育ての親が深い傷を負った青年を連れてきたので手当をしたら、何故か好きだと告白されました。
前回、『婚約破棄された氷の令嬢と呼ばれた侯爵令嬢は、王位を放棄した第一王子と告白され、夫婦になる。』と言うお話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回も新作短編小説です。
このようなお話も初めて作りましたので、よろしくお願いいたします。
「ルーナ、暇か?」
「おい、ボクが暇に見えるか、クソ神父」
めんどくさそうな顔をしながらルーナと呼ばれた幼女体系の少女は、突然家に現れた近くの教会の神父に嫌そうな顔をしながら答えるが、男性はそんな事を気にしないかのように、掃除をしているルーナの近くに寄ってくる。
昔からこの神父は人の話を聞かないからこそ厄介で、めんどくさい。同時に居るからこそ家の仕事などが出来なくなってしまうため、手を止めながらため息を吐く。
「これから家の掃除、庭の掃除、そのあと食事の準備をして……あと畑の仕事をして……暇じゃない」
「別に数日サボっても大丈夫だろ?なら、ちょっと手伝ってくれねェか?」
「手伝うって……何、教会の掃除か?」
「それもあるが……ちょっとだけ、な?」
「ん?」
いつもと様子がおかしい神父に首をかしげるようにしながら、ルーナは神父に視線を向けるが、彼はいつもの笑顔をルーナに見せているのみ。
多分、何度も断った所でこの男はしつこいだろうと理解しながら、深々とため息を吐いた後、箒を近くに置いた彼女を見た神父は嬉しそうな顔をしながら、突然彼女の身体を抱き上げる。
「流石!お前ならわかってくれると信じてた!」
「ちょ、突然持ち上げるなこの変態神父‼」
ルーナは神父に叫んで抗議をしたのだが、彼の耳には全く入っていなかったらしく、まるで誘拐みたいな形で連れ去られるルーナだった。
そして近くの教会の中に入ったと同時、いつもと違うかび臭い匂いではないモノがしたのである。
同時に、これが『血液』だとすぐに認識できた。
「……おい、クソ神父、どういう事か説明してもらえる?」
「はは、本当、俺はお手上げなのよ、ルーナ」
「……はぁ、これはちょっと、予想外だったな」
ルーナは再度深いため息をついた後、神父に連れてこられた場所に視線を向ける。そこには壊れた防具を身にまといながら、青ざめた顔をしている一人の青年が、彼女の目に留まったのである。
ルーナ――彼女はこの田舎中の田舎の村で暮らしている少女であり、両親は幼い頃に他界してしまい、ずっと一人で暮らしてきた少女である。因みに半分育ててくれたのは、彼女がクソ神父と言っていた人物である。
この村で暮らしているのは古びた教会に神父が一人、その近くに小屋を作っている彼女一人と、あとお年寄りが三名、四名ほど暮らしているだけの、本当に小さな村だ。
昔はもう少し若い人たちが居たのだが、彼らはこの村よりも『外』に憧れを持っていた為、ただいま『外』で暮らしている。孫から手紙が来たと、お向かいのお年寄りの人が言っていたとルーナは思い出しながら、目の前の状況をどうするべきなのかと考える。
目の前の男は見た事のない人物で、明らかに『外』から来た人間なのであろうとすぐに理解した。同時に傷は事故に寄るものではなく、誰かに襲われた傷に見える。
「明らかに事故じゃない傷だなこれ……しかも傷は多分剣だ。つまり、殺されかけてこの村に流れ着いた、って感じだな、神父」
「俺もそう思う……ただ、俺だけじゃ傷の手当は出来ねェし、お前ならこう言うの、得意だろ?」
「ボクは医者じゃないし、薬草と傷の手当は教会にある本で勉強しただけ!それに、こんな傷を治す事なんて不可能だし……神父なんだから回復魔法とか使えないの!」
「俺、魔力ねーもん」
「ああ、使い問になんねェこのクソ神父‼」
この世界には『魔術』と言うモノが存在しているが、この村では全く関係のない話だ。ルーナも神父も『魔力』と言うものは持ち合わせていなかったので、そういうものが使えない。
因みに回復魔法と言うモノがあるらしいが、この村で使えるものは居ない。つまり、魔術ではなく、現実的に手当てをしなければいけなくなる。
