居たぞ!!こっちだ!!」


「逃すなよ!!死霊の魔女など、さっさと殺してしまえ!!」


 必死に足を動かして逃げたところで小さな彼女では、大人との歩幅が違いすぎてしまい夜の暗闇と雨の騒音を持ってしても逃れ切る事は出来ず、その手に農具などを持った村人達に見つかってしまいどんどんその足音は大きく、彼女の背中まで迫っていた。


「嫌だ……嫌だ……!あっ!?」


 必死に動いていた足は、彼女の心を支配する恐怖にいよいよ囚われてしまい、盛大に縺れた結果、派手に地面へと転んでしまう。


「ッッ……!」


 足に手を伸ばし声にならない苦悶の声を漏らす彼女は、走る痛みで上手く立ち上がれないものの両腕を必死に伸ばし、綺麗に整った爪に砂利が入り込み血が滲むのを厭わずに少しでも背後に迫る死から逃れようと這いずって進むのだが、ただでさえ近くに迫っていた大人達から這いずりで逃げ切れる訳がなく希望を折る様に彼らは姿を現す。


「追いついたぞ魔女め!!」


「ヒッ……」


 血の気の引いた顔でニヤニヤと笑う村人達を見た彼女は、人が殴られそうになった際、反射的に身を守ろうと身体を丸めたり伸ばした手を盾にする様に、自らの力を使用する。


──全身に赤黒い線が幾何学模様を描く様に浮かび上がり、周囲の空気を物理的にではなく、霊的に冷やし雨がまるで霜の様に変化し漂い始める。


「告げる。この地に眠りし古き英雄の魂よ、骸と成り果ててなお決して朽ちる事の無い慚愧の念に囚われし者に我は願う。この身の守護たるを、我が命を狙う敵の排除を、我が安寧と安息を」


 生者にとっては悍ましく死者にとっては、美しい歌声で紡がれる祈りは現世と霊界を繋ぎ止める唯一無二の依代となる。

 その異様な空気に呑まれた村人達が正気を取り戻した頃には既に遅かった。


「──祈りは此処に我が願いに応じる魂よ。我が祝詞とこの身がある限り、昏き闇の彼方から慚愧の念を果たしたまえ」


 漂う冷気が地面へと染み込んでいくと、彼女を中心に魔法陣が浮かび上がり夜の闇を照らす冷たい月光の様に光り輝き始め、彼女の願いに応える魂を確固たる実体を持つ存在へと昇華し呼び寄せる。


「ぐぁ!?」


「な、死霊の魔女!!」


 白刃が煌めくと共に、村人の血が舞い錆びてはいるものの未だ、美しさを損なわない白亜の鎧を少しずつ朱色に染め上げて行く。

 多くの悲鳴が暗い夜と雨音に連れ去らわれていき、鎧に浴びた朱色が全て無くなり悲鳴の一つも聞こえなくなった。

 朽ち果ててなお輝きを失わない白亜の鎧と兜に身を包む騎士は、剣に付着した血を肘を曲げ拭うと背中へと納刀し、自らを呼び出した少女へと振り向き、片膝をつき視線を合わせる。


「──」


 鎧の内側で朽ちた喉は空気を震わせるだけで、明確な言葉を発する事はなかったがその姿はまるで、御伽噺に語られる姫へと忠誠を誓う騎士の姿そのものである為、何が言いたいのか少女には一目瞭然であった。



 




「──であるからして、この公式をこの様に組み替えてだな──」


「暇すぎる」


 今日も今日とて変わらず、教科書の内容をそのまま読み上げるだけの授業を受けながらボーッと、機械の様に手を動かし如何にも真面目に授業を受けている優等生を演出する。

 先生という生き物は問題児やずば抜けて優れている生徒は注意深く覚えているが、差し障りのない何処にでもいる一般人程度にはほとんど意識を向けておらず、テストや授業中の態度で問題ない態度を演出しておけば今、現在進行形で頭の中で適当な事を考えていても何も、叱られる事もなく時間を潰せるのだ。

