無責任な開錠
「君は誰にも本音を言わないよね。」
いつしか言われたそんな言葉が、
錆びた鍵穴に丁度収まっていた。
本音なんて、他人に晒すようなものではないのでは?
当時はそんな風に思いつつも、
回らない鍵穴の中でその言葉は燻っていた。
私は親の言う通り、先生の指導通り、
上司の命令通りに生きてきた。
それが極当たり前であると認識していたからだ。
俗に言う「良い子」だった。
「本音」で話す。なんて選択肢にはなかった。
「本音」は扉の向こうにしまい込んでいた。
自分の「本音」を、私はもう忘れていた。
でも、彼と出会い、挿さったままの鍵が震えるのを感じた。
彼は私の錆びた鍵穴を、無理やりこじ開けようとした。
痛い。やめて。怖い。
金属が削れる音を聞きながらも、彼は止めない。
鍵穴は壊れ、開かずの扉が開かれた。
刹那、扉の奥にあった「本音」という夥しい量の醜い感情が、
さながら突如込み上げた吐瀉物のように放たれた。
彼はその汚物を全て受け止めてくれた。
醜く汚い本当の私を。
異物を出し切り、空になったと思われた胃袋の奥底には、
温かいものがまだあった。
「本音」の奥に潜んでいたそれもまた、
開かれた扉から徐々に漏れ出す。
彼を知りたい。彼に触れたい。彼を感じたい。
もっと私を知って欲しい。触れて欲しい。
止めどなく溢れる淡い恋心は徐々にその様を変え、
終いには黒に染った。
あの子は誰?私は必要じゃない?
私の事はもうどうでもいい?
こんなにも愛しているのに?
好きなのに好きなのに好きなのに好きなのに
どうしてか、苦しい。
気付けば彼は、私の目の前から消えていた。
溢れた吐瀉物の受け皿は?
腐った恋心はどこへ廃棄すればいい?
鍵穴が壊れた扉は二度と閉まらない。
ただただ醜い感情だけが垂れ流されていく。
あぁ、そうか。
これが私の「本音」なんだ。
私はもう、
「良い子」ではなくなっていた。
あなたは「本音」を伝えられる人がいますか?