ルーナは教会でホコリを被っていた医学書を簡単に読み、勉強をした程度で別に医者でもなんでもない。しかし、この村でお年寄りたちのケガや簡単な病気を診ている程度の事はしている。だからこそ神父はルーナを指名したのだ。
頭を掻きながら、ルーナはとりあえず自分が着ている上着を脱ぎ棄て、引きちぎりながら神父に指示を出す。
「神父様、とりあえず今からボクの部屋の机に置いてある緑色で『傷薬』って書いてある小瓶、布切れ、お湯と、あと包帯があるなら包帯持ってきて!傷もそんな深くないから命には別条ないかもしれないけど、応急処置ぐらいはしておかないと多分危ない」
「お、おう、わかった!すぐ持ってくる!」
「うん、お願い」
神父は言われた通りにする為すぐに外に出て行った事を確認すると、傷だらけになっている青年に再度視線を向ける。
気絶しているのか、意識はない。ただ、傷は深くはないので命には問題はないだろう。ただ、黴菌などが入ってしまったら大変だと思いながら、破り捨てた上着で軽く抑えるように、腹部にある傷に布を置いた瞬間。
突然、手首を掴まれる。
「ッ‼」
一瞬の出来事で驚いたルーナは目を見開き、目の前の青年に視線を向ける。手首を掴まれて痛いが、それ以上に警戒をしているのであろうと、すぐに理解する。
だって、知らない女がケガしたところに触れようとされたら、誰だって警戒するに決まっている。鋭い殺気が、ルーナに襲い掛かった。
だが、同時に握りしめてきた手の力も弱くなってきている事が分かったルーナは、そのまま青年に向かって話しかける。
「大丈夫、医者ではないけど、応急処置ぐらいなら出来る……この手を放してくれないか?」
「……」
「ボク……わたしはあなたの敵じゃないし、こんな子供みたいな女があなたを殺す力があると思いますか?大丈夫、安心して」
「……」
青年の瞳が、ルーナの顔を映し出している。透き通るようなエメラルドの瞳が、ルーナの漆黒の瞳と合わさりながら、徐々にその力を緩めてくれる。
息を静かに吐き、青年は手首を放すと、今度はルーナの腕を掴んできた。しかし、先ほどより力はなく、殺気も感じない。
「……ありが、とう」
「別に。怪我人見たら放っておけない性格だから気にしないで、お兄さん」
そっと笑いながら青年に話しかけると、安心したのか青年はそのままゆっくりと目を閉じて、再度意識を失う。目を開けたのも警戒心から来たモノだったのだろうかと思いながら、ルーナは神父が来るのを待った。
▽ ▽ ▽
「――本当に悪かったな、ルーナ」
「別に。神父さんと関わってると、ロクな事ないって昔からわかってるし……ねぇ、この人ボクの手全然放さないんだけど。すげー握ってくるんだけど」
何とか応急処置が終わり、この場から離れようとしたのだが、目の前の騎士の青年は全く放そうとしてくれない。放すどころか無意識に強く握りしめられている。
振り払おうとしても振り払う事が出来ず、幼女体系の少女が筋肉質の男の力に勝てるはずなどない。かなり強く握りしめられている手を見ながら、神父は笑う。
「お前、気に入られたなきっと」
「そんなわけ……ないよ、うん」
「本音は?」
「目の色が綺麗でストライクだったけど、顔は好みじゃない」
ニヤニヤと笑ってくる神父に簡単に受け流しながら、少しだけ本音を言いながら目の前で寝ている騎士の姿の青年を見つめる。
顔色も良くなっているのでもう大丈夫だろうと、少しだけ安心感を覚えながら、ルーナは青年に再度視線を向ける。
整っている顔は、明らかに女性が好みそうな顔なのだが、ルーナは正直このような綺麗な顔は好きではない。理由はないのだが、顔が良い男はなんだか胡散臭い感じがしてしまうからである。因みに神父は顔が整っている良い男だ――腹が立つほど。
このようなクズみたいな神父に育てられてしまったから信用出来ないのであろうと思いながら、濡れたタオルを再度寝ている青年の頬に当てようとした時だった。
「……んッ……ぅ」
「あ、起きたみたい」
「本当か!いやぁ、良かった!死なれたら困るなーなんて思っていたが、いやあ良かった良かった!」
「拾ってきた張本人が何言ってんの」
笑いながら答える神父に再度深いため息を吐きながら、一度この神父をぶん殴っておとなしくさせようかと思った矢先だった。突然ルーナの右頬に、風が掠めた。