 しれっと溢した暇すぎるという言葉も、クラスの煩い奴や真面目に筆記用具を動かしてる連中の音に紛れて教壇に立っている先生の耳には届かない様な小声だから何も心配はいらない。


「……岸本、お前相変わらず器用だな」


「もう少し声を抑えておけよ幸村。俺は今、真面目を演出してるんだから、お喋りと思われて面倒ごとには巻き込まれたくない」


「お前の方が長く喋ってるぞ」


 隣の呆れ顔すら絵になる黒髪のイケメン、幸村ゆきむら 英雄ひろは机の上に教科書の類が一切、広げられていない不真面目野郎に関わらず、文武両道という天は二物を与えずという言葉に真っ向から喧嘩売ってる主人公みたいな奴だ。

 よく考えれば英雄でヒロと読むのも中々、やってるな……俺なんか、岸本きしもと 凛太郎りんたろうとかいう至って普通の名前だぞ。


「で、なんだよ。わざわざ話しかけてきて」


「話の分かるやつで助かるよ。お前、今週更新分の『魔女狩り英雄伝説』読んだか?」


「あぁ、読んだぞ。死霊の魔女が明らかになったな」


 クラスどころか高校一イケメンの幸村と、アニメの様な日常の消失に憧れているオタクの俺の接点が、ネット小説で更新される『魔女狩り英雄伝説』の読者である事だ。

 この作品は所謂、俺達の世界とは違う異世界で繰り広げられる話で、その大まかなストーリーは魔女と呼ばれる超常の力を持ち、いずれ人類に厄災を齎すと予言された七人の少女とその少女達を殺す事で、英雄になろうとする者達が織りなすバトル物だ。

 基本的には人の生き死にが当たり前に描かれるシリアス物なのだが、魔女側の何処か憎めない話や英雄を目指す者達のそれぞれが戦う強い理由など、少々厨二病な俺達にとっては更新を今か今かと待つ名作な為、俺の返事を聞いた幸村はその顔に満面の笑みを浮かべる。


「魔女の中で最も、非好戦的な子があんなゴツい騎士を連れてるのは不思議だったけど、やっぱり死に掛けた時に呼んでたんだな」


「あんな強そうな奴が村の近くに居るのは不思議だが、前話で古びた城もあったし、相当強い後悔を抱いてるんだろうよ……ん?」


 なんか足元が明るい様な……は?おいおい!?これって、魔法陣か!?


「おいっ!?岸本、これ!!」


「あぁ!あるあるが来たぞ!!」


「って事は──!!」


 突然、床に光り輝く魔法陣が浮かび上がりクラス中が騒がしくなる中、俺と幸村の二人は周り以上にテンションを上げてはしゃぎ、互いに満面の笑みでお互いの顔を見たその瞬間、光は俺達の視界を真っ白に染め上げ──

 

『──祈りは此処に我が願いに応じる魂よ。我が祝詞とこの身がある限り、昏き闇の彼方から慚愧の念を果たしたまえ』


 物凄く聞き覚え、いや見覚えのある言葉が脳内に響いたかと思うと俺は何かに強く引っ張られる感覚を覚えると同時に、周りが黒く染まっていき──


「──」


──気が付けば勝手に動く身体で、白い巫女服を泥で汚し恐怖から解き放たれ、ボロボロと涙を溢す少女……幸村の奴と話していた『魔女狩り英雄伝説』に出てくる死霊の魔女と呼ばれる少女の前で傅いていた。

 ……異世界召喚、それも原作でゾンビだから一言も喋れない騎士に憑依?したのか俺は……ハハッ、マジか……そうか……望んでたアニメみたいな展開が来やがった。


感想・評価・ブクマなどくださるとモチベーションに繋がります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