「……は?」
一瞬、何が起きたのか理解出来なかったルーナが見た光景は、目を覚ました青年が突然殺気を放ち、そして拳を握りしめながらそのままルーナの背後に居た神父めがけてぶん殴り、神父はその場から壁まで吹っ飛んでいく光景。
何が起きたのか理解できないルーナは呆然としながら、壁に激突しそのまま崩れ落ちるように倒れていく神父の姿を見つめた後、青年に目を向けた。
青年の殺気は、なかった。
殺気がない事を理解したルーナは再度崩れ落ちた神父に向けて叫ぶ。
「うわぁぁあ‼く、クソ神父ゥゥウウ‼」
――お前、もしかしてこの男に何かしたのかよ‼
と言う感情が起こりながら、ルーナは叫ぶと同時に急いで神父に向かっていこうとしたのだが、そのような事が出来なかった――右手がまだ、あの青年に握りしめられていたのだ。
青年はジッと、ルーナの手を見つめながら、強く握りしめ返している。これは絶対に拒否してはいけないような気がしてならないと理解したルーナは何も言えず、呆然と何度も自分の手を握り返している青年に視線を向ける。
殺気はないが、もしかしたら自分もぶん殴られるのではないだろうかと思いながら、汗を静かに流しつつ、ルーナは震える唇で青年に声をかける。
「え、えっと……ボク、あ、いえ、わたし、なにか、その……余計な事したでしょうか?」
「……いや、していない。君が手当てをしてくれたのだろう?」
「い、一応しましたが……あの、つかぬ事お聞きいたしますが、あの吹っ飛ばした男はあなたに何かをしたのでしょうか?」
「……ああ、あの男は俺がケガをしているのに金目のモノはないかと色々物色していたから、盗賊なのではないかと思って」
「……ああ、もう自業自得としか言えねぇ」
どうやらここに連れてくる前に物色していたらしいので、ルーナは気絶しているクソ神父の事など放っておくことにするのだった。ため息を吐きながら頭を抱えつつ、ルーナは頭を下げる。
「それは大変申し訳ございません。あなたが吹っ飛ばした男はわたしの育ての親をしてくださった方で、家族として謝ります。大変申し訳ございませんでした」
「え、育ての親……それは済まなかった。俺も確認せずに――」
「いえ、育ての親だとしても性格はクズなので、どんどん殴ってください。わたしは気にしないので」
「……いい性格をしていると、言われたことはないか?」
「後ろの神父にはよく言われます」
ルーナはとても良い性格をしていると、わかっているからこそ笑顔でこのように対応が出来るのかもしれない。しかし、内心言葉を間違えてしまえば、きっと目の前の男に殺されるのかもしれないと言う恐怖はある。
神父を殴った拳は全く見えなかった。ただの殴りなのか、もしかしたら魔力を使ったモノなのか、魔力のないルーナには全くわからない。しかし、あの神父が吹っ飛んで気絶しているのだから、絶対にルーナがあれを食らってしまったら、間違いなく死ぬと言う言葉が頭の中に過る。
考えて考えながら、なんとか言葉を選んで発言しなければならないと思いつつも、顔色の良い青年の姿に安堵している姿があった。
この際、握りしめられている手の事は気にしないことにし、ルーナは包帯をしている腹部や、軽い擦り傷などがあった場所を見つめながら答える。
「私は魔力と言うモノがありませんし、治癒能力と言うモノなど持っておりません。薬草を塗りつぶして作った傷薬を塗り、包帯をさせて応急処置をさせていただきましたが、気分が悪いとか、痛みとかありますでしょうか?」
「いや、ない……お前は医者か?」
「医者ではありません。この村には医者はおりません……ホコリを被っていた医学書を読んで勉強し、真似て手当てをしただけですし、傷薬も本に書いてあった通りにやっただけです」
「なるほど……字が読めるのか?」
「神父さん……神父様が教えてくださいました。一応、あの男は神父と言う肩書を持っております。ボロくさい教会ですけど」
フッと笑いながら答えるルーナの姿を、青年はジッと見つめた後、青年は自分が握りしめている手に視線を向ける。
ルーナの小さな手を握りしめている青年は少し驚いたような顔をしながら、再度ルーナの顔に目を向ける。
突然視線が合った事で驚いたが、エメラルドの瞳が捕えているかのように、ルーナから離れようとしなくて、ルーナも少し困った表情をしながら首をかしげる。
「その、どうかしましたか……?」
「……」
「あの……」
「……はな、したくない、な……」
「え?」
「……俺が、こんなことを思うなんて、どうかしているな」
ククっと笑いながら独り言を言いだした青年に首をかしげながら、そしてその意味を聞いてはいけないような気がしてならないルーナは、それ以上何も突っ込むことをやめた。
そして同時に、今すぐこの場から逃げたくなった。目の前のエメラルドの瞳をしていて綺麗だなと思っていた、この青年が今どこか『悪魔』に見えてしまったからである。きっと、人を『魅了』する『悪魔』なのだと、そのように思いながら。
「あ、あのぉ……わたし、そろそろあそこで倒れている神父様の手当てに行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……ああ、構わない。えっと、お前の名は?」
「わたしはルーナ。ただのルーナですよお兄さん」
「……ああ、そう言えば名乗っていなかったな。俺の名は――」
青年は何処か妖艶な笑みを浮かばせながら、ルーナに向けて名を告げる。
「クラウス。俺はクラウス・エーデルハットだ」
その名を聞いた瞬間、ルーナの世界は一瞬にして凍ってしまったなどと、口が裂けても言えなかった。
▽ ▽ ▽
クラウス・エーデルハット――別名、『血濡れの狂騎士』。
ルーナの村から離れた場所にある王国の血縁者であり、敵なら容赦なく命を奪うとされ、その光景はまるで狂ったような戦士だったと噂されている人物である。
因みに彼が初めて人を殺したのは、自分を裏切った友人数名を容赦なく殺し、平然と血まみれになったと言われている、と言う話を以前神父から聞いた。
次の日、あばらの骨と右足を骨折した神父に青ざめた顔で青年の名前を口にすると、神父の顔は恐怖に歪んでいた。
「……俺、生きているよな?」
「うん、生きているから大丈夫だから!」
流石の神父も反省したようで、それと同時に殺されたくないのであろうとルーナは理解する。
因みに何故ルーナがクラウスの事を知っているのかは、もちろん神父と、そして一人のご老人に教わったからである。そのような話があると言う事を。
実際に見るのは初めてだったが――いや、そもそもこのような閉鎖された村にまさか神父がそのような人物を拾ってくるなんて誰も想像しないであろう。
とりあえずケガが治ったらすぐにこの村から出て行ってもらおうと言う事で、神父とルーナの意見は一致するのだが。
「ルーナ」
「あ、クラウス様」
「気軽にクラウスって呼んでも良いぞ?」
「いや、流石に平民が王族の血を持つ高貴たるお方を呼び捨てに何て出来ないですよ」
「そうか……だが、俺はお前にそのように呼ばれたいのだがな」
「はぁ……」
数日後、ケガの治りが早いのか、教会で安静にしていたクラウスも最近では外に出るようになっていった。美味しい田舎の空気を吸いながら、ルーナの姿を見つけると、笑顔で声をかけてくる。
声をかけてくる事は別にルーナにとっては構わないのだが、しかしそれでも目の前の男は貴族と言う存在であり、ルーナは平民である。名前など絶対に気軽に呼べない。
そのような存在のクラウスが、なぜかついてくる。外を歩くと後ろからついてくるかのように、そしてルーナが住んでいる小屋の中に入ると、なぜか入ってきて、彼女が行う家事や、少ない食事を一緒に取ったり、最近では薬草を見分け、分けてくれたり、塗りつぶしてくれたりする事をしてくれる。その事に関しては、ルーナはありがたいと思っている。
しかし、相手は『血濡れの狂騎士』と呼ばれている男で、油断が出来ない。
言葉を間違えてしまえば、もしかしたら腰につけている長剣で首をはねられてしまうのかもしれないと思うと、気が気ではない。とりあえず、言葉を否定する事なく、肯定させながら、数日過ごし――だいぶケガの調子も良く治ってきたと思ったルーナは聞いてみた。
「クラウス様」
「なんだ、ルーナ」
「……いつ、クラウス様はこの村を出ていくのですか?」
――ぶっちゃけ、この村に居る意味ないですよね?
と、ルーナは簡単にそのような発言をしてみて、相手の出方を待ったのだが、まさかそのような発言をされるとは思っていなかったのか、突如動きを止めたクラウスは驚いた顔をしながらルーナに視線を向ける。
そのような顔をされるのは予想外だったので思わず驚いてしまったルーナに対し、クラウスは彼女に目を向けながら固まった体を動かす事なく、震える唇で呟く。
「る、ルーナは……俺にここを、出て行って、もらいたいのか……?」
「え、ま、まぁ……だってここは閉鎖的な村で、滅多に余所者が来ない場所です。それに、クラウス様は王族の血筋の方で貴族です。このような村に居る人ではないと、思うのですが……ボク、いえ、わたし、間違った事言いましたか?」
「……い、いや、確かに、そうなのだが……ああ、そうだな。全く脈なしだったと言う事か」
「え?」
「傍に居て、アピールをしていたのだが……どうやら響かなかったらしいな。ルーナは俺に寄ってきた女たちとは違うのだな……」
「あ、あの……クラウス様?」
ぶつぶつと呟き始めたクラウスの言葉が全く理解できず、ルーナは再度クラウスに声をかけたのだが、次の瞬間、目を見開いたと同時に、クラウスはルーナの両肩を鷲掴みにする。
え、これは『死』なのかと頭にそのような文字が過ったのだが、クラウスはルーナに顔を近づけながら、真剣なエメラルドの瞳でルーナを見る。
相変わらず綺麗な瞳だなと思いながら、ルーナはクラウスの目を見つめていると。
「ルーナ」
「は、はい……」
「ルーナは、俺のような男性は、その、どう思う?」
「え、クラウス様のような人……それは、好みを聞いていらっしゃるのでしょうか?」
「そうだ」
「……そうですね、正直顔が整っている方は苦手です。うちの神父も同じように顔が整っている人ですが、どうもそのせいなのかわかりませんが、整っている人の性格は歪んでいる、クソだと思ってしまう事があるんです」
「く、クソ……そ、そうか……」
「……ですが、綺麗なモノは、好きです。クラウス様」
「……綺麗なモノ?」
「クラウス様のエメラルドの瞳……私は透き通る宝石のように見えて、好きですよ」
この村には若者は居ないし、顔が整っている人物はただ一人――神父なのである。しかし、その神父の性格はクソほど歪んでいるので、ルーナの頭は整った顔をしている、綺麗な顔をしている人の性格は絶対に歪んでいて、関わってしまうと絶対にロクな事はないと思っているからである。
クラウスも正直、性格が問題なければ好意を抱いていたのかもしれないが、ルーナにとってクラウスと言う存在は恐怖の対象でしかない。
しかし、ただ一つ言えるのは、クラウスの瞳の色、透き通るエメラルドの色が純粋で、とても綺麗だと何度も思った。それを素直に伝えてみたのだが――。
呆然と、クラウスはルーナに目を向け、徐々に頬が赤く染まっている姿になる。
「あの、クラウス様?」
「……ルーナ、お前、これは無自覚で言っている、という事なんだな」
「ええ、なんか変な事言いましたか私!?」
変な事を言ってしまっただろうかと青ざめた顔をしながら答えるが、クラウスは怒るどころか肩を揺らしながら笑っている。
口を抑えながら笑っているクラウスの姿に、ルーナは少しだけ安堵した様子を見せながら、クラウスを見ている事しかできなかった。
そして、何故クラウスがそのような発言をしたいのか、疎い性格のルーナは全く理解できず、結局この日、ルーナはクラウスの言葉を理解しないまま、一日が過ぎた。
▽ ▽ ▽
「帰ろうと思う」
あの日から三週間後、クラウスはルーナが暮らしている小屋に朝早く訪れる。眠そうな顔をしながら外に出ると、そこには旅支度を整えているクラウスの姿があった。
どうやら、村を出るらしく、最後の挨拶に来たらしい。
「あ、お帰りになられるのですか?」
「ああ、さみしくなるが、ずっとこの村に居るわけにはいかないからな」
「ケガの方は?」
「ルーナが診てくれたおかげでだいぶ良くなった。まだ少しだけ痛むがこのぐらいだったら大丈夫だろう」
「そう、ですか」
良かった――なんて思ったと同時に、ルーナは少しだけ寂しい気持ちになってしまった。
例え目の前の青年が『血濡れの狂騎士』と呼ばれる狂人だとしても、ルーナがクラウスと過ごした時間は少しだけ楽しかった。
世間話をしたり、クラウスの家の事、王族の事など話してくれて――ふと、気になった事を呟いてみた。
「そう言えばそのケガ、誰かにやられたケガですよね?あえて聞かなかったんですけど、聞いても大丈夫ですか?」
「ああ、簡単な事だ。このケガは元婚約者だった女の刺客にやられたモノだ」
「え!こ、婚約者居たのですか!?」
「元、だがな……なんでも『真実の愛』と言うモノに目覚めたらしく、俺と婚約破棄したかったらしいが、元婚約者の両親が反対してな。それで金を払って刺客を仕向けたらしい……刺客たちは仕留めたのだが、最後の最後に隙を付かれてな……」
「うわぁ、壮絶だぁ……」
まさかそんな裏話が合ったとは知らず、青ざめた顔をしながらその話を聞く事しかできなかった。きっと、彼が横たわっていた場所には腐敗した死体でもあるのだろうかと考え――神父に場所を教えてもらい、絶対にそこに行かないようにしようと決めた。
同時に、殺すのに失敗したとなると――。
「……じゃあ、家に帰ったら、その元婚約者さんはどうするつもりなんですか?」
「一応証拠はあるから罪を償ってもらわないとな……それに、元々は俺の母上が勝手に決めた婚約だが、俺自身も後始末を付けなければならない」
ククっと笑いながら、何故か長剣を握りしめているクラウスに恐怖を感じながらも、顔は知らない元婚約者さんの事のこれからが少し気になってしまうルーナだった。
クラウスが暮らす場所には、彼のように整った顔をした男たちが居るのだろうか?クラウスも綺麗な顔をしているが、元婚約者さんは一体、王族の血を持っているクラウスのどこが気に入らなかったと言うのだろうか?
――もしかして、『血濡れの狂騎士』だから、とか?
ありえそうな気がしてきたルーナは再度青ざめながら、渇き笑いをしていたその時だった。
「ルーナ」
「はい、なんです――」
か、と言葉を言おうとしたのだが、その言葉が言えなかった。
視線を向けた先に、クラウスの顔が近くにあり、そしてそのまま額に軽く口付けをされる。
一体、自分の身に何が起きたのか理解できないルーナは目を見開き、同時に、額に口付けされたと言う事に気づいたルーナは、そのまま徐々に顔を真っ赤に染め、言葉にならない叫びをする。
大きな声だったせいなのか、近くで暮らしているご老人数名が窓からルーナとクラウスを覗くような形で起床してきた。
「ちょ、え、はぁ!あ、あの、クラウス、さま……!」
「――俺も、真実の愛とやらに目覚めた」
「え、は、はい?」
「平民だろうと関係ない。エーデルハット家は欲しいモノはどんな形であれ、手に入れてきた」
「え、物騒なんですけどその言葉」
「……俺は、必ずお前を手に入れたい」
――お前が、欲しい
耳元で囁かれた言葉に、ルーナは理解できないでいた。
つまり、クラウスは彼女に告白をしている――恋人と言う意味で。
生まれてから恋愛に疎い彼女だったが、このようにストレートに言われたことはなかったので、何が何だかわからず、慌てる素振りを見せているルーナに、クラウスは笑う。
「ちょ、ま、まっ……待ってください!わたしは平民ですし、それに、幼児体型だし、そ、それにそれに……」
「俺は、一生懸命傷を治そうとしてくれた姿や、この瞳が綺麗だと言ってくれた。外形より性格を重視しているお前だからこそ、俺は気に入ったのだ」
「あ、あれは……し、神父のせいで……」
「ルーナ」
「ひぇっ……」
「――受け入れてくれ、俺の愛を。永遠に誓うと約束する」
「……ッ」
どうしたら良いのかわからず、ルーナは辺りを見回し、育ての親である神父を見つけ視線を向けるのだが、神父は楽しいのか親指を立てて、まるで応援している素振りを見せてきたので、あとで一発ぶん殴ろうと決めた。
他のご老人たちもルーナが告白された事だとわかると嬉しそうに祝福モードになって手を叩いてくれる。
これは、逃げる事が出来ないと理解したルーナは息をのむ。
「……ボクは平民で、色恋沙汰なんて全くわからないし、そもそも告白されてもクラウス様の言葉は理解出来ません」
「だろうな」
「……でも、実はちょっと、クラウス様と離れるのは、さみしいなぁとは思っていました……恋愛感情ではないですけど」
「そうか」
「愛なんて、わかりません。だから、その、小説で呼んだのですが、まず『お友達』から始めてみては――」
「却下」
「うわッ!?」
『お友達』から始めましょうと提案してみたのだが、どうやらクラウスは待ってくれないらしい。
そのまま彼女の身体を抱き上げると、神父や村の人たちに向けて叫ぶ。
「ルーナはこのクラウス・エーデルハットがもらい受けるが、構わないな?」
「え、ちょ……」
「もらってってくれ!多分連れて行かないときっとルーナは結婚すらせずこの村で独り身で過ごすつもりだったらしいからな!」
「では神父、ルーナをもらい受ける」
「おう。幸せになれよルーナ!」
「ちょ、クソ神父!」
抱きあげられてしまったからなのか、身動きが全く取れない。そのまま背を向けて歩き出したクラウスは別れの挨拶も出来ぬまま、村の出口に向かっていく。
せめて家にある傷薬や薬草、数冊の本を持っていきたいと思っていたのだが。
「ああ、ルーナの荷物は素早くまとめてこの袋に入れてある」
「いつの間に!?え、もしかして断っても連れて行く気満々だったでしょうクラウス様!」
「俺は欲しいものは手に入れたい主義だと言っただろう!それに……俺はルーナじゃなきゃダメだ。中身を見てくれる女が良い」
「……ッ」
体を抱き上げられ、身動きが取れず、そしてそのまま村を出ていこうとしているクラウスと、村から一度も出た事のないルーナ。ルーナにとって『外』と言う存在は未知の世界だ。
同時に平民だからこそ、自分自身にこれからきっと良からぬ事が起きるに違いない――しかし、それを言った所で、クラウスは止まらないだろう。
諦める、と言う言葉が頭に過ったルーナは、告げる。
「……ボクは恋なんて知らないから、クラウス様が教えてくださいね」
「もちろんそのつもりだ……しかし、ルーナ。お前は『ボク』なんだな」
「それは……クラウス様は一応お客様、でしたから、行儀よくしていただけですよ」
「ハハッ……そうか!」
「……クラウス様」
「なんだ?」
「――お手柔らかにお願いします。何せ、平民で村から出た事のない女なので」
「ああ……もちろん」
ルーナがそのように言うと、クラウスは嬉しそうに笑っていた。いつもの笑顔ではなく、本当に嬉しいと願う笑顔だ。ルーナはその笑顔を見て、思わず笑ってしまうのだった。